ゲームのエンディングを変えるために奮闘して死んだら、続編でヒロインが闇堕ちしてた 作:かませ犬S
「平和ね」
オーストリン王国は独立100周年のお祝いムード一色。王宮のバルコニーから景色を眺めていると、大通りを行き交う人々の騒がしい声が聞こえてくる。
皆が笑って、悲しんで、時に怒って⋯⋯その日その瞬間を一生懸命生きている。それが人としての生き方ならわたしは多分人ではないのだと思う。
───わたしの心はあの日で止まったまま。
───わたしの想いはあの地に残したまま。
───あの日を境に心はなにも感じなくなった。
悲しいはずなのに泣けなくて、苦しいはずなのに落ち込むこともできなくて、喜びも憤りも不安も、そこにあるはずの感情がわたしから消え失せた。
心はいつも平坦で、なにをしても響かない。
「ねぇ、ガイド⋯⋯わたしはどうしたらいいのかな?」
貴方はわたしに生きていて良いと言った。
人を不幸にして周りの人を理不尽に殺してしまう、世界にとって毒でしかないわたしに。
わたしも生きていていいんだと思った。
他でもない貴方がわたしに言ったから。
でも、それは間違いだった。
「わたしのせいで、貴方を慕うみんなに不幸が訪れた」
───ガイドの死という、最悪の不幸。
わたしが代わりに死ねば良かった。
そうすれば貴方を慕う人たちは悲しまずに済んだ。
わたし一人が死ねば全てが丸く収まるのに、貴方はわたしを庇って死んだ。
「わたしを⋯⋯護るために」
あの日ことは今でも鮮明に覚えている。
ウロボロスのボスがご丁寧に
本来なら身体を奪われるのはわたしだった。身体を奪われて、仲間やガイドと戦わされて⋯⋯そして死ぬはずだった。
けど、現実は違う。身体を乗っ取られたのはわたしじゃなくてガイドだった。
『ちっ!邪魔しやがって!厄災の魔女の身体を乗っ取るはずが⋯⋯。まぁいい!まずはこの身体で貴様らを───』
ガイドの声で、ガイドの顔で、その身体を乗っ取ったウロボロスのボスはわたしたちを殺そうとした。仲間たちは異変に気付いても、ショックが大きくて反応できなかった。
だから、目の前で起きた出来事をただ⋯⋯眺めているだけだった。
『な、に!』
赤い血潮が舞った。
その血は他の誰でもない、ガイドの血だった。
『きさ、ま⋯⋯おれの⋯⋯支配を』
───わたしたちに向けられるはずの剣は、ガイドの身体に刺さっていた。
ウロボロスのボスの意思じゃない。その身体の本来の持ち主であるガイドが、自らその命を絶ったのだと後になって分かった。そうすることで仲間を護ろうとしたのだと。
「ガイドは知っていたのね⋯⋯あの結末を」
いつからか夢を見るようになった。
アデルと出会って助けられて、共に旅をして巨悪を倒して⋯⋯既視感のある夢なのにそこには、いるはずの貴方がいなかった。
その夢ではわたしはガイドのように身体を乗っ取られて、仲間たちと戦っていた。仲間と殺し合わされた。そして───。
「貴方は知っていたのね」
わたしの結末を。
この世界の未来を。
だから誰よりも貴方は必死になって皆を護ろうとした。誰も傷つかないように、貴方は傷だらけになりながらも護ろうとした。
「貴方に⋯⋯救われた」
本来なら死ぬはずのわたしを、貴方は救ってくれた。わたしの命を───心を救おうとしてくれた。
嬉しいはずのに、素直に喜べない。それはきっと、貴方が傍にいないから。
「貴方はきっと何も考えてなかったのね」
救うことに必死で、遺された者のことなんて考える余裕がなかったのね。
「救われても⋯⋯貴方がいないと意味がないのよ」
───わたしはガイドが好きだった。
初めて出会ったその日から、わたしはガイドに惹かれていた。
旅をする中で彼の良いところも悪いところもたくさん発見して、より彼が好きになった。
「ガイド⋯⋯」
わたしに差し伸べてくれた暖かい手が好きだった。
誰にも同じように優しい彼を独占したいと思うわたしが嫌いだった。
わたしの名前を呼ぶ、彼の優しい声が好きだった。
わたし以外の名前を親しげに呼ぶのが嫌だった。
仲間のために身を挺する彼が心配だった。
みんなに降り注ぐ不幸を振り払う彼が頼もしかった。
みんなから好かれるガイドが自分のことのように自慢だった。
───ガイドに、愛して欲しかった。
「貴方がいない世界に、わたしは生きる意味を見出だせない⋯⋯」
ガイドの後を追って死のうと思った。
けど、できなかった。
死ぬのが怖かったわけじゃない。ガイドと交わした約束を破るのが嫌だった。
『ねぇ、ガイド。わたしは生きていていいのかな?』
人に不幸を齎すわたしの力を知った際、わたしは生きていてはいけないと思った。わたしが生きているだけでみんなを傷付けてしまう。ガイドを不幸にしてしまう。
