アビドス高校へ着いた頃には、日が傾き始めていた。
ヒフミとはブラックマーケットを出た後に別れた。何度も礼を言われたが、礼をするならこちらのほうだ。あの場所に詳しい彼女がいなければ、無事に抜け出せたかも怪しい。
シロコの後について廊下を歩きながら、トニーは鞄の中へ目を落とした。
シッテムの箱は、移動中に電源へつないでいた。それでも、画面は暗いままだった。今も時間的には十分に充電されていてもおかしくはないが、アロナの声は聞こえない。
きっと、昼寝の最中なのだろう。今はそう考えることにして、鞄を閉じた。
「みんな、ただいま」
シロコが部室の扉を開けた。
中には、対策委員会の生徒たちが全員そろっていた。机には書類が広げられ、アヤネが端末を手にしている。
「シロコ先輩、それに先生も」
アヤネが顔を上げ、椅子から立ち上がった。
「ごめんなさい。急に学校まで来てもらって」
「いや。もっと早く来るべきだった。シロコから借金の話は聞いた。ずいぶん大変なことになっているみたいだな」
「はい。私たちだけでは、どうすればいいか分からなくて……来てくださって、本当にありがとうございます」
「でも、先生の方は大丈夫なんですか?」
ノノミが心配そうに尋ねた。
「シャーレが襲われたというニュースも見ましたし、お忙しいんじゃ……」
誘拐されたことまで報じられていたら、相談するのをためらわせていたかもしれない。その話は、今はしなくていいだろう。
「ひとまず落ち着いたよ。君たちのメッセージを見る余裕もあった。シロコとホシノの写真は、僕の待ち受けになってる」
「えっ。ノノミ先輩、あの物資の写真、送ったの?」
「はい。よく撮れていたので♪」
セリカが驚いた顔をすると、ノノミは少し嬉しそうに笑った。
「うへぇ。知らないところで、おじさんが待ち受けにされてる」
窓際にいたホシノが、こちらへ顔を向けた。
「お疲れさま、先生。シロコちゃんも。ずいぶん時間がかかったねぇ」
「少し、探し物に手間取ってね」
「ん。でも、ちゃんと取り戻せた」
シロコは席へ座り、鞄を下ろした。
「それで、シロコ先輩は何しに行ってたの? 連絡しても、後で話すとしか言わなかったじゃない」
セリカが腕を組んで尋ねた。シロコはちらりとトニーを見てから、言いづらそうに口を開いた。
「……銀行強盗」
「銀行強盗!? 私には危険なことをしないように言ってたのに!?」
「大丈夫だ。実行する前に止めたよ。僕からも言い聞かせたから、説教はほどほどにしてやってくれ」
移動中にシロコと話していて分かったが、彼女はアウトローの素質がある。便利屋68に入社すれば、すごい勢いで悪名を轟かせるだろう。いつも止めているというホシノの苦労がうかがえた。
「うへぇ。先生が止めてくれて助かったよ。シロコちゃん、それは駄目だって何度も言ったでしょ」
「ん……でも、今までと同じじゃ返せない。何かしないと」
「だからって、銀行強盗はやりすぎでしょ……」
セリカがあきれた様子で言った。
「セリカちゃんも、危ないアルバイトに応募しそうになってましたよ?」
「そ、それは秘密にしておいてよ!」
ノノミの言葉に、セリカが顔を赤くした。
シロコが心配していたとおりだったらしい。セリカをしっかりしていると思っていた自分は、たしかに人を見る目がないのかもしれない。
トニーは空いている椅子を引いて、腰かけた。
「セリカの仕事探しについては、今後よく相談するとして。その書類が、例の借金かな?」
「はい。こちらが、これまでの返済状況です。それから、今回届いた通知が──」
アヤネが書類を並べていく。
元の額だけでも、生徒が働いて返すようなものではない。そこへ、変更された条件による負担が上乗せされていた。
「なるほど。この分だと、毎月銀行強盗をすることになるな」
「ん」
「やれと言っているわけじゃないぞ」
シロコは残念そうにしていた。
「これまでは、何とか返せていたんです」
アヤネが書類の数字を指した。
「でも、今度の額では……アルバイトを増やしても、間に合いません」
