トニー・スターク先生   作:DRYSUPER

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17.出動!覆面水着団

 ヒフミは、迷うことなくブラックマーケットを歩いていた。

 

「この先を抜けると、すぐですよ。大通りから回るより近いんです」

 

 トニーは端末の地図と、ヒフミの背中を見比べた。よく見ると、鞄までペロロのデザインだった。

 

「ずいぶん詳しいな」

 

「あ、あはは……。お店によって、入ってくるグッズが違いますから。何軒か回っているうちに、覚えてしまって」

 

「その鳥一羽のために?」

 

「ペロロ様だけじゃありませんよ。モモフレンズには、ほかにもたくさん仲間がいるんです」

 

「なるほど。それは忙しそうだ」

 

 できれば、誘拐される心配のない場所で買い物をしてほしいものだった。

 

 しばらく歩いたところで、ヒフミが足を止めた。

 

「ここですね」

 

 通りに面した店には、大小さまざまな機械が並んでいた。古い端末や交換用の部品に交じって、用途の分からない装置も置かれている。

 

 店の奥には、倉庫らしき建物がつながっていた。

 

「それで、先生の探し物って、何?」

 

 シロコが店内を覗き込みながら尋ねた。

 

「タブレットだ。僕が持っていたのを見たことがあるだろう?」

 

「ん。あれ、盗まれてたんだ」

 

「少し目を離した隙にね。この都市の治安を甘く見ていたよ」

 

 実際には、車で移動中に襲撃され、気を失っている間に盗まれたのだが。治安が悪い、で片づけていい話ではない。

 

「買い替えずに取り戻すということは、何か大切なデータが入っているんですか?」

 

「ああ。クラウドに上げられないものがたくさん入っている。それに、あれがないと秘書に仕事を頼めない。今ごろ、僕がいなくて退屈しているはずだ」

 

 そうであってくれればいい。

 

 トニーは店の扉を押した。

 

 店内は、外から見た以上に雑然としていた。棚には端末が重ねて置かれ、値札のついていない品も多い。

 

 三人で手分けして見て回ったが、シッテムの箱は見当たらなかった。

 

 トニーは奥のカウンターへ向かった。犬の姿をした店主が、手元の機械をいじっている。

 

「やあ、タブレットを探しているんだが。最近、入ってきたものを見せてもらえるかな」

 

 店主が顔を上げた。

 

「そこに出てるものだけだよ」

 

「カイザーから持ち込まれたものがあると聞いたんだが」

 

 店主の手が止まった。

 

「……誰から聞いた?」

 

「紹介者の名前で値段が変わるのか?」

 

「知らないね。うちにはない」

 

 店主は手元へ目を戻し、作業を再開した。

 

 トニーはカウンターへ片手をついた。

 

「確認くらいはしてくれてもいいだろう。多少割高でも、買うつもりだぞ?」

 

「ないものは売れない。ほかを当たってくれ」

 

 それきり、店主は顔を上げようとしなかった。

 

 カウンターの向こうには、奥へ続く扉がある。その脇に制服姿の少女が座っていた。腰には拳銃を下げ、こちらをじっと見ている。警備役らしい。

 

 ここで言い争っても、シッテムの箱を出してくれる見込みはなさそうだった。黒服が嘘をついている可能性もあるが、確かめずに帰るわけにはいかない。

 

「そうか。邪魔したな」

 

 カウンターから離れると、シロコがこちらを見ていた。目が、妙に輝いている。

 

 トニーは嫌な予感がして、何か言われる前に出口を指した。

 

「一度、外へ出よう。話はそれからだ」

 

 

     *

 

 

 店の裏手は、荷物を運び込むための細い通路になっていた。

 

 倉庫の壁沿いには空の台車が並び、その先に裏口がある。表通りの喧騒は、ここまで来ると少し遠かった。

 

「ここなら、通りから見えないね」

 

 シロコが言った。いつの間にか、青い覆面を被っていた。

 

