辺境にゾンビな王女が押しかけて来たんだが? 作:カレーとスコップ
現在は修正してあります。
「来ちゃいました、ってどういうこと? 辺境は危ないって言ったよね」
「強くなったので、アラン様を手伝いにきました! 先日は私が弱いからダメってことでしたけど、強くなったら問題ないですよね?」
「そういう問題じゃないんだけど……」
たしかに、あの時はセレーネを説得するために彼女の弱さを引き合いに出したけど、それよりも問題なのは王族である彼女が辺境にいるという事実。
僕からしたら「なんで来ているの?」と小一時間問い詰めたいくらいだ。不敬なのでやらないけど。
「大丈夫です、ご安心ください。私の力ですぐにでもアラン様を王都へ連れ戻して差し上げます!」
「えっ?!」
僕は耳を疑った。辺境への道中で助けた王女の言葉とは思えなかった。
なにせ、ようやく王都から離れられたのに連れ戻そうと言うのだから。もしかしたら、ハイネケンに言いくるめられたのでは、という最悪の想像が脳裏をよぎった。
「もしかして、白亜の塔と何かあった?」
「さすがアラン様ですね。辺境にいながら、すでにご存知だったとは……」
やはりセレーネはハイネケンの差し金だった。その割には、僕に対して友好的なのが気になる。
なんとか王都に帰らないようにするため、僕は彼女の態度に賭けることにした。
「悪いんだけど、王都には帰れない。理由は──わかっているよね?」
かなり白亜の塔について把握しているようだし、僕が王都に縛り付けられていたことも知っているだろう。理由なんて、いまさら説明する必要はないな。
案の定、セレーネはしっかりとうなずいて笑みを浮かべた。
「もちろんです。魔の森のモンスターが問題なのですよね?」
「そうだね」
「なら、アラン様と私で一掃してしまえば解決ですよね?」
「そんな簡単に一掃できたら苦労しないけどね」
実際に何人もの兵士を投入してモンスターを討伐しているにも関わらず、魔の森が安全になる気配は一向にない。
セレーネにも懇切丁寧に説明して、理解してもらえたらしい。
「アラン様が王都に戻れるようになるまでの間、ここを私たちの愛の巣にしましょう!」
そう言ってセレーネが僕に抱き着いてきた。愛の巣という言葉について問いただそうと思っていたけど、僕はそれどころじゃなくなっていた。
抱き付いてきた彼女の体が少女のものとは思えないほど固く冷たくなっていたからだ。
──死んでいる?
明らかに助けた時と変わらない様子。顔色は良くないけど、病弱なセレーネはいつも顔色が良くない。助けた時も同じように青白い顔をしていた。
だけど、セレーネの体には間違いなく命の暖かさというものが欠片もない。
思い返せば、今の状況はかなり異常だ。セレーネの体が死んだように冷たくなっているのはもちろん、王族である彼女が護衛を一人も付けず、馬車も使わずに辺境の砦までやってきているのだから。
それに加えて『強くなった』というセレーネの言葉。たしかに強くなることはあるだろうけど、前に会ってから一週間ちょっと。病弱だった彼女が単身で辺境に来れるほど強くなるなどありえない。
「強くなったって──いったい何をしたの?」
「王都に帰った私は、アラン様が追放されたことを知りました。ですが、病弱な身では力になれないとわかり、屍化薬を飲んだんです!」
「あれって毒だよね?」
「いえ、強くなれる薬だと聞きました──運が悪いと死んでしまうらしいですが、アラン様の力になれないのであれば、私など生ける屍にすぎません」
屍化薬を飲んで死んでいない、ということは、間違いなくセレーネはゾンビになったということ。これまで誰一人として生き延びた人間がいないため、ただの毒だと思われていたが、まさか貧弱王女と言われていたセレーネが生き延びるとは意外すぎる。
それよりも生ける屍にすぎないと言いつつ、文字通りに生きる屍になってしまったのだけど……。
「あれを飲んで生き延びた人って、セレーネが初めてじゃないかな?」
「ふふふ、もちろんです。アラン様をお救いするまでは死ぬに死ねません。たとえ地獄の底からでも生還してやります!」