「私も、家に相談しようと思ったんですけど……」
ノノミが言うと、ホシノが首を横に振った。
「それは前にも話したでしょ。ノノミちゃんの家に背負わせるわけにはいかないよ」
「でも、このままだと、学校が……」
「返済のことは、僕にも考えさせてくれ。ただ、その前に話しておかなければならないことがある」
トニーは書類から顔を上げて全員を見回した。言い出しづらいことは、最初に言った方がいい。
「学校を襲ったドローンについてだ」
全員の表情が変わった。
ホシノさえも普段の雰囲気を潜めて、こちらを見ていた。
「あれは、僕がカイザーに提供した技術で作られたものだ」
「……カイザー?」
セリカが聞き返した。
「私たちが借金してる、あのカイザー? 先生、あいつらと仕事してたの?」
セリカの目には、初めて通話したときと同じ警戒が戻っていた。
「ああ、そうだ。アビドスにも送っていたドローンと同じものを、都市の全域に物資を運べるように量産してもらおうとしていた」
「物資を運んでたのと、似てると思ってたよ」
ホシノが静かに口を開いた。
「なんでその輸送用のドローンが、機関銃を積んでたの?」
「向こうで改造された。軍事利用は契約で禁じていたし、勝手な使い方をされたときには止められるようにもしていたんだが──」
「止まらなかったよ」
ホシノの声に、トニーは口を閉じた。
「あのとき、私たちが撃ち落とすまで。ずっと撃ってきてた。怪我もしたし、校舎も少し破壊された」
アヤネが手元の書類へ目を落とした。ノノミも、もう笑っていなかった。
五人にとっては、今ここで聞かされた契約よりも、実際に向けられた銃口の方が確かなものだろう。
「ああ。止められなかった」
トニーは素直に認めた。
「僕の見通しが甘かったよ。何分、キヴォトスに来てから一か月も……いや、これは言い訳だな。すまなかった」
トニーは頭を下げた。
しばらく、誰も何も言わなかった。
「……先生が、私たちを襲うように頼んだわけではないんですよね?」
アヤネが尋ねた。
「もちろんだ」
「だったら、先生だけが悪いわけじゃ──」
「でも、カイザーと組んでたんでしょ」
セリカがアヤネの言葉を遮るように声を上げた。
「私たちの借金のことも知ってて。それなら、一言くらい教えてくれたってよかったじゃない」
「そうだな。もっと前に僕のほうから話すべきだった」
「……別に、先生が全部悪いって言いたいわけじゃないの。私も最初は先生のことを信用してなかったし……」
そこまで言ってセリカは口を閉ざしてうつむいた。部屋に気まずい空気が流れる。
「先生は、私の話を聞いてくれた」
その沈黙を破ったのはシロコだった。
「忙しそうだったのに、ハンバーガーを買ってくれて、借金のことを聞いてくれた。それに自分の失敗も隠さずに話して、謝ってくれた」
「シロコちゃんは、それで納得したの?」
ホシノがシロコに尋ねた。
「全部は納得してない。でも、先生が私たちを襲わせたとは思ってない。セリカを助けてくれたし、物資も届けてくれた。それまで嘘だったとは思わない」
「……そうですね。助けてもらったことまで、なくなるわけではありませんから」
ノノミが頷いた。
「今すぐ納得してくれとは言わない。ほかにも聞きたいことがあれば、聞いてくれ」
「じゃあ、一つ質問。ドローンは、またここを襲いに来るの?」
ホシノが言った。
「カイザーに渡した機体は、今は向こうも使えなくなっている」
「今度は、ちゃんと止まってるんだね?」
「ああ。少なくとも、あの機体をカイザーがまた飛ばすことはできない。ただ、ほかの兵器まで使えなくなったわけじゃない」
「……分かった」
ホシノは椅子へ座り直した。安心した様子はなかった。それでも、今聞くべきことは聞いたと判断したらしい。
トニーは机の上の書類へ目を向けた。この借金のこと、そしてそれに関係しているらしいことも話す必要がある。
「借金のことも含めて、向こうが何をしたいのか確かめる必要がある。ホシノ。君にも、カイザーから何か話が来ているんじゃないか?」
ホシノは驚いた顔をした。
