辺境にゾンビな王女が押しかけて来たんだが? 作:カレーとスコップ
「さっきも言ったけど、僕の方が落ち着くまで待っていて欲しいんだ。さすがに命令を無視して王都に戻るわけにはいかないし、それに砦の人を見捨てるわけにもいかないだろ?」
「それは一理ありますわ。命令無視でアラン様が処刑されては結ばれるどころではありません」
「牢屋には入れられるだろうけど、さすがに処刑はないと思う」
あまりに物騒な予想をするセレーネの言葉を否定するも、そんなことはないとばかりに首を振った。
「会えないのでしたら変わりません。(いえ──障害だと思えば、力づくでアラン様を迎えに行くのもアリです──いえ、アラン様から離れるなど、一日とて心が耐え切れません)やはりダメです!」
処刑と投獄を変わらないと言い張ったセレーネがぼそぼそとつぶやく。かと思えば、何かよくわからないけどダメという結論だけを叫び出した。
「わかりました。さすがに命令無視は良くないですね。なので、先に私たちの未来を阻むモンスターを一掃することにしましょう」
相変わらず物騒な発言だけど、命令無視は良くないと分かってくれただけでも良しとすることにしよう。王女であるセレーネを前線に出すのは不安しかないけど、あまりにもやる気がありすぎて止めちゃいけない気がしてくる──いけない、完全にセレーネのペースに飲み込まれそうになっていた。
「ダメだよ。セレーネは王女だから、前線なんて危険な場所に向かわせるわけには──」
「ふふふ、アラン様の愛で劇的にぱわーあっぷした私の力を見ていないから、そんなことが言えるのです」
「何をバカなことを──!」
言いかけて……彼女の顔が視界に入り、僕は息を呑んだ。仕草だけは言葉通りうっとりとしているかのように頬に手を当てている。だけど、表情は真顔のままだ。
「愛のために障害となるモンスターを一掃するなど、望むところです」
彼女の瞳に浮かんでいるのは憎悪だった。僕との未来(妄想)を邪魔するモンスターに対する限りない憎悪──殺意と言い換えてもいいかもしれない深い闇が瞳の奥に広がっているように錯覚する。
おそらく何をしてもセレーネは止まらない。いや、無理に止めようとしたら爆発して何が起こるかわからない危うさすらある。
「わかったよ……でも、危ない目には遭わせたくないから、僕も付いていく。いいね?」
「もちろん婚約者ですもの、デートくらいは当然のことです。うふふ、明日は初デートですわ」
明らかにセレーネの勘違いなんだけど、嬉しそうにしている彼女を見てしまうと正直に言い出せなかった。
翌日、僕は一番大事なことを見落としていた。
「その女は何者だ?」
「えっと──」
「アラン様の婚約者です! アラン様のお手伝いに来ました!」
僕がなんと説明しようか迷っている間に、セレーネが勝手に自己紹介をしていた。とんでもなく誤解しそうな感じに。
「ちょっと──」
「うーん、気持ちはわかるが──正式に配属されていない、しかも年端もいかない女性を前線に出すわけには……」
案の定、砦の守備隊長が難色を示す。しかし、このまま押さえつけようとすると一人で突撃しそうだ。それだけは避けないと……。
「僕が付き添って行くのではダメでしょうか? 危険そうなら戻らせます」
「うーん、アラン君がそういうなら……まあいいだろう」
「やりました。デートの許可が下りましたね」
そう言いながら僕の腕に抱き着くのは止めて欲しい。他の兵士の人たちの嫉妬と苛立ちの視線が僕に容赦なく突き刺さるんだけど。
「デートと言っても、魔の森だけどね」
「ふふふ。アラン様と一緒なら、どこだっていいのです」
そう言いながら、頬を染めるわけでも笑顔になるわけでもない。少し口角が上がっただけ。しかもデートプランはモンスターの大虐殺と、色気の欠片もない。
「それじゃあ、行こうか」
「はい!」
浮かれきったセレーネは僕の腕に抱き着きながら、魔の森側へと向かう。ここまで来ると、みんながセレーネの異様さに気付いたらしく、気まずそうな顔で僕たちを見送ってくれた。
「くっ、いきなりデビルベアかよ」
森の奥へと進み、最初に遭遇したのが全身黒い毛皮に覆われた巨大なクマだった。体長10mにもおよぶ巨体に、思わず怯んでしまいそうになる。
何よりも厄介なのが分厚い毛皮。僕の下位魔法では、どんなに工夫してもダメージがほとんど通らない。
「さっそく私の力を見せるときが来ましたね」
そう言って、するりと僕の腕を解放すると、止める間もなくセレーネはデビルベアに向かって駆けだしていた。
「ガルルルルル!」
「邪魔者は死んでもらいます! ホワタァァァ!」
熟練の兵士ですら吹き飛ばしてしまう前足を大きく振るう。しかし、セレーネは片手でガードすると、もう片方の手を貫手にしてデビルベアの胸に向かって突き出した。
彼女の貫手はデビルベアの分厚い毛皮など物ともせず、易々と貫いていた。もちろん、その中にある心臓も彼女の手がまっすぐに貫いていた。
「ガッ、アァァァ──!」
セレーネはデビルベアの体から手を引っこ抜くと、素早く後ろに跳ぶ。胸に開いた大穴から大量の血を吹きだし、デビルベアはいとも簡単に絶命してしまった。
「どうですか? 強くなったでしょう」
「そ、そうだね」
もう、どこからツッコんでいいかわからない。たしかに強いんだけど、ゾンビになったからって、ここまで強くなるものなのか。あまりに強すぎて、味方のはずなのに背筋が寒くなってしまう。
「さあ、次に行きましょう」
「元気だなぁ……」
正直言って、まだ1匹目だけど疲れてしまった。普段とは違って、セレーネを守らなきゃ、という緊張感はあったけど、先ほどの戦いを見て別の意味の緊張感を強いられるなど、誰が予想できただろうか。
さらに奥に進むと、今度は素早い影がセレーネに飛び掛かってきた。そのまま素通りして地面に着地した姿を見て、冷や汗が出る。
その姿はぱっと見では無害にしか見えないウサギ。だが、こいつはキラーラビットというデビルベアより遥かに恐ろしい相手だった。
動きが素早くて目で追うのも難しいし、その鋭い前歯による一撃は容易く人の命を奪い取ってしまう。普段であれば索敵を怠ることなどないのだけど、セレーネのあまりにムチャクチャな姿を見て動揺していたらしい。
「セレーネ、大丈夫──か……?」
「大丈夫です。ちょっと首をやられただけなので」
「──!」
前を歩いているはずのセレーネの顔がこっちを向いている──上下逆になっているけど。
キラーラビットに首筋をバッサリ斬られて、千切れかかった首が後ろに反り返っていただけだった──この光景を見て、悲鳴をあげなかった自分を褒めてあげたい。
「ちょっとって……」
「ほら、首をこうして──元通り」
「──!」
平然としているセレーネにドン引きしながら、なんとか声を絞り出した。だが、僕の驚きなど全く気にする様子はない。
セレーネは自分の頭をガシッと掴むと、強引に元の位置に戻した。その光景はもはやホラーでしかない。
もう勘弁してくれないかな……。