【機動戦士ガンダム】七色の新星ガルマ・ザビ 作:おかかと梅干
「まったくガルマも人使いが荒い」
暗く冷たいコクピットの中で、シャア・アズナブルは小さく呟いた。
呼吸のたびに口元で白いもやが生まれ、コンソールの鈍い光に照らされては静かに消えていく。
「なんです、少佐?」
怪訝そうな管制士官の声がインカムから返る。
「なんでもない。以降、無線封止。ズゴック隊、出るぞ」
大西洋下、深度200メートル。
陽光の届かない漆黒の世界。
海上からのソナー探知を妨げる、水温躍層のさらに下。潜水艦・ユーコン級が、重いハッチを静かに開放していく。
完全な闇のなか、3機のズゴックが海中へゆっくりと押し出されていく。
コクピットのモニターには画像処理された外部映像が表示されているが、肉眼で見ればそこは一寸先も見えない完全な闇の世界。この深海においては、真紅に塗装されたシャアのズゴックを視認できるものは存在しない。
攻撃目標は5000メートル前方、洋上を奔る連邦の輸送艦隊だ。
シャアの指揮するズゴック小隊はユーコンの巨体から離れると、背面のハイドロジェットを作動させた。取り込んだ海水を噴射し徐々に加速を始める。
海中での戦いでは、海上の艦隊に気づかれないことが最優先だ。静音航行を維持するため、シャアの代名詞である高速機動を封印し、もどかしい速度でズゴック小隊は進む。
「ふぅ──」
深海は極寒であり、気密性の高い耐圧殻に包まれているとはいえ、MSのコクピット内にも容赦なく冷気が這い寄ってくる。
「ノーマルスーツを着たらどうですか?」と何度聞かれたことか。
艦隊の陣形がシャアのモニターに浮かび上がる。輸送艦2隻を中心に、3隻の駆逐艦が2000メートル程度の間隔を保ち、逆三角形の防御陣形で取り囲んでいる。
シャアが作戦時刻を示すカウンターを確認する。
(間もなく時間だ)
艦隊の動きがにわかに騒がしくなった。
艦隊後方から、白い気泡の尾を引いて2発の高速魚雷が迫る。時間を置き、さらに2発。後方に潜むユーコンから放たれた攻撃の狼煙だ。
駆逐艦の舷側から、海中にいくつもの重量物が次々と投入される。
防御爆雷だ。
連続で投擲された爆雷は時間差で次々と大爆発を起こし、海中に凄まじい「衝撃波の壁」を作り出す。ユーコンの放った高速魚雷はその衝撃波の壁に巻き込まれ、駆逐艦の船体に届く遥か手前で破砕されていく。
攻撃を受けた艦隊は、陣形を維持したまま、進路は変えずに巡航速度を上げて戦域からの離脱を図る。
「防御は解いてくれんか。連邦も学んでいる」
シャアが苦々しく呟く。これまでの戦闘であれば、連邦の艦隊は魚雷攻撃を受けると、発射元の潜水艦を狩るべく突撃してきた。だが、この艦隊は防御陣形を頑なに解こうとしない。
代わりに、駆逐艦底のハッチが次々と開放された。
各駆逐艦から2機ずつ、球体の胴体に細いアームを生やした小型の水中戦用ポッド・フィッシュアイが投入される。
計6機のフィッシュアイは、航行音を撒き散らしながら、ユーコンの方向へと牙を剥いて向かっていく。
「無線封止解除。お前たちは駆逐艦を狙え。目玉は私が引き受ける」
シャアは短く指示を飛ばすと、自らは赤いズゴックのハイドロジェットを全開にした。
僚機のズゴック2機は海上の駆逐艦の一隻に狙いを定め、頭部からロケット魚雷を放つ。
