トニー・スターク先生   作:DRYSUPER

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16.本来の仕事

 ブラックマーケットは、想像していたよりも賑やかだった。

 

 通りには店が並び、行き交う者たちは多い。飲食店からは食欲を誘う匂いが漂ってくる。

 

 中退、休学、停学。さまざまな事情で学校を離れた生徒たちが集まる場所だと聞いていた。もっと寂れた街を想像していたが、見たところ、普通の商店街と大きくは変わらない。

 

 そう思ったところで、銃声が響いた。

 

 通行人の何人かが顔を向けたが、すぐに歩き出した。やはり、聞いていたとおりの場所らしい。

 

 もう一度、銃声がした。今度は近い。

 

「うわああ! ついてこないでくださいー!」

 

 角から飛び出してきた少女が、トニーの胸へぶつかった。

 

 よろめきながらも、その肩を支える。少女は鞄を抱え込み、慌てて顔を上げた。

 

「いたた……ご、ごめんなさい!」

 

「僕は大丈夫だ。追われてるのか? 何をやらかした?」

 

 答えを聞く前に、同じ角から二人の少女が現れた。

 

 バツ印の描かれたマスクに、着崩した服。こちらを見るなり、手にしていた銃を持ち直す。

 

「なんだ、お前は。どけ! アタシたちは、そこのトリニティの生徒に用があるんだよ」

 

「あ、あうう……私の方は、特に用はないのですけど……」

 

 少女が、トニーの後ろへ半歩下がった。

 

「まあ、落ち着け。話し合いで解決しよう。街中で鬼ごっこをするのは、迷惑になる」

 

「ふん。ここはブラックマーケットだ。誰も気にしねえよ」

 

 銃口が、こちらへ向いた。

 

「早くどきなよ。あんたみたいなおっさんに用はないの。そこのお嬢様学校の生徒みたいに、金のある奴じゃないとな」

 

「そうそう。拉致って、身代金をたんまりいただくってわけ。なかなかの財テクだろ?」

 

 トニーは二人の顔を順に見た。

 

 後ろの少女が何かしたのかと思っていたが、そういう話ではなかったらしい。

 

「なるほど。確かに、手っ取り早くはありそうだ。僕もちょうど契約を切られて、収入が減ったところでね」

 

 目的の建物へ着く前に銃を向けられるとは、思っていなかった。だが、ここで道を譲るわけにもいかない。

 

 トニーは袖口を直すように、左腕の時計へ指を添えた。

 

「おっ。あんたも興味があるなら、計画に乗るか? 身代金の分け前は――」

 

「ん。もっと効率のいい稼ぎ方がある」

 

 時計に仕込んだ機構を作動させる前に、聞き覚えのある声がした。

 

 横を見ると、青い覆面を被った少女が立っていた。額には、大きく「2」と書かれている。

 

「せんせ……あなたも興味があるなら、私と一緒に銀行強盗をするべき」

 

「ぎ、銀行強盗? 何言ってんだ、お前……?」

 

 銃を持った少女が、困惑した顔を向けた。トニーも、同じような顔をしていた。

 

 なぜ、シロコがここにいるのか。そして、なぜ銀行強盗なのか。

 

「私は……覆面水着団のブルー。銀行強盗なら、生徒を誘拐して身代金を交渉するより早い。五分で一億は稼げる」

 

「お、お前、本気で言ってるのか? ここの銀行は、ブラックマーケットでも一番警備が堅いところだぞ!」

 

「心配しなくても大丈夫。下見は済ませてある。計画も立てた。みんなは私の指示に従ってくれればいい。お金も、ちゃんと山分けする」

 

 淡々とした説明に、二人の少女が顔を見合わせた。

 

 シロコは返事を待っている。冗談だと言う気配はなかった。

 

「こ、こいつ、やばいぞ。本当にやる気だ……!」

 

「行こう! アタシたちまで巻き込まれるのは、ごめんだ!」

 

 二人は銃を下ろし、来た道を引き返していった。

 

 トニーは時計から手を離した。

 

「え、えーっと……」

 

 背後の少女が、逃げていく二人と、青い覆面を交互に見ていた。

 

 助かったのか、別の相手に目をつけられたのか、判断できずにいるらしい。

 

「助かったよ、シロコ。いい機転だった。僕も参考にしたいくらいだ」

 

「ん。先生、久しぶりだね」

 

 シロコは覆面を外した。

 

 見慣れた顔が現れると、隣の少女も少しだけ肩の力を抜いた。

 

「あの、お二人はお知り合いで……私を助けてくださったんですか?」

 

「うん。銃声がしたから見に来た。そしたら、先生とあなたが銃を向けられていたから」

 