自分が傷付くよりも、ずっと嫌だった。
『悲しいことを言わないでくれ、クラリス。あのジジイから言われたことを気にしているなら⋯⋯そうだな、無責任に大丈夫だなんて言えない』
『⋯⋯うん』
『けど、死んでいい人間なんていないと俺は思ってる。そりゃ、人を殺して物を壊したり、どうしようもない悪人はいるけどさ⋯⋯どんな人間にも生きていて欲しいって思う者はいる』
『それがわたしのような───世界の毒でも?』
『世界の毒とか、そんなことは関係ない。俺はクラリスに生きて欲しいと思ってる。生きていていいのかな、なんて悲しいことを言わないでくれ。他の誰がなんて言おうと関係ない。───生きてくれ。
その言葉は、楔のように心に打ち込まれ、まるで呪いのようにわたしを生かし続ける。
わたしが生きていることが、ガイドの幸せになるのならわたしは生きないといけない。
ガイドのいないこの空虚な世界を───。
「そんなところでなにをしている?」
不機嫌そうな声が聞こえた。
振り返ると予想通りの人物がいた。いつの間に部屋に入ってきたのかしら。
「もう戻ったの、カーチス」
わたしが確認すると、カーチスは苛立った様子で鼻を鳴らした。
「戻ったもなにも⋯⋯時間の無駄だったよ。天才たる私が同席するに値しないくだらない会合だった」
余程に腹の立つことがあったのか、イライラした様子でこめかみを指で叩いている。気を紛らわせるためにするカーチスの癖⋯⋯だったかしら? 前にガイドがそんなことを言っていた気がする。
「コーヴァスはただアピールしたいだけよ、貴方を傘下に置いたって」
「そんなことは私もわかっている。わかった上でこのカーチス様が同席してやったというのに意味のない駆け引きばかりして⋯⋯」
カーチスがため息を吐く。
「国と国の決め事なんで総じて仰々しいものよ」
「はっ!たかだか不可侵条約を結ぶ程度のことで、くだらないやり取りをする凡人共の気が知れん」
ここで結んだ不可侵条約が後でちゃんと機能するのだけど⋯⋯そんなことはカーチスも分かっているわよね。その上で、時間を無駄にしたと怒ってる。
後で間違いなくコーヴァスに詰め寄るでしょね。
相手がローマシア帝国の皇帝であってもお構いなくカーチスが文句を言うのが想像できる。それを笑ってやり過ごすコーヴァスの姿も。
カーチスが態度を変える相手なんてそれこそガイドくらい⋯⋯けど、それにしたって気持ち悪いくらいガイドに優しかった。それが少し嫌。
「そんなことより、報告は聞いたか」
「報告?」
「その様子だと知らないらしいな」
コツコツと足音を立てながらわたしの横まで、カーチスが歩み寄ってきた。表情が硬い。あまりにいい報告ではなさそうね。
「アデルを殺すために、コーヴァスが無断で私が造ったArmaを送り込んだそうだ」
随分と溜めてから口にしたと思ったら、拍子抜けするような内容だった。
「そう⋯⋯」
「⋯⋯それだけか? アデルが、仲間が死ぬかもしれないというのに」
どうしてカーチスが悲しむの?
どうして信じられないと言わんばかりにわたしに詰め寄ってくるの?理解に苦しむ。
「それが、どうかしたの?」
「⋯⋯っ!!」
「だってそうでしょ?わたしたちはこれから一人の人間のために多くの命を奪うことになる⋯⋯」
命の価値に優劣はなく、それは等しく平等である。
かつての仲間だとか、見ず知らずの他人だとか、そんなものは関係ないわ。
「増えすぎた人間を間引く⋯⋯神さまの手伝いをすることで、代わりにわたしたちの望みを叶えてもらう」
「そう、だったな⋯⋯」
亡くなった人間ともう一度会う方法なんて、この世には存在しない。それこそ神の奇跡にでも頼らなければ⋯⋯。
「ガイドが生き返るなら、わたしは手段を選ばない。世界中の人間を犠牲にしても構わない」
「それが、かつての仲間でもか?」
───仲間⋯⋯。
そう言われて、思い浮かぶ顔が存在しない。
「愚問ね」
わたしの心はあの日で止まったまま。
「愛する人にもう一度会えるなら、それもまた必要な犠牲」
わたしの想いはあの地に残したまま。
「カーチスもそれを覚悟の上でわたしを共犯者に選んだんでしょ?」
あの日を境に心はなにも感じなくなった。
「なら、愛する人のために」
貴方が遺した言葉が、心をなくしたわたしを生かし続ける。
けど───。
「ともに世界を敵に回しましょう」
───心のどこかで
というわけで一章終わりです。
この後は溜まりに溜まった掲示板回を挟んで二章に入ります。
クラリスと本格的に絡むのは二章からになりますね、はい。破滅願望マシマシヒロインです。対戦よろしくお願いします。