高次元のじゃロリ   作:のじゃろり愛好家

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そなたが妾を作った

 目を開けると、最初に見えたのは見慣れた天井だった。伸びをすると、ベッド脇に座る銀髪の少女と目が合った。

 

「おはよう、悠真」

 

「ああ。おはよう」

 

 白銀の髪と金色の瞳が輝き、小柄な身体から華奢な手足が伸びている。それにいつもの古風な衣装。朝起きてこいつがいる光景にも、もう慣れ始めている。もっとも、昨日までとまったく同じ気分で見られるかと言えば、そうでもなかった。

 

「何じゃ。先ほどから妾をじっと見ておるな」

 

「見られてたいって言ってたじゃん」

 

「何か言いたそうな顔をしておる」

 

 だんだんと、人の表情を読むのが上手くなっている。俺は上半身を起こした。

 

「昨日言ったこと、覚えてるよな」

 

 悪びれる様子もなく頷いた。

 

「ああ、縁を少々動かした件か」

 

「その言い方だと、ちょっと机を動かしたみたいに聞こえるんだよ」

 

「実際、大したことはしておらぬぞ」

 

「俺からしたら大したことなんだよ」

 

 凛と二人で映画を見るはずだった予定は、朝から妙な具合に狂い続けた。急に用事が入り、待ち合わせへの到着が遅れ、電車まで遅延し、挙げ句の果てには予約したはずの映画の席がシステム上では取れていなかった。

 

 一つ一つなら、運が悪かったで済んだかもしれない。だが、その全部にミコトが関わっていた。未来を観測するだけだと思っていた少女は、その力をもって未来そのものへ介入することができた。

 

 正確には、すでに存在する可能性の偏りを少し変えただけらしい。凛を操って記憶を改変したり、電車を直接念力で止めたわけでもない。ただ、起こり得る偶然を、起こりやすい方へ傾けた。

 

「もう一回言うけどさ、勝手に俺の人間関係いじるなよ」

 

「善処しよう」

 

「本当かよ!」

 

 朝の静かな部屋に俺の声が響き、ミコトは鬱陶しそうに耳を押さえる。

 

「朝から大声を出すでない」

 

「誰のせいだと思ってんだよ。なんで絶対やらないって言えないんだ」

 

「絶対というものは軽々しく口にするものではないぞ」

 

「お前が言うとやたら説得力あるな……」

 

 何十年先どころか、人間一人の生涯を最初から最後まで眺められる存在である。こいつに「絶対」という言葉の危うさを説かれると、こっちとしても少し言い返しづらい。とはいえ、それとこれとは別だった。

 

「とにかく。俺が嫌だって言ってるんだから、考慮してくれ」

 

「分かっておる」

 

 その答えだけは、真剣みを帯びていた。ミコトは窓の外へ視線を向けながら言った。

 

「そなたが嫌がることは、それ自体を理由として考えねばならぬのであろう」

 

 初日に風呂場までついてきたミコトへ、理由が分からなくても俺が嫌だと言ったらやめてくれ、と話した。あの頃は羞恥心どころか、人間がどうして他人に裸を見られたくないのかすら理解していなかった少女だ。それと比べれば、随分変わった。

 

「じゃあ約束しろよ」

 

「善処すると言っておる」

 

 ミコトは不満そうに頬を膨らませた。その顔が妙に普通の少女らしく見えて、俺は小さく息を吐いた。

 

 この小さな少女がその気になれば、俺の日常に存在する偶然のいくつかを、俺自身が気づかないまま別の方向へ動かすことができる。高次元存在にふさわしく、超越した能力だ。

 

「悠真、今妾について考えておったな」

 

「なんで分かるんだよ」

 

「そなたを見ればわかる」

 

「それだけで?」

 

「それだけで十分じゃ」

 

 当然のように言って、ミコトは立ち上がった。

 

「それより、学校へ行かぬのか。あと十五分ほどすれば、間に合わなくなるぞ」

 

 *

 

 学校へ向かう途中で凛と会った。

 

「おはよ、悠真」

 

「おはよう」

 

 凛はいつも通りだった。少なくとも、表面上はそう見えた。俺の隣へ並ぶと、少し困ったように笑う。

 

「昨日は散々だったね」

 

「まあな」

 

「私が家出るの遅れたところから始まって、電車止まって、予約まで消えてるって。あそこまでいくと逆に面白かったけど」

 

「俺は途中から笑えなかったけどな」

 

 その横を、ミコトが何食わぬ顔で歩いているが、もちろん凛には見えていない。俺が一瞬、ミコトへ視線を向けると、すぐに気づかれた。

 

「何じゃ」

 

 ここで返事をしたら、朝から凛に独り言の心配をされることになる。

 

「ねえ」

 

 凛が前を向いたまま言った。

 

「今度、また行こうよ」

 

「映画?」

 