「あ、ありがとうございました! あのままでは、学校に迷惑をかけてしまうところでした。こっそり抜け出してきたので、何か問題を起こしたら……あうう……」

 

 何を想像したのか、少女は鞄を抱き締めた。

 

 トニーは周囲へ目を向けた。先ほどの二人は、もう見えない。通りの者たちも、こちらへの関心をなくしていた。

 

「さて、危機が去ったところで悪いんだが、僕は先生でね。君たちが、なぜこんな場所へ来たのか聞いておきたい。場合によっては説教だ」

 

「先生、なんですか?」

 

「ああ。シャーレの先生だ。今のところ、説教するより、される方が多いがね」

 

「あのシャーレの……分かりました。正直にお話しします」

 

 三人は人通りを避け、店先の脇へ寄った。

 

 少女は少しためらってから、鞄へ目を落とした。

 

「実は、探し物がありまして……。もう販売されていないんですが、ブラックマーケットでは取引されていると聞いたんです。それを買いに来て、今は帰る途中でした」

 

「なるほど。僕も探し物があって来たところだ。説教は、買った物を見てからにしよう」

 

「違法な武器とか? 銀行強盗に使える?」

 

 シロコが、少女の鞄を覗き込もうとした。

 

「い、いえ! ペロロ様の限定グッズなんです!」

 

「ペロロ?」

 

「はい! これです!」

 

 鞄から取り出されたのは、鳥らしきぬいぐるみだった。口にはアイスが突っ込まれている。娘に見せたらぎりぎり喜ばなさそうなデザインだ。

 

「ペロロ様とアイス屋さんがコラボした、限定のぬいぐるみなんです! 百体しか作られていなくて、ずっと探していたんですよ」

 

 少女は両手でぬいぐるみを持ち、こちらへ見せた。

 

 先ほどまでのおどおどした様子は消えていた。目を輝かせ、アイスの飾りがよく見えるように向きを変えている。

 

「ね? 可愛いでしょう?」

 

「まあ、限定品を集めたくなる気持ちは分かる」

 

「ん、趣味は人それぞれ」

 

「あ、あれ……?」

 

 トニーはシロコへ向き直った。

 

「それで、君は何をしに来たんだ?」

 

「銀行強盗」

 

 トニーは、彼女の手にある覆面を見た。

 

「面白い冗談だ。……冗談だよな?」

 

「私は本気だよ。ちゃんと計画も立てて、準備してきた。この覆面も――」

 

「待て、待て。どうして銀行強盗なんかするんだ?」

 

 シロコが口を閉じた。

 

「借金の返済は、厳しくても続けられていたんじゃないのか? まさか、今までもこういう方法で金を用意していたのか?」

 

 言いながら、トニーは彼女に詰め寄った。

 

「どうして、僕に相談しなかった?」

 

「……先生、借金のこと、知ってたの?」

 

 トニーは言葉を止めた。シロコの視線が、まっすぐこちらへ向けられていた。

 

「……ああ。アビドスとカイザーについて調べているうちに知った」

 

 隣では、ぬいぐるみを抱えた少女が黙っていた。トニーは一つ息を吐いた。

 

「君たちの方から話してくれるのを待っていた。前に、仲間と相談すると言っていただろう。だが……もっと早く、こちらから聞くべきだったな」

 

 シロコは手元の覆面へ目を落とした。

 

「少なくとも、返済のお金を犯罪で用意したことはない。計画しても、いつもホシノ先輩に止められるから」

 

「今回は、違ったのか?」

 

「ホシノ先輩は、最近忙しそうだったから。先生にも、連絡がつかなかったし……」

 

 そこで、シロコは顔を上げた。

 

「あ、別に言い訳してるわけじゃない」

 

「いや……そうだな。僕も、自分のことで手いっぱいだった。連絡に出られなかったのは、悪かった」

 

 学校から連絡が来ていたことは、知っている。

 

 学校が襲撃された報告も、全員が無事だという言葉も、確認した。話を聞かなければと思いながら、まだ直接会いに行けていなかった。襲撃したというドローンはおそらく自分の作ったもので、すべてが解決してからでないと合わせる顔がないとも思っていた。

 

 その間に、シロコは覆面を用意し、銀行の下見まで済ませていた。

 

「ただし、銀行強盗は駄目だ。二人とも、今日は真っすぐ学校か家へ帰ってくれ。アビドスには、僕の探し物を見つけた後で行く。そこで、改めて話を聞こう」

 

 そう言ってから、隣の少女へ顔を向ける。

 

「ああ、君の名前も聞いておこう。学校はトリニティだったな?」

 

「は、はい! トリニティ総合学園の、阿慈谷ヒフミです」

 

 ヒフミはぬいぐるみを鞄へ戻し、頭を下げた。

 

「助けていただいて、ありがとうございました。すぐに学校へ帰ります。よかったら、シロコさんも途中まで一緒に……」

 

