【機動戦士ガンダム】七色の新星ガルマ・ザビ 作:おかかと梅干
「間に合ったな」
ガルマ・ザビは、安堵と不敵さの混じった笑みをその口元に浮かべた。
ジャブローからキャリフォルニア基地へと侵攻する地球連邦軍の航空部隊。その規模は、さほど大きなものではなかった。ガルマが木馬攻撃部隊を動かしたことに反応し、戦力的な穴を突こうとした、あるいは木馬の逃亡を助ける牽制のために出撃させた小規模な部隊に過ぎない。
だが、基地至近まで迫った連邦の航空隊は、手ぶらで帰るわけにはいかないという功名心にかられていた。彼らは基地の爆撃という明確な「戦果」を求め、果敢に突き進む。
その鼻先を、ガウ攻撃空母から放たれたメガ粒子砲の閃光が切り裂いた。
射程ギリギリ。有効打には程遠い、敵の鼻先をただ掠めるだけの砲撃。
連邦の目には、それが「迎撃が遅れ、慌てて放った不意の一撃」と映ったはずだ。
連邦の主力戦闘機『セイバーフィッシュ』を中心とした護衛部隊の統制が、その瞬間に乱れた。本来の任務は爆撃隊の護衛である。しかし、ここまで目立った迎撃もなく進軍してきた彼らの油断は慢心へと変わり、殺意へと変貌した。
手頃な手柄を前にして、彼らは護衛の任を解き、ガウへと進路を転換する。
この時点で、勝負は決した。
ガウへと殺到するセイバーフィッシュ隊の頭上、さらに高高度の雲を割って、ガルマが伏せさせていたドップ隊が猛禽の如く急降下襲撃をかけた。不意を突かれ散開する敵戦闘機隊を、今度はガウの直掩部隊が正面から迎えうち、逃げ道を塞ぐ。
統制の乱れは、連邦の混乱を物語る。
護衛を失った爆撃隊の背後からは、待機していた別働隊が容赦なく襲いかかる。背後から焼かれた爆撃隊は、逃れるようにキャリフォルニア基地が誇る対空攻撃網へと自ら押し込まれていった。
敵の進路を正確に予測し、予め部隊を展開しておく。木馬との激戦を終えた直後とは思えない、迅速な采配であった。
敵航空部隊の進路を把握することは難しくなかった。彼らの狙いがキャリフォルニア基地なのは明白だったからだ。あとは、爆撃隊を過保護に守る戦闘機隊を、こちらの霞網へと誘導すれば良い。
ガルマはメガ粒子砲の1発で成し遂げたのだ。
木馬攻撃時にはただの囮として脇役を務めた航空隊は、その鬱憤を晴らすかのように苛烈な猛攻を加えた。
ガウのメガ粒子砲が再び火を噴く。今度は、わざと外す意図などない。一撃が奔るたびに、敵の群は数を減らしていく。
地上の対空陣地もまた、完璧なタイミングで連動していた。猛烈な機銃掃射が敵の進路を壁となって塞ぎ、速度を失ったところに誘導ミサイルが容赦のない止めを刺す。
さらに、ザクキャノン隊の一部は、長距離砲撃を次々に命中させていった。青い空を、いくすじもの黒煙が切り取っていく。爆炎が天空に花を咲かせたかと思えば、次の瞬間に砕け散った金属片が花弁のように地上へと舞い散る。脱出できた連邦のパイロットはどれほどいただろうか。
連邦軍は、まともな戦果を挙げることなく敗走した。撃墜されたフライマンタが制御を失って基地内に墜落し、ビルの一つを損壊させたこと。それが、連邦軍がこの地で残した唯一の爪痕と言えた。
「坊や」と呼ばれた男の、完全なる勝利であった。
華々しい防衛戦を終え、勝利に湧く基地に帰還したガルマは、ランバ・ラルからの緊急の申し立てによる秘密会議を開いた。
几帳面に整えられた会議室。ガルマを筆頭に、シャア・アズナブル、ランバ・ラル、そしてクラウレ・ハモンが席に着く。今や、ガルマが最も信頼を置き、腹心と呼べる者たちだけで構成された円卓だ。
会議の口火を切ったのは、ラルの少し高揚したような一言だった。
「木馬には、アルテイシア様が乗っておいでです」
唐突なランバ・ラルの発言に、ガルマとハモンは息を呑んだ。だがシャアだけは、仮面の奥で僅かに目を細める。心当たりがあったのだ。サイド7に潜入した際、連邦の軍服を着た、あの懐かしい妹に酷似した少女と遭遇していたのだ。
「まさか、本当にアルテイシアだったとは」
ラルがさらに言葉を重ねる。
「私も驚きました。まさか連邦の軍服をお召しになっているのですから。しかし、この目と耳でしかと確認しました。間違いありません、あれはアルテイシア様です」
あの慎重かつ実直なランバ・ラルが、ここまで断言するのだ。人違いという可能性は万に一つもない。
「…となれば、話が変わってくるな」
ガルマが前髪に手を当て、呟く。
「安易に木馬を撃沈することができなくなりましたな」
ラルの言葉通り、事態は複雑化していた。
現在、木馬は太平洋を西へと進んでいる。道中、ジャブローから発された臨時の補給部隊と合流した形跡もあった。
ハモンが卓上の電子マップを操作しながら、冷静な分析を口にする。
「おそらく、アジアへ向かうつもりなのでしょう。アジアはいまだ連邦の強固な支配圏ですから」
アジアには、地球連邦議会の置かれる首都『重慶』が存在する。連邦はこの地を死守するため、ルナツーを母港とする強力な「首都防衛艦隊」に常に軌道上を警戒させており、ジオンが得意とする大気圏降下作戦を妨げている。