「……どうして私にカイザーから話が来てるって思ったの?」
「最近、忙しくしていたと聞いた。それに、僕が会ったカイザーの人物が、君の名前を出した」
「忙しそうだったって先生に話したのは、私」
シロコが口を開いた。
「うへぇ。そんなに気にさせてたんだ」
「学校にいないことが多かったから」
シロコが答えると、ホシノは机の書類へ目を落とした。
「……勧誘みたいなものだよ。前から、何度か話をされててね」
「勧誘って、ホシノ先輩をですか?」
アヤネが尋ねた。
「学校を辞めて、向こうで働かないかって。もう何年も前から。断ってるんだけど、なかなか諦めてくれなくてさ」
ホシノは軽く笑ってから、トニーへ顔を向けた。
「先生が会ったのって、黒服の人?」
「ああ。君を勧誘しているのも、あいつか」
「うん。先生のことも知ってたよ。カイザーの本社で会ったって」
「最初に会ったのは、そこだ。今日も会ったよ。探しているもののありかを聞くためにね」
トニーは鞄を軽くたたいた。
「……教えてくれたんだ」
「ああ。だが、親切で教えたわけじゃないだろうな」
ホシノはしばらくこちらを見ていた。
「あの人とは、どういう関係なの?」
「何度か話した。それだけだ。僕は、あいつが嫌いだ。もうできれば会いたくない」
「……そうなんだ」
「そいつから何か言われても、その場で約束はしないでくれ。書類も同じだ。まず、僕に見せてほしい」
「断ってるって言ったでしょ。心配しなくても、おじさんもあの大人のことは信用してないよ」
「ああ。これからも、そうしてくれると助かる」
黒服が何のためにホシノを求めているのかは、まだ分からない。
だが、シッテムの箱のありかと引き換えに、彼女から手を引けと言った。単なる就職の誘いだとは思えなかった。
トニーは返済条件の通知を手に取った。
「この書類、写しをもらえるかな。契約と返済の記録も、最初から確認したい」
「はい。用意します」
アヤネが端末を操作した。
「何とか、なりそうなんですか?」
「まだ約束はできない。ただ、言われた額を払うために働き続ける前に、調べられることはある。条件が変わった理由も、カイザーが君たちに何を求めているのかも」
「じゃあ、私たちは何をすればいい?」
シロコが尋ねた。
「ひとまず、危ない仕事を探すのはやめてくれ。カイザーとの話は僕がする。学校で待っていてほしい」
それを聞いたホシノが、ゆっくりと身を乗り出した。
「……先生。それは、ありがたいんだけどさ。ここは私たちの学校なんだよ。ただ学校で待ってるだけでいいの? 私たちに何かできることはないの?」
「何もするなとは言っていない。ただ、相手が君たちを狙っているなら、危険なところへ近づかない方がいい。また、ヘルメット団なんかが校舎を襲ってくるかもしれないだろ?」
「それで、先生が危険な場所に一人で行くの? それなら、撃たれても平気な私たちがいた方がいい気がするけど?」
「うん、先生はさっきも危なかった」
シロコがホシノに加勢した。
「あのタブレットを取り戻すとき。先生一人じゃ、逃げられなかったかもしれない」
トニーは返事に詰まった。
実際、あの倉庫ではシロコに助けられた。一人で十分だと言っても、説得力はない。
それでも、だから次も頼むとは言いたくなかった。
「だから、私も手伝う。今度は最初から、一緒に考えたい」
「先生、何も戦うことだけじゃありません」
アヤネが言った。
「学校のことなら、私たちの方が分かります。資料を探すのも、先生一人より早いはずです」
「私たちだって、危ないことをしたいわけじゃないわよ」
セリカが続けた。
「でも、何が起きてるか知らないまま、待ってるのは嫌。ドローンのことだって、そうだったし」
「何か分かったら、私たちにも教えてください。どうするか、みんなで考えたいです」
ノノミの言葉に、ほかの四人もうなずいていた。
トニーは部室を見回した。
使い込まれた机。並べられた書類。窓の向こうに見える、五人には広すぎる校庭。
