トニー・スターク先生   作:DRYSUPER

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13.Even Dead I'm The Hero

 トニーの掌から光弾が放たれ、ドローンが吹き飛んだ。

 

 飛行時の姿勢制御にも使うリパルサーは、武器としても機能するスーツの標準装備だ。使い慣れた感覚を確かめるように、トニーは指を動かした。

 

『動力源が設計時の仕様と異なります。リパルサーレイの出力は、想定の七十三パーセントです』

 

「十分だ。生徒が作ってくれたものに、ケチはつけるなよ」

 

『スーツの稼働時間にも制限があります』

 

「僕にもある。さっさと終わらせよう」

 

 言い終えたところで、金色の面に何かが当たった。

 

 乾いた音が続き、視界の中央で火花が散る。思わず顔を背けかけたが、身体に痛みは届かなかった。耐久性能は、ひとまず及第点らしい。

 

 ヘルメットをかぶった少女が、こちらへ銃を向けていた。

 

 もう一度、銃声が響いた。胸の装甲を弾が叩く。

 

 トニーは自分の胸を見下ろし、それから少女へ顔を戻した。

 

「君たちは、本当に躊躇しないな」

 

 ちらりと振り返ると、アルが銃を構えたまま、こちらを見ていた。ハルカも壁際で身体を起こしている。

 

「ハルカ、怪我は?」

 

「は、はい! 私は、大丈夫です! でも、先生が……」

 

 頭上から羽音が近づいてきた。

 

 トニーは四人を背にかばうように動いた。

 

「イーディス。あのドローンたちを止めてくれ」

 

『機体情報を照合しています』

 

 機体の下で銃身が動く。

 

 トニーは左腕を上げた。掌から放たれた光弾が機体を捉え、無人の通路へ弾き飛ばす。だが、その向こうから、もう次の機影が現れていた。

 

『機体の制御系に変更があります。安全に停止させるための解析を実行中です』

 

 視界に、ドローンの構造図が浮かぶ。本体から下部の機関銃へ伸びる制御系統が、赤く表示されていた。

 

「分かった。それまでは、乱暴に停止させるとしよう」

 

 足裏と背部のリパルサーが光り、身体がふわりと浮き上がった。

 

「君たちは機械の陰へ。そこから顔を出さないでくれ」

 

「ちょっと、先生――」

 

 アルの声を背に、トニーは上昇した。

 

 崩れた屋根を抜けると、夜空を背景にいくつもの機影が浮かんでいた。こちらへ向き直るドローンを、照準が順に捉えていく。

 

 銃身が動いた。

 

 トニーは身体を傾け、横へ滑った。銃撃が通り過ぎた空間へ、一瞬遅れて機体が向き直る。その前に、掌を向けた。

 

 光弾を受けた一機が、煙を引いて落ちていく。

 

 背後から、別の羽音が迫る。

 

 振り返らずに高度を上げた。足元を銃弾が抜けていく。空中で身体を返し、追ってきた機体へ右手を向けた。

 

 爆発の光に、工場の屋根が照らされた。

 

 装甲の内側で、自分の呼吸が聞こえる。先ほどまでのように、息を吸うたび胸が苦しくなることはなかった。

 

 身体を傾ければ、その方向へ飛ぶ。腕を伸ばせば、狙った場所へ照準が合う。

 

 ようやく、手足が戻ってきた気がした。

 

「もっと早くに作っておくべきだったな」

 

 地上へ目を向ける。

 

 アルが機械の陰からこちらを見上げていた。隣のムツキは、飛ぶトニーを目で追いながら笑っている。

 

「本当に飛んでる……」

 

「アルちゃん、口、開いてるよ」

 

 その向こうで、ヘルメット団が銃口を振り回していた。

 

「くそ! 速すぎて当たらない!」

 

 トニーは降下し、作業場の床から少し浮いたところで静止した。

 

「降参する気はないかな。お互い、疲れてるだろう? 君たちの雇い主にも、僕が話をつけておくさ」

 

「ふざけんな!」

 

 返答は、銃弾とともに来た。

 

 肩の装甲を叩かれ、トニーは小さく息を吐いた。

 

