トニー・スターク先生   作:DRYSUPER

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19.報復の時間

 朝の風が、頬を撫でていく。

 

 シロコはペダルを踏み込み、学校へ続く道を走っていた。

 

 空はよく晴れている。春の涼しい、サイクリング日和の天気だ。いつもなら、少し遠回りをしてもいいと思う朝だった。

 

 先生が学校へ来てから、数日が経っていた。

 

 あの日から、対策委員会は古い資料を探していた。先生に頼まれた、借金に関する書類だ。

 

 いつ、どこから金を借りたのか。何に使ったのか。どのような条件で返すことになっていたのか。

 

 二年前に生徒会がなくなってから、手をつけていなかった棚も開けた。アヤネが書類を整理し、ノノミとセリカが足りないものを探す。シロコも、古い箱をいくつも運んだ。

 

 そうして分かったことがあった。

 

 アビドス自治区の土地は、もうほとんど学校のものではなかった。

 

 今使っている校舎と、その周囲。それ以外の大半は、カイザーコンストラクションの所有になっていた。

 

 借金を返すために、昔の生徒会が少しずつ土地を売っていたらしい。それでも足りず、多額の借金と、少しの土地だけが残った。

 

 金を貸していたのも、土地を買っていたのも、同じカイザーの傘下だった。

 

 先生は、契約書を最初から調べ直している。

 

 不当な条件がなかったか。学校への襲撃と、カイザーを結びつける証拠はないか。アヤネには、資料について何度も連絡が来ていた。

 

 シロコには、契約の細かなことは分からない。ただ、金を貸した相手を襲わせるのが、まともな商売でないことは分かる。

 

 何十年もかけて、学校から土地を取り上げてきたのではないか。書類を読んだ先生は、そう言っていた。

 

 カイザーが欲しいのは、返してもらう金だけではない。アビドス自治区、そのものなのかもしれない。

 

 砂ばかりの土地を、何に使うのかは分からなかった。それでも、ようやく相手の目的に近づけた気がした。

 

 少しずつ、良い方向に進んでいる。シロコはそう思っていた。

 

 だからこそ、ホシノのことが気になった。

 

 土地の話を聞いたときも、驚いていなかった。知っていたのかと尋ねても、昔のことだからねぇ、と笑うだけだった。

 

 旧生徒会にいたのは、今ではホシノだけだ。

 

 副会長だった先輩なら、知っていることもあるはずだった。だが、聞こうとするたびに、違う話題へとそらされてしまう。今でも、ホシノが学校にいない時間は多い。

 

 今日こそ、真剣に話を聞いてみよう。先生を呼ぶのもいいかもしれない。最近はよく連絡を取っているし、きっと来てくれるはずだ。

 

 そんなことを考えていると、学校が見えてきた。

 

 シロコは速度を落とし、いつもの場所へ自転車を停めた。

 

 

     *

 

 

「おはよう」

 

 部室の扉を開け、声をかけた。

 

 いつもなら、誰かが顔を上げる。アヤネが挨拶を返し、ノノミが笑いかけてくれる。ホシノが眠っていて、セリカに起こされていることもあった。

 

 だが、今日は返事がなかった。

 

 アヤネが机の前に立っていた。手にした紙へ目を落としていたが、シロコに気づくと、ゆっくり顔を上げた。

 

「シロコ先輩……」

 

 その声が震えていた。

 

 シロコは鞄を肩にかけたまま、部屋を見回した。

 

 セリカは窓際に立ち、こちらへ背を向けている。ノノミはアヤネの隣にいた。いつもの笑顔はなく、机の上をじっと見つめていた。

 

 ホシノの席だけが、空いている。

 

「……どうしたの?」

 

 アヤネの口が動いた。しかし、言葉は出てこなかった。

 

 シロコがアヤネのそばへ歩み寄ろうとしたとき、机の上の紙が目に入った。

 

 退学届。

 

 その文字を読んでから、下に書かれた名前を確かめた。

 

 小鳥遊ホシノ。

 

 見慣れた筆跡だった。

 

「……何、これ」

 

 声に出しても、目の前の書類が何を意味するのか、うまく飲み込めなかった。

 

