ファミリーレストランのボックス席。
注文したドリンクバーのコップが並ぶテーブルの上と足元は、周囲からの熱い視線を集めていた。
「ねえ、見てあの席。ブイズが揃ってる!
すごい可愛い〜!」
「エーフィにブラッキーにニンフィアでしょ? あと一匹……えっ、あのイーブイは進化させてないのかな?」
店内のコソコソ噂する声が聞こえてきて、絵名は身を縮めながら、膝の上に抱えたイーブイの頭をわしゃわしゃと撫でた。
(うぐぐ、目立ちすぎでしょこのテーブル……!)
それもそのはずだった。
まふゆの足元には、気品漂うしなやかなエーフィ。
奏の膝の上には、部屋の暗がりから出てきたばかりのような、黄色い輪っか模様が静かに光るブラッキー。
そして瑞希の隣の席には、大きなリボンと触角をなびかせたとびきりキュートなニンフィアがちょこんと座っている。
そして絵名の膝の上には、絵名のかばんに勝手に忍び込んでついてきた無進化のイーブイ。
ブイズの進化形が一堂に会する中で、絵名のイーブイだけが「素のまま」で座っていた。
「ふふっ、えななんのイーブイ、周りから『なんで進化させてないの?』って顔で見られてるよ〜」
瑞希がニンフィアのあご下を撫でながら
いたずらっぽく微笑む。
「余計なお世話よ……。この子は今のままで完璧なの。誰に何と言われようと、無理にどこかの『型』にはめるつもりなんてないわ」
絵名がフンと鼻を鳴らして胸を張ると、イーブイもそれに合わせるように「ブイッ!」と小さく吠えた。
そのやり取りを、まふゆはじっと見つめていた。
まふゆの足元のエーフィはお母さんによって毛並みから立ち振る舞いまで寸分の狂いもなく「完璧にしつけられた」ポケモンだ。
誰かの期待通りに美しく進化した自分たちのブイズと、自分の意志で「何者にもならない」選択をしてそこにいる絵名のイーブイ。
(……型にはまらない、か)
まふゆの胸の奥で、セカイでぶつけられた絵名の泥臭い叫びが、微かにリフレインする。
「そろそろ、ちゃんとお互いのこと名乗ろっか!」
瑞希のその一言で、テーブルの空気が少しだけキュッと引き締まった。
セカイで一度顔を合わせているとはいえ、現実世界でこうして向き合うのは初めてだ。
「ボクは暁山瑞希。ナイトコードではAmiaね。高校1年生だよ〜」
瑞希が軽やかに手を振ると、ニンフィアが「ふにゃあ」と可愛らしく鳴いて瑞希の頬に触角を擦り寄せた。
「…じゃあ、次は私ね。
東雲絵名。高校2年生。...でっ、この子は私の最初の相棒のイーブイ」
絵名が照れくさそうにイーブイを紹介すると、瑞希が目を輝かせた。
「絵名のイーブイ、毛並みがすごくフカフカで手入れされてるよね!絵名が大事にしてるのがすっごく伝わってくる〜」
「っ…まあ、毎日ブラッシングは欠かしてないし? 当たり前でしょ、私の相棒なんだから!」
思わぬ褒め言葉に絵名は真っ赤になって明後日の方向を向いた。膝の上のイーブイは得意気な顔をしている。
「……次は、私だね」
静かに口を開いたのは、奏だった。
「宵崎奏。通信制の高校に通ってる。……この子はブラッキー。私が夜中に曲を作ってるとき、いつも足元で静かに聴いててくれるんだ」
奏がブラッキーの頭を優しく撫でると、ブラッキーは目を細めて奏の手のひらに頭を預けた。派手さはないけれど二人の間にある深い信頼感が滲み出ている。
「奏のブラッキー、すっごく落ち着いてて素敵だね。奏の作る静かで綺麗な曲にぴったり」
絵名が素直に感心して呟くと、奏は少しだけ嬉しそうに口元をほころばせた。
そして、最後に全員の視線が——朝比奈まふゆへと集まった。
宮女の制服に身を包んでおり、みんなは息を呑んでまふゆの言葉を待つ。
「……朝比奈まふゆ。高校2年生」
淡々と告げられた本名。まふゆは足元のエーフィを見下ろした。
「このエーフィは、お母さんが与えてくれたポケモン。毛並みも、技も、全部お母さんの指示通りに育てたの」
胸が苦しくなるような告白。
瑞希も奏も、一瞬言葉を失う。
まふゆの抱える「重み」が、ポケモンの姿を通してリアルに伝わってきたからだ。
だが、まふゆは静かに続けた。
「…でも。セカイから戻ったあと、私が暗い部屋でうずくまってたらこの子が、ずっと隣で温かかった。……お母さんの理想じゃなくてただの私に、寄り添ってくれてた」
まふゆがそっと手を伸ばすと、エーフィは嬉しそうにその手に額を押し当てた。
「……だから、少しだけこの子を可愛いって
思えたの」
その言葉を聞いて、絵名は胸の奥がぎゅっと締め付けられるのを感じた。
まふゆの心はまだ麻痺しているし、根本的な問題は何一つ解決していない。
けれど、セカイでぶつかり合ったあの日から、まふゆの中で確実に「何か」が動き始めている。
「ふん。あんたのエーフィ、あんたが思ってる以上にあんたのことが好きなのよ。大事にしなさいよね」
絵名がちょっと投げやりな口調で、でも温かい眼差しで言うとまふゆは驚いたように目を見開いた。
「…うん。ありがとう、絵名」
「っ、な、何よ急に名前で呼ばないでよ……!
真っ赤になる絵名と、
クスクス笑う瑞希、
優しく見守る奏。
テーブルの上のブイズたちも、まるで互いの絆を確かめ合うように「ブイ」「ミィ」「ブラッ」「ニン」と小さく声を掛け合っていた。