タイムループ能力者の最後の一周 作:クイヤ
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手心を加えることは簡単だ。
至極単純に、稲葉側が武器を縛ればいいのだから。
一撃が致命傷に至りかねない拳銃ではなく、拘りのないそこら辺にあった標識を軽く振り回し、九条に打撃を与えていく。
何度も盾で阻まれるも、それに頓着をすることなく左右上段と攻撃を振り分ければ、九条の首にぴたりと刃が突きつけられるまで大して時間は掛からなかった。
「……参りました」
「ま、今はこの程度だな」
「3分耐えろって相当無理ゲーでしょ、ほんともー」
「別に俺から一本取れば、それでも勝ちなんだけどな」
住宅街にあるコンビニ、今回はその駐車場の中央が扉の出現位置だった。
へたり落ちる九条にペットボトルを投げつける。
ヘロヘロの彼女と違い、稲葉はまだ息も切れていない。そのまま油断なく周りを見渡すが、一面にはつい先ほど処理が終わったばかりの死体が転がっているばかり。
「最低限、俺が介入するまで耐えられるようにしてくれればいい。俺が勝てない相手は居ないと思うけどな」
「でしょうね、稲葉の動き明らかにおかしいもん。大体あの標識何キロあるのさ」
「さあ、考えたこともないな」
どうなんだろうか、そこらへんの金属バットに比べれば数倍以上は重いのは確かだけれども。
「まあ、こっち側にいる時間が増えるにつれて適応するんだよ、だから簡単に振り回せる」
「ふーん、ゲームで言うとレベルが上がるっていう感覚なのかなぁ」
九条に急かされて放り投げると、それを軽々とキャッチして片手で振り回し始めた。筋は良い、というか既に稲葉が振り回すスピードと遜色は無い。
「試してみると意外と悪くないね、これ」
そもそもの話、お前が源流だからなと稲葉は心の中で呟いた。
あくまで自分は九条の戦闘スタイルを模倣したに過ぎなかった。武器が必要だったのだ、九条が形成できる装備は盾であり、稲葉もまた拳銃を持ってない初回においては。
小春の装備は戦闘においては論外だった。
それを持つのが九条であるならば活用しようもあったが、稲葉だったとしても取り扱えないようなものだったから彼女に前線を張るのを求めるのはいささか酷な話でしか無い。
「盾を十全に使えるようになったら、片手でそれを使えるようになるのが目標だな」
「ええ〜、稲葉も無茶を言うなぁ」
「自分でついてくるって決めたんだからそれぐらい頑張れよ」
それが無理というのなら隣に立つ資格が無い。
それにどれだけ渋ったところで、九条は出来るようになる事を知っている。そうする為の努力を積み重ねられる事をちゃんと分かっている。
「そもそも、九条ならまだ能力があるから俺と比べて楽だろ」
「……能力?」
キョトンと首を傾げるのを見て、思わずペットボトルを傾ける手を止めた。
「そいつに説明されてないのか?」と尋ねると小さく頷いたのを見て、九条の肩に止まっていた精霊を睨みつける。
こちらに対して釈明もせず慌ててポケットの中へと隠れるのを見て、思わずため息を吐く。
こういう抜けているところがあるからあいつらは信用できない。一番大事なところなのに、出来て当然だろと思っているから協力者への説明をもすっ飛ばす。
「つまりだな、精霊を媒介して武器を引き出すのとは別に、こっち側に来れる奴らには別に特別な能力があるんだよ。扉を抜けてきた時に、何かいつもの自分とは違う、何かができるっていう感覚が目覚めなかったか?」
「んー、こう身体がすごい動くっていう感覚なら」
「それだよ」
なまじ九条の能力自体が普通の感覚に結びついているために気づけなかったのだろう。自然に行ってる行動だからこそ、自分の行動に違和感を持てない。
「ある人間は彼の痛みが和らぎますよう願って、またある人間はこんな夜空を歩いてみたいの夢想したんだ」
稲葉は、そういう能力を持った人間と関わりを持ったことがある。彼らと肩を並べて戦ったことも何度もあった。
「何となく、これは切れるんじゃないかという物騒な衝動を抱いた奴もいた。共通した感情を抱くわけではなく、でも決まって人は可能性を見出すんだ。そうしてそれを試してみたいという衝動に駆られて動けば、ルールは容易く歪んでしまう」
九条の能力が何であるかも当然知っている。
搦手には程遠い、シンプルにして強力な力。
「俺の経験則から九条の能力は推測がつく、身体強化だ」
月下に置いては、誰もが超人じみた力を発揮することができる。けれども九条のそれは他の追随を許さないレベルでいかれていた。
九条は残念そうに肩を落としているけれど、彼女はその真価を理解していないだけだ。
なにしろ生半可な攻撃ではダメージを負わないのだから、盾と相まって生き延びるという最優先事項を確実に遂行できる。
「でもやっぱり、空を飛んだり目からビームを出したりしたかったんだけどなぁ」
「空を飛ぶっていうか、正確に言えばあれは空中歩行能力だったんだけどな」
もっと楽をしたいなぁと愚痴っていた彼女の事を思い出す。その衝動が本人由来のものだったとしても、実際に行動に移してみればもっと強いものを願うのはよくある事だった。
稲葉自身もそうだったのだかな。体感時間の操作ではなく、ちゃんとした時間停止能力だったらだいぶ楽ができたと何度考えたことか。
「そういえば、稲葉もなんか特別な力を持ってたりするの?」
追憶を遮って声が飛ぶ。
「俺は全く大したことないんだ、精々じゃんけんに必勝する程度の能力だよ」
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「マジで勝てないんだけど……」
「だから必勝だって言っただろ」
地面に両手をついて這いつくばる九条を見て、稲葉はため息をついた。無駄に能力を使用したせいで、軽く頭痛を感じていた。
体感時間の操作を行えばこの程度の宴会芸もお茶の子さいさい、手の変化を見極められるのだから、その瞬間に手を切り替えれば良い。
究極の後出しじゃんけんだ。まあ九条が能力を使いこなしたり、対策として最後の最後まで手を見せなければ後出しできずに敗北するのだが。
「精霊を使う利点は二つだ。一つは心象から武器を引き出すこと、もう一つは自分の衝動を明瞭にして能力に目覚めること。前者は精霊が基本的に必要だが、後者に関しては呼水にするだけだな」
「それならさ、みんな能力使えるようにすれば解決なんじゃない?」
駐車場のポールに寄りかかりながら、名案とばかりに彼女はそう言った。誰でも一度は思うこと、当然稲葉も何度か試したことがある。
少人数ではなく、多人数で守れば良いんじゃないかと。そうして能力を探るうちに事態の解決を図る能力が見つかれば万々歳なんじゃないかと。
結局、それも行き詰まった考えだった。
多種多様な能力を見てきたけれど、そのどれもがある程度止まりなのだから。命を代償にした逸脱した能力でさえ、等価交換が限度でしかない。
精霊の犠牲を食い止めるという目的で部隊を組織する、そういう考え方は通るだろうか?