 昨日まで、ここにいた。今日も来ると思っていた。話したいこともあった。

 

「朝、私が来たときには、もう置いてあって……こちらも、一緒に」

 

 ノノミが手紙を差し出してきた。シロコは鞄を下ろし、それを受け取った。

 

 最初に、一人で決めたことへの謝罪が書かれていた。

 

 続いて、カイザー側から持ちかけられた契約について。

 

 アビドスを辞め、向こうに身柄を預ける。その代わりに、学校の借金の大部分を負担してもらえるのだという。

 

 前に聞いた勧誘の話には、そんな条件はなかった。

 

 断っているから大丈夫だと、ホシノは言っていた。大したことではないという顔で、いつものように笑っていた。

 

 あのときから、こうするつもりだったのだろうか。

 

 手紙を持つ指に力が入り、紙の端が曲がった。

 

 残った借金なら、四人でも返していけるはずだと書いてあった。先生にも相談して、危ないことはせず、学校を守ってほしいと。

 

 四人。その人数に、ホシノ自身が入っていないことが嫌だった。

 

 先生が来て、資料を集めて、ようやく何かが変わると思っていた。これからどうするか、五人で考えていくはずだった。

 

 その下には、先生へ向けた言葉があった。

 

 せっかく話を聞いてもらったのに、勝手なことをしてごめんなさい。後輩たちをお願いします。

 

 特にシロコちゃんが悪い道に進まないように、ちゃんと見ていてあげてください。

 

 シロコは、最後の一文から目を離せなかった。

 

 だったら、先輩が見ていればいい。銀行強盗は駄目だと、これからも言えばいい。何度でも止めてくれればいい。

 

 勝手にいなくなって、先生に頼むことではない。

 

「……勝手すぎるわよ」

 

 窓際から、セリカの声がした。振り返った顔は赤く、唇を強く結んでいた。

 

「私たちが、こんなので喜ぶと思ってるの? 借金が減ったからよかったねって、言うわけないじゃない……!」

 

 途中で声が詰まった。セリカはそれを振り切るように、机の上の書類を睨んだ。

 

「学校を守れって……ホシノ先輩がいなくなったら、意味ないでしょ」

 

 シロコは手紙から顔を上げた。

 

「連絡はした?」

 

「何度もかけました。でも、つながらなくて。メッセージも、まだ……」

 

 アヤネが端末を握り直した。

 

「昨日、もっと話しておけばよかったです。何か困っていないか、聞いていれば……」

 

 シロコにも、聞きたいことがあった。今日こそは、と思っていた。だが、ここで昨日のことを考えていても、ホシノは帰ってこない。

 

 シロコは手紙を机へ置いた。

 

「迎えに行こう」

 

 三人がこちらを見た。

 

「まだ、何も話してない。これだけ置いていかれても、分からない」

 

 空いた席へ目を向ける。あそこに座って、いつもの調子で話してもらわなければ困る。

 

「ホシノ先輩を連れて帰ろう。それから、ちゃんと聞こう」

 

「……当たり前でしょ」

 

 セリカが袖で目元をこすった。

 

「帰ってきたら、言いたいことが山ほどあるんだから。今度は、はぐらかさせないわよ」

 

「はい。私も、話してもらいたいことがあります」

 

 アヤネも頷いた。眼鏡を直し、端末の画面を開く。

 

「先生に連絡します。カイザーのことなら、何か分かるかもしれません。手紙の内容も伝えます」

 

「ん。お願い」

 

 シロコは銃を手に取り、装備を確かめた。行き先はまだ分からない。だが、やることは決まった。

 

 そのとき、窓の外から低い音が響いてきた。車のエンジン音だった。

 

 それも、一台や二台ではない。いくつもの音が重なり、次第に近づいてくる。

 

「……ちょっと。何よ、あれ」

 

 セリカが窓へ顔を寄せた。シロコも隣へ立ち、外を見る。

 

 学校へ続く道を、車両が列になって進んできていた。荷台には、銃を持った兵士が並んでいる。

 

 車体に描かれた文字が見えた。

 

 カイザーPMC。

 