「覆面は出すなと言っただろう」

 

「ん。でも先生は、普通に買い戻せるならって言ってた」

 

 隣で、紙の擦れる音がした。

 

 振り返ると、ヒフミまで紙袋を被っていた。先ほどのバーガーショップのものだ。目の部分に穴が開き、額には大きく「5」と書かれている。

 

「君まで何をしてるんだ?」

 

「えっと……シロコさんが、顔を見られない方がいいって……」

 

「その数字は必要か? というか、どうして5なんだ?」

 

 シロコは「2」なので、連番ではない。何か意味があるのだろうか。

 

「ん。お互いを呼ぶときに便利。それに、覆面水着団は私一人じゃない。今度は先生の分も用意しておく」

 

「そうか。なら、数字は87で頼むよ」

 

 トニーは二人を見比べ、それから裏口へ目を戻した。

 

「いいか。君たちはここで待っているだけだ。ここまで案内して、店で一緒に探してくれただけで十分だ」

 

「先生はどうするの?」

 

「自分の持ち物があるか、確かめてくる」

 

「それって、不法侵入じゃ……」

 

 紙袋の中から、もっともな指摘が聞こえた。

 

「こうなる可能性があるから、君たちを連れてきたくなかったんだ」

 

 トニーは左腕の時計へ触れた。

 

 文字盤が沈み込み、赤い金属が手の甲へ広がる。指の一本一本を包み、掌まで覆うと、動きが止まった。

 

 手首から先だけを覆う、小さなガントレットだった。

 

「わっ……それ、どこから出てきたんですか?」

 

 ヒフミが驚きの声を上げた。

 

「ナノテクだ。いいだろう? ちょっとしたおしゃれには最適だ」

 

 トニーは指を開き、握り直した。

 

 ナノテクノロジーを使えば、スーツを持ち歩く手間も省ける。アメリカも驚くような銃社会のキヴォトスでは、いつでも身を守れるようにしておきたかった。

 

 そう考えて手をつけたものの、設備も金も資材も、何もかもが足りなかった。

 

 この片手分を試作するだけで、使い潰した素材は戦車一台分に達している。全身を覆うスーツは、ひとまず諦めるしかなかった。

 

「先生。それ、銀行強盗にも――」

 

「使わない。いいか、二人とも。そこで見張っているだけだぞ。僕が帰ってくるまで、おとなしく待ってるんだ」

 

 シロコが言い終わる前に答え、裏口へ向かった。

 

 

     *

 

 

 倉庫の中は薄暗かった。

 

 高い棚に木箱や機械が詰め込まれ、通路にも荷物が積まれている。店に並んでいた品より、こちらの方がよほど多そうだった。

 

 トニーは背後の扉を閉め、耳を澄ませた。

 

 遠くで店主の声がする。まだ、こちらへ来る気配はない。

 

 棚の間を進みながら、商品を確かめていく。交換用の銃身、端末、何かの機械装置。このうち、いくつが盗品なのだろうか。

 

 通路の奥に、荷ほどき用の作業台があった。その上に置かれたタブレットへ、目が留まった。

 

 トニーは近づき、手に取った。馴染みのある重さと、手触り。

 

 シッテムの箱だった。

 

「やっと見つけた」

 

 表と裏を確かめる。大きな傷はない。画面も割れていなかった。指で触れてみたが、何も映らない。

 

「アロナ。迎えに来たぞ」

 

 返事はなかった。もう一度、画面へ触れる。

 

「寝坊をとがめるつもりはない。今は、君の助けが必要なんだ」

 

 暗い画面に、自分の顔だけが映っていた。

 

 充電が切れただけならいい。電源につなげば、眠そうな声で文句を言ってくれるかもしれない。

 

 トニーは箱を右腕で抱え直した。

 

「そこで何してるの?」

 

 通路の入口に、先ほどの少女が立っていた。その視線がトニーの顔から、腕に抱えたタブレットへ動く。

 

