エンジニア部の扉を開けると、聞き慣れた声が迎えた。
「やあ、先生。ちょうどいいところに来たね」
ウタハが作業の手を止め、顔を上げた。
作業台の中央には、大きなレールガンが横たわっていた。周囲には金属部品や工具が並び、端末には測定結果らしい数値が流れている。
「説明しましょう!」
尋ねるより先に、眼鏡をかけた少女が声を上げた。エンジニア部の一年生、豊見コトリだ。
「部長の言う、ちょうどいいところというのは、この宇宙戦艦搭載用レールガンの改良が、五分ほど前に完了したということです! 先生から提供されたアークリアクターを搭載し、電源周りの小型化と軽量化に成功しました!」
コトリはレールガンへ手を向け、誇らしげに胸を張った。
「さらに、外部電源からの充電が不要になり、発射までにかかる時間も大幅に短縮! さらに、さらに――」
「ああ、分かった。おめでとう。僕も完成形が見られて嬉しいよ。宇宙戦艦が完成するまでは、大事にしまっておいてくれ」
まだ説明したそうなコトリを横目に、トニーは作業台へ近づいた。
銃身に収められたリアクターが、淡く光っている。接続部と周囲の放熱機構へ目を走らせた。少なくとも、見える範囲に勝手な変更はなさそうだった。
エンジニア部へアークリアクターを渡すことには、最後まで抵抗があった。
しかし、ウタハにはマーク86を仕上げてもらった際、リアクターの構造を見られている。今更何も教えないと言ったところで、彼女たちなら自力で再現を試みるだろう。不完全な模造品を動かして、今度こそ部室を全壊させられても困る。
それに、パラジウムに代わる新元素を生み出せたのも、エンジニア部が造った粒子加速器のおかげだった。
そこで、今回に限って使用を認め、設計の段階から自分も関わることにした。用途を確認し、実験に立ち会い、彼女たちが扱えるものを作らせる。その成果が、目の前のレールガンだ。
威力を抑える方向にもっていきたかったが、ロマンがないと言われて却下された。ただ、載せる戦艦がなければ出番はない。小型化と軽量化を施したとはいえ、気軽に持ち歩けるものでもなかった。力の強いキヴォトスの生徒でも、これを抱えて走るのは難しいだろう。
完成させ、試射して、満足してもらい、倉庫にしまわせる。その予定だった。
「宇宙戦艦の設計も進めてるんだけど……」
作業台の向こうで、犬耳の少女が端末を見下ろしていた。猫塚ヒビキは、表示された数字を指でたどり、残念そうに続けた。
「予算が、このレールガンの何千倍もかかりそう」
「それを聞いて安心したよ」
「先生なら、もう少し安く造れるように設計できる?」
「僕ならもっと高くする可能性が高い。安い業者を探すなら、技術を悪用されないように用心したほうがいいぞ」
ヒビキは端末へ目を戻して、キーボードを叩いていた。冗談のつもりだったが、本当に外注をしないか後で確認した方がよさそうだ。
もともと多額の予算を使っていた兵器へ、さらに資金を注ぎ込んで改良し、倉庫へしまう。計画性を問いたくはなるが、気持ちが分からないわけでもない。
宇宙戦艦用のレールガン。
自分だって、学生時代にそんな設計図を見せられたら、予算の使い道を注意する前に中身を読んでいただろう。
「名前も改めたんだ」
ウタハが完成品へ手を置いた。
「『光の剣:スーパーノヴァ』改め、『真・光の剣:スーパーノヴァ』だ!」
「僕のマーク2という案は、採用されなかったか」
「それも分かりやすくていいのだが、今回は完成品を見たときの印象を大切にしたくてね」
性能だけでなく、名前にもこだわりがあるらしい。トニーは、もう一度レールガンを見下ろした。ここまで嬉しそうにされると、口を挟む気もなくなる。
「そういえば、ここで作っていた先生のスーツはマーク88だったね」
ウタハが思い出したように言った。
「前のものは86だったと思うが、87はシャーレで作ったのかい? そちらも、ぜひ見せてほしいのだが」