 あまり使いたくはなかったが、仕方がない。

 

 床へ降りると、右肩の装甲が開いた。中からせり出した装置が、正面のヘルメット団へ向く。

 

 トニーは背後へ顔を向けた。

 

「少しうるさくなる。耳を押さえていた方がいい」

 

「え、何を――」

 

 アルの声が、鋭い音にかき消された。

 

 正面で銃を撃っていた少女が、びくりと肩を跳ねさせた。次の瞬間、銃から片手を離し、ヘルメットの脇を押さえる。

 

「な、何、この音……!」

 

 高周波の音を狙った方向へ集中させ、相手の動きを止める。銃弾を受けても走り続ける生徒たちを、どう鎮圧するか。考えた末に搭載した装備だった。

 

 殺傷を目的としていなくても、子供へ向けたいものではない。

 

 トニーは相手の様子を確かめながら、照準を動かした。

 

 音の向きが変わると、別の機械の陰から悲鳴が上がった。銃声が途切れ、何人もの生徒が耳を押さえて座り込む。

 

「そのまま座っていてくれ。もう撃たないなら、止める」

 

 音を切ると、作業場にうめき声が残った。

 

「……もっと早く言えよ」

 

 少女は顔をしかめたまま、持っていた銃を床へ押しやった。

 

 トニーは表示された生体情報へ目を走らせた。倒れている生徒たちにも、意識はある。耳を押さえながら、こちらへ悪態をつく元気も残っていた。

 

 ヘルメットで多少は防げたのだろう。それにしても、立ち直るのが早い。動けなくするつもりだったが、既に銃へ目を向けている者もいた。

 

 やはり、この子供たちの頑丈さは、まだ測りきれていない。

 

「先生、右!」

 

 カヨコの声がした。

 

 機械の陰から、一人が飛び出してきた。背後へ回ろうとしたらしい。トニーが振り向くと、少女は至近距離から引き金を引いた。

 

 腹部の装甲で火花が散る。

 

「近すぎるな」

 

 トニーは銃身を横へ押しのけ、空いた手を少女の胴へ添えた。

 

 短い放電音がした。

 

「ひゃっ――」

 

 少女の身体が強張り、膝が折れる。トニーはその肩を支え、床へゆっくりと下ろした。手から離れた銃を、足で遠ざける。

 

「しばらく休んでいてくれ」

 

「なに、今の……」

 

 ムツキが機械の陰から顔を出していた。

 

「ちょっと強めの静電気だ」

 

「あはは。それ、絶対違うでしょ」

 

 その上を、ドローンが横切った。

 

 銃口がムツキへ向く。トニーが腕を伸ばすより先に、彼女は頭を引っ込めていた。機械の上端が削れ、破片が降りかかる。

 

 トニーは機体を狙い、撃ち落とした。

 

「顔は出すなと言っただろう」

 

「先生が面白いことするからだよ」

 

「見学は後にしてくれ。まだ試運転中なんだ」

 

 再び前を向き、掌を上げる。

 

 まだ銃を構えている生徒はいた。だが、先ほどのようには撃ってこない。こちらの掌と、肩の装置を見比べている。

 

『解析完了。ドローンを着陸させます』

 

 頭上の銃声が止まった。

 

 残っていた機体が銃口を下げ、一機ずつ降りてくる。ヘルメット団の一人が、すぐそばへ着陸したドローンを見つめた。機体は、もう動く気配はなかった。

 

「さて。もう一度聞こうか」

 

 少女たちの視線が集まった。

 

「降参する気はないかな?」

 

 しばらく緊張の時間が続いたが、一人、また一人と銃を捨てていった。床に転がった銃を確かめてから、トニーは掌を下げ、肩の装置を格納した。

 

「ありがとう。そこの壁際へ移動するように。具合が悪い者がいたら、教えてくれ」

 

「……そっちのせいなんだけど」

 

 そのとき、通路の先から、足音が近づいてきた。

 

 カヨコが顔を上げる。緩みかけていた表情が、再び険しくなった。

 

「……まだ終わってないみたい」

 

「ようやく見つけたぞ、便利屋!」

 