海面下に潜むMSの存在に無警戒だった駆逐艦は、回避運動もままならず艦底に魚雷の直撃を受ける。一瞬の閃光の後、大量の海水が浸入。船体は水圧と自重により歪に変形し、甲高い金属音を海中に撒き散らしながら、沈没していく。
高速で接近するシャアのズゴックの存在に気づいたフィッシュアイは、回頭し、頭部のスピアガンを射出する。質量弾であるスピアは、潜水艦に対しては一撃で致命傷になり得る兵器だが、水中を立体的に機動するMSに当たるものではない。
静音航行の呪縛から解放された赤いズゴックは、激しい気泡を纏いながら、陸上をも凌駕する超高速でフィッシュアイに迫る。
ズゴックは腕を振るい、鋭く厚いアイアンネイルを突き立てた。鋼鉄の爪がフィッシュアイの球体耐圧殻を容易く切り裂く。フィッシュアイは裂け目から激しい圧縮空気の泡を撒き散らすと、水圧に耐えきれなくなり内側へと潰されていった。
シャアは圧懐したフィッシュアイの残骸を足場に蹴りつけ、さらに加速する。眼前の一機の至近を通り抜け、すれ違いざまにアイアンネイルを引っ掛けた。まるで果実の皮を剥くように容易く分断した。
残った4機のフィッシュアイが一斉に回頭し、短魚雷を撒き散らす。
「自殺行為だな」
短魚雷は射出直後から加速できる兵器ではない。
赤いズゴックは両腕を前方にピタリと突き出し、メガ粒子砲を放った。
海中でのメガ粒子砲は水分子による著しい熱拡散を起こすため、長距離の攻撃手段としては脆弱だ。だが、直進するメガ粒子のスピードは、水中とはいえ魚雷よりも遥かに速い。
短魚雷の群れに吸い込まれたメガ粒子は、一瞬で周囲の海水を沸騰させ、残されたエネルギーによって魚雷を爆散させた。
加速の遅い短魚雷は、未だフィッシュアイたちの至近距離にあった。1発の爆発に巻き込まれた周囲の短魚雷が、次々と誘爆を起こしていく。
海中に生まれた巨大な衝撃波の塊は、逃げ遅れたフィッシュアイ4機を容赦なく飲み込む。
耐圧殻を破損した機体から、白い泡の塊が爆発するように吹き出す。泡はゆっくりと海面へと登り、押し潰された機体は金属の歪む鈍い音を残しながら暗い海底へと沈んで行った。
護衛の戦闘ポッドをすべて失った艦隊は、輸送艦を前面に押し出し、残る駆逐艦2隻が後衛へと回る。時間を稼ぎ援軍を待つつもりだろう。
駆逐艦から連続した飛翔音。続いて激しい着水音。水中に3つのロケット音が響き渡る。
水中を驚異的な速度で進む、対MSロケット魚雷だ。小型のため炸薬量こそ少ないが、単純な最高速度ではズゴックを遥かに凌駕する。
「散開しろ!」
3機のズゴックはそれぞれ異なる方向へ散開するが、ロケット魚雷は正確に一発ずつ追いすがる。徹甲弾とは違い、魚雷はただ躱せばよいというものではない。近くで爆発すれば、水を媒介としてその破壊的エネルギーが衝撃波として高速で伝わり、MSの装甲を粉砕する。
対抗するには、デコイで撹乱するか、あるいは魚雷の推進力が尽きるまで逃げ切るか──。
小隊僚機のズゴックは全速で逃げながら、機体から複数のデコイを放出した。デコイが魚雷の進路へ入ったのを確認すると、背部ジェットを完全に停止。音と動きを消し、息を殺してじっと魚雷の動きを見守る。
魚雷は放出されたデコイの横をすり抜けた。
