辺境にゾンビな王女が押しかけて来たんだが? 作:カレーとスコップ
「貴様に辺境を守護する任務を命じる!」
これは体のいい追放だな。上司である大賢者の一人バルバロイスの執務室に呼ばれた僕は心の中でため息を吐いた。
王国の魔術師を統括する『白亜の塔』に所属する魔術師の大半は貴族出身だ。僕のように平民上がりの魔術師は少なく、見下されがちだ。
特に塔主であるハイネケン直々に大賢者の称号を賜った僕に対する嫉妬は凄まじかった。
魔術師の中でも優秀な賢者、さらにその中でも優秀だと認められたものだけが大賢者の称号を得ることができる。
僕の目指す先には地位なんて邪魔にしかならないから断りたかったけど、断ったら断ったで塔主の命令に背いたとか言われるのだから理不尽すぎる。
大賢者になったらなったで予想通り嫌がらせは増えた。でも、そんなことはどうでもいい。
それよりも塔に籠って書類仕事ばかり、さらには任務以外で王都の外に出るには一か月前に申請して許可を取らないといけないということの方が、僕としては問題だった。
もちろん、大賢者になることが確定してから、ずっと申請を出し続けている。だが、不許可以外の結果を見たことがない。
王都に不満があるわけじゃないけど、僕にとっては巨大な牢獄のように感じられる。
そんな中、命じられた任務は渡りに船だった。たとえ目的が追放だったとしても。
「謹んでお受けいたします」
興奮が押さえきれず、心の中では「ウヒョー!」と叫んで跳び上がりたい衝動に駆られるけど、神妙な顔つきでバルバロイスに答えた。
別に何か意図があったわけじゃない。表情が崩れないようにした結果、神妙に見える顔つきになっただけの話だ。
僕は決壊する前に一礼をして部屋を後にする。そして口を押さえたままトイレに駆け込んだ。
「ウヒョー!」
個室に入った瞬間、限界を超えた僕の口から歓声が漏れる。続く狂ったような笑い声も他の人が聞いたら顔をしかめるに違いない。
普段の冷静沈着な僕は仮の姿──これが僕の本性だ。元平民なんだし、お高くとまった振る舞いなんて疲れるだけだっての。
「よっしゃー、上層部の気が変わる前に移動だ!」
表面上はいつも通りのクールな感じを出しつつ、その日のうちにテキパキと荷物をまとめる。
この任務、おそらくハイネケンは知らないだろう。あの爺さんにだけはバレるわけにはいかない。いや、勘の鋭い爺さんだ……気取られることもないようにしなければ。
翌朝、まだ日が昇る前に王都グランハイムから中継都市であるディスガルドへの乗合馬車に乗り込んだ。
「勝った! 僕は自由だ!」
僕の勝利宣言に同乗した乗客が怪訝そうな目で僕を見てくる。だけど、この時の僕は王都の外に久々に出られるという興奮から、視線に全く気付いなかった。
馬車に乗って三日目、まもなくディスガルドというところで、急に馬車が止まった。
「お客さん、この先にモンスターの群れがいるみたいなんですが、ここまでで引き返させてもらえますか?」
御者の人の口ぶりから、ここで降りて歩いて行くか前の街まで戻るか選べ、ということらしい。
だけど、僕にそんな余裕はない。今もハイネケンの放った追手が向かっているのかもしれないというのに、こんなところで足止めをくらうわけにはいかなかった。
「モンスターがいなければ問題ないのですよね?」
「ああ、そうだが。やべえ数だぞ」
僕は馬車を降りて進行方向を眺める。100匹以上はいるだろうゴブリンの群れが豪華な馬車を襲っていた。護衛と思しき騎士が応戦しているけれども、多勢に無勢で疲労の色が見えていた。
「襲われている馬車はともかく──邪魔するなら駆除するしかないな」
射程範囲内に入るまでゴブリンの群れに近づき、大気中のマナを集めて精神を集中させる。
「ファイアボール!」
僕の周りにたくさんの火球が浮かぶ。ファイアボルトと違い、一つ一つが着弾と共に爆発を起こす。
ファイアボルトなら複数同時使用をする人は多いけど、ファイアボールで同じことをする人は見たことない。だけど大は小を兼ねる。わざわざファイアボルトを使う必要はないだろう。
「さっさと終わらせたいんだ。増援なんてチマチマとされちゃ困るんだよね」
護衛を巻き込まないよう、増援を中心に火球を次々に撃ち出していく。一瞬にしてゴブリンの増援部隊はほぼ全滅──だが、僕の存在に気付いたリーダー格のゴブリンが矛先を僕へと変える。
「こっちに来るなら都合がいいな。ファイアストーム!」
向かってきたゴブリンたちを炎の嵐が飲み込む。凄い魔法に見えるけれど実際は炎属性のファイアボールと風属性のサイクロンを組み合わせただけのシンプルな魔法だ。
上位魔法があれば簡単なんだろうけど、あいにく僕は下位魔法しか使えない。ホントに何で僕が大賢者になったのだろうか。
一瞬でゴブリンの群れの大半を壊滅し、残りは護衛の人が片付けたのを確認して馬車に乗り込んだ。
「これで大丈夫です。先を急ぎましょう」
「いやあ、若いのに凄いんだな」
