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今時、写真検索なんてもののお陰でそれを説明する言葉が出なくても、スマホ一台あれば目の前のものが何かを調べることが出来る時代がやって来ている。
唯一の問題は、その調べたいものが写真には映らないものということなのだけれども。
スマホのディスプレイと睨めっこ、思いつくワードは片っ端から入れたけれどもお目当てのものは見つからない。
精霊、発光体、見えないけど見える、異世界へ繋がる扉、月がずっと空に浮かんでいる場所、etc、etc。
私には全く知らないことだらけだった、スマホを投げ出してベッドに体を投げ出す。
なんでもっとあいつに教えてもらわなかったんだろう、知っておけばもっとやりようがあったのに。
自惚れていた、甘く見ていた。ずっと隣にいてくれると思っていたのにそんなことはなく、そもそも追いつけてすらいない現実が残っている。
「エリア、いつからこっち側にいたかわかる?」
『わからない、気づけばここ』
身を起こした自分の肩に着地して、彼女(?)はそう言った。
そもそも精霊はこの街しか現れないのだろうか?
そんなシンプルな疑問すら答えを出せない。出現地域が限られてるからこそ、ネットに話題として上がらないという予想もある。
もしくは、興味本位で扉を抜けた人が大体命を落としてしまうとか。少なくとも私の時は稲葉というガイドがいたけれども、その他大勢はおそらくそこまで恵まれた状況ではないような気がした。
ただ、相関するであろう事故件数は調べてみた。
稲葉は精霊が死ぬ時に、現実に被害をもたらすという胡散臭い話をしていたけれども、それが本当ならばこの街と他の街でデータ上では著しく差が出るのかもしれない。
だけども、有意な差が出ているようには私には思えなかった。そもそもの話、これまでずっとこの町で生きて来て事故が多発しているという話も聞いたことがない。
そこから導き出される答えは?
うーんと頭を捻ってみるも、しっくりくる答えが出ずに回答を保留する。
「エリア達はさ、もっとどこか遠くに行きたいなーって思ったりしないの?」
『戻りたい場所は、一つだけ』
「そりゃわかるけどなんというか、もっと他に安住の地があるかもとか、それを探してみようとか考えないの?」
『理解不能、帰巣を放棄しろと?』
そういう訳じゃなかった。
慌てて謝罪したけれど。その輝きから見るに、少しだけいつもより機嫌を損ねているように見えた。
まあ、こちらの予想を勝手に重ねてるだけだから、実際のところはわからないけれども。
こういう思考を巡らせるのが苦手なのだ、そうするより衝動を実行に移して結果を確認してしまう方がずっと楽なように思える。
今の私にできることは手の届く範囲を守ること。
精一杯頑張れるだけ頑張って、手の届く範囲の幸福を拾うことしかできない。
姿見鏡の前に立って、服を脱いだ。
今のところは殆どが服装で隠せる範囲ではあるけれど、服をぬけば痣や軽い擦り傷はそこら中にあった。
特に顔の切り傷はいただけない。絆創膏で隠せる範囲ではあるけれど、もしかしたら後になるかもしれない。
盾で防げるとはいえ限度がある、それに盾を捨てて標識振るってる時もあるのだからどうしようもない。
鏡を見ながら打ち身の部分に湿布を貼っていると、不意に肋が強く痛みを発して思わず顔を顰める。
十全には程遠いあまりよろしくないコンディション。
だが、それでも今日の相手からは逃げられない。
痛み止めを口に放り込んで、私は家を飛び出した。
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今日の扉の出現位置に関しては、エリアを頼る必要もなかった。
私はそれが現れる位置を知っている。
多分、いや間違いなく一番思い入れがある場所。
慌てることなく、改札を抜けてホームに立つ。
程なく電車が滑り込んできて、私はそれに乗り込んだ。
扉を抜けた先は、やっぱりがらんどうの車両。
適当に、やたら温い座席へと腰掛ける。あの時と違って今日この場所には私だけ。
対面に稲葉が座っているような気がして、思わず瞬きをする。目を瞬かせれば、やっぱりそこには誰もいない。痛み止めが効いたのか、私が昔の影をそこに重ねてしまったのだろう。
「……今の私を見たら、あいつはなんていうんだろ」
『……』
エリアはその呟きになんの反応も示さなかった。きっと、その質問をまともに考えても意味がないと学習したのだろう。
まだあいつが見守ってくれていると信じている。だが、見守ってくれてるにしても、その声を聞くことができないのが恨めしい。
よく頑張ってると褒めてくれるだろうか?
