辺境にゾンビな王女が押しかけて来たんだが? 作:カレーとスコップ
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「来ちゃいました、ってどういうこと? 辺境は危ないって言ったよね」
「はい、私が弱くて死ぬからダメだってことですよね?」
「端的に言うとそうなんだけど……」
王女を死なせたら責任問題にもなりかねないし、貧弱な王女だとあっさり死んでもおかしくない。要するに僕はリスクを取りたくないんだ。
だけど、僕の言葉にセレーネは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「だったら大丈夫です。強くなりましたから!」
「強くなったようには見え──」
「そういうわけなので、今日からアラン様と一緒に居られますね!」
僕の言葉を無視してセレーネが抱き着いてきて、僕の心臓は緊張で激しく脈打つ。
柔らかいセレーネの体に抱き着かれたから──ではない。彼女の体は冷たく、意外なほど固かったからだ。
──死んでる?!
回復魔法を使えることから、教会付属の治療院の手伝いを経験した僕にははっきりとわかった。この固く冷えた体が、死をその身に抱いた証なのだということに。
何よりも恐ろしいのは──自らの死を経験しているにも関わらず、セレーネが平然としていることだった。
もっとも僕も触れるまで分からないくらい、生きている時と見た目は変わらない。たしかに青白い顔をしているけど、生きている時も貧弱なセレーネの顔は青白かった。
「えっと……生きているんだよね?」
「少し体調崩しましたけれど、起きたらすっかり元気になってました。元気すぎて走っても走っても疲れないんですよ」
「そうなんだ……」
もしかして誰かに屍化薬を盛られたんじゃないだろうか。屍化薬はゾンビを作る薬だと言われているけれども、これを飲んでゾンビ化した人間が確認されていないことから、一般的には毒薬として流通している。
けれども、セレーネがゾンビになっているとしたらつじつまが合う。
「元気になったのが嬉しくて皆さんに報告したのですが──そういえば、お兄様だけが顔を引きつらせておりました」
どう考えても犯人は、そのお兄様だろう。だけど、セレーネの状況が非常に不安定であることを考えると、迂闊なことは言えない。
「体調崩したのに、よく持ち直したよね」
「もちろんです、アラン様と結ばれるまで死ぬわけにはいきませんでしたから」
「えっ?」
「私を颯爽と助けてくださったアラン様に一目惚れをしたのです。あの時から、強い体を手に入れたら、アラン様をお迎えに上がろうと! その日から、来る日も来る日もアラン様を結ばれる時を夢見ながら、強い体を願っておりました。そして、ついに願いが叶って、すぐにここまで走ってきたんです!」
「そ、そうなんだ……」
そう言えば聞いたことがある。屍化薬でゾンビになるには、きわめて強い想いが必要だと。たった一度会っただけの僕に対して強い想いを抱くことは考えにくいけど、可能性の一つとして──いやないな、あれだけで死を乗り越えるほどの想いが生まれるとか考えたくもない。
いや……大事なのは屍化薬の毒で生き延びたことじゃない。
一番の問題は、ほぼ間違いなくセレーネがゾンビになっているということだ。
「おいぃぃ、何やってんだ?」
「あっ!」
背後から声を掛けられて無意識に身体が強張る。セレーネがゾンビである事実を知られるのもマズいけど、王女が一人で砦に押しかけて来たなどという事実が明るみに出るのも非常にマズい。
何とか誤魔化そうと考えていると、セレーネが先に話し始めてしまった。
「アラン様に会うために来たセレーネと申します」
おいぃぃぃぃ、平然と名乗って優雅にお辞儀をするんじゃない!
第三王女だとバレたら大問題になるんだけど──どうやら声を掛けてきた兵士は気付いていないようだった。
「ああ、ずいぶんと可愛い子じゃないか。言っておくが明日も仕事だからな、あまり遅くまで遊んでるんじゃないぞ」
「そんなことは──」
「言い訳しなくてもいいって、全部わかってるからよ。お前も男だったってことだ、恥ずかしがることじゃねえだろ。ガハハハ」
そう言い残して上機嫌に去っていった。盛大な勘違いをしているのは間違いないが、おかげで彼らとの距離がグッと縮まりそうなのが救い──じゃないだろ。
セレーネの方へと視線を戻すと、頬に手を当てて「フフフ」と笑っている。だけど、目が全然笑っていないんだけど。
「もしかして、怒ってる?」
「怒ってませんよ。今日の所は遊びでも許して差し上げます」
「いや、何もしないからね!」
「先ほどの方も仰ってましたが、恥ずかしがる必要はありません。私の愛の虜にして差し上げますわ」
顔色は良くないけど美少女であるセレーネに迫られて嬉しいと思うべきなんだろうけど、あまりにも前のめりすぎて全然嬉しいとは思えない。
かといって、無下にすると恐ろしいことになりそうな予感がして、僕はひとまず時間稼ぎをすることにした。
「今日は王都から来たばかりでしょ。僕は逃げたりしないから、もう少し落ち着いてからでいいんじゃないかな?」
「言われてみれば、そうですわね」
「それに僕もモンスターから砦を守らなきゃいけないし、それが落ち着くまでは──」
「それなら安心してください。明日からは私もアラン様のお手伝いに回ります!」
とりあえず僕が落ち着くまでの時間稼ぎには成功したけど、王女であるセレーネが砦をモンスターから守るらしい。いやいや、王族にそんなことやらせちゃダメでしょ。何かあったら責任問題なんだけど。
「ちょっと……それより僕の部屋で詳しく聞かせて!」
そう言ってセレーネの腕を強引にとって、部屋へと引っ張っていく。背後でセレーネが「強引です、でもそこがいいです」とつぶやいているけど、怖くて振り返れない。
──そういえば、そんなおとぎ話もあったな。死んだ恋人を連れ戻すために死者の国に行く話が。
その話の中では思わず振り返って大変な目に遭ったらしいけど、僕は絶対に振り返るつもりはない。
一度も振り返ることなく、部屋の扉を開けてセレーネを先に放り込んだ。「あっ」と短く悲鳴を上げながら、ふらつく足取りで部屋の奥にある僕のベッドにダイブした。
「ああっ、アラン様の匂いに包まれて幸せです!」
「ちょっと、顔を埋めて匂いを嗅いじゃダメだよ!」
僕の制止など耳に入らないとばかりに枕や布団に顔を埋め、しばらく僕の匂いを堪能したセレーネが顔をあげて僕の方に両手を差し伸ばしてきた。
匂いを嗅いだだけなのに、恍惚とした表情を浮かべている。もはやゾンビかどうかなんて、関係ないくらい怖いんだけど。
「私はいつでも準備できております!」
「その準備は意味ないから! ──とりあえず、これからの話をしよう」
「これからの話! 望むところです!」
ゾンビになったセレーネをどうすべきか話をしようと、これからの対策を話し合おうと提案すると、意外にもセレーネは乗り気だった。
あまりにも乗り気すぎて、寒気を感じるけど、きっと気のせいだろう。気にしてはいけない気がする。
「それでは、まずは王宮に行ってお父様にご挨拶をするのですね!」
僕の感じた寒気は、どうやら気のせいではなかったようだ。