トニー・スターク先生   作:DRYSUPER

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第1話

 骨の内側まで焼けるような感覚が右腕から広がっていく。

 

 「なら、私は……アイアンマンだ」

 

 指を鳴らした。白い閃光と共に耐え難い痛みが全身を走る。

 

 うまくいったのかどうかは分からない。すべての感覚が鈍い。すぐにでも意識が飛びそうだった。

 

 それでも何かあたたかいものを感じ取ることはできた。

 

 きっとうまくいったのだ。そう思って意識を手放した。

 

 

     *

 

 

 そして、トニー・スタークは椅子から転げ落ちた。

 

「……何が起こった?」

 

 床が冷たい。頬に触れるそれは砕けたコンクリートでも、焼けた土でもなかった。磨かれた石材。空調の音。どこかで紙をめくる音。

 

 右手を持ち上げて見ると、そこに石はなかった。スーツもない。あるはずの傷すら、なかった。

 

「フライデー、起きてるか」

 

 返事はなかった。

 

 左手で胸を探る。シャツの下に装置の感触はない。ポケットはすべて空。腕時計も、通信機も、サングラスもない。身につけているのは白を基調とした青の差し色が入っている制服のようなものだけだった。

 

 窓に自分が映っていた。髭も、目尻の皺も、最後に鏡で見たままだ。戦闘で負ったはずの傷は全て消えているようだった。

 

 なぜかは知らないが自分は生きていることは分かった。しかし、あの後どうなったのかが気になる。

 

 サノスは。軍勢は。ピーターは。キャプテンは。

 

 ペッパー。

 

 モーガン。

 

 

 

「お目覚めですか」

 

 突然の声に驚いて顔を上げた。

 

 そこには書類を抱えた少女が立っていた。眼鏡。長い髪。制服らしき服。そして頭上には、光る輪が浮かんでいる。

 

「ここはどこだ? 君の名前は?」

 

 視線を輪から顔へ戻して尋ねた。

 

「ここはキヴォトス、連邦生徒会の本部です。私は首席行政官の七神リンと申します」

 

「なるほど」

 

 意味の分からない単語ばかりだが言葉は通じているようだった。立ち上がる。身体はどこも痛むことなく動いた。

 

「私はトニー・スターク。少しスマホを貸してほしいんだが」

 

 とにかく、知り合いに連絡しなければならない。現状の把握は二の次だった。

 

「お名前は承知しています。お待ちしておりました、先生」

 

「……先生?」

 

 

     *

 

 

 リンの説明は整然としていた。

 

 ここは数千の学園が集まる学園都市、キヴォトス。そして今いる建物は学園都市の運営、統括する連邦生徒会の本部。

 

 窓の外には、彼女の説明よりずっと雄弁な景色が広がっていた。

 

 巨大な塔。空を横切る輸送機。見慣れない広告。歩道を歩く少女たちの頭上で、形の異なる光が揺れている。

 

 ニューヨークではない。ワカンダでもない。知っている地球のどこでもない。

 

 そして自分はそんな世界の先生として呼ばれたらしい。

 

 説明を聞きながら、借りた端末で連絡を試みた。電話もメールも通信は一つも繋がらなかった。スターク・インダストリーズ、アベンジャーズとネットで検索をしてみても望んだ結果は出てこない。

 

 検索欄に家族の名前を入力しかけて、指が止まった。

 

「お探しのものは見つかりましたか、先生?」

 

「リン、その呼び方はやめてくれないか。僕は教員免許を持っていないし、教師になるつもりもない」

 

「あの連邦生徒会長がお呼びした方ですから、それだけで資格は十分です。それに先生にはやっていただかなければならないことがあります」

 

「その採用担当者と話がしたいんだが」

 

 それはもういろいろと話したかった。何故自分が呼ばれたのか、先生とは何なのか、元居た場所に帰れるのか。

 

「連邦生徒会長は現在席におりません。正直に言いますと、数週間前から行方不明になっています」

 

「何?」

 

「申し訳ないのですが、先生のことに関しましては、私もよくわかっていないのです。生徒会長が選んだ、ということ以外は」

 

「ここへ僕が来た方法も、帰る手段も知らないと?」

 

「……」

 

「そうか……ああ、貸してくれてありがとう」

 

 少し落胆した様子でリンにスマホを返して、しばらく無言の時間が続いた。

 

「……本当に先生になるつもりは無いのですか?」

 

 トニーは少し考えてからリンのほうを向かずに、口を開いた。

 

「リンは生徒会長には帰って来てほしいと思ってるか?」

 

「はい、切実に思っています」

 

「僕も、帰りを待っている人がいるかもしれないんだ」

 

 あの時自分は死んで、この世界へと来たのかもしれない。帰れたとしても、あの痛みの続きがあるだけかもしれない。家族は自分の死を受け入れているかもしれない。だがそれは帰ろうとするのを止める理由にはならない。

 

「残した恥ずかしいビデオレターを見られる前に帰らないとな」

 

 また静かな時間が流れる。そして再び静寂を破ったのもリンであった。

 

「私は先生が帰還されるのを止めることは出来ません」

 

 複雑そうな顔をしている。だが言葉は続いた。

 

「ですが、キヴォトスにも貴方を必要とする人がいます」

 

 目の前にいるのも、まだ若い少女だった。いなくなった誰かを待ちながら、残された問題を抱えているだけの子供だ。

 

「これはずるい言い方になるかもしれませんが、先生として仕事を続ければ帰還する手掛かりがつかめるかもしれません。キヴォトスには科学では説明のできない物や場所があります。今から案内しようとしていた場所にも生徒会長が残したオーパーツが──」

 

 その時、勢い良く扉が開いた。

 

「代行! こちらの問い合わせへの回答はまだですか!」

 

 入ってきた青い髪の少女は、トニーを見ると足を止めた。

 

「……そちらの大人の方は?」

 

 その後ろから、三人が入ってきた。よく見ると全員銃を持っている。

 

 そして誰もが、珍しそうにこちらを見ていた。

 

 リンがトニーへ視線を向けた。その視線を受け止めると、トニーは少女たちに向き直った。

 

 

「やあ、私は先生だ」

 




続くかもしれない
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