【機動戦士ガンダム】七色の新星ガルマ・ザビ 作:おかかと梅干
北米大陸最大の軍事拠点キャリフォルニア。北米西岸より太平洋に臨み、陸海空軍のみならず宇宙港機能まで備えた巨大軍事基地である。
かつては連邦本部ジャブローを守る重要拠点であったが、ジオン軍占領後は逆にジャブローを睨む橋頭堡となっている。
北米東岸にあるニューヤークはガルマ軍政下の政治的な中枢として機能し、軍事的な中枢としてはここキャリフォルニアが北米大陸最大の戦力を有する。
ガルマはキャリフォルニアの執務室に着き早々、応接室に男を呼び出した。
重厚なテーブルを挟み二人の男が重々しい雰囲気のなかで席につく。
「世話になったなシャア」
挨拶もそこそこにガルマは語り掛けた。
「そういう皮肉は君らしくないなガルマ」
ガルマは皮肉る事で会話の主導権を握ろうと思っていたが、あまり効果は無かったようだ。
次の会話が始まるまで、二人はコーヒーを半分ほど飲んでいた。それなりに良い豆を使っているのだが、ガルマには必要以上に苦く感じた。
先に沈黙に耐えられなくなったのか、シャアは組んでいた足を組み直した。
「理解できているのだろ、私が君を殺そうとしたことを」
「分かっているさ。一生消えない傷を残してくれたのだからな」
体にではなく、心にだ。親友が自分を殺そうとした、その事実はガルマの繊細な心を錆びた鉈で切り付けるように乱暴に切り裂いた。
自分を殺そうとしたのがほかの人間、例えば上官であるマ・クベ中将あたりであったのならここまでは傷つくこともなかっただろう。
「ジオンの、君のお父上の事が原因か」
ガルマがジオンの名を口にするとき、僅かなためらいがあった。ジオン・ズム・ダイクンが生きていた時代をガルマはほとんど覚えていない。まだ幼い子供だったのだ。父デギンも末の子供に政治闘争を見せぬよう、よい父として振る舞った。上の兄弟たちは末弟を政治に介入させるつもりはなかった。
ガルマにとってジオンの名は、個人ではなく国家の、愛する母国の名前なのだ。
「あれだけ状況証拠がそろっているのだ。言い逃れできるとは思っていまいガルマ」
お前達が父を殺したのだ、そういう意味だ。
シャアの言葉が重い土嚢を背負わすようにガルマにのしかかる。ジオンの死後、ザビ家が権力を握るまでがあまりにも鮮やかすぎたのだ。
デギンを中心とするザビ家は皆たしかに優秀であった。だがジオンの死が不慮の事であったのなら、何故あそこまで迅速に行動できたのか。何の準備も無く、ジオン・ズム・ダイクンの死後、あれほどスムーズに権力の掌握がてきただろうか。
暗殺の物証は今後出てくる事はないだろう。自白もあり得ない。ジオン・ズム・ダイクンの死は、立場によって答えの変わる、永遠の謎として残りつづけるだろう。
そしてシャアの立場にとっては、父ジオンの死はザビ家の謀殺によるものだ、というのが答えなのだ。少なくともシャア自身はそういう立場をとろうとしている。
ジオンの死によって、シャアと妹は苦しい立場に置かれた。常に暗殺におびえ、名をかえ、地球と宇宙を逃げ迷った。その中で愛する母アストライアは死に、妹とは今生の別れをとげた。
そして父ジオンの名は、ザビ家によってプロパガンダに成り下がった。
この状況を許せる者などいるだろうか。少なくともシャアはザビ家を倒すべき敵と認識している。
「シャア、いやキャスバルと呼ぶべきか」
「今更だ。シャアでいい」
「ではシャア、私はお前に謝罪するべきなのか。わがザビ家のやりようを、父や兄たちがしたことを。出来うるのであれば死をもって」
ガルマの言葉に、シャアの仮面の下の表情がわずかにゆれる。
「手始めのつもりだった。続いて君の兄上たちにも死んでもらうつもりだったのだがな」
「赤い彗星としては失態続きだな。木馬の件につづいて」
「痛いところをついてくれるな」
木馬攻撃の度重なる失敗については、確かにシャアの力不足による失態だった。だがガルマの謀殺についてはどう評価すべきか。なにせ最終的にガルマの命をシャア自身が救ってしまったのだから。
シャアの理性と知性は揺れ続けていた。ガルマを謀殺しようとしたあのときから。
はたしてガルマは倒すべき相手なのだろうか。彼は父ジオンの死には一切関係はない。ザビ家として権力の中枢にはいるが、復讐すべき相手なのだろうか。ガルマが死ねば、ザビ家に大切な家族を失うつらさを教える事はできるだろう。その手段として、ガルマの死は大きな一手かもしれない。