「残念ながら、あれは極秘の最終兵器だ。見せるわけにはいかない」
「最終兵器!」
コトリが勢いよく顔を上げた。
「実物を見るのが無理でしたら、説明だけでもお願いします!」
トニーの頭に、額へ87と書かれた赤い覆面が浮かんだ。
「僕が何もかも失って、どうにもならなくなったときに着る可能性がある。できれば、使いたくないがね」
「……そんなに危険なの?」
ヒビキも端末から顔を上げていた。
「装着者の生体エネルギーを使うとか、何か代償がある?」
「まあ、社会的信用は失うだろうな」
三人は、そろって考え込んだ。兵器の性能から倫理的な問題まで、真剣に想像しているのだろうか。
「さて。今日はそのマーク88を持ち出しに来たんだ。仕事先から、ドレスコードを指定されてしまったんでね」
*
廃墟と呼ばれる理由は、足を踏み入れればすぐに分かった。
窓の抜けた建物が並び、道路はひび割れている。錆びた標識は傾き、何を示していたのかも読めない。つい先ほどまでいたミレニアムの街並みとは、まるで違っていた。
トニーは、同行する二人へ顔を向けた。優秀なエージェントだという紹介は受けている。出発前に話もした。
それでも、まだ納得できていないことがあった。
「君たちは、どうしてそんな格好をしているんだ?」
片方は、メイド服だった。
飛鳥馬トキ。リオの直属だという少女は、銃を手に周囲を警戒しながら、こちらへ顔だけを向けた。
「メイド服はC&Cの正装です。ご心配には及びません。この服装で戦闘を行う訓練は受けています」
もう片方へ目を向ける。
和泉元エイミ。リオが直々に特異現象捜査部に入部させた少女は、明らかに体を覆う布が足りていない。
「暑いから、少し脱いでるだけだよ。調査に必要な装備は持ってきてるから、安心して」
そういう問題ではない。その胸のファスナーは何なんだ。若い頃の自分なら喜んだだろうが、目のやり場に困る。
二人を見ていると、自分だけがひどく大げさな準備をしてきたように思えてくる。
マーク88。
カイザーから支払われた契約違約金のほとんどが、この赤と銀の一着へ消えている。
「優秀なエージェントと聞いていたんだが、想像していたのとは違うな」
「実績をご覧になれば、納得していただけるかと」
トキは淡々と答え、また前へ向き直った。
初対面の時は、二人ともモモイと同じ一年生だと聞いて驚きを隠せなかった。トキは一度留年しているそうだが。なぜ、発育にこんなに違いが出るのだろう。今度会ったら、ゲームばかりして閉じこもっていないで、外に出て遊ぶように言ったほうがいいかもしれない。
しばらく歩いたところで、エイミが足を止めた。ほとんど同時に、トキも銃を持ち上げる。トニーの視界にも反応が出た。
曲がり角の向こうから、人型の機械が現れる。その後ろにも同型の機体が続き、腕に取りつけられた武器をこちらへ向けた。
「止まれ。こっちは――」
銃口が光った。胸の装甲を弾が叩き、金属音が響く。
「調査に来たんだがね」
トニーは掌を向け、リパルサーを放った。
二人も同時に動き出した。トキは遮蔽物を使いながら正確に撃ち、エイミは側面へ回ろうとする敵を迎え撃つ。こちらが細かく指示を出さなくても、互いの位置を確かめながら、補い合っていた。
二人とも、動きは悪くない。優秀なエージェントという紹介は、嘘ではなかったらしい。
トニーも正面の敵を引き受け、建物から飛び出してきたドローンを撃ち落とした。それほど手間取ることもなく、銃声は途切れた。
周囲の反応を確かめてから、掌を下ろす。
トキはまだ通りの先を警戒していた。エイミは倒れた機体のそばへしゃがみ込み、持ち帰るための部品を選んでいる。
「どうでしょうか、先生」
トキがこちらへ顔を向けた。
「実績をご覧いただけたかと」
「分かった。優秀だという点は認める」
「ありがとうございます」
「服装については、まだ納得していないがね」
「じゃあ、もう少し涼しくなったら上着を着るよ」
