『やはり俺の青春ラブコメは、性別が違っていてもまちがっている。』 作:ケーケーケー
第五話 材木座義輝は、自らを剣豪将軍と称し、比企ヶ谷八幡は他人のふりをする。
過去とは、消えない傷である。
どれだけ忘れようとしても、ふとした瞬間に蘇る。
教室で聞いた何気ない言葉。誰かの後ろ姿。昔使っていた筆箱。そうした些細なものをきっかけに、記憶の底へ沈めたはずの黒歴史が浮上する。
中学二年生の頃、私は孤高の存在だった。
正確には友達がいなかっただけだが、当時の私はそれを「孤高」と表現していた。
休み時間に一人で読書をしているのは、周囲と精神年齢が違うから。
誰とも話さないのは、俗世に興味がないから。
体育でペアが見つからないのは、私の実力を恐れて皆が避けているから。
今思い返すと死にたくなる。
だが安心してほしい。
人は成長する生き物だ。
高校二年生となった私は、もう自分を孤高の存在などとは思っていない。
ただのぼっちである。
*
「八幡。その写真は見ないほうがいいわ」
奉仕部の部室へ入るなり、雪ノ下がそう言った。
「何の話だ」
「由比ヶ浜さんが撮った写真よ」
雪ノ下は窓際の席に座り、いつものように本を読んでいる。
その隣には、当然のように私のための椅子が用意されていた。
「お前、由比ヶ浜から受け取っただろ」
「何のことかしら」
「知らないふりをしても無駄だ。昨日、あいつが送ったと言ってた」
「由比ヶ浜さんは口が軽いのね」
認めやがった。
私は雪ノ下の前へ立つ。
「消せ」
「嫌よ」
「即答するな」
「なぜ消す必要があるの?」
「私が写っているからだ」
「写真には普通、誰かが写っているものよ」
「ツインテールでお前に頭を撫でられてる写真を残されたくないんだよ」
「よく撮れているわ」
「聞いてない」
雪ノ下は本を閉じ、鞄から携帯電話を取り出した。
画面を操作し、私へ向ける。
夕暮れのテニスコート。
体操服姿で不満そうな顔をする私と、隣でその頭を撫でる雪ノ下が写っていた。
「……いつの間に」
「試合が終わったあとよ」
「それは知ってる」
「目を逸らしているところが、いかにも八幡らしいわね」
「褒めてないだろ」
「それに、この髪型もよく似合っているわ」
雪ノ下が画面へ視線を落とす。
その口元はわずかに緩んでいた。
「お前の携帯を貸せ」
「嫌よ」
「今すぐ消す」
「断るわ」
「じゃあ力ずくで――」
私が携帯電話へ手を伸ばすと、雪ノ下は腕を高く掲げた。
届かない。
「またそれかよ!」
「学習しないのね」
「身長差を利用するのは卑怯だぞ」
「勝負において、使えるものを使わない理由はないでしょう?」
「昨日の私みたいなこと言いやがって……」
椅子へ足をかけようとしたところで、雪ノ下が私の腰へ腕を回した。
「危ないから上ってはいけません」
「子供への注意じゃねえか。離せ」
「暴れないの」
そのまま軽々と抱き上げられる。
「おい!」
「本当に軽いわね。きちんと食べているの?」
「降ろせ!」
足が床から離れている。
身長だけでなく、力まで負けているらしい。
私が必死に雪ノ下の肩を押していると、部室の扉が開いた。
「やっはろー……って、何してるの?」
由比ヶ浜が立ち尽くしている。
「八幡が椅子へ上ろうとしたから、止めているのよ」
「抱っこする必要はないだろ!」
「お姫様抱っこじゃなくて、子供を持ち上げるほうの抱っこだ……」
「解説しなくていい!」
由比ヶ浜は鞄を置くと、携帯電話を取り出した。
「ちょっと待って。そのまま、そのまま!」
「撮るな!」
私が暴れると、雪ノ下が腕に力を込めた。
「八幡。落ちるから動かないで」
「だったら降ろせ!」
「由比ヶ浜さん。撮るなら早くして」
「協力するな!」
