タイムループ能力者の最後の一周 作:クイヤ
運転手なしで電車が動く理由はよくわからない。
同じように自動車はたまに路肩に置いてあるのに、それらが勝手に動いているところは稲葉は見たことがない。
よくよく考えてみれば不思議なことのように思えるし、何となく違和感を感じる。ただ確証はないけれど、一つだけ推測があった。
この列車は建造物扱いされているんじゃないか?
現実を反映して立ち並ぶビルと同じように、列車もまた人が住み暮らすものとして真似られているのかも知れない。
「……今日は道路標識はないの?」
「あれは現地調達だよ。それに列車内に持ち込むんだところでどうやって振り回すんだよ、どう考えたって邪魔になるに決まってる」
ひた走る列車の中、ノイズ音しか流れない車内の放送を無視して軽口を返す。意識をそちらに向けると、九条は盾に寄り掛かって肩に止まった精霊に視線を向けていた。
説明を付け加えようして、取りやめる。
標識を無理やり持ち込んだところで、今回の相手に出番はない。やろうとすれば解体出来るかもしれないけれど、近距離戦に持ち込まれたら稲葉であろうと苦戦は確実、初心者を庇いながら戦える相手ではない。
だから真っ向から不意を撃つ、それ以外に方法はない。
抱えた拳銃から視線をあげると、九条は座席から立って外を眺めていた。すっかり稲葉にとっては慣れ親しんだ風景とはいえ、彼女にとっては新鮮なものなのだろう。
車内には灯りがなく、例外を除きほとんどの照明が落とされた街並みを月明かりが照らしている。
まるで等身大のミニチュアの世界に迷い込んだ気分なのかも知れない。
ガラス越しに稲葉の視線に気づいたのか、九条は振り向いた。
「でもさ、意外だったな」
「……何が?」
「私をこれに突き合わせてくれること」
何度断ったところでついてくるくせに。
言おうとした言葉を飲み込んで、どうせ来るなら紐をつけといた方が安全だろという言葉にも次いでに横戦を引いた。
気の利いた返事なんて、そんな簡単に思いつくはずもない。
「小春に頼まれたからな」
「……小春に頼まれたから、ね」
九条にとっては減点者の回答だったのだろう。
幸福がたっぷり逃げそうなため息をついて、次いでに「あーあ」と大きな背伸びをして、稲葉の隣へと勢いよく腰を下ろした。
「ばっさり断られたらさ、代わりに稲葉は小春のこと好きだーって言いふらしてやるつもりだったのに残念!」
その言葉を聞いて思わずぽかんと口を開いた。
ガチガチのテロ行為、冗談めかした台詞とは言えそれを鼻で笑い飛ばせない事を稲葉は知っている。
やると言ったらやるのだこいつは、稲葉にとって一番痛いところを軽々とつつけてしまう。
「……なんだそりゃ、でまかせじゃねーか」
パクパクと口を開いて、絞り出せた反論がその程度。
「でもさ、小春のこと嫌いじゃないでしょ?」
「無理やり二択を押し付けるなよ! それに俺だけならまだしも、小春にも迷惑が掛かるだろ!」
「そうかなー、小春もまんざら悪い気は――ッ」
言葉の途中でけたたましい金属音と共に急制動が掛かり、九条が倒れかかってくる。それを受け止めて、すぐに外を確認すれば目的地である事はすぐにわかった。
「何、何!?」
「時間だよ」
非常用ドアコックを使い線路へと降り立つ。
風を強く感じるのは場所的には当然のこと。これは河川の真上、鉄道橋の真ん中あたりなのだから。
不安げに周りをキョロキョロと見渡す九条を置いて、電車の進行方向だった方へと足早に歩を進める
予定通りではある、けれども割とタイトなスケジュールではある。
「ウッヒョーなかなか高いねー、これ」
こんな場所まで来て物見遊山気取り、思わず肩の力が抜ける。
けれども、悪い気はしなかった。そもそもの話、九条がいてもいなくても変わらないのが一つ、もう一つはきっとこちらの気を紛らわせようと冗談を言ってるのがわかっていたから。
列車の先頭を追い抜いて、さらに前へと歩を進める。
この周囲には異形は現れないということを稲葉は知っていた。ここはあいつの縄張りであるから。
拳銃を片手で構えつつ、後ろについてきている九条に向けて告げた。
「この世界において一番大事なのは、やれると信じることだ」
信じれるやつが一番強い、そう思いこめてしまう人間が一番強いのだ。ここに来れる人間はそういう才能を持った人間ばかり、世界を歪めることが可能な奴ばかりが招かれる。
けれどもそういう人間だとしても、自分を信じ抜けないことがある。
そうなってしまったら、終わりなのだ。どれだけ足掻こうが逆に無理だと確信してしまえば、命を容易く落としてしまう。
「こういうふうに俺は無造作に片手で銃を構えてる、これで本当に当てられると思うか?」
