【機動戦士ガンダム】七色の新星ガルマ・ザビ 作:おかかと梅干
ザンジバルのエンジンは、既に離陸可能な推力を蓄えていた。巨体を大地に繋ぎ留めているブレーキさえ解除すれば重力を振り払い、安全な空へと舞い上がることができる。
帰還したランバ・ラル隊は、熟達した作業速度でモビルスーツを格納庫へ収めていった。
「上がったら進路は西だ! まずは高度を稼げ!」
ラルの指示がブリッジに響く。
幸いにも、ザンジバルは連邦軍の攻撃を受ける事なく空へ登る事ができた。大地が遠くなるにしたがって、追い詰められるような圧迫感が薄らいで行く。
比較的安全と目される西の空域へ機首を向け、急速に高度を上げていく。高度10000mに達したところで、艦はゆるやかに回頭し、進路を東へと向ける。
「地上の様子はどうだ。見えるか?」
ラルに促され、クルーが光学機器を使い観測を行う。眼下に広がっているのは、かつてシルクロードと呼ばれた荒涼たる砂漠地帯だ。その茶褐色の地表の数カ所から、不気味な黒煙と真っ赤な炎が立ち上っていた。断続的な閃光が走るポイントは、今まさに連邦軍の攻撃に晒されている拠点であろう。
地表を這うように移動する巨大な土煙は、連邦の戦車部隊だろうか。都市とみられる地域にも、戦闘の傷跡が刻まれている。
「これほどの大規模攻勢を仕掛けてくるとはな……」
ラルは苦々しく呟いた。前線基地ですらない偵察拠点では、文字通り手も足も出ずに壊滅したであろう。
ハモンが静かに決断を促す視線を向ける。
「あなた、どうされますか? 地上はまだ抗戦中ですが」
ラルはじっと、炎上する大地を見つめ続けた。
木馬がアジアへ向けて西進を続けていたのは、この攻勢と連動しての事だろう。これほどの連邦の物量に囲まれた戦場で、木馬を討ち取るのは、戦術的に不可能だった。
「帰還する。ガルマ様に一刻も早くこの状況を報告せねばならん。地球の裏側では、満足な暗号通信すらできんからな。北へ回り、シベリア経由で太平洋へ抜けるぞ」
ザンジバルは地上の地獄を記録しながら中央アジアの空をぬける。
空は驚くほど静かだ。だが、その足元では、未だ仲間たちが勝ち目のない泥沼の防衛戦を続けている。この地を離れることは、前線の戦友たちを見捨てるような、鈍い痛みをラルの胸にに与えていた。
せめて、彼らの犠牲を無駄にせぬよう、連邦軍の戦力を正確に記録せねばならなかった。
◇◇◇
北米方面軍の司令部に、ランバ・ラル大尉からの緊急通信が飛び込んできた。
「ガルマ様、ユーラシアの戦況は深刻です。……オデッサへの全面侵攻、有り得べき段階に入ったと考えます」
ジオン公国軍の総兵力は、地球連邦軍のそれに対して絶対的に劣っていた。そのため、欧州のジオン戦力は資源採掘の中核たるオデッサと東欧に集中しており、アジア方面の兵力は極めて薄い。
主要都市でさえ、配置されているのは偵察を主任務とする中隊規模の拠点にすぎない。そこが今、連邦の圧倒的な物量によって次々と各個撃破されているのだ。
さらに、ジャブローやベルファストといった連邦の主要拠点の動きも活発化していた。ガルマがニューヤークから遊撃部隊を出し、大西洋の輸送ルートを妨害してはいるものの、連邦側の抵抗も日増しに激しくなっている。かなりの連邦兵力が、欧州戦線へ合流しつつあるのは明白だった。
「マ・クベ中将も既にお気づきだろうが……私からも一報を入れておこう」
ユーラシア大陸は、地球攻撃軍の総司令官であるマ・クベ中将の管轄である。実質的な最高責任者はキシリア・ザビだが、即応性が求められる現地の軍事的政治的判断は、マ・クベが一手に担っていた。
「私も一度キャリフォルニアへ戻ります。直接ご報告したい重大な件もございますので」
「ご苦労だった、ラル大尉。無事な帰還を祈る」
ラルとの通信を負え、次はマ・クベへの報告をしなければならない。だがガルマはすぐに行動に移せなかった。椅子の背もたれに深く身体を沈めると、誰もいない部屋で重いため息を吐き出す。
「あの方は……どうも苦手だ」
ガルマは正直に言えば、マ・クベという男に苦手意識を抱いていた。