これだけの借金を抱えて、それでもここに残っている。ほかの学校へ移ることもできただろうに、働いて金を集め、襲ってくる相手を追い払ってきた。
そこへ来た自分が、後は何もするなと言っても、受け入れられるはずがなかった。ここは引き下がるほかない。
頼めることはある。資料を探してもらうくらいなら、危険もないだろう。
「……分かった。調べて分かったことは、君たちにも伝える。必要な資料を探すのも、手伝ってほしい」
そう言うと、全員の表情が少し柔らかくなった気がした。
「ただし、勝手に危険なことはしない。何か始める前に、必ず相談すること。銀行強盗は、相談しても駄目だ」
トニーはホシノへ顔を向けた。
「君たちの学校だということは、分かっている。必要なときには、ちゃんと頼む。約束する」
ホシノは少し間を置いてから、頷いた。
「……分かったよ、先生。約束だからね」
*
学校を出る頃には、日が沈みかけていた。
迎えのヘリを待つ場所まで、ホシノがついてきた。
ほかの四人は部室に残っている。アヤネが用意してくれた資料は、鞄の中へ入れてあった。
「見送りはいいと言ったんだが」
「おじさんも、少し外の空気を吸いたくてねぇ」
ホシノは隣を歩いていた。夕日に伸びた二人の影が、校庭の上を動いていく。
「先生。まだ何か、隠してることがあるでしょ」
ふいに、ホシノが尋ねた。
「みんなの前で話せないなら、おじさんだけにでも教えてほしいなー、なんて」
なるほど。それで、わざわざ見送りに来たらしい。
気の抜けたような口調だが、部室でも、こちらが曖昧にしたところは聞き逃していなかった。ほかの四人を気にかけながら、話を聞いていたのも彼女だ。
トニーは少し迷ってから、口を開いた。
「実を言うと、昨日はカイザーに誘拐された」
「……うへ? 誘拐?」
ホシノがこちらを見上げた。
「そのときに奪われたものを、今日は取り戻しに行っていたんだ。ちなみに、シャーレを襲ったのもカイザーだ。この話は、今はみんなに内緒にしておいてくれ。余計な心配はかけたくないからな」
「うーん……何か隠してるとは思ってたけど、誘拐されたとは思ってなかったなぁ」
ホシノの視線が、トニーの顔から鞄へ動いた。
「そんな状態で、私たちのことまで引き受けたの?」
「そんな状態にした連中が、君たちにも関わっている。別の問題じゃない」
「……そっか」
遠くで、ヘリの音がした。
連邦生徒会からの迎えだ。また事前に書類を出していないので、リンには怒られることになるだろう。
ホシノは空を見上げ、それからトニーへ顔を戻した。
「ねえ、先生。借金とは関係ないんだけど、もう一つ聞いてもいい?」
ホシノは少しの間、足元を見ていた。トニーも先を促さず、隣を歩いた。
「もし、誰か一人が犠牲になれば、ほかのみんなが助かるとしたらさ」
ホシノの歩く速さが、わずかに落ちた。
「その人は、犠牲になるべきなのかな」
トニーは思わず、自分の右手へ目を落とした。
なぜそんなことを聞くのか。問い返すより先に、あの日の光景が浮かんだ。
ほかに方法はなかった。あの瞬間を逃せば、守ろうとしてきたものをすべて失う。そう分かっていた。
それでも、生きて帰りたくなかったわけではない。
顔を上げると、ホシノがこちらを見ていた。いつものような雰囲気はなく、返事を待っている。
トニーは息を一つ吐いてから、答えた。
「大義のために、個人の幸福を犠牲にするのは虚しいことだ。僕の尊敬する人が、そう言っていた」
父と交わした会話を思い出す。
息子だとは知らないまま、自分の話をしてくれた父。生まれてくる子供のことを、どこか不安そうに、嬉しそうに話していた。
「僕も、その言葉は正しいと思っている」
「じゃあ、しない方がいいんだね」
トニーはすぐには頷けなかった。
自分が選んだことを、間違いだったとは思っていない。だが、残してきた者たちにとっても、それが正しかったのかは分からなかった。
「……犠牲を払ってでも守りたいものがあったなら、その人は犠牲になる方を選んだと思う」
生まれてくる子供のためなら、なんだってしたい。そう言っていた。