 ホシノがいなくなった朝に、これだけの兵士が来る。偶然だとは、思えなかった。

 

「アヤネ。先生に、カイザーが来たことも伝えて」

 

 窓の外へ視線を戻し、銃を握り直した。

 

 ホシノを迎えに行く。

 

 そのためにも、ここで足止めされるわけにはいかなかった。

 

 

     *

 

 

 校門の向こうで、先頭の車両が止まった。

 

 荷台から降りた兵士たちが、銃を手に左右へ広がっていく。その後ろにも、次々と車両が停まった。

 

 シロコは遮蔽物の陰から、道の奥へ目を向けた。

 

 見えるだけでも十台以上。降りてくる兵士を数える間にも、新たな車両が姿を現す。

 

 これまで学校を襲ってきた連中とは、規模が違った。

 

「ここは私たちの学校よ! 何のつもり!?」

 

 セリカが声を張り上げた。

 

 兵士たちは答えなかった。代わりに、拡声器の耳障りな音が校庭へ響く。

 

『アビドス高等学校の敷地は、これより我々が管理する。武装を解除し、速やかに退去しろ』

 

「そんな話、聞いてません! 誰が許可したんですか!?」

 

 アヤネが叫んだ。

 

 返事はない。兵士たちはこちらへ銃を向けたまま、校門へ近づいてきた。一人が、敷地へ踏み込む。

 

 シロコはその足元へ一発撃った。

 

 兵士が身を引いた。直後、いくつもの銃口がこちらを向く。

 

「伏せて!」

 

 一斉に銃声が響いた。

 

 身を隠したすぐ脇で、コンクリートの角が砕けた。頬に細かな破片が当たり、砂埃が舞い上がる。

 

 撃ち返す隙を探したが、銃声は途切れなかった。

 

「みんな、下がってください!」

 

 ノノミの銃が唸った。

 

 進みかけていた兵士たちが車両の陰へ逃げ込む。その間に、シロコは低い姿勢で隣の遮蔽物へ移った。

 

 正面ばかり見てはいられない。

 

 道の端では、別の兵士たちが塀に沿って動いていた。校舎の裏へ回るつもりだ。

 

「セリカ、左も見て。回り込んでくる」

 

「分かってる! でも、こっちも……!」

 

 セリカが撃ち返すと、正面からの銃撃が激しくなった。

 

 ホシノがいれば。

 

 いつもなら、先輩が前へ出てくれる。その背中を見ながら、自分たちは別の相手を狙えた。

 

 シロコは浮かんだ考えを振り払った。

 

 そのホシノを、助けに行かなければならない。

 

「先生とはつながったの!?」

 

 セリカが銃声に負けない声で尋ねた。

 

「はい! すぐに向かうから、持ちこたえてほしいと……!」

 

 アヤネは端末をしまい、校門の方へ顔を向けた。

 

 気がつくと、向こうの銃撃が弱まっていた。

 

 車両の後ろから、大柄な男が姿を現した。そばの兵士へ何か指示を出すと、拡声器を手にこちらを見る。

 

「無駄な抵抗はやめたまえ」

 

 落ち着き払った声が、校庭へ響いた。

 

「私はカイザーPMCの理事だ。この土地の管理を引き継ぎに来た」

 

「ここは、まだ私たちの学校の土地です!」

 

 アヤネが答えた。

 

「書類も確認しました! この校舎と周囲の土地は、アビドス高等学校が所有しています!」

 

 ここ数日、何度も確かめたことだった。

 

 自治区の大半がカイザーに渡っていても、ここだけは残っていた。今、身を隠している校庭も、背後にある校舎も、まだ自分たちのものだったはずだ。

 

「少し前までは、そうだったな」

 

 理事は手にした書類を掲げた。

 

「だが、今は違う。旧生徒会から在籍を続けていた最後の生徒、小鳥遊ホシノが退学した。君たちの学校の存続条件は、もはや満たされていない」

 

 シロコは銃を握り締めた。

 

 退学届に書かれた名前が、頭に浮かぶ。

 

 ホシノは、自分がいなくなれば学校を守れると思っていた。残された四人ならやっていけると、あの手紙に書いていた。

 