敬愛する姉キシリアが選んだ男だ。当然のように優秀な人物であった。占領地の軍政を巧みにこなし、鉱山基地の開発を推し進め、本国への採掘資源の輸送を滞りなく差配している。軍事の才もあり、欧州方面へ侵攻しようとする連邦軍を幾度となく叩き潰してきた。
司令官としては尊敬すべき人物だ。
だがガルマは彼に対し、表現し難い冷たさを感じていた。決して横暴なわけでもなく、頭ごなしでもない。若輩の自分に対しても一応の敬意を払って接してくる。
だが、逆らうことのできない不気味さを感じている。
何を考えているか分からない。何をするか分からない。何をされるかわからない。
そんな輪郭のつかめない怖さがある。
だが非常事態を前に、私情で時間を無駄にはできない。ガルマは大きくため息をつき、両肩を回して緊張をほぐすと、もう一度ため息を付き、念のためもう一度肩を回す。
そうして司令官としての仮面を被り直してから、諦めたように秘匿通信の回線を開いた。
高級将校専用の暗号回線だ。間に取次も挟まない。
ほどなくしてマ・クベが応答したので、ガルマは必要以上に緊張を深めずに済んだ。
形式的な挨拶もそこそこに本題へと入る。
「さすがはガルマ・ザビ大佐、耳が聡いですな」
双方にとって不幸なことに、純粋な賛辞なのか、皮肉なのか、相変わらず判別がつきにくい。もっとも、この男は他者にどう誤解されようが、一向に気にしないだろう。ガルマはその感想は口に出さずに、本題を切り出した。
「ホワイトベースを追尾させていた部隊からの報告です。中央アジアおよび東アジアの戦況を分析いたしました」
「オデッサでも連邦の動向は掴んでおります。動きは決して迅速とは言えませんが、東アジアの兵力をじわじわと西進させています」
「では、やはり標的はオデッサへの総攻撃?」
「どうでしょうな」
マ・クベは、机上の骨董品の白磁に触れながら静かに語る。
「動きがあまりにも緩慢すぎる」
「では陽動?」
「陽動にしては随分と贅沢な兵力ですが。動きの遅さは、正面衝突による損耗を恐れているのでしょう。とはいえ、こちらとしては陽動と分かっていてもアジア側に戦力を割かざるを得ない。こちらの戦力の薄さを察知すれば、奴らは本気で牙を剥いてきますからな。ただ、本命の主力は、あくまで西欧の戦力でしょう」
マ・クベの分析によれば、西欧戦線の連邦軍はかつてない規模で増強されているという。ベルファストからは空軍が、ジャブローからは地上戦力が輸送され続けているという。レビルの旗艦と見られる陸上戦艦も確認されたらしい。
「ガルマ大佐、貴官の潜水艦隊を、もう少し大西洋の哨戒に回していただきたい。潜水艦隊が待ち構えているとわかれば、連邦の輸送船団も足が鈍るでしょうから」
「承知しました。新型の水陸両用MS、アッガイ、ズゴックの配備を急がせます」
マ・クベからの要請は、あくまで連邦の輸送能力に対する牽制だった。特に連邦軍最大の生産拠点であるジャブローへの睨みは最重要課題だ。ガウ攻撃空母を中心とした哨戒部隊も増強せねばならない。ジャブローを直接叩く戦力は今の北米軍にはないが、そこから這い出てくる輸送部隊を海に沈めることはできる。
だが大西洋に戦力を割きすぎれば、今度はジャブローから北米大陸へ直接侵攻されるリスクが高まる。可能性は低いが、欧州にジオンの目を向けさせておき、手薄になった北米を一気に強襲する──その最悪のシナリオも想定せねばならなかった。
ガルマが治める北米とは、それほどまでに危うい軍事バランスの上に成り立っているのだ。
「戦況次第では、欧州への援軍をお願いするかもしれません。派兵の準備も、抜かりなくお願いしますよ」
マ・クベの通信が切れた。
ガルマはどっと溢れ出た疲労感とともに、机に視線を落とした。
随分と忙しくなる。マ・クベの要求は軍事的に至極妥当なものだが、それを北米の防衛と両立させるのは骨が折れる仕事だ。
北米方面軍はガルマ大佐が最高責任者である。そのため必然的に彼の指揮下に「大佐以上」の階級を持つ者がいない。ザビ家の末弟を優遇した、歪な人事編成のツケが、今すべてガルマの肩にのしかかっていた。
膨大な書類、全軍の指揮、兵站の維持。
