ゲームのエンディングを変えるために奮闘して死んだら、続編でヒロインが闇堕ちしてた 作:パンデュウ郎
どこまで続くか分からない暗闇の中を、ふよふよと浮かぶ光の球体を追いかけながら進む。
───思ってたのと違う。
俺から言えるのはそれだけだ。
タマモさまにエデンへと送り出されたと思ったら着いたのはこの暗闇だ。タマモさま曰く、俺は本来であれば死んでいる人間なので普通の方法では元いた世界に送り出すことが出来ないらしい。
俺が今通っている暗闇は『死者の道』と呼ばれるもので、死んだ人間がこの道を通って冥界へ向かい、罪を償ってから神の元へと導かれるそうだ。
俺はその死者の道を逆走する形で進んでおり、その道を抜ければ晴れて俺は元の世界へと帰れるらしい。
転生や転移とは違う扱いになるのか?どちらかと言えば死からの復活とか、蘇生とか⋯⋯そんな感じだろうな。
「で、どこまで続くんだこれ」
見渡す限り真っ暗な闇。俺が歩いている地面も本当に道なのかすら分からない。先導する光の球体がなければ間違いなく迷子になっていただろう。
『安心せい、もう直ぐ着く』
思わず零した愚痴に反応する声があった。言わずと知れたタマモさまで、俺の前で先導する球体越しに話しかけてくれている。謎技術ではあるが、そのお陰で心細い思いをしなくて済んでいた。
「タマモさま⋯⋯」
『なんじゃ』
光の球体を追いながら、ふと疑問に思ったことを口にする。
「どうして俺なんだ? 俺をヴァルキリー戦記の世界、エデンへと送ったのはタマモさまだろ? なんで俺を選んだんだ?」
タマモさまから聞いた説明は当事者じゃなければ分からないことも多いと思った。人とは違う神という存在なら、なんでもお見通しなのかも知れないが。
『ふむ、そうじゃなぁ⋯⋯お主はがっかりするかもしれんが選んではおらん。たまたまお主が死んで、わしの元に運ばれてきた。それだけじゃ』
「そう、ですか⋯⋯」
『まぁ、あえて理由をあげるとするならば、お主から強い想いを感じからじゃな。あの小娘を救いたいという強い想いを、な』
ふふふっとタマモさまが揶揄うように笑う。
俺ってタマモさまが分かるくらいクラリスのことを想っていた?好きだったってことだよな。
ヴァルキリー戦記の世界に転生した後なら、クラリスのことをそれだけ好きでいてもおかしくない。実際に会って交流することができるから。
けど、転生する前なら彼女は画面の奥にいる存在だ。ゲームの世界のキャラを嫁なんて言う人もいるが、どうやら俺も同類だったようだ。
『愛じゃな』
揶揄うようなタマモさまの声に顔が熱を帯びていく。ダメだ。完全にタマモさまに玩具にされてる。
話題を変えよう。
「タマモさま、もう一つ聞いてもいいですか?」
『なんじゃ?』
ふと思い浮かんだことはエデンに帰るのであれば聞いておかなければならないことだ。
「俺が今から帰る世界は『ヴァルキリー戦記II』の影響を受けていると思いますが、⋯⋯ストーリーはもう終わっていますか?」
タマモさまはクラリスが世界を敵に回して暴れ回ったと言っていた。過去形だ。既に起きたことをタマモさまが仰っていたのだとすれば⋯⋯。
いや、違う。悪い方向にばかり考えすぎてる。
タマモさまは言っていた筈だ。俺ならクラリスを救うことができるかも知れぬ、と。つまり、まだクラリスは死んではいないということだ。
『安心せい、まだ『ヴァルキリー戦記II』のストーリーは始まってはおらぬ。わしが結末を知っておるのは、神の権限で
俺を安心させるように明るい声でタマモさまが口にした。
「つまり、これから起こる?」
『そうじゃ。地球が起こした事象によって、エデンに影響が起きてからまだ間もない。わしの予測ではまだストーリーは始まっておらぬ。お主の想い人も世界を敵には回しておらぬよ』
その言葉を聞いて、心の底から安堵した。
『⋯⋯ただ、お主の死から3年の月日が経過しておる』
「3年も?」
俺が死んだのはそれこそ数時間前だぞ。そんな僅かな間に、3年も経過する? いや、そうか!ヴァルキリー戦記IIは、3年後のエデンが舞台ということか!