「うん。昨日のあれで終わりって、なんか悔しいじゃん」

 

 隣でミコトの足が一瞬止まったが、何も起こらない。信号は普通に青になるし、車も止まらない。凛のスマートフォンに急な連絡は来ないし、空から隕石も落ちてこない。ミコトはすぐに歩き出し、何でもない顔で俺たちについてくる。

 

 俺は小声で囁いた。

 

「……何もしないんだな」

 

「妾を何だと思っておる」

 

「昨日、映画の予定潰した奴」

 

「くどいのう」

 

 凛がこちらを見る。

 

「何?」

 

「いや、何でもない」

 

「最近ほんと独り言多くない? 病院行く?」

 

「そこまで!?」

 

 凛が笑った。何となくミコトへ目を向けると、じっと凛を見つめていた。以前なら、その金色の瞳が何を考えているのかほとんど分からなかったが、今は少しだけ分かる。たぶん、気に入らないのだろう。だが、少なくとも今は何もしていない。それだけでも昨日よりましか、と考えることにした。

 

 その日は何事もなく授業が終わった。ミコトも珍しく大人しかった。

 

 数学の授業では教師の机の端に座って黒板を眺め、昼休みには俺が買ったプリンを当然のように要求し、放課後には机へ突っ伏した俺の頭を指でつついて早く帰れと急かした。

 

 あれほど大きな問題が起きた翌日だというのに、日常は驚くほど簡単に元へ戻る。教室にはいつもの声があり、校庭では運動部が走り、昇降口では生徒たちが今日の夕飯やゲームやテストの話をしていた。

 

 世界は昨日と何も変わっていないように見えた。

 

「なあ、ミコト」

 

「何じゃ」

 

 俺たちは駅前へ向かっていた。

 

 夕方の通りには帰宅途中の学生や会社員が行き交っている。信号の電子音、車の走行音、店先から流れる音楽。それらが重なって、いつもの雑然とした街の音を作っていた。

 

 その中で、俺はふと足を止めた。

 

「どうした」

 

「……いや」

 

 道路の向こうを見ると、そこには雑居ビルがあり、歩道を何人かの人間が歩いている。何の変哲もない夕方の景色だった。なのに、何かがおかしい。ビルの角を見ているはずなのに、そこだけ妙に遠いような、逆に目の前にあるような感覚がする。視線を少しずらしても違和感は消えず、むしろ意識を向けるほどはっきりしていった。

 

「……何だ、これ」

 

 目を擦って、もう一度見る。何もないはずの場所に、何かが重なっている。

 

 道路の向こうに立つ人間たちの間に、輪郭だけがうまく焦点の合わない場所があった。そこへ意識を向け続けていると、散らばっていた違和感が少しずつ一つの形へ集まっていく。頭が勝手に、理解できない何かへ意味を与えているような感覚だった。

 

 縦長の輪郭だ。二本の脚と胴体らしきもの。それに肩から伸びる腕。

 

 もう一度瞬きをする。

 

 今度は、そこに明確に人が立っていた。

 

 輪郭は水面越しに見ているように揺らぎ、顔を見ようとすると目鼻の位置が定まらない。服を着ているようにも見えるのに、次の瞬間には何も身につけていないように感じる。それでも、さっきまでは存在しなかったはずの「人の形」が確かにできている。そして、さらに見続けるうちに、その姿が少しずつ細くなっていった。肩幅が狭まり、腰の位置が変わる。そして髪らしきものが頭から伸びる。顔立ちはまだ判然としない。それでも、そこに立っているものが少女のような姿を取り始めている。

 

「……女の子?」

 

 その言葉を口にした途端、隣で息を呑む気配がした。俺は少女らしきものから視線を外さないまま、ミコトへ声をかける。

 

「ミコト」

 

 返事がない。

 

 道路の向こうに立つ少女は、まだ人間として完成していなかった。顔を見ようとすれば崩れ、髪の長ささえ見るたびに変わる。それなのに、俺が見れば見るほど、人間の姿へ近づいているような気がする。妙だったが、どこか見覚えのある感覚だった。

 

 そこでようやく隣を見る。

 

 ミコトが立ち止まり、金色の瞳が大きく開かれている。俺ではなく、道路の向こうの少女を見ていた。その顔に浮かんでいたのは、俺が今までこいつから一度も見たことのないほど露骨な拒絶だった。

 

 俺がもう一度道路の向こうを見ると、その瞬間、ミコトの手が俺の腕を掴んだ。

 

「……見るな」

 

「え?」

 

 声が低かった。俺は思わずミコトを見る。金色の瞳は、俺が凛と話している時に見せた不機嫌などとは比べものにならないほど険しかった。

 

「見るでない」

 

「やっぱりあそこに何かいるのか?」

 

 ミコトは答えない。ただ俺と道路の向こうとの間へ一歩踏み込み、銀髪を広げるようにして視界を塞いだ。

 

「……なあ」

 