「盗みに入ったのか。店で見たときから、怪しいと思ってたんだ」

 

「これは僕のだ。盗んだわけじゃない。ここに置いてあったのを、職場に持ち帰るだけだ」

 

「それを泥棒っていうんだよ。まあ、ブラックマーケットじゃ珍しくもないけど。だから、私みたいなのが雇われる」

 

 少女が腰へ手を伸ばした。

 

 トニーはとっさにシッテムの箱を身体へ引き寄せ、左の掌を向けた。

 

 鋭い音が、短く倉庫に響いた。

 

 ガントレットの掌には、リパルサーの代わりに音波装置を仕込んである。スーツにも搭載したものの小型版だ。

 

 少女が顔をしかめ、耳を押さえた。

 

「っ、何……!」

 

「そのまま、じっとしていてくれ。生徒に体罰はしたくないんでね」

 

 だが、少女の膝は折れなかった。片耳を押さえたまま、もう一方の手で拳銃を抜く。

 

「このっ!」

 

 怒鳴り声とともに、銃口が上がった。

 

 まだ動けるのか。

 

 トニーはとっさに踏み込み、銃を持つ手へガントレットをぶつけた。狙いが外れたところで手首をつかみ、下へ押さえようとする。

 

 少女の腕は、下がらなかった。

 

 相手は片手で銃を持っている。こちらは身体ごと体重をかけているのに、びくともしない。それどころか、少しずつ押し戻されていた。

 

「離して!」

 

 肩を突き飛ばされた。

 

 たったそれだけで足が浮き、背中から棚へぶつかった。上に置かれていた箱が揺れ、床へ落ちる。

 

 肺から息が抜けた。

 

 銃弾に耐える頑丈さは知っていたが、腕力までこれほどとは思っていなかった。どこぞの超人を相手にしている気分だ。

 

 顔を上げると、少女が頭を振り、もう一度銃を向けようとしていた。

 

 トニーは棚に手をつき、横へ動いた。積まれた荷物に身を隠しながら、出口へ向かう。

 

 少女はすぐに追ってきた。

 

 速い。このままでは追いつかれる。

 

 トニーは近くの台車を押した。少女の足元へぶつかり、その歩みが一瞬止まる。

 

 その隙に出口へ向かおうとしたが、服をつかまれた。首元が締まり、後ろへ引き戻される。

 

「逃がすわけないでしょ!」

 

 トニーは振り返り、掌を向けた。

 

 再び、鋭い音が響く。

 

 少女が顔をゆがめ、服をつかむ手が緩んだ。しかし、離れない。顔を背けながらも、拳銃をこちらへ押しつけようとしていた。

 

 トニーはその銃口を左手でつかんだ。身体から逸らそうとするが、少女の腕は簡単には動かない。

 

 手の中で銃声が弾け、火花が散った。

 

「っ……!」

 

 掌の装甲が弾を受け止めていた。

 

 手は無事だったが、衝撃までは吸収しきれない。しびれるような痛みが左腕を走った。

 

 もう一発は、まずい。

 

 そう思っても、銃を奪うことができない。少女が腕を引くたびに、こちらの身体まで引きずられた。

 

「先生!」

 

 裏口が勢いよく開き、青い覆面が飛び込んできた。

 

 シロコは少女の腕を押し上げ、トニーとの間へ身体を入れた。服をつかんでいた手が離れる。

 

「何だ、お前は!」

 

「先生、下がって」

 

 トニーはよろめきながらも距離を取った。

 

 シロコが銃を構えると、少女も素早く棚の陰へ身を引いた。

 

「先生、こっちです!」

 

 ヒフミが裏口から呼んでいた。

 

 トニーはシッテムの箱を確かめた。落としてはいない。画面も無事だ。

 

「待っていろと言ったはずだが」

 

「銃声がしたから。私があの子を見てる。先生はファウストについていって」

 

