辺境にゾンビな王女が押しかけて来たんだが? 作:カレーとスコップ
「少々お待ちください」
僕の方を振り返ることなく、セレーネはキラーラビットをジッとにらみつけていた。即死とはいかないまでも、戦闘不能に追いやれたつもりなのだろう。セレーネの背中越しに見えるキラーラビットにも困惑の色が浮かんでいた。
一度でダメなら二度。それが野生の中で生き抜くための秘訣でもある。気を取り直したキラーラビットはふたたび翻弄するような素早い動きを見せる。
セレーネも間合いを測っているのか、体がわずかに揺れる。それに引きずられるように首までありえない方に曲がったりするのが何とも言えない嫌悪感を与えてくる。
緊張が高まる。キラーラビットの前歯がセレーネの首筋をふたたび捉えた。しかし、セレーネの手が無造作に振り払われる。
「ピィィィ!」
キラーラビットが地面に降り立つ。その体には、すでに頭がなくなっていた。遅れて宙を舞っていた頭が地面に落ち、首から大量の血を吹きだしながら前のめりに倒れ込んだ。
あまりにも鮮やかな反撃に──それ以上に無惨な倒し方に僕は一言も発することができなかった。喉だけでなく口の中もカラカラに乾いていて、舌を動かすのもままならない。
「アラン様、やりました!」
これ以上はないだろう──そう思っていた僕の予想は大きく裏切られた。振り返ったセレーネの首には痛々しいを通り越して、明らかな致命傷が真横に走っていた。
スパッと切れていたというものではなく、ぐちゃぐちゃに引き裂かれた傷口。目を覆いたくなるような悍ましい傷口に、思わず回復魔法をかけてしまった。
「熱い、熱いィィィ」
回復魔法が発動した瞬間、セレーネの体は燃え上がった。白い炎に包まれてもだえ苦しむセレーネの姿を見て慌てて魔法を止めたけど、炎は収まる気配がない。
「ウォーター! エアリアル! くそ、ダメだ!」
このままセレーネが死んでしまったら(すでに死んでいるけど)と思うと、罪悪感が重くのしかかってくる。助けるために炎を消そうとするけど、物理的な炎とは違うらしく水をかけても風で拭き散らそうとしても消えるどころか弱まる気配すらない。
「ごめん。僕が軽率だった──お願いだから死なないで!」
「熱いぃぃぃぃぃ、いぃぃぃぃ、いい、いいですぅぅ。アラン様の熱い愛情で満たされてますぅぅぅ!」
僕の心配をよそに、熱さに苦しみ悶えていたセレーネの表情が次第に恍惚としたものに変化していく。もちろん炎は消えていないけど、別の意味で天に昇りそうな表情になっていた。
「ああ、素晴らしかったです。アラン様の熱く迸る愛が私の身体の中を満たして──はぁ、最高です」
「……」
ようやく炎が消えたが、先ほどまでの心配など完全に吹き飛ぶくらいドン引きしていた。最後の方なんて、なぜか恍惚とした表情のまま「もっとぉぉぉ」と叫ぶ始末だ。別の意味で怖すぎる。
「アラン様──もう一回してくださいませ!」
「ダメだって、いつモンスターが襲ってくるかわからないんだよ」
「残念です。ですが、モンスターを殲滅すればいいということですね!」
「殲滅してもダメだけど!」
やる気を見せるセレーネに冷や水を浴びせる形になるけど、なんだかんだ言ってもセレーネは美少女。あの光景は目に毒でしかない。
一気に落ち込んでうなだれるセレーネだったけど、「これは焦らしているということなのでしょうか」などとつぶやいて、やる気を取り戻したらしい。
僕としては嬉しい限りだけど、あとのことが怖くて考えたくもない。
さらに何匹か倒して魔の森のモンスターになれてきたのか、その後は危なげなく次々とモンスターを討伐していった。
「だいぶ狩りました」
「そろそろ戻ってもいいけど……」
日が高くなってきたし、そろそろお昼を食べに戻ってもいいかと思ったけど、セレーネは不満そうだった。
「そんな! まだ今日は始まったばかりなのに──もうデート終わりなんですか?」
「いや、食事に戻るだけだって」