地球とエデンの因果関係によって大陸が生み出されるくらいだ。3年の月日が経過してもおかしくはない。
「⋯⋯っ!いったっ!」
『すまぬ』
俺が懸念していたことはひとまず大丈夫だと分かり、安心しきった俺の顔に球体が直撃した。
鼻が折れるかと思った⋯⋯。なんだ、急に。
ズキズキと痛む鼻を抑えながら、俺の目の前で浮遊する球体を見る。俺に向かってこの球体が飛んできたわけじゃない。急に止まったから、俺が対応出来ずに勢いよくぶつかった⋯⋯というのが今の一連の出来事だ。
「どうしたんだ、タマモさま?」
『いや、お主に伝えておかねばならぬことを忘れていた。騙すような真似をする気はないので、この場で伝えておこう』
タマモさまが伝えたいことは、俺に関わることで⋯⋯それはきっと、良くないことだ。先程まで聞こえていた明るい声と違う、固い口調に嫌な予感がした。
『これからお主は元いた世界へと帰ることになる。姿形、記憶もそのままに』
「それはさっき聞いたと思うが⋯⋯」
『ただし、ガイド・ルーカスとして⋯⋯お主が世界へ帰ることはない』
───は?
「どういう、ことですか」
自分の声が、震えていた。
タマモさまが仰ってる言葉を、上手く受け止められない。意味が、分からない。
姿形、記憶もそのまま。それはつまり、俺が俺自身のままに世界へと帰れるってわけじゃなかったのか? ガイド・ルーカスとしては帰れない? 何を言っているんだ?
『お主が、死んでおるからじゃよ』
死んで、いるから?
「そんなことは、俺も分かって」
『おらぬよ。お主は『死』というものを軽視しておる。このような状態じゃから実感は湧かないと思うが、生きとし生きるモノにとって『死』とは終わりじゃ』
光の球体がゆっくりと俺の体へと迫ってきて、コツンっと胸に当たった。
『胸に手を当ててみよ、お主は生きておるか?』
タマモさまに言われるがままに手を胸に当てる。嫌な予感がした。
だが、その予感を裏切るようにトクントクンと心臓の鼓動が掌に伝わってくる。触った部分から熱を感じる。
生きていると、実感した。
『ふふ、安心せい。お主は生きておるよ。わしが生き返らせた』
楽しげに笑うタマモさまに、揶揄われたのだと思った。
「タマモさま!」
『悪いのぅ。ちと、揶揄った。じゃが、ガイド・ルーカスとして世界へと帰れないのは本当じゃ』
「どういうことですか?」
球体が再び、顔の位置まで浮かび上がる。
『理解しておらぬようじゃからもう一度言おう、お主が死んでおるからじゃ』
待ってくれ、俺は生きているんじゃないのか?
