窓から差し込む夕日が、シャーレの執務室を照らしていた。
ユウカはカップを傾け、冷めかけたコーヒーを飲んだ。
先生の話では、そろそろ戻ってきてもいいはずだった。車で向かうことになったため、多少遅れるかもしれないとは言っていたが。
時計へ目を向けたところで、端末が鳴った。
先生からかと思ったが、知らない番号だった。ユウカはカップを置き、通話に出た。
「もしもし。ユウカで――」
大きな爆発音が響いた。
思わず端末から顔を離す。少し遅れて、聞き覚えのある声が届いた。
『はぁ……ああ、ユウカか。シャーレの状況はどうだ? ドローンの軍団に包囲されていたりは――』
『先生! 電話してる場合じゃないわ! 早く走って!』
少女の声に続いて、立て続けに銃声が聞こえた。
「……先生の方こそ、どういう状況なんですか? 工場の視察に行くって、おっしゃっていましたよね?」
『ちょっとばかり賑やかな工場見学になってね。ゲストも豪華だぞ。ヘルメット団に、ゲヘナの風紀委員会に、ドローンの――うおっ!』
再び爆発音が響く。
「先生!? 大丈夫ですか!?」
どう聞いても、銃撃戦の真っただ中だった。そもそも、向かった先はアビドスのはずだ。なぜゲヘナの風紀委員会まで出てくるのか。
『……大丈夫だ。確認するが、そちらは無事なんだな?』
「こっちは何も起こっていませんよ。何を心配しているんですか?」
ユウカは静かな執務室を見回した。何も異常はない。電話の向こうでは、まだ銃声が続いている。心配されるべきなのは、どう考えても先生の方だった。
『何もないなら、よかった。ただ、こっちは多勢に無勢でね。助っ人がいるとはいえ、このままだと収拾がつかない。少し仕事を頼みたいんだが……ユウカ、工作は得意か?』
「工作、ですか?」
またもや、意図の分からない質問だった。それなりに手先は器用なつもりだが、工作なら、自分より得意な人がいる。
ユウカは振り返った。
少し離れた席では、エンジニア部の部長、白石ウタハが持参したセントリーガンの点検をしていた。先ほど訪ねてきて、先生の帰りを一緒に待っていたところだ。
「私より、得意な人ならここにいますけど……」
「おや。私の出番かな?」
ウタハが顔を上げた。工作と聞いて、こちらに耳を傾けていたらしい。
『ああ、設備の件で来てくれると言っていた生徒か。もうそんな時間だったな。少し代わってもらえるかな』
「分かりました。でも、本当に先生は大丈夫なんですか?」
『大じょ――』
『伏せて!』
ひときわ大きな音がして、通信に雑音が混じった。
ユウカが息をのむ。その横から、ウタハが端末を覗き込んだ。
「ずいぶんと取り込んでいるようだね。初めまして、先生。エンジニア部の部長、白石ウタハだ」
『ふう……こちらこそ、よろしく。設備の件はありがとう』
「礼には及ばないさ。送ってもらった粒子加速器の図面、拝見したよ。なかなかロマンが詰まっているね」
『あれに興味を持ってくれたのか。帰ったら、詳しく話をしたいな』
「ぜひとも。完成した実物を見てもらいながら、話せるといいね」
電話の向こうで、少し間が空いた。
『……完成した?』
「ああ。なかなか作りがいがあったよ」
『待て。作れるかとは聞いたが、作れとは言っていないぞ。まさか、動かしたりはしていないだろうな?』
ユウカも、そんな話は聞いていなかった。先生が頼んだのは、設備の貸し出しだけだったはずだ。
「試運転は済ませたとも。装置は無事だ。安全にも気を配ったから、部室が半壊するだけで済んだよ」
ユウカは絶句した。
また、部室を壊したのか。修繕費の申請は、まだ見ていない。これから自分の机へ届くことになるのだろう。
電話の向こうも、銃声ばかりでしばらく返事がなかった。
『何をやって……! いや、説教は帰ってからだ。時間がもったいない、本題に入ろう』
深いため息が聞こえた。
『地下に、僕が作っているスーツがある。ユウカが防弾チョッキには見えないと言っていたやつだ。それを完成させてほしい』
ウタハの表情が変わった。
ユウカはその横顔を見た。本当に任せていいのだろうか。今の話を聞いたばかりでは、シャーレの工房まで半壊させないか心配になる。
「ふむ、残っている工程は?」
『動力源だけだ。本命の仕様は間に合わないから、今回はパラジウムで動かす。保管してある材料を加工して、アークリアクターへ組み込んでほしい』
「図面はあるかい?」
『加工寸法も組み付け手順も、地下の端末に入っている。起動前の確認項目もだ。そこは省略しないでほしい』
「承知した。まずは実物と図面を確認しよう」
ウタハは広げていた工具を片づけ始めた。
「完成したものは、どう届ければいい?」
『今、座標を送った。輸送モードで目的地に設定してくれ。起動確認が済めば、自動でこちらへ飛んでくる』
ユウカの端末に通知が届く。開いた地図には、アビドス砂漠の一点が示されていた。
『それと、もう一つ。僕の技術がカイザーに狙われている。今は何もないようだが、シャーレにも手を出してくる可能性がある。そちらの警戒も頼みたい』
「……カイザーが?」
また、よくわからない言葉が出てきた。先生の取引先ではなかったのだろうか。
「先生、前の取引はうまくいったと――」
『詳しくは帰ってから話す。誰か来ても、すぐに中へ通さないでくれ』
ウタハが、机の上のセントリーガンへ目を向けた。
「それなら、これも役に立ちそうだね」
「ウタハ先輩。建物は壊さないでくださいね」
「もちろん。守るために使うんだ」
『そしてユウカ。その問題児から目を離さないように。余計なことは――』
通話先の轟音が言葉をかき消して、通信が途切れた。
「先生? 先生!」
返事はなかった。
ユウカはすぐにかけ直した。呼び出し音が続く間、ウタハは工具箱を手に立ち上がった。
「ユウカ。地下へ案内してもらえるかな」
「……はい」
先生の指示は残っている。何をすればいいのかは分かっていたが、心配は無くならない。先生のこと、そして横にいる問題児のこと。
ユウカは端末を握ったまま、扉へ向かった。
「図面どおりにお願いしますよ。追加の機能とか、そういうのは帰ってきた先生と相談してください」
「……分かっているとも」
返事が妙に遅かったので、ユウカは振り返った。
「本当に、目を離しませんからね」