「食事なら用意しております」
僕の前にドンと置かれたのは、クマとウサギの肉だった。さすがに毛皮は剥ぎ取ってあるけど、明らかに先ほど解体したとはっきりとわかる。
「これって魔物の肉だよね?」
「問題ありません。新鮮なので生でも大丈夫だと思いますが、火を通せば完璧です」
「そうは言ってもなぁ……」
別にモンスターの肉が食べられないわけじゃない。むしろ物によっては高級食材となることもある。だからと言って、生食をしたり、そのまま焼いたりして食べることは滅多にない。
ドンと肉を置かれても、僕としては困るだけだ。しかしセレーネは自信満々に胸を張る。
「大丈夫です。強くなった私なら生焼けで食べても死にません」
「そうですか──」
ちゃんと火が通っていれば大丈夫とか、そういう話じゃないんだけどね。でも、せっかくセレーネが作ってくれるというのだから、無下にするわけにはいかないよね。
セレーネはY字の棒を二本立て、その間に肉に通した鉄棒をかける。肉の下に焚火を作り、鉄棒についているハンドルを回すと、鉄棒と同時に肉がクルクルと回り出した。
チリチリと肉の表面が焼ける音、ジュワッという落ちた脂が燃える音、それらが美味しそうなハーモニーを奏でる。燃えた脂が魔物の肉とは思えないほど食欲をそそる匂いを周囲に振りまいていた。
「そろそろいいんじゃないかな?」
「いえ、まだ生肉の匂いが残ってます」
ゾンビになったからか、セレーネは肉が生かどうか──いわゆる火の通り具合が何となくわかるようだ。
表面の色が濃くなって、そろそろ黒焦げ肉になるんじゃないかと思い始めたところで、セレーネは鉄の棒を手に取って高く掲げた。
「上手に、焼けました!」
セレーネの手際の良さに、僕は思わず拍手をしていた。火から下ろした肉は、少し休ませて鉄棒を引き抜く。
「食べやすいように取り分けますね」
「ありがとう──って、ええっ?!」
てっきりナイフか何かで切り分けるのかと思ったら、セレーネは焼けた肉を掴んで引き千切った。
「えっと、熱くないの?」
「はい、強くなりましたから。それにアラン様の愛の方が熱かったです……」
セレーネは肉を引き千切りながら、うっとりとした表情になっていた。もちろんゾンビなので頬が染まることはない。
僕の回復魔法を思い出したせいだと思うんだけど、頬が青白いせいか肉を引き千切る行為に恍惚としているようにしか見えない。
この話題は二度と出さない方がいいな。
「ありがたいんだけど、他の人には見せられないな……」
さすがにゾンビだとバレることはないと思うけど、こんなセレーネの姿を見られたら確実にドン引きされてしまう。
そんな未来を考えていたら頭が痛くなってきて、頭を押さえてため息を吐く。セレーネもちょうど肉の取り分けがおわったらしく、一口サイズの肉が山盛りになった皿を僕の方へと差し出した。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」
「それじゃあ、食べましょうか! 軽く塩を振ってあるだけですが……」
セレーネが食べたのを見て、僕も肉を一切れ口の中に放り込んだ。
マズかったらどうしようと思ってたけど、口の中で野性味あふれる肉の香りが広がり、噛み締めると、肉汁と共にほんのりとした塩気が舌を刺激する。
「美味しい!」
「そうでしょうそうでしょう! 生の方が美味しいと思いますけどね!」
「いや、生はちょっと」
ゾンビだからか、セレーネは生肉をやたらと推してくる。それをのらりくらりとかわしながら、皿の上に乗った肉をあっという間に平らげてしまった。
「ごちそうさまでした!」
「お粗末様です!」
腹を満たした僕たちは、ふたたび二人でモンスターを狩り、いくつもの魔物の肉を砦に持ち帰った。
最初は魔物の肉と敬遠されたけど、セレーネが焼いた肉はすこぶる好評で安心した。だけど、その日の夜、僕の脳裏には白炎に灼かれるセレーネの姿が離れなくて、なかなか寝付けなかった。