「……難しいと思う」
「だろ? でも、俺はそうは思わない。何回も何回も、繰り返し繰り返し撃ってきたから、どんな持ち方だろうと信じてる。そう信じ込むために血反吐を吐いて努力をしてきた」
ふと、青い燐光が興味深そうに拳銃へと近づいてきた。
片手を振って追い払おうとするが、そのままここがいいとばかりにフロントサイトで動きを止めた。
合体攻撃と言わんばかりに、何の効果もないというのに。
「そう言えば稲葉もこの子、エリアみたいな友達が近くにいるの?」
「いや、いない」
少し悩んで、追加で言葉を付け加えた。
「いなくても自分の雛形がわかってるなら引き出せるんだ、本来の性能は十全に引き出せてるとは言えないんだが」
その言及こそ稲葉の限界を決めつけてるというのもあるが、少なくとも代わりに一つの枷は外していた。
精霊抜きで武装を引き出す、これは紛れもなく理外の術だった。
「九条も練習してれば、大体こういう感覚で自分の芯を引っこ抜くっていう感覚が理解できると思うが」
我ながら教え方にセンスがないということを稲葉は自覚していた。むむむと唸る彼女を置いて、視線を前に戻す。
こちらに近づいてくる光源が次第に大きくなりつつあった。
魔列車、稲葉はそう呼んでいた。
正確に言えば列車ではなく大蛇の異形である。
列車の線路に沿って、蛇行することなく直進して止まった列車へと突っ込んでくる災害。
あの巨大な鱗からなる装甲はこの拳銃の一撃では決められない、三発を正確に同じ場所へ叩き込まなければいけない。
まあ、やれるだろう。
そう気負いをする事なく、稲葉は一度目の引き金を引いた。
闇を切り裂いて閃光が走り、狙い過たず正面にポーリングマシンでくり抜いたような穴がぽっかりと開いた。
だが魔列車の足は止まらない。
慌てる事なく稲葉は二度目の引き金を引く。
狙い通り一撃目と同じように吸い込まれるのを確認して、再び引き金を引いた。
あとはもう確認するまでもない。
九条へと向き直れば彼女は驚愕の表情を浮かべていた。
「これで終わりだ」
「終わりって、あいつはまだ突っ込んできてるんだよ!?」
返事も返さず線路から引いて、スピードを落とさずにまっすぐこちらへ突っ込んでくる異形を振り返った。
耳をつんざくようなような酷い金属音、正面には稲葉が放った銃撃をうけて見た目上では軽い損傷しか受けていない様に見えた。
弾痕は一つしか残っていない。けれどもその破壊で十分だという事を稲葉は知っている。射撃は狙いを過たず全てが一点を貫き、綺麗に内部を破壊し尽くしてしまったのだから。
この耳障りな音も所詮断末魔のようなもの。
残ったのは車体だけ、けれども九条は線路から引かずにその前へと立ちはだかった。
「エリアッ! お願いっ!」
右腕を突き出して叫べば、九条の正面には煌々と輝く青い盾が出現した。
普通なら、そのまま吹き飛ばされるんじゃないかと思ってしまうに違いない。だとしても、彼女はそこに足を止めることができる。自分が犠牲になったとても、後ろにある扉を守るべく、そこで食い止めようと必死になることができてしまう。
それは強さであり、弱さでもある。
九条が構えた盾に触れた瞬間、次々と魔列車がバラバラに砕け散っていくのを見ながらため息を吐いた。
そして何事もなかったかのように、かけらの一つも残らない。
バラバラに散った車体はは瞬時に宙へ溶けてしまって、九条はまるで幻覚も見たんじゃないかとキョトンとした表情を浮かべていた。
「これが……私の力……?」
「自惚れるなバカ」
思い切りゲンコツを振り下ろせば、九条は涙目で振り向いてきた。
「何すんのさ!?」
「咄嗟に動ける事はいい事だよ、だけどこっち側でやるならちゃんと俺の行動に従ってくれ」
「でも車体が!」
「無力化はとっくに済んでたんだよ」
今回は稲葉自身が魔列車のコアを撃ち抜いていた。
その瞬間に勝負は決していたのだ。もう車体を保つための力が薄れて、それが盾にぶつかった衝撃で限界を迎えて維持できなくなっただけのこと。
はっきり言ってしまえば、九条が盾を構える必要もなかったのだ。
例えば俺が生身で立っているだけでもバラバラに散っていっただろうし、そもそも立ち止まった車両に触れればそのまま消えたのだから。
ふと気が付けば、九条は稲葉の目の前で正座して萎れていた。
そんなに怒ったつもりはないのだけれども、こほんと咳を鳴らしてとりあえず飴を振るまおうと稲葉は口を開いた。
「でも、まあ九条の自分の身を投げ出して他人を庇おうとするってのは嫌いじゃないんだよ。でもな、もっと自分の身を大事にしてくれ」
「〜〜ッ!?」
なぜか悶絶している九条に取り合わず、電車の中を彷徨っているであろう精霊を探して稲葉は歩き始めた。