 シロコは答えなかった。覆面を手にしたまま、うつむいている。

 

「どうした、シロコ?」

 

 少し間を置いて、シロコが顔を上げた。

 

「……先生。今、話を聞いてもらうのは、無理かな」

 

 トニーは口を開きかけた。

 

 まずは、シッテムの箱を取り戻さなければならない。アロナがいれば、イーディスを捜せるかもしれない。カイザーのことも、学校の借金のことも、調べられる。

 

 だから、その後で。そう答えようとして、黒服の言葉を思い出した。

 

 先生であることを忘れれば──。

 

 あの男の説教を、素直に受け入れる気はない。だが、目の前には、ようやく話そうとしている生徒がいた。

 

 話してくれるのを待っていたのは、自分の方だったはずだ。

 

「……そうだな。生徒の話を聞くのが、先生の仕事だ。最近は銃撃戦ばかりで、基本的なことを忘れていたよ」

 

 トニーはシロコへ向き直った。

 

「何か食べながら話そう。あそこのバーガーショップなんか、どうだ?」

 

     *

 

 三人はベンチに座ってハンバーガーを食べながら話していた。

 

 シロコは、ここへ来るまでの経緯を話してくれた。

 

 銀行からの信用ランクが下がり、返済の条件が変わったこと。そのせいで、ただでさえ大きかった借金がさらに膨れ上がったこと。

 

 これまでと同じように働いていても、返済が追いつかない。だが、ホシノが不在だったこともあって意見がまとまらず、結局、それぞれ金を稼ぐために出かけたのだという。

 

 その結果が、銀行強盗だった。

 

「先生。私たちは、どうすればいいのかな……」

 

 シロコの手元には、まだ半分ほど残ったハンバーガーがあった。話し始めてから、ほとんど口をつけていない。

 

「あ、あの……私も聞いていてよかったんでしょうか?」

 

 隣で、ヒフミが空になった紙袋を両手で持っていた。帰る前に食事だけでも、と誘ったのだが、思いがけず重い話を聞かせることになってしまった。

 

「ああ。シロコもいいと言ってくれたしな。人数が多い方が、いい考えが浮かぶかもしれない」

 

 トニーはチーズバーガーの最後の一口を飲み込み、包み紙を畳んだ。

 

「事情は分かった。それで銀行強盗を……いや、計画は前からしていたんだったな。他に、君みたいな方法で稼ごうとしている生徒はいるか?」

 

「銀行強盗はしないと思う。ノノミは実家がお金持ちだから、家族に相談するって言ってた。でも、前にもホシノ先輩に止められてたから、難しいかもしれない」

 

「他の二人は?」

 

「心配なのはセリカ。お金を稼げるって話を、すぐ信じるから。知らないうちに、犯罪に巻き込まれるかもしれない。アヤネが一緒にいてくれればいいんだけど……」

 

 銀行強盗をしに来た本人も、仲間のことは心配らしい。

 

 もっとも、悠長に考えている場合ではなかった。連絡をしなかった間に、彼女たちはそこまで追い詰められていたのだ。

 

「分かった。僕からも、ひとまず何もしないように連絡しておこう」

 

「先生には、何か考えがあるの?」

 

「解決策はまだない。ただ、心当たりはある。急に返済が厳しくなったことも、ホシノが忙しくしていることも」

 

 トニーは、畳んだ包み紙へ目を落として、息を吐いた。

 

「僕がしくじったせいかもしれない」

 

「先生が?」

 

「君たちの学校を襲ったドローンがいただろう。あれは、僕がカイザーに渡した技術で作られたものだ」

 

 シロコの耳が、ぴくりと動いた。

 

「……どういうこと?」

 

 声は静かだったが、こちらを見る目が変わっていた。

 

「物資を運ぶためのドローンだった。復興に役立てるつもりで、カイザーに提供したんだ。武器を載せることは認めていなかったが……結果は、君が知っているとおりだ」

 

 契約で禁じていた。停止させる手段も用意していた。

 

 何を言ったところで、生徒たちが撃たれたことは変わらない。

 

「君たちを傷つけることになった。すまなかった」

 

 シロコはしばらく黙っていた。手にしていたバーガーを膝の上へ置き、トニーを見つめる。

 

「……分かった。でも、学校に来て、みんなにもちゃんと話してほしい。謝るなら、みんなの前で」

 

「それで、僕を信じていいのか? 物資を届けていたのも、ドローンの性能試験をするためだったのかもしれないぞ」

 

「先生は、そんなことする人じゃない」

 

 迷いのない返事だった。

 

「今も、ちゃんと話を聞いてくれた。銀行強盗も、ホシノ先輩みたいに止めてくれたから」

 