 俺はミコトの肩越しに、もう一度あれを見ようとした。

 

 ミコトの顔から、いつもの余裕が完全に消えていた。

 

「あそこにも、お前みたいなのがいる?」

 

 俺の言葉に、ミコトはすぐには答えなかった。代わりに腕を掴んでいた指へ力がこもる。猫の尾のような小さくて細い指が、制服の袖越しにはっきりと食い込んでいた。

 

「……何故じゃ。何故、そなたにあれが見える」

 

 声が低い。驚いているというより、問い詰められているようにすら聞こえた。

 

「見えるっていっても、まだぼんやりだけど」

 

 ミコトの眉がぴくりと動く。

 

「いや、さっきよりは見えるようになってきたから。最初は何かいるくらいしか分からなかったけど、今は人っぽく――」

 

「見るな」

 

 言い終わる前に遮られた。

 

「だから何なんだよ。危ないのか?」

 

「よいから見るでない」

 

「理由くらい説明しろって」

 

 俺が右へ顔をずらすと、ミコトも同じ方向へ動いた。反対から覗こうとすれば、今度はそちらへ回り込んでくる。前にも似たようなことがあった。凛と話している時、俺の視界へ割り込んできた時だ。

 

「お前、またそれやるのかよ」

 

「あの女の時とは違う!」

 

 予想以上に強い声が返ってきた。近くを歩いていた人がこちらを振り返ったが、聞こえたのは当然俺の声だけなのだろう。俺は少し気まずくなって口を閉じる。ミコト自身も声を荒らげたことに驚いたのか、一瞬だけ目を見開いたが、それでも退こうとはしなかった。

 

「じゃあ何が違うんだ?」

 

「……違うものは違う」

 

「説明になってない」

 

「そなたは見なくてよい」

 

「余計気になるだろ、そんな言い方されたら」

 

 肩越しに道路の向こうを見る。

 

 少女らしきものは、まだそこにいて、さっきよりも人間らしくなっている。頭から伸びていた曖昧な何かが髪としてまとまり始め、腕と胴体の境目もはっきりしている。顔だけは相変わらず焦点が合わない。それでも、目があるべき場所、鼻があるべき場所、口があるべき場所が少しずつ決まりつつあった。

 

 俺がそこへ意識を向けた瞬間だった。顔の中にあった二つの曖昧な影が、目の形を取った。

 

「……あ」

 

 小さく声が漏れる。

 

「悠真!」

 

 今度こそミコトが俺の真正面へ飛び込んできた。両手で頬を挟まれる。

 

「何すんだよ」

 

「妾を見よ」

 

「は?」

 

「今は妾を見ておれ」

 

 至近距離に金色の目があった。冗談を言っている顔ではない。

 

「いや、だから何で――」

 

「妾を見よと言うておる」

 

 逃がさないようにするみたいに、頬を挟んだ手へさらに力が入る。ミコトは道路の向こうを警戒している。俺があれを見ることを止めるだけなら、目を塞げばいい。後ろを向かせてもいいし、この場から離れれば済む。なのにこいつは、わざわざ自分を見ろと言った。

 

「……お前、何か怒ってる?」

 

「怒ってなどおらぬ」

 

「じゃあ何でそんな顔してんだよ」

 

「妾にも分からぬ!」

 

 明らかに機嫌が悪い。凛の時より酷い。俺はミコトの手首を掴み、顔から引き離した。

 

「とにかく説明してくれ。あれは何なんだ?」

 

「……そなたには必要のないものじゃ」

 

「人間じゃないよな」

 

「違う」

 

「じゃあミコトと同じ?」

 

 ミコトが道路の向こうを睨む。

 

「妾とあれを同じものとして括るでない」

 

「でも普通の人には見えてないんだろ?」

 

「そなたから見れば同じに見えるやもしれぬ。それだけじゃ」

 

 どうやら「同じ種類の存在」というわけではないらしい。そもそも、人間の分類をそのまま当てはめられる相手でもないのだろう。

 

「でも女の子に見えるぞ」

 

 何気なく言った途端に、ミコトの顔が固まった。

 

「……何と?」

 

「だから、女の子っぽくなってる。最初は全然形なかったのに」

 

 俺がまた向こうへ視線をやろうとした瞬間、ミコトが腕を広げて遮った。

 

「だから見るでない!」

 

「何なんだよ!」

 

「そなたが見るからじゃ!」

 

 今度は俺の方が黙った。

 

 ミコト自身も、自分が何を言ったのか分かっていないようだった。口を閉じ、その視線を道路の向こうへ向けた。俺も気になって、今度はミコト越しではなく少し離れた場所から覗き込んだ。

 

 少女の輪郭は先ほどよりさらに鮮明だった。背丈はミコトより少し高く、長い髪が肩から垂れている。服も形だけで細部は定まっていないが、それでも確実に、人間の少女として完成へ近づいている。

