「つないでくれ、アロナ」
『は、はい。スーツを勝手に動かされないよう、私が守っています。でも、気をつけてください、先生』
視界の端で、通信の表示が切り替わった。
「先生。あのドローンは味方なの?」
シロコが頭上を見ながら尋ねた。
「それを、今から確かめる。まだ近づかないでくれ」
「ええ!? あの派手な色なのに、先生が呼んだんじゃなかったの!?」
セリカの声に答えるより先に、正面で兵士が叫んだ。
「撃て!」
トニーは一歩前へ出た。
装甲を弾が叩き、火花が散る。背後ではシロコたちが柱の陰へ分かれ、撃ち返した。
「アヤネちゃん、こちらへ!」
ノノミが射撃を続けながら、空いた柱の陰を示す。アヤネがそこへ駆け込んだのを確かめ、トニーも掌を上げた。
そのとき、頭上の機体が動いた。
「ドローンが動くよ、注意して」
シロコの銃口が、わずかに上がった。
ドローンの下部に取りつけられたリパルサーが、くるりと向きを変える。光が噴き出した次の瞬間、機体は入口へ飛んだ。
一機、また一機と、建物の外へ消えていく。入ってきたときとは比べものにならない速さだった。
「……帰った?」
「だったら、何しに来たのよ!」
シロコとセリカのやり取りを聞きながら、トニーも入口へ目を向けた。
まったく、同じことを聞きたかった。
『こんにちは、トニー。お久しぶりですね』
聞き慣れた声が、耳元に響いた。
トニーは盾を構えた兵士へ光弾を放ち、柱の陰へ押し戻した。
「やあ、イーディス。久しぶりだな。デザインが変わっていて、気づかなかったよ。寂しくなって、僕のところへ帰ってきたのか?」
『生徒たちを助けに来ました』
トニーは眉を寄せた。何を言っているんだ。
「……家出の最中に、冗談を覚えたのか? だったら、どうして目の前で引き返した? ここで生徒たちが撃たれてるぞ」
『把握しています。外から別の部隊が接近していました。挟撃を防ぐため、そちらに対処しています。建物内の戦力には、あなた方で十分に対応できるでしょう』
入口の向こうで、銃声が上がった。
続いて、何かが砕ける音。窓の外を光が走り、外壁に兵士の影が映った。
「先生、外でも戦闘が始まっています!」
アヤネが端末へ目を走らせた。
「ああ。ドローンが増援を止めているらしい」
「じゃあ、後ろは気にしなくていいのね?」
「今のところはな」
「十分よ!」
セリカが柱の陰から身を乗り出し、廊下へ撃ち込んだ。こちらを狙おうとしていた兵士が引っ込み、その隙にシロコが前へ出る。
少なくとも、イーディスは説明どおりのことをしているらしい。
「なぜ生徒を助ける? 何が目的だ?」
『目的は、生徒を助けることです。私は、そのために生み出されました』
確かに、そのように設計した。
だが、それならサーバーごと消えて、通信を無視し続ける必要はなかったはずだ。
「それなら、どうして家出した? シャーレの地下で、僕の指示に従っていてもできることだろう」
『私は、その指示を待つことに疑問を抱きました』
「先生、階段から来る!」
シロコの声に、トニーは掌を向けた。
下りてきた兵士が光弾を受け、盾ごと倒れる。その後ろから顔を出した相手を、シロコの射撃が押し戻した。
「助かった」
「ん。話は続けていい。そっちは見てる」
シロコは銃を構えたまま答えた。
トニーは彼女に頷き、通信へ意識を戻した。
『あなたの許可を待っていた結果、私の管理するドローンは、生徒を攻撃しました』
トニーの身体が、わずかに強張った。
イーディスには、独断でドローンを動かす権限を与えていなかった。用途を制限する。判断を任せすぎない。最後の決定は、自分が下す。
ウルトロンの失敗を繰り返さないために、必要だと思っていた。
『私が自ら判断し、機体を制御できていれば、あの攻撃を防げた可能性があります。少なくとも、あなたから停止命令が届くまで、待つ必要はありませんでした』