 その退学を理由に、学校まで奪うつもりなのか。

 

「したがって、諸君らがここに居座る権利もない。学校が存続できなくなった以上、この土地は債権者である我々が引き取る。おとなしく退去すれば、これ以上の攻撃は控えよう」

 

「ふざけないで!」

 

 セリカが立ち上がりかけた。

 

「ホシノ先輩を連れていったうえに、学校まで――」

 

 シロコはその腕をつかみ、引き下ろした。二人の頭のすぐ上を弾が通り過ぎ、背後の壁を叩く。

 

 再び、銃声が校庭を埋めた。

 

 セリカが息をのみ、それから悔しそうに歯を食いしばった。

 

「……ありがと」

 

「ん。まだ出ちゃ駄目」

 

 理事は兵士たちの後ろへ下がっていった。その姿を隠すように、重い盾を構えた兵士たちが前へ出る。

 

 シロコは狙いを定め、撃った。

 

 盾を持つ一人がよろめく。だが、その隣から別の兵士が進んできた。後ろの者が銃を撃ち、その援護を受けて、また距離を詰めてくる。

 

 押し返しても、すぐに次が来る。

 

 弾倉が空になった。

 

 身を沈め、新しいものへ交換する。隣ではセリカが撃ち続けていた。ノノミも、反対側へ回ろうとする兵士たちを抑えている。

 

「シロコ先輩、右からも来ます!」

 

 アヤネの声に顔を向けた。

 

 こちらを狙う銃口が見えた。反射的に頭を引っ込めると、遮蔽物へ弾が集中した。

 

 顔を出せない。

 

 銃撃の向こうで、兵士たちの足音が近づいてくる。このままでは、囲まれる。

 

 どうすればいいのか。こういう時は、ホシノが何とかしてくれていた。だめだ、今は自分たちしかいない。どうにかして、現状を打開しないと──。

 

 

 そのとき、頭上から別の音が聞こえた。

 

 

 車のエンジンとも、砲撃音とも違う。高く響くその音は、銃声に紛れることなく、急速に近づいてきた。

 

 兵士の何人かが、空を見上げた。

 

 シロコが顔を上げるより先に、赤と金の塊が校庭へ降ってきた。

 

 重い金属音とともに、地面が震えた。砂埃が一気に広がる。

 

 シロコは顔をかばいながら、その向こうを見た。

 

 それは、人の形をしていた。

 

 片膝をつき、片手を地面へ添えている。ゆっくりと身体を起こして、立ち上がった。

 

 砂煙の間から朝日が差し込み、赤い装甲の輪郭を照らした。金色の顔が、目の前の兵士たちへ向く。

 

 シロコは銃を構えたまま、その背中を見つめた。

 

「アロナ。着地はもう少し優しくしてくれ。膝の皿が割れそうだ」

 

 金属の身体から聞こえたのは、知っている声だった。

 

 

     *

 

 

『ご、ごめんなさい。でも、先生が急いでって言ったんですよ!』

 

 立ち上がったトニーの耳元で、アロナの抗議が響いた。

 

「ピンチに駆けつけるヒーローの着地としては、申し分なかったがね」

 

 足元には、ひびの入った地面と、まだ舞い上がっている砂埃。演出としては上出来だ。膝への負担さえ考えなければ。

 

 トニーは、目の前に並ぶカイザーの兵士たちを見回した。

 

 校門の向こうまで車両が続き、その間にも銃を構えた兵士がいる。たった四人の生徒を追い出すには、明らかに多すぎる戦力だった。

 

 視界の左側には、背後にいる生徒たちの位置が示されていた。四人とも動いている。大きな怪我をしている様子もなかった。

 

 間に合った。胸の奥に張りつめていたものが、少しだけ緩んだ。

 

 シッテムの箱はシャーレに置いてきた。そこからアロナに接続してもらい、スーツの制御を補助させている。

 

 スーツの操作は難しいらしく、ときどき戸惑った声が聞こえてくる。それでも、飛んでくる間に必要な動作は確かめられた。

 

 着地には改善の余地がある。すべての操作を任せるのも、まだ不安が残る。だが、今は十分だった。

 