確かに、そういう考え方もあるかもしれない。特に何のデメリットもなければ諸手を挙げて賛同していただろう。
「誰も死なないのなら、な」
「……」
「ああ、勘違いするな。少なくとも俺が戦い始めてから他人の死に目に遭ったことはない」
何気ない一言に途端に九条が沈み込んだのを見て、慌ててフォローに入る。不用意に能力の例を出したのが不味かったのかもしれない。そいつらが今の稲葉の周りに居ないのが、最悪の想像を招いたのだろう。
「だけどな、予期せぬ事故は起きるんだ。そうして全部終わってしまった後に害をなすのは、あの化け物たちじゃなくて精霊なんだよ」
「……なにそれ、精霊が敵に回るって事?」
エリアと名付けられた精霊は、健気に羽を震わせて潔白を表明していた。人間に対して友好的に振る舞い、力を貸してくれる存在だということは稲葉もちゃんと分かっていた。
だが、その事実があったとしても黙って見過ごせない副作用も存在している。
「俺たちが今日も戦ったあの怪物は、実際に現実世界に害があると思うか?」
「それは……街中を破壊したら現実に影響が出るとか?」
「そんなルールがあったら表紙を手軽にポキポキと折ってねーよ」
道路標識が折れまくる街として噂になるに違いなかった。
でもそんなルールは無い。街中でいくら暴れたところで現実に影響は及ばさないし、あの異形がここから溢れて現実を闊歩するなんてことも起こらない。
「でもさ、あいつらは精霊を襲うんでしょ、人間も狙うんでしょ? それなら人間に対する敵なんじゃないの?」
「確かに扉が見える人にとって、こいつらは危険だな」
あらかじめ警告を提示できない以上、どうしたって精霊の声が聞こえてしまった人間は引き寄せられるだろうし、それに伴って少なからず犠牲は出るだろう。
だが。
「でもな、その程度でしかないんだよ」
本当にその程度でいいのなら、全然良かった。
間抜けな精霊と人間だけで被害が済むのであれば。
「異形と違って、精霊は現実に影響が出る。一番の問題はこれなんだよ」
月下の世界で、途方もない数の異形を皆殺しにすることは可能なのだろうか?
わからない。そもそもこれらがどういう原理で発生しているかわからない以上、殲滅に成功した周は一度も存在しない。
それなら逆転の発想をすればいい。
異形ではなく、数に限りのある精霊を全部消してしまえばいいのではないか?
少なくとも稲葉は一度も考えたことはない、悪魔じみた思想。現実にとてつもない被害が発生すると踏まえた上でその引き金を引けるはずがなかった。
「先週のあの電車の場面、俺が何も介入をしなければ扉からのこのこ出て来た精霊は助けを求める暇もなく死んだだろうな」
それなら助ける必要はないのか?
巻き込まれる人がいないとわかっているのならば。
「精霊は死ぬ瞬間に断末魔の悲鳴とばかりに因果を歪ませる、現実から無作為に道連れを選ぶんだよ」
例えば昨日の列車の場面では何が起こったか。
列車は鉄道橋の中央で止まり、働くはずのブレーキは昨日不全に陥り後部車両に激突するだろう。
介入をしなかった世界線の一つとはいえ、過去にそのような悲惨な列車事故が起こった事があった。
「だから、使う人間がそのままリスクになるってこと?」
「そういう事」
稲葉は精霊を使わない、使わなくても問題なく戦える貴重な人材と言える。だが他人はそうではない、能力に目覚めたところで複数人でやっと対等に戦えるレベルなのだから。
「……この子達のこと、嫌い?」
「さあな、少なくとも俺に良い印象はない」
きっかけをくれたあの精霊には感謝してもしきれないが、それ以外は稲葉自身に影響を及ぼさない木端以下の存在でしかない。
まあでも、彼女が俺に感謝を求めることはないのだろうけれども。