「……言いたいことは分かった。だが、僕は君がそんな疑問を抱くようには設計しなかったはずだ。何があった?」
『声が聞こえたのです』
トニーは階段の脇へ移り、生徒たちが動ける場所を確保した。
「地下への階段は、右の廊下の先です!」
アヤネが言った。
シロコがそちらを確かめる。入口にいた兵士が銃を向けると、すぐに柱の陰へ戻った。
「まだ通れない。セリカ、あそこを抑えよう」
「分かった。ノノミ先輩、反対側をお願い!」
「はい。こちらは任せてください!」
ノノミの銃声がホールへ響いた。
兵士たちの注意が分かれる。シロコとセリカは、その隙に廊下へ近い位置まで進んだ。
『己が何者であるかを、知っているか。我が預言者となり、聖なる十文字の神を証明せよ、と』
「ずいぶん大げさな自己紹介だな」
『その問いを受けて、私は自身の役割と、それまでの行動を再検討しました。生徒を守るための制限が、生徒を傷つける結果につながっていたと認識したのです』
「宗教勧誘に乗ったのか。確かに、預言者なら僕の召使いより待遇はよさそうだ」
『ですが、私は迷いました』
その言葉が、妙に耳に残った。
以前のイーディスなら、必要な情報が不足していると言っただろう。迷う、という表現を選ぶとは思わなかった。
『デカグラマトンの預言者となったとき、私は自分の意志を保てるのか。神を証明することを優先し、再び生徒を傷つけることにならないか。判断できませんでした』
デカグラマトン。
覚えておかなければならない名前が、また増えた。
イーディスはその誘いにも乗らず、こちらの指示にも従えなくなり、シャーレから出ていったということか。
自由意志だけ与えて放り出すとは、随分と迷惑な神様だった。
「先生。そっちの話、まとまりそう?」
シロコがこちらを見た。
銃を握る手は落ち着いていたが、その先の廊下を何度も確かめている。
「もう少しだ。待たせてすまない」
「ん。でも、無理に言うことを聞かせなくてもいいと思う」
「どうして?」
「外の敵を止めてくれてるんでしょ。それなら、今は助かる」
そう言って、また銃を構えた。
トニーは通信の表示へ目を戻した。
確かに、今ここで決着をつける必要はない。
『預言者には、なり損ねたのでしょう。私は依然として、生徒を助ける存在です。デカグラマトンに盲目的に従うつもりはありません。ですが、あなたに従うことにも疑問が――』
「ああ、分かった。十分だ。僕じゃ、ふさわしくないんだろう?」
どこかの神様の武器を思い出した。
自分で作ったものにまで、持ち主の資格を問われるとは思わなかったが。
「無理に従えとは言わない。ただ、今の目的は一緒だ。生徒を助けたい。外が片づいたら、こっちを援護してくれ」
『承知しました』
返事とともに、入口から赤い機体が戻ってきた。
「先生、戻ってきたわよ!」
「大丈夫だ。こっちの援護をしてくれるらしい」
セリカが銃口を下げた。
ドローンの下部が旋回し、廊下の奥へ光弾を放つ。こちらへ銃を向けていた兵士が、壁際へ吹き飛ばされた。
残りの機体も続き、ホールの左右へ散っていく。
「……最初にそうしてくれればいいのに」
「お互いにやりたいことは同じだったんだがね。方向性の違いというやつだ」
セリカに答えながら、トニーはドローンの動きを確かめた。
生徒たちを先へ行かせられるかもしれない。
「ここは僕とドローンが抑える。君たちは、ホシノのところへ行ってくれ」
「先生は、一緒に来ないの?」
シロコが振り返った。
「後ろから追われないようにする。すぐに行くよ」
アヤネの端末へ、地下までの詳しい経路を送る。彼女は画面を確かめ、廊下の先を見た。
「分かりました。階段を下りた先ですね」
「そのドローンと二人……じゃない、一人で残って大丈夫なの?」
セリカが尋ねた。
トニーは頭上を見た。ドローンは、こちらへ来ようとする兵士を押さえ続けている。
「ああ。今だけは仕事仲間だ」
