あの日から...
私の世界は何も映さなくなっていた。
うれしい、
かなしい、
たのしい、
くるしい。
周りの人が浮かべている感情のグラデーションが、私にはすべて「無価値な灰色」にしか見えない。
お母さんの期待に応えるために笑う顔も、学校で「優等生」を演じるための声も、全部ただの記号。
私の隣にいるエーフィだけが、私の心が空っぽであることを知っていた。
額の玉を光らせることもなく、ただ静かに私と同じ無色の時間をじっと耐えるように共有してくれていた。
だから、消えたかった。
何もないのに存在していることが、息をしていること自体がただただ不気味だったから。
Kが持ってきてくれた曲も、私を救ってはくれなかった。
救われるための「心」そのものが、もう私の中に存在しなかったから。
あの日、セカイにやってきた彼女——えななんを見たときほんの少しだけ不快だった。
彼女は、いつも感情を撒き散らしている。
嫉妬、
焦り、
悔しさ、
惨めさ。
___隠せばいいのに
格好つければいいのに
彼女はそれをそのまま顔に出して、泣きそうな顔で絵に向かっている。
『消えたい』と言った私に、彼女は本気で怒っていた。
『消えたいのは、あんただけじゃない……っ!』
理解できなかった。
自分の意志で絵を描いていて好きなものを好きと言える彼女が、なぜ私と同じように「消えたい」なんて思うのか。
でも、彼女の足元にいた小さなイーブイが
私とエーフィを睨みつけていた。
進化もせず、何者にもなっていない小さな体で、でも『ここにいるんだ』と叫ぶように彼女の言葉に声を合わせていた。
周りに決められた型にはまらず、泥をかぶりながら、傷つきながら、それでも『私』であり続けようとする一人と一匹。
その姿を見た瞬間——
『生きるってのはね……痛くて苦しいのよ!!』
彼女がそう叫んだとき、私の胸の奥に鋭い何かが突き刺さった。
_________痛い。
熱くて、息が詰まりそうで心臓が引きちぎられるみたいにすごく痛かった。
救われたわけじゃない。
お母さんが作った「いい子」の檻から抜け出せたわけでもない。
私の問題は、何一つ解決していない。
けれど。
彼女がくれたのは温かい救いなんかじゃなくて胸を刺すような「激痛」だった。
麻痺していた心に、彼女の叫びが、イーブイの覚悟が、真っ赤な絵の具みたいにドロリと流れ込んできた。
生きていくことは、
こんなにも痛くて、
苦しいものなんだと。
彼女は、その激痛を抱えたまま毎日必死に筆を握っていたんだと。
現実に戻ってきて、暗い自分の部屋で私は自分の胸に手を当てた。
まだ、微かに痛む。
隣でエーフィが、小さく鼻を鳴らして私の手に頭を寄せてきた。
そのおでこがほんのりと温かかった。
(痛い……けれど)
もし、この痛みが「生きている」ということなのだとしたら。
もう少しだけ、この痛みを抱えたまま
あのセカイにいてみようか。