「自分の幸福がどうでもいいからじゃない。それを捨てたくなくても、選ばずにはいられないときがある……ということをその人は言いたかったんだろうな」
ホシノはしばらく黙っていた。
「……そっか」
やがて、ホシノが小さく頷いた。
「その人は、先生の先生なんだね」
声には、いつもの調子が戻っていた。
「まあ、そうだな。ほかにも、いろいろ学ばせてもらった」
言葉の意味が分かるまで、ずいぶん時間のかかったこともある。今になって、もう一度聞いてみたいこともあった。
ヘリの音が近づいてきた。
巻き上がる風に、ホシノの髪が揺れる。トニーは鞄を持ち直した。
「今度は、連絡を後回しにしない。何かあれば、すぐに知らせてくれ」
ホシノが顔を上げた。その目が、一瞬だけまっすぐトニーを捉えた。
何か言いたいことがあるのかと思ったが、口を開く前に、いつもの眠そうな笑顔へ戻っていた。
「……うん。先生も、ちゃんと休んでね」
「最近、そればかり言われている気がする」
「言われるようなことばっかりしてるからじゃない? 誘拐された翌日に働いてる人なんて見たことないよ」
「反論はできないな」
トニーはヘリへ向かった。乗り込む前に振り返ると、ホシノは同じ場所に立って小さく手を振っていた。
扉が閉まり、機体が浮き上がる。
窓の向こうで、校舎と、その前に立つ小さな姿が遠ざかっていった。
*
ヘリに乗り込んでからも、トニーはしばらく過去のことを考えていた。
だが、今はやるべきことが山積みだ。思い出を懐かしんでいる場合じゃない。
窓の外へ目を向ける。すっかり夜になったアビドスの街には、明かりがまばらに灯っていた。
借金を返せたとしても、砂漠化が止まるわけではない。あの五人だけで学校を維持していく苦労も、なくならないだろう。
彼女たちも、それは分かっている。それでも、あそこに残っているのだ。
最後に見たホシノの顔を思い出した。
何かを言いかけて、やめたように見えた。まだ、話していないことがあるのだろう。
五人の中で、最もトニーを警戒していたのは彼女だった。だが、誘拐されたと聞いたときの心配まで、嘘だったとは思えない。
信用しきれないから、話せない。あるいは、これ以上負担をかけたくなかったのか。
自分は過去に揺さぶられて、そのどちらも解消できないまま帰ってきてしまった。
何か、選択を間違えただろうか。トニーは座席へ背を預けた。
”もっと私たちを頼るべき”
シロコの言葉が、頭に浮かんだ。
確かに、一人で無茶をしすぎた。生徒の模範となるべき先生としては落第点だろう。
あの倉庫でも、生徒を危険から遠ざけるつもりが、結局は助けに来てもらっている。最初から一緒に潜入していれば、あんな逃走をしなくて済んだかもしれない。
子供を巻き込みたくない。その気持ちは変わらない。
だが、彼女たちはトニーがここに来る前から、長い年月をかけて学校を守っている。キヴォトスのこともアビドスのこともトニーよりも断然詳しく知っているだろう。
アビドスに向かう途中で襲撃されたのも、アビドスの生徒に連絡を入れていたら、こんなことにはならなかったかもしれない。
次に会ったら、何をしてもらうか決めて伝える前に、彼女たちの考えを聞こう。一緒に、何ができるのか、何をするべきなのか。
こちらを信じてほしいと言いながら、自分は彼女たちを信じて任せることができていなかった。信頼には信頼で答えるべきだろう。
「むにゃ……イチゴミルクは……」
鞄の中から、声がした。
トニーは身体を起こした。急いで鞄を開き、シッテムの箱を取り出す。
画面が灯っていた。そこには、机に突っ伏して眠る、空色の髪の少女がいた。頬を緩め、何やら幸せそうに口を動かしている。
トニーはしばらく、その寝顔を見つめた。聞きたいことは、いくらでもあった。頼みたいことも、山ほどある。
それでも、最初に出たのは小さなため息だった。
「……寝坊助め」
トニーは指先を画面へ伸ばし、アロナの頭をそっと撫でた。
A.R.O.N.A.
↓
Always Reach Out, Never Alone(いつでも手を伸ばして、一人じゃないから)