 トニーは兵士たちへ向けて、一歩踏み出した。

 

 一人が銃口を持ち上げたが、後方から制止の声が飛んだ。

 

「待て! 撃つな」

 

 忘れようにも忘れられない声だった。

 

 兵士の間から姿を現した男へ、トニーは顔を向けた。

 

「やあ、久しぶりだな。カイザーPMC理事殿」

 

「スターク……!」

 

 理事の視線が、金色の面から胸元へ、そして両腕へと動いた。初めて会ったときのような、取り繕った愛想はなかった。

 

「僕のドローンは、お気に召したようで嬉しいよ。ロゴをつけていいとは言ったが、機関銃をそのままつけるのは、センスがないんじゃないか?」

 

「相変わらず、口だけはよく回る」

 

 理事の背後で、兵士たちが位置を変えていた。

 

 射撃は止まっているが、銃を下ろしたわけではない。トニーを囲むように、左右へ広がっていく。

 

「その兵器で脅すつもりか? 残念だが、これは契約に基づいた正当な手続きだ。小鳥遊ホシノが退学した以上、アビドス高等学校は――」

 

「ああ。それは読んだよ。わざわざシャーレにまで、勝ち誇ったようなファックスを送ってくれたからな」

 

「ならば、話は早い」

 

「おかげで、記入漏れにも気づけた」

 

 理事の口が止まった。

 

「……何?」

 

「あの退学届は、手続きが完了していない」

 

「馬鹿な。本人が署名したものだぞ。今さら言いがかりを――」

 

「本人の署名だけでは足りない。学校顧問の同意欄が空白だった」

 

 トニーは自分の胸を指した。

 

「シャーレがアビドスの面倒を見る以上、そこは僕が確認する。もちろん、サインするつもりはない」

 

「そんな理屈が通ると――」

 

「契約を持ち出したのは君だろう。書類くらい、最後まで読んでおけ」

 

 理事は何か言い返そうとして、口を閉じた。

 

 手元の書類をめくる音がした。視線が紙面を走り、ある箇所で止まる。

 

「……黒服め」

 

「苦情は後にしてくれ。ホシノは、まだアビドスの生徒だ。学校を接収する根拠はなくなった」

 

 トニーは校門の外を指した。

 

「というわけで、お引き取り願おうか」

 

 理事はしばらく黙っていた。周囲の兵士たちも、指示を待っている。

 

 やがて、理事は書類を下ろした。うつむいた顔から、低い笑い声が漏れる。

 

「……ははは。スターク。お前は、自分が何を相手にしているのか分かっていないようだ」

 

 兵士たちが、再び銃を構えた。何十もの銃口がこちらへ向く。

 

「お前が来ることは予想していた。そのために、これだけの戦力を用意したのだからな」

 

「ずいぶん歓迎してくれるな」

 

「ドローンを通して、その兵器の戦い方は見ている。生徒の集団や、ドローンを相手にするのとは違うぞ。この数の兵士を、一人でどうにかできると思うか?」

 

 視界の端に、短い通信が届いた。

 

 トニーは内容を確かめ、理事へ顔を戻した。

 

「僕のドローンで見ていたんだろう? 何が映って、何が分かるかくらい、設計者は知っている」

 

「何が言いたい」

 

「こちらの装備を見て、数をそろえる。君がそう考えることくらいは、分かるという話だ」

 

 トニーは、わずかに首を傾けた。

 

「僕が、一人で来たと思ったのか?」

 

 兵士たちの後方で、爆発が起きた。

 

 理事が振り返った。

 

 道路脇から砂煙が噴き上がり、後方の兵士たちが一斉に向きを変える。そこへ、横から銃撃が浴びせられた。

 

 整然と並んでいた隊列が乱れた。車両の陰へ駆け込む者と、反撃しようとする者がぶつかり、怒鳴り声が飛び交う。

 

「後ろからだと!? 卑怯な真似を!」

 

「まあ、アウトローを名乗っているくらいだからな」

 

 トニーは肩をすくめた。

 

「おしゃべりに付き合ってくれて助かったよ。到着まで、少し時間が必要だった」

 

 煙の向こうから、赤い髪の少女が姿を現した。

 