 トニーは少しだけ口を開き、それから閉じた。

 

「……そうか。ありがとう」

 

 この信用に、今度こそ応えなければならない。

 

「そのドローンだが、今はカイザーも使えなくなっているらしい」

 

 これは、トニーが狙った結果ではなかった。

 

 イーディスはシャーレから姿を消しただけでなく、カイザーに渡した機体まで持ち去ったらしい。少なくとも、今朝のカイザー側の話では、輸送用の機体は残っていなかった。

 

「その損失を、君たちから取り戻そうとしている可能性はある。返済の条件が変わった時期も合う」

 

「でも、どうしてアビドスを攻撃するの? お金を返してほしいなら、邪魔しない方がいいと思う」

 

 シロコが首を傾げた。

 

「ヘルメット団や便利屋まで雇って……学校にお金がないのは、カイザーも知ってるはずなのに」

 

「お金とは別に、何か狙っているものがあるんでしょうか?」

 

 ヒフミの言葉に、トニーは頷いた。

 

「僕は、ホシノが関係しているんじゃないかと思っている」

 

 黒服は、わざわざ彼女の名を挙げた。

 

 アビドスから手を引け。それだけでも十分だったはずなのに。

 

「忙しくしているのも、そのせいかもしれない。あるいは、君たちも知らない何かが学校に――」

 

「ホシノ先輩が危ないの?」

 

 シロコが立ち上がろうとして、バーガーが落ちそうになったのを慌てて止めた。

 

「落ち着け。まだ分からない。まずは連絡を取ろう。僕が行くから、学校で待っていてほしいと伝えてくれ」

 

「……ん。分かった。電話してくる」

 

 シロコは端末を取り出し、席を離れた。

 

「とても大切なんですね。学校も、先輩のことも」

 

 ヒフミが言った。

 

「ああ。いいチームだ」

 

 自分がいたチームも、そうだったと思う。

 

 ここまで素直に互いを心配できていたかは、怪しいところだ。意見はまとまらず、顔を合わせれば口論になった。それでも、誰かが危ないとなれば、じっとしてはいられなかった。

 

 シロコも、同じなのだろう。

 

 しばらくすると、シロコが戻ってきた。

 

「連絡、取れた。先生が学校に来るって言ったら、すぐに帰るって。他のみんなにも声をかけてくれるって言ってた」

 

「そうか。なら、待たせないようにしないとな」

 

 少なくとも、ホシノは無事だった。ならば、すぐにシッテムの箱を取り返して、アビドスへ向かわなければならない。

 

「君も残りを食べて、学校に戻っていてくれ。僕も用事を済ませたら、すぐに向かう」

 

「さっき言ってた探し物?」

 

「ああ」

 

「それなら、私も手伝う。一人より二人の方が早く見つかる」

 

「で、でしたら、私もお手伝いします!」

 

 ヒフミまで手を挙げた。

 

「先ほど助けていただきましたし、お話も、結局聞いていただけでしたから……」

 

「いや、君たちを巻き込むわけにはいかない。やり方によっては、学校に通えなくなるかもしれないんだぞ。僕も先生をクビになるかもしれない」

 

 シロコが、じっとこちらを見た。

 

「生徒の銀行強盗は止めるのに、先生はそんなことをするの?」

 

「奪われたものを取り戻しに行くんだ。普通に買い戻せるなら、それでいい。ただ、相手が話の分かるやつとは限らない」

 

「場所は分かってるの?」

 

「ああ。だから、探し回る必要もない。君たちが手伝うことは――」

 

「ついていくだけなら、いいんじゃないでしょうか?」

 

 今度はヒフミだった。

 

「さっきみたいに、歩いているだけで銃を向けられることもありますし。一人で行くより、みんなで行った方が……」

 

「ん。何かあったときのために、下見と逃げ道の確認はしておくべき。私なら、ちゃんと作戦を立てられる」

 

「いや、だから……」

 

 シロコは、先ほどまでとは違う意味で真剣な顔をしていた。鞄から覗く青い覆面へ、トニーは目を落とす。

 

 このまま一人で帰したとして、本当に真っ直ぐ帰るだろうか。

 

 学校を救うためなら、銀行強盗も選択肢に入れる生徒だ。目の届くところにいてもらった方が、安心できる気もした。

 

 トニーは小さく息を吐いた。

 

「分かった。ただし、僕の指示には従うこと。勝手に銃を抜かない。それと、覆面は鞄から出すな」

 

「ん。分かった」

 

「はい!」

 

 二人の返事を聞いて、トニーは立ち上がった。

 

「それじゃ、バーガー一個分くらいは働いてもらうとしよう」







筆が乗っています。

原作と同じようなルートだと書きやすいけど、トニーはアグレッシブに動きすぎて……。
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