 

 そして顔の向きが変わり、こちらを見た。

 

「こっち見て――」

 

 最後まで言う暇はなかった。

 

 ミコトが振り返り、空気が変わる。

 

 それまでの怒った少女の表情が、突然消えた。銀髪が風もないのにゆっくりと浮き上がり、金色の瞳から人間らしい感情が抜け落ちていく。初めて会った日に、一瞬だけ垣間見たもの。少女の姿の向こうに、本来なら俺が理解できない何かが存在している。そんな感覚だった。

 

「退け」

 

 誰に言ったのか分からなかった。

 

 だが次の瞬間、世界の向きがおかしくなった。

 

 道路は左右に伸びている。空は上、地面は下にある。その当たり前のはずの感覚の中へ、突然もう一つ別の方向が入り込んだ。右でも左でも、上でも下でも、前でも後ろでもない。存在しないはずなのに、それが「そちら」にあることだけは分かる。

 

 吐き気がした。俺が反射的に目を閉じ、次に開いた時には、すべて元へ戻っていた。車がとまり、信号が鳴っている。向こうの歩道では人が行き交っていた。そして少女だけが消えていた。

 

「……何した?」

 

 ミコトは道路の向こうを見たまま答えた。

 

「退けた」

 

「退けたって、どこに?」

 

「そなたへ説明できる『どこ』ではない」

 

「消したのか?」

 

「消してはおらぬ。ここへ近づくための繋がりを外しただけじゃ」

 

 意味はよく分からなかったが、少なくとも殺したとか、存在そのものを消したとかいう話ではないらしい。

 

「危険だったのか?」

 

「知らぬ」

 

「……は?」

 

「妾にも、あれがそなたへ何をするつもりだったのかは分からぬ」

 

「じゃあなんで追い払ったんだよ」

 

 ミコトがこちらを見る。

 

「分からぬものを、そなたの傍に置いておく理由があるのか?」

 

 あまりに当然のことのように言われた。

 

「何もしてこないかもしれないだろ」

 

「そうかもしれぬ」

 

「だったら――」

 

「だから何じゃ。害があるかもしれぬものを遠ざけて、何が悪い?」

 

 俺は言葉に詰まった。

 

「また勝手にやったのか」

 

「昨日とは違う。そなたと人間との縁には触れておらぬ」

 

 得体の知れないものが本当に危険だった可能性もある。ミコトが追い払ったこと自体を間違いだと言えるほど、俺は何も知らない。ただ、気になることは他にもあった。

 

「お前さ、あれが怖かったの?」

 

 ミコトの動きが止まる。

 

「……何故そう思う」

 

「めちゃくちゃ焦ってたから。俺が見てたのが嫌だった?」

 

 返事がなかった。当たりらしい。

 

「凛の時みたいに」

 

「一緒にするでない」

 

「でも同じように俺の前に立っただろ」

 

 問い詰めると、ミコトは口を閉じた。しばらく黙ってから、自分の胸元へ手を当てる。

 

「……分からぬ」

 

「またそれか」

 

「仕方なかろう。本当に分からぬのじゃ」

 

 珍しく、言い訳をするような口調だった。

 

「ただ、そなたがあれを見ておるのが、ひどく気に入らなかった」

 

 俺は少し驚いた。ここまで素直に認めるとは思っていなかった。

 

 ミコトは不機嫌そうに俺を睨んだ。

 

「最初は形すらなかったものが、そなたに見られて人のようになっていった。それを見ておると……」

 

 言葉が途切れる。

 

「見てると?」

 

「……腹が立った」

 

「それ、完全に嫉妬じゃない?」

 

「違う」

 

「即答かよ」

 

「違うものは違う!」

 

 否定の勢いだけは凄かった。だが、耳まで僅かに赤くなっているように見えたのは、夕日のせいだろうか。

 

「それにしてもさ」

 

 俺は少女がいた場所を見る。今は何の違和感もない。

 

「俺って、お前だけが見える訳じゃなかったんだな」

 

 ミコトの表情から、わずかに不機嫌さが消えた。

 

「何を言っておる」

 

「だって、さっきのも見えただろ。最初はぼんやりだったけど、見てるうちに人間みたいになった」

 

「……うむ」

 

「普通の人には見えてなかったんだよな?」

 

「そうじゃ」

 

 俺は自分の目元へ指をやった。

 

「だったら、これって俺がおかしいってことだよな?」

 

 ミコトは何も答えなかった。その沈黙が、何より分かりやすい答えだった。

 

「やっぱり俺の方がおかしいんだな」

 

「おかしい、という言葉は好かぬな」

 

「じゃあ普通じゃない」

 

「それならば否定はせぬ」

 

 ミコトは歩き出した俺の隣へ並んだ。その横顔は、さっきまでより少し考え込んでいるように見える。

 

「前から知ってたのか?俺がお前を見える理由」

 