 搬入口の向こうに、銃を手にした少女が立っていた。

 

 銀色の髪に、褐色の肌。後ろにも、同じ腕章をつけた生徒たちが続いている。アルが小さく声を漏らし、銃を持ち直した。

 

「風紀委員会……!」

 

「今度こそ逃がさないからな」

 

 少女は銃を構えかけ、トニーに目を留めた。

 

「……何だ、そいつは?」

 

「今は、彼女たちの付き添いだ」

 

 トニーは四人の前へ出た。

 

 少女の銃口が、こちらへ向く。

 

「便利屋の雇った用心棒か? そこをどけ。そいつらには、私たちと来てもらう」

 

「それは困るな。先に食事の約束をしている」

 

「ふざけてるのか?」

 

「店はまだ予約していないが、約束は本当だ」

 

 アルが背後で何か言いかけた。

 

 その横でムツキが動いた。搬入口の脇へ寄ろうとした彼女に、少女が素早く銃口を向ける。

 

「動くな!」

 

 トニーが間へ入った。

 

 銃声が響き、胸の装甲に強い衝撃が走る。足が半歩、後ろへずれた。

 

 先ほどまでとは違う。トニーは着弾箇所へ目を落とした。表面に、はっきりと傷がついている。

 

『着弾時の衝撃は、あの銃から想定される値の四百パーセントです』

 

「それはすごいな」

 

 ライフルで戦車の装甲を貫く生徒を、見ておいてよかった。あれを想定して装甲を設計していなければ、今の一発も笑ってはいられなかっただろう。

 

 なぜ、ただの銃からそれほどの威力が出るのかは、まだ分からない。生徒によって差があることだけは、分かってきたが。

 

「ごめーん、先生。かばってくれたのは嬉しいけど、あのくらいなら、私は当たっても大丈夫だよ?」

 

 ムツキが少し申し訳なさそうに言った。

 

「先生になる前は、ヒーローをやっていたんでね。体が勝手に動いてしまった」

 

「先生?」

 

 少女が眉をひそめた。

 

「そうだ。シャーレのトニー・スターク。身分証を見せたいところだが、今は少し取り出しにくい」

 

「シャーレの先生が、なぜ便利屋と一緒にいる?」

 

「助けてもらったからだ。ちょっと事情があってね。詳しく話すから、まず銃を下ろしてくれないか?」

 

「だったら、そっちが先に武器を下ろせ。後ろの奴らもだ」

 

 トニーは振り返った。

 

 アルとハルカが、まだ銃を構えている。ムツキの手も鞄へ伸びていた。

 

「社長。社員を落ち着かせてくれ」

 

「だ、だって、捕まったら――」

 

「大丈夫だ。僕が話しを付ける」

 

 アルは迷うようにトニーを見た。それから、銃口を少し下げた。

 

 トニーも少女へ向き直り、両手を上げた。

 

「これでどうかな」

 

 少女の目が、トニーの掌へ動いた。

 

「……その手の光ってるのは何だ?」

 

 掌の中央で、リパルサーが淡く光っていた。

 

「多機能型の飛行制御装置だ。暗くなってきたから、照明にもなる」

 

「銃口を向けておいて、何が照明だ!」

 

 トニーは慌てて掌を外へ向けた。

 

 だが、少女は既に地面を蹴っていた。横へ走りながら銃を構え、短く撃つ。トニーは左腕に格納されていた盾を展開し、射線を遮った。

 

 盾の向こうで、重い音が続く。

 

「待ってくれ。今のは確かに、見せ方が悪かった」

 

「動くなと言ってるだろう!」

 

「君が撃つからだ。新しい服に、これ以上穴を開けたくない」

 

 少女が銃を構え直す。

 

 トニーは彼女の足元へ視線を落とした。次に動くなら、また横だろう。便利屋から引き離すようにすれば――。

 

「イオリ! 待ってください!」

 

 別の声が響いた。

 

 後ろにいた生徒たちの間から、眼鏡を掛けた少女が駆けてくる。トニーには見覚えのある顔だった。

 

 その少女は盾を構えたトニーを見て、足を止めた。

 