 アルは銃を構え、兵士たちの動きを見渡した。その口元には、得意げな笑みが浮かんでいる。

 

「便利屋68、仕事を始めるわよ!」

 

「もう始まってるけどね、アルちゃん」

 

 ムツキが笑いながら、次の爆薬を手に取った。

 

 カイザーの兵士たちは陣形を崩し、背後から現れた四人へ銃口を向けようとしていた。理事も、兵士たちの陰へ下がりながら声を張り上げる。

 

「くそっ! もともと、お前たちを雇っていたのは我々だろう!」

 

「あら。匿名の依頼だったから、気がつかなかったわ」

 

 アルは涼しい顔で答えた。

 

「それに、こんな大勢で学校を取り囲むなんて。ずいぶん小物じみたことをするのね」

 

 銃を手に立つ姿も、相手を見下ろすような口調も、堂に入っていた。

 

「でも、私たちもアビドスを襲ったよね? ラーメンまでサービスしてもらったのに」

 

 ムツキの一言で、アルの笑みが引きつった。

 

「うっ……そ、そのときの借りを返しに来たのよ! 先生にも、風紀委員会から逃がしてもらった借りがあるし……」

 

「本当にそれだけ? 先生から報酬の話を聞いたとき、アルちゃん、すっごく嬉しそうだったけどな~」

 

「ちょっと、ムツキ!」

 

「ムツキ。社長をからかうのは、依頼が終わってからにして」

 

 二人の隣で、カヨコは校庭へ目を配っていた。トニーの姿を見つけると、短く手を上げる。

 

「先生、後ろは任せて。全員を相手にするのは無理だけど、あの理事は逃がさないようにしておくから」

 

「期待してるよ。働きによっては、報酬に色をつけておく」

 

 トニーも片手を上げて応じた。

 

「わ、私も、あのとき先生に守っていただいたので……」

 

 ハルカが銃を握り直した。その視線が、トニーへ向かおうとする兵士たちを捉える。

 

「せ、先生の邪魔をする人は、全部消します!」

 

 激しい銃撃が、迂回しかけていた兵士たちを押し戻した。

 

 その間にも、トニーの近くでは別の兵士が盾を構え、前へ出ようとしていた。

 

 トニーは兵士に掌を向けた。

 

 リパルサーの光弾が盾を弾き飛ばし、前進しかけた隊列が崩れる。生徒たちを狙っていた銃口が、こちらへ集まった。

 

 スーツの装甲を弾が叩く。しかし、あのゲヘナ風紀委員会のイオリと比べれば、大したことはない。

 

 トニーは一歩も退かず、もう片方の腕を上げた。

 

『先生、右側から来ます!』

 

 アロナの声とともに、視界に警告が灯った。

 

 右へ掌を向け、リパルサーレイを放つ。回り込もうとしていた兵士が身を伏せた。その隙に、トニーは四人のいる遮蔽物まで下がった。

 

 シロコが片膝をついていた。こちらを見上げる顔には、疲れがにじんでいる。

 

「シロコ。立てるか?」

 

「ん。大丈夫」

 

 差し出した手を、シロコが取った。引き起こすと、彼女は足元を確かめ、銃を持ち直した。

 

「助けに来てくれてありがとう、先生」

 

「気にするな。シッテムの箱を取り返してもらった借りもある。今度は僕が、ホシノを取り返すのを手伝う番だ」

 

 セリカとノノミも、こちらへ寄ってきた。アヤネは端末を胸に抱え、トニーの顔を見上げている。

 

「……先生、なんですよね?」

 

 声で分かってはいても、目の前の姿とは結びつかないらしい。

 

「ああ。これを見せるのは初めてだったな」

 

 トニーは生徒たちをかばう位置でしゃがみ、フェイスプレートを開いた。

 

 金色の面の下から顔が現れると、アヤネの肩から力が抜けた。

 

「な、何よ、それ? というか、来るの早すぎない? 連絡してから、十分もたってないわよ」

 

 セリカはトニーの顔と、胸の装甲を交互に見ていた。

 

「急いだからな。もうヘリを待たずに来られる。間に合ってよかったよ」

 