それとも、さっさと俺に言えと怒るだろうか?
もしかしたら、一人で背負うんじゃないと叱咤されるのかもしれない。
横に流れすぎていく風景を見送りながら、「でも、稲葉もそうしてたじゃん」と呟きが漏れた。
あの時の私の選択は間違ってたのかな。
ずっと稲葉一人に背負わせてたのが最適解だったら、私はどうすればいいのだろうか?
脳裏にこびりついて離れない考えがある。
私が無理に同行したから、あいつの知っているレールから外れてしまって、だから稲葉は死んでしまったのだと。
わからない、答えは見つからない。
だけども、そこで立ち止まるわけにはいかないことは分かっている。最後に託されたからには精一杯頑張らなきゃいけないってことも。
悲鳴のような音と一緒にスピードがガクンと落ちた列車から飛び降りる。
これから何が起こるかはちゃんと覚えている。
ただ大きな問題が一つ、あの列車に対する明確な対策が閃いていないということ。
私は稲葉と違って、あの列車を一撃で仕留める火力が備わっていない。
あの都合のいい火力を持つ拳銃も引き継げればよかったのに、ないものねだりでしかない。
一番わかりやすく破壊を撒き散らしたいのならば、盾を全力でぶん投げれるというシンプルな技があるけれども、それで殺し切れるとはさらさら思えなかった。
だからと言って、諦めるわけにはいかない。
第一目標は達成できずとも、激突を回避するという第二目標だけでも成し遂げなければいけない。
「やるよ! エリアッ!!」
『承認、盾を展開します』
檄と共に目の前に巨大な盾が出現する。
次第に近づいてくる地面の揺れを動じることなく、それを手に取った。
不可能とは思えなかった。
図体は馬鹿みたいに大きいけれども、所詮搦手抜きの体当たりでしかないのであればやりようがある。
砂利を踏み締める音と少し遅れて、下から上へとぶちかましを叩き込んだ。
「どっせい!!!!」
側から見ればその光景はあまりに物理法則に反していただろう。
列車と列車にグロテスクなサンドイッチになるはずが、生身で列車を宙に浮かして本来のルートから逸らしているのだから。
でも、私だけはそれができると信じていた。
あいつは実際に守り抜いたのだから。
そらなら私も守れる、守る義務がある。
もの見事なまでに車両は次々に線路をそれて河川へと落下していく。我ながら壮観壮観と見下ろしていると、背中に強い衝撃が走って体が宙を舞う。
完全に気を抜いていた、減点だなこりゃ。
身体を強化するという能力がなければ、もしかしたら身体がバラバラになっていたかもしれない。
思い違い、それが列車そのものではなく意思を持つものだという致命的な見落とし。そのツケを払うべく私を吹き飛ばした尾と一緒に、河川へと落下していく。
溺れる心配はなく、すぐに立ち上がる。
不幸中の幸い、ここは水深はそこまで深くない。
蛇、なのだろうか? よくわからない。
あいつも危害を加えて来た私に敵意を剥きだしにしているから、矛先が他に向かうことはないだろう。
問題は、今この状況から足を捲って逃げ出すのが到底無理そうってことぐらい。
「ここまでの大物と戦うのは初めてだなー、こりゃ」
笑おうとしたけれどもほっぺたが不恰好に引き攣るばかり。先ほどの手痛い一撃で痛み止めを通り過ぎ、肋はまたズキズキと痛み始めていた。
だが、ここで弱みは見せられない。状況を打破するべく、河川の中央でトグロを巻いた蛇に対して走り始める。