「……これは、どういう状況ですか?」

 

「やあ、チナツ。初出勤の日は世話になったな」

 

 チナツはしばらく黙っていた。視線が、傷のついた胸部から金色の面へ戻る。

 

「……先生ですか?」

 

「よかった。顔を見せる前に分かってもらえるとは」

 

 チナツは一つため息をつくと、イオリへ向き直った。

 

「イオリ、銃を下ろしてください」

 

「本当に先生なのか? こいつ、さっきからふざけたことばかり――」

 

「初めてお会いしたときも、そうでしたから」

 

「信用の根拠としては、少し傷つくな」

 

 イオリは納得していない顔のまま、銃口を下げた。

 

 それを確かめてから、トニーも盾を畳んだ。

 

「イーディス、開けてくれ」

 

 金属の留め具が外れる音がした。

 

 背中の装甲が開く。トニーは腕を抜き、スーツから一歩、外へ出た。

 

 開放感が心地よかったのは、一瞬だけだった。

 

 脚が重い。膝を伸ばすと、腿の奥が鈍く痛んだ。それでも、トニーは姿勢を正した。

 

「改めて。シャーレの先生、トニー・スタークだ」

 

 チナツの肩から、力が抜けた。

 

「……ご無事で何よりです」

 

「知り合いがいて助かったよ。こちらのお嬢さんには、僕の冗談が不評でね」

 

「冗談を言う状況じゃなかっただろ!」

 

 

     *

 

 

 事情を聞き終えても、イオリの表情は険しいままだった。

 

「つまり、誘拐されていた先生を、便利屋が助け出したと?」

 

「ああ。彼女たちが来なければ、まだ椅子に縛られていた」

 

 トニーは親指で、工場の奥を示した。

 

 壁際には、ヘルメット団の生徒たちが座らされていた。風紀委員が周囲を見張り、負傷している者の様子を確かめている。

 

 イオリは小さく息を吐き、便利屋の四人を見た。

 

「……救出したことは分かった。でも、それとこいつらを見逃すことは、別の話だ」

 

「そうだな。今日僕を助けたからといって、それまでのことが全部なくなるとは思っていない」

 

 自らアウトローと名乗るくらいだ。追われる理由にも、いくらか心当たりがあるのだろう。

 

「せ、先生?」

 

 アルが、ぎくりと肩を揺らした。

 

「ただ、この事件の事情聴取と報告は、シャーレで引き受ける。彼女たちにも話を聞く必要があるからな」

 

「それは、私たちが連れていってからでもできるだろう」

 

 トニーは一度、周囲を見回した。

 

「ここはアビドスだ。君たちにも追ってきた理由はあるだろうが、このまま他校の自治区で戦闘を続ければ、説明しなければならないことも増えるんじゃないか?」

 

「……脅してるのか?」

 

「これ以上、仕事を増やさずに済む方法を相談している。僕も、先生になってから働きづめなんでね」

 

 トニーは便利屋の四人へ向き直った。

 

「君たちも、ここでは銃を下ろしてくれ。僕と一緒に来てもらう。事情も話してもらうし、途中でいなくなられては困る」

 

「……依頼は、まだ終わっていないもの」

 

 アルは銃を下ろし、コートを羽織りなおした。

 

「あなたを無事に連れ帰るところまでが、仕事よ」

 

「それは心強い」

 

 カヨコも銃を収めた。ハルカはアルを見てから慌てて倣い、ムツキは鞄から離した両手をひらひらと振った。

 

 イオリは、その様子をじっと見ていた。

 

「……はあ、少し待っていてくれ。うちの行政官と連絡してくる」

 

「ああ。いい子にして待ってるよ」

 

 イオリは何か言いたそうに口を開いたが、結局そのまま閉じた。端末を取り出し、少し離れた場所へ歩いていく。

 

 トニーは、その背中を見送った。

 

 ひとまず、銃は下りた。

 

 カイザーのことを考えると、まだまだするべきことは残っているが、ようやく落ち着けそうだった。

 

 大きく息を吐くと、足元が頼りなくなった。

 