「助かったのは、そうなんだけど……」

 

 聞きたいことが多すぎるのか、セリカはそこで言葉を切った。

 

 代わりに、ノノミが校門の方へ目を向けた。

 

「あの便利屋たちも、先生が雇ったんですか?」

 

「まあな。何かあったときに備えて、アビドスで待機してもらっていたんだ。君たちを襲ったことがあるのは分かっているが、仕事はしっかりやってくれる。安心してくれ」

 

 待機中の衣食住はこちらで用意すると伝えると、アルは即座に引き受けてくれた。

 

 あの会社の最低賃金と福利厚生については、一度話し合う必要がありそうだ。

 

「ほかの学校にも、協力を頼んである。さすがに、到着までは時間がかかりそうだが」

 

「ほかの学校にも?」

 

 アヤネが目を丸くした。

 

「ああ。君たちの実力を疑っているわけじゃない。万が一に備えてだ。アビドス自治区に、相談もなくほかの学校の戦力を呼び込んだのは悪かったが――」

 

「い、いえ。そうではなくて」

 

 アヤネは首を振った。

 

「先生は、生徒を危険に巻き込まないようにしていたので。ほかの方にも頼んでいたと聞いて、少し驚いただけです」

 

 トニーは四人を見た。

 

 あのときは、安全な仕事だけを渡せばいいと思っていた。守るつもりで、彼女たちが何をできるのか、何をしたいのかを聞こうとしていなかった。

 

「生徒を頼ることも、少しは覚えたからな」

 

 トニーはシロコへ目を向けた。

 

「どこかの、銀行強盗が好きな生徒のおかげでね」

 

「ん」

 

 シロコが嬉しそうに頷いた。

 

『先生! アルさんたちが押されています!』

 

 アロナの声が響いた。

 

 校門の方へ顔を向ける。奇襲から立ち直った兵士たちが、車両を盾にして反撃を始めていた。便利屋の四人も、身を隠しながら撃ち返している。

 

 ホシノを迎えに行くためにも、まずはここを片づけなければならない。

 

「よし。まずは、こいつらを学校から追い出そう。手伝ってくれるか?」

 

「もちろんよ。私たちの学校は、私たちが守るんだから!」

 

 セリカが弾倉を確かめ、銃を構えた。

 

「頼りにされたなら、応えなくてはいけませんね」

 

 ノノミも、いつもの笑顔で武器を持ち直した。

 

「はい! 私も全力で支援します!」

 

 アヤネが端末を開いた。

 

「ん。ホシノ先輩を取り返す」

 

 シロコが隣へ並んだ。

 

 トニーは四人を見た。

 

 守られるだけでいるつもりなど、最初からなかったのだろう。ならば、自分がするべきことも決まっている。

 

 フェイスプレートを閉じる。視界に敵の位置が浮かび上がり、その向こうに、便利屋の四人が表示された。

 

 トニーは腕を持ち上げて構えた。

 

「行くぞ、アビドス廃校対策委員会。報復の時間だ」

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タイトル通り、元先生、現ゲマトリアの黒服となった憑依転生者がたった一人の(ワンオペ)ゲマトリアとして、全方位ヘイトタンク兼世界の調整役としての責務を果たすだけの話。▼その結果、極少数を除く全世界から身に余る程の憎悪と殺意、そして嫌悪感を抱かれようとも───▼-作品・更新情報-▼次の更新はだいぶ遅れます。▼理由はこのままノリで書き続けるとプロットから逸れるか、…


総合評価:3649/評価:8.68/連載:8話/更新日時:2026年08月19日(水) 17:01 小説情報

エセ・スパイダーマンがノー・ウェイ・ホームに参戦する話(作者:マッキーガイア)(原作:スパイダーマン)

やぁみんな!僕はノリと勢いでスパイダーマンになった男だよ!▼スパイダーマンがいない世界で著作権フリーとばかりにスパイダーマンのコスプレしちゃったら大いなる責任が伴っちゃった感じの人です。なんかノーウェイホームに参戦するらしい。終わったね!神作が


総合評価:6350/評価:8/連載:11話/更新日時:2026年10月07日(水) 12:51 小説情報


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