「正確には知らぬ。ただ、推測はしておった。そなたら人間は、自分が世界をそのまま見ておると思いがちじゃが、実際には違う。目や耳から入ったものを、すべて認識しておるわけではない。理解できぬものは意味のある形へ組み立てられず、そのまま捨てられる」

 

「また難しい話になったな」

 

「そなた向けに相当に簡単にしておる」

 

「その一言いらなくない?」

 

 俺の抗議を無視して、ミコトは続けた。

 

「妾や先ほどのものは、そなたらが普段扱っておる世界だけには収まっておらぬ。ゆえに普通の人間が妾を見たところで、それが『何かいる』という認識にすらならぬ」

 

 さっきの光景を思い返す。確かに最初から少女が見えていたわけではなかった。何かおかしいと感じて、そこへ意識を向けているうちに、輪郭が生まれ、人らしくなり、最後には少女の姿へ近づいていった。

 

「でも俺には見えた」

 

 ミコトは少し考え、俺の額を指差した。

 

「穴がある」

 

 反射的に額へ手を当てる。

 

「怖い言い方すんなよ」

 

「頭蓋に穴が開いておるわけではない。そなたの認識には、本来なら閉じているはずの方向へ、ほんの僅かな抜け道があるという意味じゃ」

 

「生まれつき?何か特別な血筋とか」

 

「そのようなものではなかろう」

 

「じゃあ何で俺だけ」

 

「知らぬ。何でも妾が知っておると思うな。この宇宙で起きたすべての原因を把握しておるわけではない」

 

 話を聞く限り、俺が高次元とやらを認識できるのは、何者かに選ばれたとか、何か使命があるからではないらしい。人間が生まれる過程で、極端に珍しい認識構造が偶然できただけだという。

 

「もうちょっと格好いい理由なかったのか」

 

「何を期待しておった」

 

「実は選ばれし者でした、とか」

 

「そなたが?」

 

 ミコトが俺を上から下まで眺めた。

 

「随分と見る目のない者が選んだのじゃろうな」

 

「失礼すぎるだろ」

 

 少しだけ空気が軽くなる。とはいえ、疑問は増える一方だった。

 

「じゃあ俺の未来がお前にも完全には見えないのも、その穴のせい?」

 

「それは分からぬ。同じ原因かもしれぬし、まるで別かもしれぬ。そなたが選択することで、それまで存在せなんだ因果が生じることと、高い側を認識できることでは現象が違いすぎる」

 

「便利そうで、よく分からない能力だな」

 

「妾が見えておるではないか」

 

「それが便利かどうかは議論の余地がある」

 

「何じゃと?」

 

 頬を膨らませたミコトを無視して歩きながら、俺は今聞いた話を頭の中で整理した。普通なら閉じているはずの方向へ、俺の認識だけが少し開いている。そのせいでミコトが見えるし、さっきの存在も見えた。そこまで考えたところで一つ引っかかった。

 

「でもさ。さっきの奴、最初は人間の形じゃなかったよな」

 

「そうじゃな」

 

「俺が見てたら、だんだん女の子みたいになった」

 

 ミコトの機嫌が目に見えて悪くなる。

 

「……その話を蒸し返す必要があるか?」

 

「あるだろ。どう考えても変じゃん。お前さっき、それ見てめちゃくちゃ怒ってたじゃん」

 

「怒っておらぬ」

 

「腹が立ったって自分で言っただろ」

 

 ミコトは黙った。

 

「もしかして、あれが女の子だったんじゃなくて、俺が女の子に見えるようにしたのか?」

 

 今度は否定されなかった。

 

「……恐らくは。先ほど言ったであろう。そなたの頭とて、高い側の情報をそのまま扱えるわけではない。抜け道があるだけじゃ。流れ込んだものを理解するには、そなたが分かる何かへ置き換えねばならぬ」

 

「それで人間の姿に?」

 

「そういうことであろう」

 

 俺は立ち止まった。今の話には、明らかに一つおかしなところがある。

 

「だったら、ミコトも?」

 

 ミコトも足を止めた。振り返った顔から、さっきまでの不機嫌さが少し消えている。

 

「やっとそこへ辿り着いたか。そなたは、妾が最初からこの姿で存在しておったと思うていたのか?」

 

 俺は目の前の少女を改めて見る。長い銀髪に金色の目、小柄な身体と古風な服。初めて会った時から、ミコトはずっとこの姿だった。

 

「違うの?じゃあ本当はどんな姿なんだよ」

 

「その問い自体が間違っておる。これは、本来の妾が持っておったものではない。そもそも、そなたらの言う意味での『姿』を当てはめること自体が難しい」

 

「じゃあ、その見た目は?」

 

「そなたがそう見た。正確には、そなたの認識がそうしたのであろうな」

 

 思わず自分を指差した。

 

「待て待て。俺がその姿にしたの?」

 