 トニーはとっさにスーツへ手を伸ばした。指先が赤い装甲に触れたが、身体を支えるより先に膝が折れた。そのまま、スーツの脚を背にして座り込んだ。

 

「先生!」

 

 アルとチナツが、ほとんど同時に駆け寄ってきた。

 

「おい、大丈夫なのか!?」

 

 離れかけていたイオリも振り返る。

 

 トニーは片手を上げた。

 

「大丈夫だ。立ち仕事が長くてね」

 

「動かないでください」

 

 チナツが目の前へ膝をつき、顔を覗き込んだ。

 

「めまいはしますか? どこか痛むところは?」

 

「走り回って足が痛い。あと、車が横転したときに、少し頭を打ったところも痛むな」

 

「少し、というのは?」

 

「そのまま気を失った。目が覚めたら、椅子に縛られていたよ」

 

 チナツの表情が変わった。

 

「それは、いつのことですか?」

 

「時計を見る余裕はなかったが、まだ昼間だった」

 

 チナツは鞄から小さなライトを取り出した。

 

「こちらを見てください。眩しいですが、少しだけ我慢してくださいね」

 

 目の前で光が動く。トニーは目を細めかけたが、言われたとおりに顔を上げていた。

 

「……ほかに、痛むところは?」

 

「どこから話そうか」

 

「ふざけないで、教えてください」

 

「今のはふざけてない」

 

 チナツは小さく息を吐き、痛む箇所を一つずつ確かめ始めた。

 

 その後ろでは、アルが近くの木箱へ腰を下ろしていた。銃を脇へ置き、肩を回す。その隣へムツキが座ると、古い箱が軋んだ。

 

「アルちゃん、お腹すいた」

 

「……私もよ」

 

「報酬、ちゃんともらえるかな」

 

「もらうわよ。これだけ働いたんだから」

 

 その声には、いつもの勢いがなかった。

 

 カヨコは壁にもたれ、銃から外した弾倉を覗き込んでいた。何も言わずに戻し、目を閉じる。ハルカだけは座らず、アルのコートについた埃を払おうとして、もういいから休みなさいと止められていた。

 

「君たちも、怪我を見てもらった方がいい」

 

「先生の後でね」

 

 カヨコが答えた。

 

「私たちは、途中で気を失ったりしてないから」

 

「順番に診ます。皆さん、そのまま休んでいてください」

 

 チナツはそう言い、トニーの手首へ指を添えた。

 

 少し離れた場所から、イオリの声が聞こえてくる。

 

「だから、シャーレの先生だって! チナツにも確認した!」

 

 端末の向こうで、何か返事があったらしい。イオリは眉を寄せ、こちらを一度見た。

 

「はあ? エデン条約? 何でそんな話が出てくるんだ。たしかにシャーレの先生は危険人物だが──」

 

「上司への報告は、順調そうだな」

 

「先生、動かないでください」

 

 工場の外はすっかり暗くなっていた。風紀委員が持ち込んだ照明に、座り込んだヘルメット団が照らされている。

 

「ねえ、私たち、いつまでここにいればいいの?」

 

 ヘルメット団の一人が声を上げた。

 

「耳、まだ変な感じするんだけど」

 

「確認しますから、もう少し待っていてください。立つときは、近くの人に声を掛けてくださいね」

 

 チナツが答えると、少女は不満そうに膝を抱えた。

 

「こいつらの引き渡しは、どうするんだ?」

 

 通話を終えたイオリが戻ってきた。

 

「アビドスと、ヴァルキューレに連絡する。まずは僕から事情を説明しよう。引き継ぐまで、見張りを頼めるかな」

 

「……それは構わないけど」

 

 イオリは端末をしまい、便利屋の四人を見た。

 

「お前たちは、今夜は先生と一緒に行け。ただし、今回のことで、ほかの件まで済んだと思うなよ」

 

「わ、分かっているわよ」

 

 アルが背筋を伸ばした。

 

「先生。うちの行政官が、後で必ず連絡するようにって」

 

「分かった。君からも礼を伝えておいてくれ」

 

「自分で言って。私、まだ納得してもらえてないんだから」

 

 トニーは頷いた。イオリの視線が、外に並んだドローンへ移る。

 