 シロコは少女のいる棚から目を離さずに答えた。

 

「数字で呼ぶんじゃなかったのか?」

 

 紙袋の少女へ走り寄る。トニーが扉を抜けるのを確かめると、シロコも続いた。

 

「止まれ!」

 

 背後で怒鳴り声がした。トニーは振り返らず、ヒフミの後を追った。

 

 走るたびに背中と頭が痛む。左手はまだしびれていた。チナツが見ていたら、今度こそ無理やり病院へ連れていかれただろう。

 

 ヒフミは交差する路地へ入り、すぐに向きを変えた。

 

 店と店の隙間を抜けると、荷物を積んだ車両が並ぶ通りに出た。通行人が驚いた顔で三人を見る。

 

 ヒフミは走りながら紙袋を外した。

 

 シロコも覆面を脱ぎ、鞄へ押し込む。トニーはガントレットを時計へ戻した。

 

 後ろで、誰かが走ってくる音がした。シロコは一度だけ振り返り、トニーの袖を引いた。

 

「こっち。人の多い通りに出られる」

 

 角を曲がると、一気に騒がしくなった。店先に群がる客。荷物を担いで歩く者。大声で商品を売り込む店主。

 

 三人はその間へ入り込み、歩調を落とした。

 

「このまま歩いて」

 

 シロコが前を向いたまま言った。

 

 トニーは息を整えながら、シッテムの箱を抱え直した。少し先で、ヒフミが別の通りを指す。

 

「向こうから外へ出られます」

 

「ん。そっちにしよう」

 

 二人とも、頼りになる。できれば、もう少し穏やかな状況で知りたかったが。

 

 しばらく歩いてから振り返っても、追ってくる姿は見えなかった。

 

     *

 

 ブラックマーケットを抜けたところで、ようやく足を止めた。

 

 ヒフミが壁へ手をつき、肩で息をしていた。

 

「あ、あの……取り戻せたんですよね?」

 

「ああ。このとおりだ」

 

 トニーはシッテムの箱を見せた。

 

「二人とも、助かった。バーガー一個じゃ足りない働きだったな」

 

「ん。逃げ道を調べておいてよかった」

 

「銀行強盗の準備を褒めているわけじゃないぞ」

 

 シロコが、わずかに目をそらした。

 

 トニーは近くの壁へ背を預けかけ、痛みに顔をしかめた。

 

「先生、怪我したの?」

 

「少し突き飛ばされただけだ。大したことはない」

 

 左手を開いてみる。指は動く。

 

 ガントレットには問題がなかった。問題は、想定よりも生徒が強かったことだ。

 

 相手は一人。それも、特別な装備を持っていたわけではない。それでも、二人が来なければどうなっていたか。

 

「体術には自信があったんだが……昨日の疲れが残っていたらしい。君たちが来てくれてよかった」

 

 スーツなしでも、超人相手に少しはやり合えたのだが。キヴォトスの生徒たちに対する認識を、改めた方がよさそうだった。

 

 それとも、年のせいだろうか。

 

「ん。先生は、もっと私たちを頼るべき」

 

「子供を頼る、みっともない大人にはなりたくないな」

 

 かつて、それで後悔したことがある。

 

 最終的に助かったからといって、あのときのことを忘れられるわけではない。子供を自分より前に立たせるのは、極力避けたかった。

 

 トニーはタブレットへ目を落とした。

 

 ようやく、取り戻せた。

 

 この小さな箱にいる少女がいるなら、イーディスのことも、カイザーのことも何とかなるかもしれない。何より、早く無事な声を聞きたかった。

 

 画面に触れる。

 

「アロナ。もう出てきていいぞ。君まで僕を無視しないでくれ」

 

 返事はなかった。隣で、ヒフミが首を傾げていた。

 

 ただの充電切れであってくれ。暗い画面を見つめながら、そう願った。







※トニーはエンドゲームの時点で五十歳くらいです。
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