数歩でトップスピードにのって、尻尾が再度横凪に飛んでくるのを飛んで躱す。
尻尾とて巨体だ、身を捩って躱せるレベルを超えた攻撃に、完全に宙を舞って一瞬の浮遊感。
ここは不味いと直感が警鐘を鳴らしているが、それを無視。それ以外に回避の方法はない。戦闘のセオリーから外れて無防備な姿を晒すのをみて、相手から勝ちを確信したような気配を感じた。
もう身動きは取れない、煮るなり焼くにしろという状況。
だが。
「エリアッ! 小盾ッ!」
『承認、単独行動に移行』
空は飛べない、けれども。
後ろを振り返るまでもなく、空中に現れた小盾を足場にして、さらに宙を舞う。後方から切って返した尻尾を躱し、そこに降り立つ。
そこまで距離がつまれば十分、相手の身体を足場にして全力で飛んだ。
一つの弾丸と化し、顔面を盾で殴り飛ばす。
失敗したことはすぐに悟った。
タイミングは完璧、でも身体の痛みで力が乗り切ってない。
この一撃で仕留め切らなければいけなかった、せめて一瞬意識を飛ばす最低限すらできなかったのだから最悪。
身動きが取れない空中。今度こそ確実な特大の隙を、蛇が運良く見逃してくれるはずがなかった。
せめて盾を構えるのが精一杯、気がつけば私は滑らかな床に伏していた。ぐらつく視界を必死に立て直して、震える膝で立ち上がればパラパラと周りにガラスが落ちてくる。
列車の車両の中まで吹き飛ばされていたのだ。鉄道橋の真ん中らへんで止まる車両に、おそらくノーバウンドで。
無性に息苦しくて咳き込めば、抑えた手がびっくりするぐらい真っ赤に染まっていた。
「これは、ちょっと……まずいかもなぁ」
『ここで逃げても、誰も責めやしない』
幻聴を振り払う。
現実へと繋がる扉は丁度すぐ近くにあった。
おそらくあの蛇がここにくるまで猶予はある、今回は逃げて対応を考え直した方がいい。
稲葉だったら、あいつがここに居たらどう言うだろうか。
きっと、私に対して退却を提案をするだろう。
命あっての物種だと冷静に諭してくれるような気がした。
「――稲葉が私の立場だったら、どうするのかな」
ここに居たのが、私でなく稲葉だったら?
あいつなら、逃げる選択肢は取らない。
ここで倒し切るメリットと逃すリスク。それらと命の自分を天秤にかけて、きっと戦闘の続行を選ぶんじゃないか。
わかってる、ここでこいつつを倒さなきゃ面倒なことになる。
私がこいつを現れるのを知ってるのは今だけなのだから。
既知を未知にしないために、ここで踏みとどまる必要がある。
列車から線路へ飛び降りる。
河川では、まだあの蛇が油断なくトグロを巻いて襲撃に備えていた。おそらく、私の一撃も命までには届かなかったけれど少なからずダメージを負わせていたのかもしれない。
それなら、無理ではないかもしれない。
私の命をベットする価値がある。だが、鉄道橋の柵を越えてここから河川へと飛び降りたら、引き返しはきかないだろう。
ここが分水嶺だ、その際に立ち止まって一つ深く息をした。
「力を貸して、稲葉」
そう呟いてて、一息に飛び降りようとして。
「――今、俺の名前を言わなかったか?」
そこで、私は聞くはずのない声を聞いたのだ。
思わず足を滑らせて、格好をつけて飛び降りるはずが、無様に手足をばたつかせていた。
下へと降りる間際の一瞬、少しだけ背後が見えた。
しまっているはずの扉が、いつの間にか開いていた。
そこから顔を出したのは、私のよく知る人物で。
なんで来たの。
落下中のその声は、きっと稲葉には届かない。