僚機は慌ててハイドロジェットを全開にし、再加速を試みる。だが完全に停止している状態からの加速では、最高速に達しているロケット魚雷からは逃げ切れない。高速の魚雷はズゴックの胴体に直撃し、漆黒の海中に一瞬の強烈な光を放った。重い振動と破砕音が海中を駆け抜け、仲間が撃破された事実を伝える。
「少佐!こっちもデコイが効きません!」
残された僚機が、狂ったように魚雷から逃げ惑う。
残ったデコイを手当たり次第に放出するが、魚雷はズゴックのハイドロジェットが引き起こす航跡を正確に追いすがる。音響だけでなく、熱や電磁波反射、水流の変化までをも感知する複合誘導型。随分と高価で執拗な兵器だ。
「こっちに来るんだ!」
シャアの鋭い指示が飛ぶ。
シャアの駆る赤いズゴックは、自らも対MS魚雷に執拗に追われながら、ハイドロジェットを限界駆動させ、僚機を追う魚雷の進路へと割り込んだ。
逃げ惑う僚機の動きと、それを追う魚雷の危険な交差ポイントへ自ら突っ込む。
シャアの赤いズゴックは、すれ違いざまに頭部のロケット魚雷を正面に向けて連射した。
ズゴックの魚雷は頭部に固定されているため、航行しながら進行方向に撃つか、一度停止して頭部を向けるしかない。シャアは精密な機体制御で、滑り込むような姿勢のまま弾幕を張った。
シャアの放ったロケット魚雷が、僚機を追う対MS魚雷の手前で連続して爆発を起こす。その強烈な爆発エネルギーの壁に突っ込んだ対MS魚雷が誘爆し、さらにその大爆発の衝撃波が、シャア自身の背後を追っていたもう1発の対MS魚雷をも巻き込んだ。
海中戦であろうとも、シャアの空間把握能力と戦闘スキルは、遺憾なく発揮された。
「助かりました少佐!」
「油断するな。次弾が来る前に駆逐艦を沈めるぞ」
赤いズゴックが先導し、ハイドロジェットの出力を限界まで引き上げて駆逐艦へと迫る。稼いだ速度をそのまま上向きの推進力に変え、海面めがけ一気に急上昇していく。
水圧が激変し、ズゴックの外殻が音を立てて軋むが、シャアはそれを無視。激しい水しぶきを上げ、海面へと弾け飛ぶように飛び出した。
脚部のロケットバーニアを爆発的に噴射させ、さらに空中での高度を稼ぐ。青い海より出でた真紅の機体は、巻上げた海水と共に駆逐艦の甲板へと降り立った。
ズゴックはモノアイを光らせ、眼下のブリッジを睨みつける。
「ズゴックは陸上戦も得意なのだよ」
言い終わると同時に、右腕のアイアンネイルでブリッジを力任せに殴りつけた。分厚く鋭い金属の爪は、防弾ガラスと装甲に守られたブリッジを、紙細工のように粉砕する。甲板に設置された機銃が慌てたようにズゴックを狙うが、太い脚を振り上げ、機銃ごと甲板を踏み潰す。
ズゴックは両腕を突き出し、艦体中央から艦尾に向かい、メガ粒子砲を同時に発射した。
エネルギーの閃光が、駆逐艦の竜骨と機関部を一瞬で突き破る。船体は中央で爆発し、真っ二つに折りたたまれるようにゆっくりと沈没していく。
残るもう一隻の駆逐艦には、僚機が海面下から雷撃を行っていた。艦底でいくつもの爆発が連鎖する。
シャアは援護のために両腕からメガ粒子砲を撃ち込んだ。2条の閃光が海面を割り、ブリッジと中央部を突き抜ける。
護衛の駆逐艦はすべて無力化した。しかし時間を掛け過ぎた。ターゲットである肝心の輸送艦とは、すでにかなりの距離が離れてしまっている。
水平線の向こうへと全速で逃げ去っていく輸送艦を、シャアは苦々しげに見守る。
これは、追いつけないか?