撮影音が響いた。
私の黒歴史が、また一つ増えた。
*
ようやく床へ降ろされた私は、二人から距離を取って座った。
「こっち来ないの?」
由比ヶ浜が隣の椅子を指す。
「今日は絶対に行かない」
「拗ねているのね」
「誰のせいだと思ってる」
雪ノ下は気にした様子もなく、先ほど撮った写真を由比ヶ浜から受け取っている。
「送らなくていい!」
「もう送ったよ」
「仕事が早すぎるだろ!」
「八幡。あとで私から送ってあげるわ」
「いらない」
「でもこのヒッキー、すっごくかわいいよ?」
「本人がいらないと言ってるんだ」
「小町さんなら喜ぶかもしれないわね」
雪ノ下が何気なく呟く。
私は動きを止めた。
「なぜ小町の名前を知ってる?」
「先日、妹がいると言っていたでしょう」
「名前までは言ってない」
「あなたが鞄につけているお守りに書かれていたわ」
反射的に鞄を見る。
小町が受験前に作ってくれた、小さなお守り。裏側に『お姉ちゃんへ 小町』と刺繍されている。
「よく見てるな……」
「八幡のことだから」
「理由になってない」
「小町ちゃんっていうんだ! ヒッキーの妹、会ってみたい!」
「やめておけ。お前らが来たら面白がって私を売る」
「姉妹仲がいいのね」
「どこを聞いたらそうなる」
「大切にしているのでしょう?」
雪ノ下は鞄のお守りへ視線を向けた。
「ずっとつけているくらいだもの」
「……まあな」
小町は私と違って愛想がよく、世渡りもうまい。
私が学校で一人でも、家に帰れば小町がいる。
それだけで十分だと思っていた。
「では今度、挨拶に行きましょう」
「来るな」
「手土産は何がいいかしら」
「具体的に計画を進めるな」
「小町ちゃん、甘いもの好き?」
「質問に答える気はない」
「ヒッキーに聞かなくても、本人に聞けばいいんじゃない?」
「由比ヶ浜まで乗るな」
そんなやり取りをしていると、部室の扉が重々しく叩かれた。
ドン、ドン、ドン。
ノックというより、城門を叩く音に近い。
「誰かしら」
雪ノ下の問いに、扉の向こうから低い声が返ってきた。
「我が名は剣豪将軍、材木座義輝! 八幡の導きにより、この地へ参った!」
聞き覚えのある声だった。
私は反射的に机へ突っ伏した。
「いない。比企谷八幡は今日休みだ」
「ヒッキー、ここにいるじゃん」
「今から休む」
「八幡。依頼人を追い返してはいけないわ」
「今回だけは見逃してくれ」
「駄目よ。どうぞ」
雪ノ下が入室を許可した。
扉が勢いよく開く。
「待たせたな、八幡!」
大柄な男子生徒が、長いコートを翻しながら現れた。
季節は初夏。
どう考えても暑い。
頭には指ぬきグローブを当て、意味ありげに前髪を押さえている。
「ククク……どうやら揃っているようだな、我が新たなる戦友たちよ」
材木座義輝。
同じクラスの生徒。
中学時代から顔見知りだが、友達だった覚えはない。
「ヒッキーの知り合い?」
由比ヶ浜が小声で尋ねる。
「違う」
「何を言う、八幡! 我と汝は幾度も戦場を駆けた盟友ではないか!」
「体育の授業で同じチームになっただけだ」
「昼休みには、ともに語り合ったこともあった!」
「お前が一方的に話しかけてきただけだ」
「我らの絆を否定するか!」
「存在しないものは否定も肯定もできない」
材木座は胸を押さえ、よろめいた。
「ぐっ……我が魂へ直接攻撃を……!」
「八幡」
雪ノ下が私を呼ぶ。
「何だ」
「友達がいたのね」
「いない」
「恥ずかしがる必要はないわ」
「そうだよ、ヒッキー。紹介してくれてもいいじゃん」
「本当に違うんだ」
二人とも信じていない。
材木座は私たちのやり取りを見て、目を細めた。
「ふむ。八幡よ、いつの間にこのような美姫たちを従えた?」
空気が冷えた。