「白亜の塔の魔術師なら普通ですよ」
それは事実だ。大賢者はもちろんだけど、賢者ですら上位魔法は普通に使える。大賢者といいながら、僕は魔力が多くて全属性が使えるだけ──全属性と言っても、中位どころか下位しか使えないのだけどね。
馬車に乗って先を進もうとすると、今度は助けた馬車に止められてしまった。
「殿下がお礼を直接申したいと」
「そこまでしていただく必要はありませんよ」
何しろ僕は先を急いでいる。高貴な人からお礼を貰えるのは価値があるのだろうけど、今の僕にとっては急いで辺境に行く方が大事なんだよな。
だけど、向こうもプライドがあるのか譲るつもりはないらしく、時間に追われている僕の方が折れる羽目になった。
「ごほっ、私は第三王女のセレーネと申します。ごほっ、この度は助けていただきありがとうございます」
乗っていたのは貧弱王女という不名誉な二つ名を与えられている少女だった。生まれつき体が弱く、王族としての役目もろくに果たせないと蔑まれている。ある意味で僕と逆の意味で不遇な出自の人だ。
「僕はアランと申します。こちらもモンスターが邪魔だったから排除しただけで──助けたのはついででしかありません。お礼を言われるほどのものでは……」
「そんな謙遜されなくても……そうだ、是非ともお礼の品をお渡ししたいので、王都へ一緒に来て──」
「それは全力でお断りさせていただきます」
お礼をされるほどのことではないというつもりで言ったんだけど、言葉だけじゃ足りないと思ったのかお礼の品を渡すと言い出した。しかも、王都に戻るって……ゴール目前でふりだしに戻されるようなものじゃないか。
「しかし、このまま恩人に何もせずにというのは──」
「僕はこれから辺境に向かうところです。そのついででやったことにお礼をされるいわれはありません」
「なんと控えめな……では、辺境にお礼を持って参ります」
「それもお断りさせてください。辺境は危険な場所、殿下のようなか弱い方ではすぐに死んでしまいます」
嘘じゃない。屈強な兵士ですら、モンスターにあっさりと殺されるような場所なのに、貧弱な王女が耐えられるはずがない。
セレーネには気にせず素直に王都に戻ってもらうのが最善だと思って言ったのだけど、それを聞いた彼女の顔から表情が抜け落ちて、瞳から光が消えた。
「そうですか、私が死ぬほど弱いのが悪いんですよね。そのせいで恩人にお礼のひとつも渡せないような、王族失格の私ですけれども、アラン様に対する想いだけは誰にも負けるつもりはありまえん──」
「もしもし、大丈夫ですか?」
独り言をつぶやいて自分の世界に浸るセレーネが心配で声を掛けると我に返ったようだ。
「すみません! 要するに弱いからダメなんですよね? 強くなればアラン様の側に置いていただけるんですよね!」
「それはまあ……強ければ辺境にきても大丈夫だけど」
「そうですよね、わかりました! 今日の所はいったん帰ります」
納得したセレーネが馬車に乗って王都へと向かうのを見送り、僕は乗合馬車でディスガルドへと向かった。
そこで一泊して、さらに辺境へと向かう馬車に乗る。さらに2日かけて無事に追手に追いつかれることなく辺境へとたどり着いた。
「本日から、ここの防衛に加わりますアランと申します」
「まあまあ、堅苦しい挨拶は抜きにして歓迎会だ」
自己紹介も兼ねて挨拶をすると、真昼間なのに酒を出して歓迎会という名の宴会を始めた。
死が身近にあるということもあり、こうして気を紛らわせないとやっていけないのだろう。
この日は、そのまま夜が更けるまで宴会となった。
翌日から僕も砦の防衛に参加することになったが、辺境の魔物は強く僕の使う下位魔法ではほとんど役に立たなかった。
「すみません、役立たずで……」
「そんなことはねえよ。討伐数は少なかったかもしれねえが、アランの魔法のおかげでだいぶ有利に戦えたからな」
「そうだそうだ。まさか回復魔法まで使えるとは思わなかったわ」
全属性の下位魔法には当然ながら回復魔法も含まれる。かなり貴重らしく、下位のヒールでも凄い驚かれた。
回復があるのとないのとでは安心感が違うらしく、兵士のみんなも積極的に戦ったおかげで目立った被害もなくモンスターたちを退けることに成功した。
そんな日々が一週間続いた日の夜、定番になった一日の疲れを忘れるための宴会をしていると入口の扉がノックされた。
「うん?」
酒が強くない僕だけがノックの音に気付いたらしく、他の人はみんな気分よく飲んでいた。僕も最初は気のせいだと思ったけど、二度、三度とノックされたら、さすがに気のせいだとは思わない。
しかも、回数を重ねる度にノックの音に苛立ちが混じっているのがはっきりとわかる。
「はーい、いま開けます!」
扉を開けると、そこに立っていたのは貧弱王女のセレーネだった。
「来ちゃいました」
そう言って、セレーネはニッコリと笑みを浮かべた――お付きもいないし、もしかして一人で辺境に来たのだろうか。