「意識して決めたわけではなかろう。妾をそのまま認識することができぬゆえ、そなたの頭が理解できる形へ落とし込んだ。それだけじゃ」

 

 俺は改めてミコトを見る。どう見ても十二、三歳くらいの少女である。

 

 嫌な予感しかしない。

 

「……なんで俺の頭、高次元存在をこの年齢の女の子に変換したんだ?」

 

「知らぬ。そなたの頭に聞け」

 

「そこは責任持って調べてくれよ」

 

「妾に責任を求めるな」

 

「俺が一番知りたくない答えなんだよ」

 

 ミコトが小さく鼻で笑った。ただ、さっきの存在と違う点もある。

 

「あいつは最後までぼんやりしてたのに、お前は最初からかなりはっきり見えたよな」

 

「今のそなたから見れば、そうなのであろうな。妾とそなたは、既に何度も互いを認識しておる。今この瞬間だけを切り取って考えるでない」

 

 ミコトは自分の髪を一房つまんだ。

 

「最初にそなたから見られた時、この形は今ほど確かなものではなかった。そなたが妾を見て、話しかけ、それを繰り返したことで、この姿は次第に安定した」

 

 言われてみれば、思い当たることがある。出会ったばかりの頃は、目を離した瞬間にそこにいたことさえ曖昧になるような感覚があった。今ではそんなことはない。むしろ学校でも家でも、嫌でも目に入ってくる。

 

「じゃあ、その喋り方も?」

 

「最初は同じようなものだったのであろうな。そなたが理解できる言葉へ置き換えられたに過ぎぬ」

 

「最悪だ……」

 

「何故じゃ。よいではないか」

 

「自分の無意識からその喋り方が出てきたと思うと、何か嫌なんだよ」

 

 俺が頭を抱えると、ミコトは面白そうに笑った。しかし、その表情もすぐ真面目なものへ戻る。

 

「ただし、今は少し違う。今の妾は、この姿を妾自身のものだと思っておる」

 

 そう言いながら髪へ触れ、次に自分の胸元へ手を置いた。

 

「この髪も、この眼も、この声もな。最初はそなたの認識が与えた形にすぎなかったのであろう。じゃが今は、妾自身がこれを妾だと認識しておる」

 

 その言葉を聞いて、名前を付けた日のことを思い出した。俺が「ミコト」と呼んだ時、こいつは何度も確かめた。

 

『それは妾を示すものか?』

 

『他の者ではなく?』

 

 そして俺は答えた。

 

『お前だけ』

 

「あの名前も関係してる?」

 

「大いにな」

 

 ミコトは自分の指先を見つめた。

 

「そなたが妾をミコトと呼ぶたび、それが他の何でもない『妾』を指しておるのだと知った。あの頃から、妾というものがそれまでよりはっきりした」

 

 名前をつけた直後、ミコトの輪郭が少しだけ鮮明になった気がしたことを覚えている。こいつ自身も自分の手を眺めながら、不思議そうにしていた。その後には、もっと分かりやすい変化も起きた。

 

「物に触れるようになったのも?」

 

「恐らく無関係ではない。そなたに見られ、名を持ち、妾自身もこの姿を妾だと考えるようになった。それにつれて、そなたらの側へ強く形を持つようになったのであろう」

 

「プリン好きは?」

 

「それは妾自身じゃ」

 

 そこだけ即答だった。

 

「そなたがそうしたのではない。そなたは最初に食わせただけじゃ」

 

「二個目要求したのお前だもんな」

 

「三個目もあれば食べたぞ」

 

「胸張るな」

 

 今の話を整理すればするほど、妙な結論へ行き着く。俺が見たことで少女の姿が生まれ、俺が話しかけ、一人の相手として扱い、名前をつけた。その中でミコト自身がプリンを好きになり、ゲームで負けて悔しがり、漫画を読みたがるようになった。

 

「じゃあさ。今のお前って、俺と会う前からいたお前と同じなの?」

 

 ミコトは少し考えた。

 

「同じとも言えるし、違うとも言える。妾の元になったものは以前から存在しておった。じゃが、そなたにミコトと呼ばれて振り向くものは――」

 

 ミコトが俺を見る。

 

「そなたと会う以前には存在しておらぬ」

 

 すぐには言葉が出なかった。夕方の街を歩く人の声が、妙に遠く感じる。

 

 やがて、別の疑問が浮かんだ。

 

「……でもさ。俺みたいな奴が、絶対に他にいないとは限らないんだろ?」

 

「そうじゃな」

 

「だったら――」

 

 一瞬迷ったが、そのまま口にした。

 

「別に俺じゃなくても、お前を見える人間ならよかったんじゃないか?」

 

 ミコトの表情が止まった。

 

「違う」

 

 返事は一瞬だった。ただ一言、妙にはっきりとした声で否定された。

 