雪ノ下の目から温度が消える。
「従えた?」
「待て。私に聞くな。こいつが勝手に言っただけだ」
「八幡は私を従えているつもりなの?」
「一度も思ったことない」
「そ、そうだよ! あたしたちは友達で――」
由比ヶ浜が途中で言葉を止める。
私を見る。
少し迷ったあと、今度ははっきりと言った。
「奉仕部の仲間だから!」
友達、とは言わなかった。
それが由比ヶ浜なりの配慮だとわかった。
私が否定して気まずくなるのを避けたのだろう。
「そういうことだ。あと、材木座。用があるなら普通に話せ」
「普通とは何だ、八幡。世の定めし枠へ魂を押し込め、自らの本質を殺すことか?」
「翻訳すると、普通に話せないそうよ」
雪ノ下が冷淡に告げる。
材木座は一瞬ひるんだが、すぐに咳払いをした。
「では本題へ移ろう。実は我が魂の結晶を、汝らに審判してもらいたい」
そう言うと、材木座は鞄から紙の束を取り出した。
かなり分厚い。
雪ノ下が受け取る。
「これは?」
「我が記した異世界戦記。その名も――『剣豪将軍義輝、魔を統べる』!」
「要するに小説ね」
「要しすぎではないか!?」
「それ以外に説明が必要なの?」
「ないな」
「八幡まで!?」
材木座は再び胸を押さえた。
「それで、これを読んで感想を言えばいいのかしら」
「うむ。しかるべき場所へ投稿する前に、選ばれし者たちの意見を聞こうと思ってな」
「どうして私を巻き込むんだ」
「八幡は書を愛する者。我が作品を理解できるとすれば、汝をおいてほかにあるまい」
「そんな期待を向けるな。重い」
由比ヶ浜も原稿を覗き込む。
「すごい量だね。これ全部書いたの?」
「無論!」
「へえ……それは、普通にすごいかも」
由比ヶ浜の言葉に、材木座の顔が明るくなる。
「そうであろう、そうであろう!」
「調子に乗るな」
「八幡は我に厳しいな!」
「読んでもいないものを褒められるほど器用じゃない」
雪ノ下は原稿の最初のページをめくった。
数行読んだだけで、その眉間にしわが寄る。
嫌な予感がした。
「読む価値はあるのかしら」
「雪ノ下。早い。まだ一ページ目だぞ」
「一ページ目だからこそ重要なのよ。冒頭で読者の興味を引けなければ、その先を読んでもらえないわ」
「ぐっ……正論だが、我が魂には鋭すぎる……!」
「ですが依頼である以上、最後まで目を通しましょう」
雪ノ下は原稿を三つに分けた。
一つを自分の前。
一つを由比ヶ浜の前。
最後の一つを私の前へ置く。
「今日中には無理ね。それぞれ持ち帰り、明日までに読んでくるということでどうかしら」
「異議なし!」
「私はまだ引き受けてない」
「八幡」
雪ノ下の手が私の頭へ置かれる。
「困っている人を助けるのが奉仕部よ」
「こいつは困ってない。楽しんでる」
「読んでくれなければ、我が身は憤死するやもしれぬ!」
「じゃあ静かになるな」
「八幡!?」
材木座が悲鳴を上げる。
雪ノ下は私の髪を撫でながら、小さく息をついた。
「知り合いには優しくしなさい」
「こいつが勝手に知り合いを名乗ってるだけだ」
「友達が少ない者同士、助け合うべきではないかしら」
「勝手に同類にするな」
「違うの?」
「……反論しづらい質問をするな」
結局、私は原稿を持ち帰ることになった。
*
翌日の放課後。
材木座は奉仕部の部室で、処刑を待つ罪人のように座っていた。
「それでは、感想を聞かせてもらおうか」
声は震えている。
昨日までの威勢はどこへ消えたのだろう。
「じゃあ、あたしからでいい?」
由比ヶ浜が原稿を机へ置いた。
「えっと……漢字がいっぱいあって、難しかった」
「小学生の読書感想文か」
「だ、だって本当に難しかったんだもん! 読めない字も多かったし!」
「ふむ。高尚すぎたか」