ガルマは覚悟を決め、この過酷な状況を乗り切ることを誓った。ここでマ・クベに手抜かりを指摘されればザビ家の名を汚すことになる。
何より、それでは「イセリナとの約束」を果たせる男にはなれない。
欧州へ派兵するのであればどのルートが最適だろうか。
ふと欧州司令官が頭に浮かぶ。欧州を実質的に治めているのはユーリ・ケラーネ少将だ。マ・クベの直属に近い立場でありながら、豪放磊落で知られる将軍だ。かつて一度会った際、軍服の胸元を大きくはだけ、立派な胸毛を晒していた姿が新鮮な衝撃だった。襟から下げたスカーフの着こなしが妙に様になっていた。若くはつらつとした将だと思う。だがマ・クベとはベクトルの違う意味で「何をするか分からない不気味さ」を持つ人物、それがガルマの評価だった。
ケラーネのいる欧州へもオデッサから重モビルスーツ・ドムが続々と配備されているはずだ。だが主力は未だザクⅡJ型とその派生機だろう。
対して、戦線が比較的安定している北米軍管区では、本国からの技術者も多く、独自の新型兵器開発が盛んに行われている。ドムを局地戦へ特化させた新型も、間もなく量産体制に入れる。
水陸両用MSの増産も急務だ。高い格闘能力を持つズゴック、隠密性に優れたアッガイ。これらが潜水艦隊に行き渡れば、大西洋と地中海の制海権はジオンに傾く。
ジオンの誇るモビルスーツ。
緒戦で連邦の宇宙艦隊を文字通り壊滅させ、地上では戦車を蹂躙し、そして今は広大な海をも支配しようとしている。
連邦という巨大国家に比べ、あまりにも矮小なコロニー国家であるジオンが作り上げた、兵器体系の勝利だった。
この絶対的な優位を失わないため、北米の実験場では連日、改良と実験が繰り返されていた。
本来コロニー国家であるジオンにとって、重力下での兵器開発はシミュレーションに頼る割合が多かった。
コロニー内の遠心力を利用した疑似重力では、本物の地球重力下での挙動を再現できないからだ。
コロニー内で自転と逆方向に走れば、それだけで身体が軽くなる。逆に同方向へ走れば過度なGがかかる。そんな歪んだ重力環境では、地球の複雑な生態系や地形に適合するMSなど作れるはずがなかった。
だからこそ、広大な大自然を有するこの北米大陸は、ジオンにとって唯一無二のMSの産屋なのだ。
ザクを生んだジオニック社、ドムを擁するツィマット社、水陸両用のズゴックを開発したMIP社。各企業の垣根を越え、優秀な技術者が北米へ派遣されていた。
さらに、元々地球に存在していた巨大企業との繋がりも、ガルマの軍政を支えている。
『アナハイム・エレクトロニクス社』
北米に本社基盤を置きながら、戦前より月のグラナダやフォン・ブラウンといったジオン・連邦双方の領域に支社を広げる、巨大複合企業だ。
彼らは表向き連邦寄りでありながら、北米を実効支配するガルマ政権とも深く通じ、技術的連携を深めている。
連邦から鹵獲したガンタンクのリバースエンジニアリングが進んだのも、彼らがもたらした連邦系技術があったからに他ならない。
そして今、ガルマが最も開発を急がせたいのは、MS携行型の「ビーム兵器」だった。
ジェネレーター出力の高い水陸両用MSや、一部の大型兵器には内蔵型として搭載されつつあるが、ザクやグフが手持ちにできるビームライフルの小型化・実用化は未だ難航を極めていた。
だが、そのブレイクスルーの鍵は、既にガルマの手の中にある。
先日、五大湖周辺で繰り広げられた蒼い死神との死闘。その時ハミルトン研究所の残骸から、ガルマの部隊は連邦製のビームライフルを極秘裏に回収していたのだ。
フラナガン機関にも諜報部にも一切その事実を伝えず、キャリフォルニアへ運び込ませた。純然たる「ガルマ・ザビ個人の戦利品」だ。
EXAMシステム関連のデータは封印され、本国へ回収された。だがこれはEXAMシステムとは全く無関係な、兵器技術だ。回収させてやる義理など、どこにもない。
「これを解析できればジオンのMSも、あのガンダムと同じ力を手に入れる事ができる」
ガルマは執務室の窓から、夕日に染まるキャリフォルニアの滑走路を見下ろした。
「姉上には申し訳ないが、実際にガンダムと戦うのはわれわれだ。ビーム兵器の開発は地球でこそ急務だからな」