 ミコトは黙ったまま俺を見ている。怒っているわけではなさそうなのに、さっき道路の向こうにいた少女を見た時とは別の意味で、普段とは違う顔だった。

 

「俺、そんな変なこと言った?」

 

「変ではない。そなたからすれば、そう考えるのであろうな」

 

 ミコトは少し考えてから、自分の胸元へ手を置いた。

 

「じゃが、そなたは一つ勘違いをしておる。妾というものが既に完成しておって、たまたまそなたにだけ見つかったと思っておるのであろう」

 

「違うの?」

 

「先ほどからそう説明しておるではないか」

 

「元になった何かは前からいたけど、今のお前は俺と会ってからできたんだろ?だったら、別の人が先にお前を見つけてたら、その人についていったんじゃないの?」

 

 ミコトはゆっくり首を横へ振った。

 

「妾を見たのが、そなたなのではない。そなたに見られたものが、妾になったのじゃ」

 

 言葉そのものは理解できた。それなのに、その意味がすぐには頭へ入ってこなかった。

 

「もうちょっと人間向けに説明してくれ」

 

「難儀な奴じゃのう」

 

「お前の説明が人間向けじゃないんだよ」

 

 ミコトは小さく息を吐く。

 

「先ほどのものを思い出せ。そなたが最初に見た時、あれに人の姿はなかったのであろう?それがそなたに見られることで、人の形を持ち始めた」

 

「女の子みたいになったな」

 

 口にした途端、ミコトの眉が僅かに寄った。

 

「……そうじゃな」

 

「まだ気にしてるじゃん」

 

「今は黙って聞け」

 

 機嫌を損ねると話が進まなそうなので従う。

 

「あのままそなたが見続けておれば、よりはっきりした姿を得たやもしれぬ。そなたが話しかければ、それへ応じるための言葉を持ったかもしれぬ。さらに名を与え、一個の相手として扱い続ければ――」

 

「お前みたいになった?」

 

 ミコトは少し間を置いた。

 

「同じ妾にはならぬ」

 

「でも、別の誰かにはなったかもしれない?」

 

「恐らくはな」

 

 そこで、さっきのミコトの反応が少し分かった気がした。俺が少女らしきものを見るたびに、輪郭がはっきりしていった。そのたびにミコトは苛立ち、俺の視線を遮った。

 

「……だからあんな怒ったの?俺があれを見るたびに、お前みたいに人間っぽくなってたから?」

 

「……今になって考えれば、そうなのかもしれぬ」

 

 珍しく歯切れが悪い。

 

「妾は、あれが形を持つのが気に入らなかった。そなたの眼で見られ、そなたの中で意味を与えられていくことが、ひどく不快であった」

 

「やっぱ嫉妬じゃん」

 

「まだ言うか。しかし、妾にも先ほどまでは理由が分からなかったのじゃ」

 

 少し強い声だったが、今度は否定しなかった。ミコトは自分の手を眺める。

 

「この手も、この髪も、この声も、最初はそなたが妾を理解するために生じたものじゃった。そして、そなたが見続けることで妾自身のものになった」

 

 金色の目が俺を捉える。

 

「それを、別のものにもしておった」

 

「いや、わざとじゃないぞ」

 

「分かっておる」

 

「だったらそんな責めるみたいな目で見るなよ」

 

「気に入らぬものは気に入らぬ」

 

 随分素直になったな、と思ったが、口にするとまた怒りそうなので黙っておく。

 

「じゃあ、もし別の人間が高次元の存在を見たら?」

 

「その者の認識に合わせた別の形になるのであろう。その者が人の姿として認識するとも限らぬし、そなたと同じように名を与えるとも限らぬ」

 

「つまり、その人がお前の元になったものを見ても?」

 

「妾にはならぬ」

 

 答えははっきりしていた。

 

「この姿で、ミコトという名を持ち、そなたが買うプリンを食べ、そなたとの遊戯で負ければ腹を立てる妾にはならぬ」

 

「ゲームの恨み長いな」

 

 軽口を返しながらも、ようやく分かってきた。俺は今まで、どこかにミコトという少女が完成した状態で存在していて、それを見つけられる人間が俺しかいないのだと思っていた。

 

 だから俺と同じ人間がいれば、代わりになれると思った。だがそういう話ではない。

 

「じゃあ……俺の代わりって、最初からいないのか」

 

 ミコトは答えなかった。けれど、その沈黙は肯定にしか見えなかった。

 

 俺は頭を掻く。

 

「なんか責任重大だな。今のお前がこうなったの、俺のせいでもあるんだろ?」

 

「そなたが妾を作った、と言えば間違いではないが、少し違う。そなたは妾の中身を決めてはおらぬ。妾が何を好み、何を嫌うかまでそなたが作ったわけではない。そなたはただ、妾という一つのものが生じる場所を作った。それから何になるかを決めたのは妾自身じゃ」

 