「そういうことではないわ」
雪ノ下が口を挟む。
「不要な難解語を多用しているため、文章の意味が伝わりにくくなっているの。難しい言葉を使うことと、優れた文章を書くことは同じではないわ」
「ぐっ……」
材木座の身体が傾く。
「あと、女の子がみんな同じしゃべり方だった」
由比ヶ浜が続けた。
「全員『汝を愛しておるぞ』って言ってたけど、普通そんな話し方しないよね?」
「それは古代魔導王国の由緒正しき言語で――」
「王女も町娘も酒場の店員も同じだったわ」
雪ノ下が逃げ道を塞ぐ。
「ぐはっ!」
材木座が机へ突っ伏した。
早くも瀕死である。
「次は私ね」
雪ノ下が原稿を持ち上げる。
「まず、主人公に魅力がないわ」
「最初から致命傷を与えるなよ」
「事実だもの」
「具体的には!?」
材木座が恐る恐る顔を上げる。
「主人公は剣術、魔術、知略のすべてに優れ、女性から無条件に愛され、敵は彼を見ただけで恐怖する。にもかかわらず、その力を得るために何をしたのか、どのような欠点があるのか、何も描かれていない」
「最強の主人公では駄目なのか?」
「強いことが問題なのではないわ。その強さによって何を成し遂げ、何を失うのかが描かれていないことが問題なの」
雪ノ下はページをめくる。
「登場人物の台詞も不自然。敵は主人公を称賛するためだけに存在し、女性たちは彼を愛するためだけに存在している。誰も自分の意志で動いていないわ」
「……ぐぅ」
「それに、場面が唐突に切り替わりすぎよ。前の場面で王都にいた主人公が、次の行では何の説明もなく北方の戦場に立っている。移動に何日かかったのか、その間に何があったのかも書かれていない」
私は少しだけ感心した。
雪ノ下は容赦がないが、批評は的確だった。
人物の関係、移動に必要な時間、出来事の因果関係。それらが曖昧では、物語の世界に入り込めない。
「そして最大の問題は――」
「まだあるのか!?」
「ええ。主人公の名前が材木座義輝。容姿もあなたに酷似しているわ」
「それは問題じゃないだろ」
思わず口を挟む。
「作者が自分を投影すること自体は珍しくない」
「八幡……!」
材木座が感動したように私を見る。
「ただし、作中で『誰もが振り返るほど端整な顔立ち』と何度も説明されるのはきつい」
「八幡ぁ!」
材木座は再び机へ沈んだ。
「ヒッキー、言い方!」
「嘘は言ってない」
「あなたは自分の容姿に自信があるものね」
雪ノ下がこちらを見る。
「客観的に評価してるだけだ」
「八幡は確かにかわいらしいけれど、自分で言うと台無しね」
「今、私の話は関係ないだろ」
「ヒッキーなら、主人公になっても違和感ないと思うけど」
由比ヶ浜が私の顔を覗き込む。
「こんなにちっちゃくてかわいいのに、実はすっごく強いとか!」
「どこの児童向け魔法少女だ」
「八幡が主人公なら、まず保護者役が必要ね」
「いらない」
「私が引き受けるわ」
「だからいらない」
「では、あたしが友達役!」
「戸塚君は癒やしを担当してもらいましょう」
「勝手に配役を決めるな」
材木座がゆっくりと顔を上げた。
「……なるほど」
「何がだ」
「次回作の着想を得たぞ。孤独な美少女剣士と、彼女を溺愛する氷の姫君――」
「やめろ」
「いいかもしれないわね」
「雪ノ下!?」
意外な賛成者が現れた。
雪ノ下は涼しい顔で続ける。
「ただし、孤独な美少女剣士は小柄で体力がなく、戦いのたびに氷の姫君から心配されるの」
「誰をモデルにしてるか明白じゃねえか」
「剣士は素直でなく、姫君に髪を撫でられるたびに反抗する」
「八幡、その物語は売れるやもしれぬぞ!」
「私を題材にするな!」
私が原稿を丸めて材木座の頭を叩く。
「痛い! 暴力反対!」
「乙女の秘密を勝手に物語へするからよ」