だがそんな事のために殺すべきなのか。この目の前の男を、ガルマという友を。失ってもよい人なのだろうか。
シャアの中ではザビ家に対する憎悪と、ガルマ個人にたいする親愛の情、その二点が相反していた。
ザビ家への復讐のためにガルマを殺せば、親友を失う事になる。その喪失感はどれほどのものであろう。
「シャア、私は父や自分の生まれを恨んだりするつもりはないよ。貴様の事を恨むつもりもない」
意外な事を言われ、シャアは僅かに動揺した。おそらく自分は処刑されるだろうと、シャアは考えていたのだ。物証はすべて消したが、全てを知っているガルマが生きてここにいるのだから。
「私を殺そうとした相手だ。少しばかり憎いがな」
冗談めかし話をつづける。
「だからといって、お前を処刑するつもりはない。かといって許せるかと言われれば否だ。私もそこまでお人よしではない。だから少し利用させてもらう」
真意がわからず、シャアは眉根をよせた。
「シャア、お前は好きな女性がいるか。恋人は」
「唐突だな。いないよ」
鼻で嗤いシャアが応じた。
「シャア、私は好きな女性がいる。イセリナと愛し合っている。私は彼女を幸せにしたい」
「のろけか。私としてはこの場は自分の命がかかっていると思っている。少し場をわきまえてほしいな」
「ならば私に命を預けろ。力をかせシャア」
「冗談では無い、そんな事につきあっていられるか!」
「私は本気だ。イセリナを幸せにする。そのためにはお前の力を借りたい。──そしてジオンを変える」
場違いなのろけ話のなかに、唐突な言葉があった。
「今のジオンをどう思う。個人的な感情を今は抜きにしてほしい。お前の理性はジオンのありさまをどう見る。腐った巨人である連邦を倒すために、我々ジオンは強くなくてはならない。だがそのために都市を消滅させ、地球を削り取る事が正しいのか。むこの民ごと蒸発させることが正しいのか。われわれスペースノイドの独立のためにアースノイドを殺しつくす戦いが正しい姿なのか」
「これは戦争だという事はわかっているな」
「ああ、国と国との戦いだ。だから条約もある。だが、今のジオンのやりかたは私には受け入れられない。ギレン兄さんが考え、行っていることだ。私にはとうてい及ばぬ深慮があるだろう。私にはドズル兄さんのような戦略眼もないし、キシリア姉さんのような思慮も無い。
だが地球に来てわかった。イセリナと出会ってわかった。ジオンは正しく無い。連邦軍を倒せても、市民を味方につけることはできない。現に私の統治下にも反乱の火種はくすぶっている」
叛乱首謀者の一人はイセリナの父だ。さすがにその事は口にはしなかった。
「私はジオンを救いたい。我が母国ジオンと、そして君の父上をだ」
シャアの表情が歪む。父を救うとはどういう意味だ。軽々しく口にするなと。
「私にはお父上のといたニュータイプ理論というのは難し過ぎる。正直理解できない。だがジオンはそのニュータイプ理論を間違った方向に利用しているのは分かる。私はそれを正したい。このままではジオンはやぶれ、ジオニズムは戦争に利用された急進的なプロパガンダとして記憶されることになるだろう。シャア、それで良いのか」
「ずいぶんと大それた事をいう。君がジオンを勝利に導き、政治の腐敗をただし、ジオニズムを正道へと戻してくれるというのか」
「わたし一人にできるはずがない。だから力をかせというのだ。赤い彗星シャアとしての力とキャスバル・レム・ダイクンとしての力を」
「断れば?」
「私の殺害未遂の罪で死んでもらう。いま君の命は私が握っている」
シャアは何も答えず沈思した。
「断らないと分かっていただろう」
「当然だな、命がかかっている。それに友人の頼みを断る君でもあるまい」
「もし君が私の理性に問いかけ、ジオンの政治的な正当性やジオニズムの復権だけを説いていたなら、わたしは君の背後に姉上あたりの影を感じていただろう。だが私は君を信じる事にする。友情や愛情だを策謀に使えるほど大人ではないからな、私の友人のガルマという男は」
「シャア、君という男をたぶらかすのは意外に簡単だな。お互いまだまだ坊やだ」
ふたりが飲み干したコーヒーは冷め切っていたが、不思議なぬくもりと甘さをかんじた。
分かりにくそうな所を少し変更