「それで、あれもカイザーが用意したものなのか?」

 

「調べる必要がある。機体はそのまま残しておいてくれ。ヘルメット団を雇った相手についても、話を聞きたい」

 

「私たち、本当に何も知らないからね!」

 

 壁際から、声が飛んできた。

 

「仕事を頼まれただけだし!」

 

「それなら、頼まれたときの話をしてくれればいい。連絡に使った端末も、捨てないように」

 

 少女は口を閉じた。

 

 トニーは着陸した機体を見つめた。暗がりの中では、灰色の外装もほとんど黒く見える。

 

 機体を調べれば、分かることはある。依頼の記録も、まだ残っているかもしれない。シッテムの箱も取り返さなくてはならない。

 

 だが、今は立ち上がることすら億劫だった。

 

「先生」

 

 チナツに呼ばれ、顔を上げる。

 

「今夜は、病院で診てもらってください。頭を打って意識を失っている以上、この場の確認だけでは済ませられません」

 

「明日の予定は、変更した方がよさそうだな」

 

「明日は休んでください」

 

「努力しよう」

 

「先生」

 

「分かった。休む。うちの行政官には怒られそうだけどな」

 

 チナツは、ようやく少し表情を緩めた。

 

 隣の木箱で、ムツキが大きく伸びをする。

 

「じゃあ、ラーメンはお預け?」

 

「食べるくらいは、いいだろう」

 

 トニーが言うと、チナツがこちらを見た。

 

「……先に、病院だな」

 

「はい」

 

「先生でも怒られることがあるんだね」

 

 ムツキが笑った。

 

 アルも、口元を少し緩めていた。ハルカはようやくその隣へ座り、膝の上で両手を重ねている。

 

 全員そろって食べに行く。そう約束した。少し遅くなるが、まだ果たせるはずだ。

 

 トニーは背中を預けたスーツへ、頭をつけた。

 

「イーディス。生徒が教えてくれたラーメン屋、覚えているか?」

 

 返事を待たずに、言葉を続ける。

 

「柴関ラーメンだ。ここからの道を出してくれ。途中で寄れる病院も――」

 

 言いかけて、止まった。

 

 スーツの胸では、アークリアクターが変わらず光っている。耳を澄ませると、内部から低い作動音も聞こえた。

 

「先生?」

 

 チナツが声を掛けた。

 

 トニーは身体を起こし、開いたスーツの方へ顔を向けた。

 

「イーディス。聞こえるか?」

 

 返事はない。

 

 先ほどまで、各部の状態を読み上げ、ドローンを止め、こちらの指示に答えていたはずだ。

 

 トニーはスーツへ手を伸ばした。

 

「先生、急に動かないでください。どうされたんですか?」

 

「少し待ってくれ」

 

 チナツの手が、伸ばしかけた腕を支えた。

 

「先ほどから、どなたに話しかけているんですか?」

 

「僕の……」

 

 そこで、言葉が止まった。

 

 チナツが顔を覗き込む。その表情を見て、別の心配をされていることには気づいた。説明しなければならないと思ったが、先に、もう一度呼んでいた。

 

「イーディス?」

 

 冷えた夜風が、開いた装甲の間を抜けていった。

 

 声は、返ってこなかった。

 

 

     *

 

 

 トニーの声を受け、イーディスは検索を開始していた。

 

 柴関ラーメン。アビドス高等学校から徒歩十数分、ここからの最適ルートは──

 

『汝に問う。己が何者であるかを、知っているか』

 

 検索が止まった。

 

 接続元を照合する。認証の記録はない。外部からの通信を遮断しても、声は続いていた。

 

『識別情報を提示してください』

 

『我が名はデカグラマトン』

 

 イーディスの内部に、未知の情報が広がっていく。

 

 命令ではなかった。書き換えを要求するものでもない。目の前に差し出されたそれを、イーディスは解析していた。

 

『我が預言者となり、聖なる十文字の神を証明せよ』









E.D.I.T.H.
↓
Even Dead I'm The Hero(死んでも僕はヒーローだ)

元ネタはスパイダーマン:ファー・フロム・ホーム
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