「誰が乙女だ」
「八幡でしょう?」
「その言い方は何かむず痒いからやめろ」
由比ヶ浜が楽しそうに笑っている。
材木座も、先ほどまで落ち込んでいたはずなのに、いつの間にか手帳へ設定を書き始めていた。
立ち直りが早い。
それだけは作家向きかもしれない。
*
「結局、私の小説は駄作ということか……」
批評をすべて聞き終えた材木座が、力なく呟いた。
「現時点では、そうね」
雪ノ下は容赦なく答えた。
「でも、最後まで書いたのはすごいと思う」
由比ヶ浜が慌てて続ける。
「あたしなら、こんなにたくさん書けないもん」
「由比ヶ浜……」
「それに、面白そうなところもあったよ。主人公と敵の将軍が、昔は親友だったってところとか」
「あそこは我も自信がある!」
材木座の顔に少しだけ生気が戻る。
私は原稿を手に取った。
「少なくとも、書きたいことは伝わった」
「八幡?」
「最強の主人公が活躍して、悪い奴を倒して、周囲から認められる。話としては単純だけど、お前が何を書きたいのかはわかる」
「それでは足りぬか」
「足りない。書きたいことが伝わるだけで面白くなるなら、世の中の作家は苦労しない」
「やはり我に才能は……」
「一作書いただけで才能の有無なんてわかるわけないだろ」
材木座が顔を上げる。
「何が駄目かは、今説明された。だったら直せばいい。もう一度書いて、それでも駄目ならまた直せ。少なくとも最後まで書けたんだから、続きをやる権利くらいはある」
自分でも、ずいぶんまともなことを言っていると思う。
らしくない。
材木座はしばらく黙っていた。
やがて、勢いよく立ち上がる。
「心得た! 我は再び、創作という名の戦場へ赴こう!」
「声がでかい」
「八幡よ、次なる原稿も必ず持参する! そのときこそ我が才能に平伏すがよい!」
「もう持ってくるな」
「さらばだ!」
材木座はコートを翻し、部室から飛び出していった。
扉が閉まる。
静寂が戻った。
「元気になったね」
「無駄に立ち直りが早いな」
「あなたが励ましたからでしょう」
雪ノ下が私を見る。
「励ましてない。事実を言っただけだ」
「そういうことにしておいてあげるわ」
雪ノ下は席を立つと、私の隣へ来た。
そして、いつものように頭を撫でる。
「何だよ」
「よくできました」
「だから子供扱いするな」
「相手を必要以上に傷つけず、きちんと意見を伝えられたでしょう。あなたにしては大きな成長よ」
「前半はお前の批評で瀕死だったけどな」
「嘘をつくよりは誠実よ」
「否定はしない」
由比ヶ浜も反対側から近づいてくる。
「ヒッキー、優しいところあるよね」
「ない」
「あるよ」
「材木座に次の原稿を持ってこられたくないから、さっさと改善させようとしただけだ」
「そういうことにしておくね」
二人とも、まったく信じていない。
雪ノ下の手が髪を撫でる。
由比ヶ浜は私の頬を指でつついた。
「やめろ」
「照れてる?」
「照れてない」
「顔赤いよ?」
「二人に囲まれて暑いんだよ」
「今日も涼しいよ」
「毎回同じことを言わせるな」
逃げようとすると、雪ノ下が肩を抱き寄せる。
「八幡。せっかくだから、先ほどの物語について少し考えてみましょうか」
「考えない」
「孤独な美少女剣士の名前は、何がいいかしら」
「知らない」
「ハチ、でいいんじゃない?」
「犬みたいにするな」
「では、姫君の名前はユキね」
「お前ら、本当に楽しんでるだろ」
「ええ」
「うん!」
そこは否定しないのか。
私は大きくため息をついた。
結局その日、雪ノ下と由比ヶ浜は新作の設定を延々と考え続けた。
材木座が後日、本当に『孤剣のハチと氷雪姫』という題名の原稿を持ってくることになるのだが――それはまた、別の黒歴史である。