物凄い気合──いや執念と言うべきか。思わず僕でも引きそうになった。むしろ、その執念こそが生き延びる秘訣なのかもしれないな。
でも、僕をお救いするって、ここに来た時点で救われてるんだよなぁ。何とかして言いくるめないとハイネケンの思うつぼだよ。
それよりも問題はセレーネが屍化薬のせいでゾンビになっているということだ。もし、バレたらマズいことになる。
理由が理由だけに、僕も無傷では済まないだろう。事実はさておき、僕のために王族である彼女が屍化薬という毒薬を飲んだわけだからね。
「おいぃぃ、何やってんだ?」
「ひっ! あ、タスケンさん──」
背後から声を掛けて、思わず変な声がして肩が跳ねてしまった。
気まずい……後ろめたいことをしているわけじゃないのに、ゾンビとなったセレーネを匿わなきゃいけない状況に罪悪感が半端ない。
「アラン様のお手伝いに来ました、セレーネです!」
強くなっただけだと思っているセレーネには後ろめたさなどあるはずもなく、平然と挨拶をする。
タスケンはセレーネを上から下まで舐め回すように見ると、ニヤリと笑った。その笑顔にバレたんじゃないかと思って背筋が寒くなる。
「アラン」
「は、はいっ!」
タスケンが僕の肩を叩き、耳元に口を近づける。早くもセレーネの秘密に気付かれたんじゃないかと反射的に身構えてしまった。
「夜のお手伝いはいいが……明日も仕事だ、ほどほどにしとけよ」
「えっ?!」
そう言ってタスケンは僕に向かって親指を立て、歯を見せて笑う。
どうやら、完全にセレーネについて勘違いしていたようだ。安心すると同時に、タスケンの言葉の意味を理解して顔が熱くなる。
「はっはっは、若いっていいねぇ。ヒック」
大声で笑いながら、タスケンはどこかへ行ってしまった。
「何だったのでしょう」
「さ、さぁね。 ここだと人が来るし、僕の部屋に移動しよう──」
「わかりました! さっそく行きましょう!」
僕の提案にセレーネは食い気味で承諾する。都合がいい展開のはずなのに、まるで肉食獣のようなセレーネの視線を感じて全身に鳥肌が立った。
もしかして、僕は選択を間違えてしまったのだろうか?
だが、今さら引くわけにもいかないし、ここにいて他の兵士が来ても困る。たとえ間違いだったとしても、僕に選択の余地はないことに気付いた。
「このベッド、少し小さいですけど──何とかなるでしょう」
そう言いながら、セレーネは僕のベッドに飛び込んだ。
「アラン様、私はいつでも準備できております」
「何の準備?!」
「えっと、夜のお手伝いでいいんですよね?!」
「よくないけど!」
先ほどのタスケンの話を聞き取っていたらしい。勘違いも甚だしいけど、なぜかセレーネは残念そうだった。
「それではアラン様の匂いで我慢します。スーハ―スーハ―、ムフー!」
「ちょっと、匂いを嗅がないで!」
僕のベッドに顔を埋めて匂いを嗅ぎだしたセレーネを慌てて引きはがした。
名残惜しそうに唇を尖らせてもダメなものはダメだからね。
「それより、これからの話をしよう」
「白亜の塔を壊滅させる件ですね!」
「どうしてそうなるの?!」
「アラン様を追放した報いを受けさせるべきです!」
僕を追放したことを知ったセレーネは完全にヤル気だ。たしかに白亜の塔、というかハイネケンを抑えられれば王都に帰らない理由はない。
ハイネケンの差し金のはずのセレーネが、まさか白亜の塔ごと潰すつもりとは、流石のハイネケンにとっても予想外だろう。何でも自分の思う通りに動くと思っているから足を掬われるんだよね。
もっとも白亜の塔は王家に匹敵する力を持つ組織。敵対すれば共倒れすらありえないことじゃない。さすがに僕一人のために王都を火の海にするわけにはいかないだろう。
「そんなことをしたら王都もただじゃ済まないし、王家だってどうなるかわからないでしょ?」
「問題ありません。アラン様が追放されるのを指をくわえて見ていただけの王家など滅んでしかるべきです」
セレーネがあまりに過激すぎて、この日は何時間もかけて説得する羽目になった。