確かに俺は死んだけど、タマモさまが生き返らせたって今言っていたじゃないか。
『エデンという世界でも、そしてお主が影響を及ぼした地球でも、『ヴァルキリー戦記II』というゲームの中でも───お主という存在は死んだ扱いになっておる』
「それは⋯⋯」
タマモさまが言いたいことがようやく分かった。
俺がクラリスを救ったことによって世界が変わったように、地球とエデンの因果関係によって世界は一つ事象を確定させた。
『姿形、記憶もそのままにお主がこれから世界へと帰ろうと⋯⋯お主の姿を見ても、お主の声を聞いても誰もガイド・ルーカスとは認識せん。何故だか分かるか?』
───世界にとってガイド・ルーカスという存在は既に死んでいるからだ。
エデンはヴァルキリー戦記を元にした世界だ。その世界において死んでいるはずのキャラが登場するのはおかしい。
「だから、俺という存在は誰にも認識されない?」
『違うのぅ。ガイド・ルーカスとして認識されないだけじゃ。世界へ帰れば物にも触れれる。人とも言葉を交わすこともできる。じゃが、誰もお主をガイド・ルーカスとは認識しない。全くの別人としてお主を認識する』
「俺がガイド・ルーカスだと認識できるのは⋯⋯」
『お主とわしだけじゃ』
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
今だけ、弱音を吐きたい。
世界の敵になるクラリスを救うって覚悟を決めたならこれから先は弱音を吐くわけにいかない。だから、まだ世界に帰っていない今だけ、⋯⋯弱音を吐く。
───きっついわ。
心が張り裂けるような感覚だ。タマモさまが言っている意味は理解できた。言ってしまえばそういう世界の理とかルールとか、そんな感じのことだ。
俺は世界にとって死んだ扱いだから、誰にも俺だと認識できない。
つまり、俺が助けようとしているクラリスも俺が誰だか分からない。俺じゃない別人として認識する。
クラリスだけじゃない。
これがきつくないわけないだろ。ふざけんなよ、クソッタレ。
どこまでも救いのない世界だな、本当に⋯⋯。
『わしが、今この話をしたのは⋯⋯まだ引き返すことができるからじゃ』
「引き返す?」
『そうじゃ。元の世界へと帰れば、お主は今よりもずっと苦しい思いをすることになる。じゃが、小娘のことを諦めれば⋯⋯その苦痛から逃れることはできる。お主が望むなら別の世界へ送ることも可能じゃ』
そうだよな⋯⋯俺が必死こいて救おうとしたって、クラリスたちからすれば俺は他人でしかない。
俺だけが仲間のことを知っている。俺だけが仲間だと想ってる。その認識のズレは、俺の心をズタズタに切り裂くことだろう。
クラリス諦めれば⋯⋯。
「このまま、エデンへ向かうよ。俺はクラリスを救うと決めたんだ」
『小娘から他人と認識されてもか?』
「それでもだ」
元よりクラリスを救うために、一生を捧げてきたんだ。他人と思われようと構わない。
俺は愛する人を救えれば、それでいい。
『折れぬ心というのはいつ見ても良いのう。ピッカピカに輝いておる』
「どういう意味だ?」
『いやなに、お主には分からぬことよ。それよりもほれ⋯⋯見えるかガイド』
球体が、何かを示すようにふよふよと移動する。視線を向けた先に、微かな光が見えた。遠目からも伝わる暖かい光だ。
『あの光へ向かえばお主はエデンへと帰ることができる』
「タマモさまとは?」
『ここでお別れじゃ。じゃが、お主のことは遠くで見守っておるから安心せい』
「お別れか⋯⋯」
この場にいるのがタマモさま本人じゃなくて、球体の時点で察しはついていたけど別れってなると寂しいと感じてしまうな。
タマモさまと出会って間もないっていうのに。
「タマモさま」
『どうした?』
「本当にありがとうござました!」
タマモさまと出会えなけば、俺はクラリスの代わりに死んで終わりだった。
クラリスを救えたって自己満足に浸って⋯⋯彼女が俺のせいで苦しい思いをしていたなんて知らずに、何もかも知らないまま次の生を生きていたかも知れない。
俺に、クラリスを救うチャンスをくれてありがとう。その思いを込めて深くお辞儀をしてお礼を述べる。
『ふふ、礼などよい。そんなことより、早く向かうといい』
「はい」
もう一度タマモさまに向かってお辞儀をした後、光に向かって歩を進める。
『ガイド⋯⋯』
10歩ほど進んだ辺りで後ろからタマモさまに声をかけられた。
『小娘のこともそうじゃが、お主の親友のことも気にかけてやってくれ⋯⋯わしからの、最後のアドバイスじゃ』
「わかりました」
わざわざ呼び止めてまで伝えたことだ。きっと大きな意味がある。忘れずに心に刻んでおこう。
「行ってきます!」
『行ってらっしゃいじゃ』
タマモさまの声を背中に受けて、俺は光目掛けて駆け出した。
あっという間に光へと辿り着いた俺は───。
「へ?」
───気付いたら、牢屋の中にいた。