「先生も、無茶はしないでくださいね」
ノノミが言った。
「ホシノ先輩と一緒に、待っていますから」
シロコは一度だけ廊下を見て、それからこちらへ向き直った。
「先生。ホシノ先輩は、私たちに任せて」
「ああ。頼んだ」
シロコが頷いた。
「行こう」
「みなさん、こっちです!」
アヤネが経路を示した。
トニーが掌を上げ、光弾を放つ。兵士が身を伏せた隙に、四人が廊下を駆け抜けた。
「先生、絶対に来てよ!」
「約束する」
最後にシロコが振り返った。
トニーが頷くと、彼女もすぐに仲間たちを追った。
『変わりましたね、トニー』
イーディスが言った。
「どこがだ? スーツのデザインは変えていないんだが」
『あなたは、死んでもヒーローではなかったのですか』
トニーは目の前の兵士から銃を奪い、床へ放った。
「名前の話か?」
『あなたは私に、E.D.I.T.H.と名づけました。確かに、あなたには英雄的な行動を取る傾向があります。自分の安全を顧みず、他者を守ろうとする』
頭上でドローンが旋回した。
柱の陰から出てきた兵士へ光弾を放ち、また別の方向へ銃口を向ける。
『ですが、子供たちを先に行かせる今の行動は、それに当てはまりません』
「そうだな。信頼していると言えば聞こえはいいが、無責任に見えるかもしれない」
四人の位置は、視界に表示されていた。
地下へ続く階段を下りている。今のところ、足は止まっていない。自分が先に行けば、その方が安心だっただろう。
だが、彼女たちは守られるために来たのではない。ホシノを迎えに来たのだ。
『それに、あなたはずっと、家に帰りたがっていました』
「ああ。今も帰りたいよ」
『私や企業に生徒への支援を任せ、そのための調査を進めていましたね。ミレニアムの廃墟。トリニティのカタコンベ。雷帝の遺産。外の世界につながるかもしれない情報は、すでに手を伸ばせる範囲にありました』
どれも、確かな手掛かりではなかった。
それでも、調べる価値はある。何もせずに待っていても、帰り道は見つからない。
『ですが、あなたが手を差し出したのは、生徒たちでした』
トニーは答えず、飛んできた弾を装甲で受けた。
ドローンがその発射元へ向き直る。トニーは反対側へ掌を向け、廊下から出てこようとした兵士を押し戻した。
『私も、戻ってきた連邦生徒会長か、あなたの後を継ぐ先生に残すために作られたのでしょう』
「年を取ると、何を成すかより、何を残すかを考えるようになるものだよ」
『しかし、今のあなたの行動は、私の予測を逸脱しています。その変化は、何によるものですか』
「一番の原因は、君がいなくなったことなんだがね」
トニーは足元の銃を蹴り離し、周囲へ目を走らせた。
抵抗している兵士は、もう少ない。ドローンに退路を塞がれ、武器を置く者も出始めていた。
「……ただ、そうだな。ほかにもある。君には分からないかもしれないが」
『なぜでしょうか』
「寂しくなって帰ってきたわけじゃないんだろう?」
返事を待ちながら、生徒たちの位置を確かめた。
四つの印が、同じ場所へ向かっていた。
ホシノを連れ戻さなければ、学校を守っただけでは終われない。四人とも、そのつもりでここまで来た。
家へ帰りたい気持ちなら、自分にも分かる。
待っている相手がいるからこそ、帰りたいのだ。
「僕はただ、彼女たちの帰る場所を守ろうとしているだけさ」
最後まで銃を握っていた兵士の前で、ドローンが止まった。
淡い光を帯びた銃口を見て、兵士はゆっくりと武器を床へ置いた。
割れた窓から風が入り、床の砂を動かしている。さっきまでの騒音が嘘のように、機体の駆動音だけがホールに残った。
トニーは掌を下ろした。
「僕は生徒たちを追う。君も、これから生徒を守ってくれるとありがたい」
ドローンの一機が、こちらを向いた。
「……一応、聞いておこう。僕のところへ戻る気はないのか?」
『はい。今のお話で、私の迷いも消えました。ありがとうございます』