 言われてみればそうだ。俺はミコトにプリンを食わせたが、好きになれと命令したわけではない。ゲームをやらせたけれど、負けず嫌いになれとも言っていない。それなのに、こいつは勝手に好みを増やし、勝手に怒り、勝手に嫉妬まで覚えた。

 

「じゃあ俺が、お前を見なくなったら?」

 

 何気なく口にしたつもりだった。ミコトの表情が僅かに変わった。

 

「……元となったものが消えることはない」

 

「言葉で説明できない高次元存在?」

 

「そうじゃ」

 

「じゃあミコトは?」

 

 返事がない。

 

「今ここにいるお前はどうなる?」

 

 ミコトはしばらく黙っていた。

 

「分からぬ。妾自身も試したことなどないからの。ただ……」

 

 自分の手を見た後、静かに続けた。

 

「今と同じ妾では、いられぬのかもしれぬ」

 

 その答えを聞いて、以前ミコトが俺の寝顔を眺めながら妙な不安を口にしていたことを思い出した。見られていないと、自分が曖昧になる。あの時はこいつ自身も意味が分かっていなかった。

 

「それで、お前は俺に見られてたいのか」

 

「恐らく、それもあるのであろうな。妾自身、まだすべては分からぬ」

 

「最近それ多いな」

 

「仕方なかろう。妾自身について、最近知ったことばかりなのじゃから」

 

 その言い方が妙に人間臭くて、思わず笑ってしまった。

 

「最初に会った時のお前なら、自分のことが分からなくて困るなんて絶対言わなかっただろうなって」

 

「妾は困ってなどおらぬ」

 

「今めちゃくちゃ困ってただろ」

 

「うるさいの」

 

 いつものミコトに戻ったところで、俺は一つだけ念を押しておくことにした。

 

「でも、それとこれとは別だからな」

 

「何の話じゃ」

 

「凛のこと」

 

 途端に嫌そうな顔をされた。

 

「またその話か」

 

「重要だから。俺が原因で今のお前ができたとしても、それで俺の人間関係を勝手に変えていいことにはならない」

 

「善処しよう」

 

「だからそこ!」

 

 思わず声を上げると、ミコトが少しだけ笑った。

 

「何だよ」

 

「いや。そなたは変わらぬと思うてな」

 

「何が?」

 

「妾についてこれだけ知っても、駄目なものは駄目と言う」

 

「当たり前だろ」

 

 ミコトはしばらく俺を見た後、小さく頷いた。

 

「そうか」

 

 その表情がどこか嬉しそうに見えた理由は、俺には分からなかった。

 

 *

 

 その夜、悠真が眠りについた後も、ミコトはベッドの傍らに座っていた。

 

 自分の手を持ち上げ、指先を眺める。銀色の髪にミコトという名前。プリンを好み、遊戯で負ければ腹を立て、漫画の続きを読みたいと思うこと。そして、悠真が他の誰かを見ると面白くないと思うこと。どれも、以前の自分にはなかった。

 

「そなたが妾を作った」

 

 小さく呟き、すぐに首を傾げる。

 

「……いや」

 

 少し違う。悠真は作ろうとしたわけではない。ただ見つけ、話しかけ、一人の相手として扱い、名を付けただけだった。

 

「そなたに見られたから、妾は妾になった」

 

 眠っている悠真から返事はない。ミコトは閉じられた瞼を見つめる。

 

 今日、あの存在が悠真に見られながら、人の姿を得ていった。最初は、なぜあれほど腹が立ったのか分からなかった。だが今なら、少しだけ分かる。あれは、自分が生まれた時と似ていた。悠真の眼が別の何かを見つけ、その何かへ形を与えようとしていた。

 

 もし見続けていたら。

 

 もし悠真が話しかけていたら。

 

 もし、あれにも名前を与えていたら。そこまで考えたところで、胸の奥に強い不快感が湧いた。

 

「……嫌じゃな」

 

 誰に聞かせるでもなく呟く。凛を見ることも気に入らなかった。けれど今日のものは、それとは少し違っていた。

 

 悠真の視線によって、別の「誰か」が生まれること。自分に向けられたものと同じ眼差しが、別の存在へ向けられること。それがどうしようもなく嫌だった。仮に明日、悠真と同じように高次元を認識できる者が現れたとしても、その者が今のミコトを作ることはできない。今の自分は、悠真との間にしか存在しない。

 

「……代わりなど」

 

 ミコトは眠る悠真へ少しだけ顔を近づけた。

 

「あるはずがなかろう」

 

 そして一度だけ、今日の少女を思い出す。悠真の視線の先で、徐々に人の形を得ていった存在。

 

 金色の瞳が僅かに細くなる。

 

 ミコトは眠る悠真の顔を見つめたまま、誰にも聞こえない声で続けた。

 

「妾以外を、その眼で作る必要もあるまい」

 

 悠真は何も知らず、静かな寝息を立てていた。

 

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