次の瞬間、はるか先の輸送艦の船体から、巨大な水柱と火柱が連続して噴き上がった。
「ユーコンか。いい仕事をする」
シャアは少しだけ悔しさを滲ませながら、口角を上げた。
◇◇◇
連邦軍本部ジャブローで生産された膨大な軍需物資は、空輸と海運の両面で、西欧へと絶え間なく送られていた。
両地は広大な大西洋によって隔てられ、最も近いイベリア半島でさえ、直線距離にして7000kmにも及ぶ。
シャアに与えられた任務は、この広大な海上輸送路の哨戒と破壊であった。
2週間の哨戒任務を終え、ニューヤークの軍港へ帰港すると、そこにはランバ・ラル大尉の姿もあった。
中央アジアより戻って後、彼らラル隊もまた潜水艦を任され、カリブ海、島嶼部への揚陸作戦に携わっていた。
「この風、この肌触り。ベタついてかないませんな」
潮風に吹かれながら、ラルは闊達に笑った。クランプやアコースら隊員たちも、楽しそうに笑っている。シャアには意味が分からなかったが、きっと彼らラル隊のなかだけで通じる、戦場でのネタなのだろう。
しかし、ガルマが直面している現実は笑えるものではなかった。
ガルマは麾下の潜水艦隊の実に8割をこの大西洋に向けて投入していた。だが海洋という広大な空間を満たせるだけの哨戒網を敷くことなど、物理的に不可能だった。どれだけ網を広げようとも、網の隙間を見つけては、連邦の大魚は確実にすり抜けていく。
最も包囲の網を狭められる要所はアマゾン川の河口であったが、そこにはベレンの軍港を母港とする連邦の精鋭艦隊と航空部隊が陣取り、強力な対潜監視を行っている。
ジオンが保有する潜水艦の数では包囲網を維持できなくなる広い海域まで、連邦は確実な勢力圏を維持し続けていた。
さらにジオン軍の足元を脅かしていたのは、兵站と教育の限界だった。
ズゴックやアッガイ、ゴッグといった水陸両用MSはある程度の数が揃い始めていたが、それを操るパイロットが圧倒的に不足していた。そのため、海戦の経験など全くないシャアやラルのような、宇宙や陸戦のエースまでもが哨戒に駆り出されているのが現状だった。
それ以上に深刻だったのが、MSの母艦となる潜水艦の不足である。現存するジオン潜水艦の多くは、連邦からの鹵獲艦なのだ。それらをMSが運用できるよう改造を加え、だましだまし使用しているに過ぎない。
そして、現場に最も重い負担となっていたのは、潜水艦を動かす運用クルーの教育であった。
宇宙戦艦の運用には熟達している優秀な兵たちであっても、潜水艦の運用は「畑」が違いすぎたのだ。
宇宙戦艦は、広大な三次元空間を超高速で移動する。限られた推進剤を効率よく使うため、軌道や進路を緻密に計算し、加減速のタイミングや噴射時間まで計算しつくされた世界だ。
逆に潜水艦は、あまりにも緩慢な動きを延々と続けることになる。
この時代においても、索敵の主役は「音」であった。海中を駆け巡るクジラの鳴き声、海底の地鳴り、波の雑音。それら無数の騒音の中から、敵の推進機が発する僅かな音を正確に拾い上げ位置を探し出す。
敵から知られないようにするため、静かにゆっくりと動き、海流を計算して移動する。
宇宙という「無」の世界しか知らない者たちが、周囲の全てを水に囲まれた地球の「海」という複雑な怪物を相手に戦うことになる。最低限にでも運用できるようになるためには、気が遠くなるほどの時間と、精神をすり潰すような負担がかかっていた。
限られた人員で賄うために、配置換えや他部隊からの無理な転属でどうにか穴埋めをしてはいるが、前線の兵たちの疲弊と負担は、開戦初期よりも確実に、そして深刻に増え続けていた。
ガルマが直面した問題に苦心し対応している間にも、連邦は戦力を増し進軍を続けている。
ヨーロッパでの戦いは激しくなっているという。ケラーネ少将の西欧方面軍が最前線となり、連邦の攻撃を受け止めている所だろう。