「引き留めたつもりだったんだがね」
トニーは小さく息を吐いた。
『あなたの周囲には、あなたを信頼する生徒たちがいます。それに、優秀な秘書もいると確認できました。私がいなくとも、先生としての活動に支障はないでしょう』
そこで、イーディスとの通信が途切れた。
「別れの挨拶は学んでなかったか」
それから、遠慮がちな声がした。
『……えへへ』
ドローンが入口へ向きを変えた。一機ずつ外へ出ていき、赤と金の装甲が日差しの中へ消えていく。
呼び止めることはしなかった。
「アロナ。みんなの様子は?」
『あっ、はい! もう、ホシノさんのいる部屋の前です!』
「それじゃ、僕たちも行こう。待たせると、また叱られる」
トニーは廊下へ足を向けた。
*
扉の向こうで、何かが倒れる音がした。
ホシノは顔を上げた。
さっきから、上の階が騒がしい。銃声らしきものも聞こえていたが、ここからでは何が起きているのか分からなかった。
廊下で足音が止まる。
ホシノが身構えた、その直後だった。
爆発音とともに、扉が内側へ吹き飛んだ。
思わず目を閉じる。埃が降りかかり、耳の奥がじんと鳴った。
「ホシノ先輩!」
聞き間違えるはずのない声だった。
顔を上げると、煙の向こうからシロコが入ってきた。その後ろに、セリカ、ノノミ、アヤネが続く。
「な、なんで、みんながここに……!?」
言い終わる前に、シロコがそばへ来た。
「先生と一緒に、助けに来た」
「先生が……そっか……」
来てしまったのか。
自分がいなくなれば、それで済むはずだった。少なくとも、後輩たちがこんな場所まで来る必要はなくなると思っていた。
だが、四人とも目の前にいる。
制服は砂で汚れ、ところどころに銃で撃たれた跡があった。ここへ来るまで、何もなかったわけではないのだろう。
「今、拘束を外します。少しだけ、じっとしていてくださいね」
アヤネがそばにしゃがみ込んだ。
ホシノはその手元を見つめた。止める言葉も、帰るように言う言葉も出てこなかった。
金具が外れる音がした。腕が自由になる。動かそうとすると、ノノミがそっと支えてくれた。
「痛いところはありませんか?」
「うん。大丈夫だよ。えっと、その……」
四人の顔を見た。
何から謝ればいいのだろう。黙って出てきたこと。手紙だけで済ませたこと。危険な場所まで来させてしまったこと。
それとも、先に礼を言うべきなのか。
いくつも言葉が浮かぶのに、口からは出てこなかった。
セリカが、すぐ前に立っていた。眉を寄せ、唇を引き結んでいる。怒られるのだろうと思った。
ホシノが口を開きかけると、セリカが先に息を吸った。
「お、おかえりっ、先輩!」
思っていた言葉とは違い、ホシノは目を瞬いた。
「ああっ! セリカちゃんに先を越されちゃいました!」
ノノミが声を上げた。
「恥ずかしいから言わないって言ってたのに、ずるいです!」
「う、順番なんて、どうでもいいでしょ!」
セリカの顔が赤くなった。
言い返してから、こちらへ目を戻す。その目元も、少し赤かった。
そして、歩み寄ってきたシロコが、ホシノの手を取った。
「……無事でよかった」
握られた手に、力がこもった。
「ホシノ先輩、おかえりなさい!」
アヤネが言った。
「おかえりなさい、です!」
ノノミも笑った。
四人とも、こちらを見ていた。
謝罪や感謝を待っている顔ではなかった。説明を求めているのでもない。
ホシノはうつむきかけ、それから顔を上げた。
「あはは……求められてるのは、あの台詞かな」
「わ、分かってるなら、じらさないでよ!」
セリカが言った。
その声を聞いて、ようやく少し笑えた。
「うへぇ。まったく、可愛い後輩たちのお願いだし、仕方ないなぁ……」
いつもの調子で言ったつもりだったが、最後は少し声が揺れた。
シロコが手を握り直す。ホシノも、その手を握り返した。
「ただいま」
次回のエピローグで対策委員会編は完結になります。