地上もまた起伏の激しい峻険な地形で、蟻一匹通さぬほどの強固な防衛陣地が築いていた。
「追撃するにしても、我が方の支配圏から大部隊を動かすわけにはいかん。アジアの防衛部隊を過剰に刺激してしまうからな」
「動くならば、少数精鋭で秘密裏に追うしかありません」
ガルマとラルの会話の通り、ジオン地球侵攻軍の方針として、アジアへの深追いは推奨されていなかった。
ジオンが戦争の相手としてターゲットを絞っているのは、あくまで地球連邦「軍」だからだ。
もし首都を直接攻撃すれば、文官主導の連邦議会がパニックを起こし、軍に対して常軌を逸した無理な要求を突きつける可能性がある。そうなれば、連邦軍も文民統制の名のもとに、自滅覚悟の総力特攻を行わざるを得なくなるかもしれない。泥沼の消耗戦は、ジオンとしても最も避けたい事態であった。
逆に、軍だけを執拗に叩き続けることで「この戦争の元凶は連邦軍そのものである」という印象を世論に植え付けることもできる。
ジオンは連邦軍に対して、かつてのコロニー落としのような苛烈な手段を厭わない。
『我が軍は連邦軍本部ジャブローを正確に狙った。しかし、連邦軍が己の保身のためにそれを迎撃し、軌道を逸らしたからこそ、シドニーは消滅し億単位の無辜の民間人が死んだのだ。民間人を殺したのは、軍の身勝手な抵抗のせいだ──』
事実の歪曲であり、詭弁でしかない。しかし、それを「正当な主張」として世界に認めさせるための情報工作が、総帥府やキシリアの指示のもとで冷徹に進行している。連邦議会と連邦軍の間に決定的な軋轢を生じさせ、早期の講和へと持ち込むこと。それがギレン・ザビの目論む戦略だった。
そもそも、アジア首都の防衛力はあまりにも強固だ。無理に侵攻すれば、ジオンとて維持しきれないほどの出血を強いられる。ゆえに現在は、ジオンの支配圏に対して連邦が打って出てこないよう、互いに銃口を向け合ったまま牽制し合う「半ば消極的な中立地帯」と化していた。
木馬が逃げ込もうとしているのは、まさにその泥沼の入り口だった。
ガルマは深く黙考していた。
なぜ木馬はアジアへ向かったのか。北米から太平洋へ抜けた後なら、南下してそのまま本拠地ジャブローへ逃げ込むこともできたはずだ。にもかかわらず、危険な西へのルートを選んだ。当然、連邦の最高機密である『V作戦』に関連した、何らかの意図があるはずだ。
先の戦闘で、連邦の新型MSの一部は回収できた。残されたログを解析するだけでも、V作戦の全貌はかなりの割合で解明できるだろう。軍のトップとしての成果なら、それで十分と言えた。
だが、あの『木馬』と呼ばれる新型戦艦。そして何より、恐るべきビーム兵器を携行し、突出した性能を見せた『白いMS』。あれほどの脅威を、このままアジアの懐深くへと見逃して良いはずがない。
何よりその艦には、ジオン・ダイクンの遺児、アルテイシアが乗っているのだ。
ガルマは、チラリとシャアの横顔を見た。シャアとランバ・ラル。この二人が彼女の身の安全を誰よりも切望していることは、言葉にされずとも伝わってくる。
このまま見逃せば、彼女はどこか遠い戦場で命を落とすかもしれない。だが自分たちが追うのであれば、彼女の安全に最大限の配慮を払いながら、木馬を無力化することができる。
しかしそれは極めて危険な政治的毒を孕んだ難問でもあった。
シャアの正体と、その妹の生存。この事実が他者に知られることは絶対に許されない。ジオン・ズム・ダイクンの二人の遺児は、公式には「行方不明」とされていた。もしこの事実が、本国で目を光らせるギレンやキシリアの耳に入れば、政治的不安要素として兄妹は抹殺される可能性もある。
兄上たちに知られる前に、私が動くしかない。木馬は完全に我が部隊の専任として手配しなければ。北米の管轄を外れることになるが、兄上達には無理を通してでも認めてもらわねばならない。
ガルマの瞳に冷静な野心と、夢に向かう熱い覚悟の炎が灯る。彼は顔を上げ、円卓の腹心たちを見据えて言い放つ。
「よし。今後も木馬の追跡は我々が継続して行う」
その力強い声に、室内の空気が引き締まる。
「シャア、そしてランバ・ラル隊を中心に、少数の精鋭モビルスーツ部隊でこれを追撃する。目的は『木馬』及び『白いMS』の捕獲、もしくは完全破壊。ただし、作戦の最優先事項として、アルテイシア嬢の安全を最大限に留意する。そのためには我々は全力を尽くすぞ」
ランバ・ラルが深く頭を垂れた。ハモンもまた、慈愛と満足の混じった美しい微笑みをガルマに送る。
そして、シャア・アズナブルは。
「御意に、ガルマ。期待に応えてみせよう」
恭しく一礼する仮面の裏側で、シャアはひとり考えを巡らせる。
親の七光と言われるガルマ・ザビが、今、己の政治的リスクを全て背負ってまで、自分と妹の命の安全を保障しようとしているとは。
仮面の奥の双眸は、かつては冷徹に復讐の炎を宿らせていた。だが今は期待と羨望に似た温もりを宿す。
──ガルマも自ら輝きはじめている
※誤字修整いたしました
キャノン娘 様
ご報告ありがとうございます