そのとき、通りの向こうで金属音が響いた。
一つではなかった。建物の陰で、いくつもの反応が動き始めている。頭上にも、新しいドローンが姿を見せた。
ここで一体ずつ相手にしていても、調査は進まない。周囲を囲まれるのも避けたかった。
「場所を変えよう。屋根のあるところがいい」
「あの建物なら、入れると思う」
エイミが指した先に、大きな工場があった。周囲の建物よりは壁が残っている。搬入口らしい扉が半ば開き、その奥は暗かった。
「中を確認します」
トキが走り、入口の脇へ身体を寄せた。
その間に、トニーは接近するドローンへ光弾を放った。先頭の一機が吹き飛び、後続が散開する。
エイミが入口へ駆け寄る。トキが中を確かめてから頷き、二人が順に姿を消した。
トニーはもう一度だけ通りへ光弾を放ち、二人の後に続いた。
高い天井の下に大型の機械が並び、その間を太い配管が走っている。床には外れた部品や金属片が散らばっていたが、中央の通路は奥まで続いていた。
工場の奥で、何かが動いている。
機械の陰に赤い光が灯った。続いて重い足音が響き、装甲の厚いオートマタが通路へ出てきた。腕に取りつけられた銃が、こちらへ向く。
トキが柱の陰へ身を寄せ、銃を構えた。
「工場での戦いは、ご経験があると伺っています。お任せしても?」
「リオから聞いたのか? あの工場には、好きで行ったわけじゃないんだがね」
あまり外部に知らされていない情報まで知っているとは、ビッグシスターの名前は伊達ではないようだ。
トニーは二人の前へ出た。胸の装甲を弾が叩くが、損傷はない。掌を上げ、先頭の機体へリパルサーを放った。
「先生、左にもいますよ」
「君の銃は飾りか?」
「先生の邪魔にならないようにしているだけです」
右側から、エイミのショットガンが響いた。
「二人とも、話しているだけじゃ調査は進まないよ」
トニーは正面の敵を引き受け、工場の奥へ進んだ。こちらへ銃口が集まると、トキが側面から撃ち、エイミが回り込もうとする機体を止める。
ほどなく銃声が途切れ、工場に静けさが戻った。周囲の反応を確認してから、腕を下ろす。
「ここなら、落ち着いて調査ができそうだね」
エイミは近くの残骸へしゃがみ込み、外れた部品を拾い上げた。トニーもその隣へ膝をつく。
外装には錆が浮いていたが、内部は思ったほど傷んでいない。長い間放置されていた機械にしては、先ほどの動きも悪くなかった。
リオの話では、この廃墟には兵器生産工場を管理していたシステムAIが残されている可能性があるという。
デカグラマトンが接触した場合、ハブのときとは比べものにならない被害が出るかもしれない。通信設備ならまだしも、ここにあるのは兵器を生産するための工場だ。
「こんなものかな。部長が調べて、何か分かればいいんだけど……」
「僕も解析は手伝う。何かは分かるさ」
三人は通路を奥へ進んだ。
突き当たりの壁には、扉らしい継ぎ目があった。脇の表示板は消えていたが、近づくと光が灯った。
『対象の身元を確認します』
工場の中へ、抑揚のない声が響いた。
トキが銃を上げかけたのを、トニーは手で制した。天井に取りつけられた装置が動き、細い光が彼女の身体をなぞる。
『飛鳥馬トキ。資格がありません』
「なぜでしょうか。私は完璧なメイドですので、資格は十分かと」
「何の資格かも分かってないよね?」
エイミがそう言うと、装置は今度は彼女へ向いた。
『和泉元エイミ。資格がありません』
「……どうして、私たちの名前を知ってるんだろう」
トニーも同じことを考えていた。
ここへ来てから、二人の名前を呼んではいる。だが、姓まで口にした覚えはなかった。どこかの記録を参照しているのか。
通信の表示を確かめているうちに、光がこちらへ移った。
『トニー・スターク先生。……資格を確認しました。入室権限を付与します』
ハンマーは持ち上げられなかったが、この工場には資格ありと判断されたらしい。
「先生。この工場に来たことがあるの?」
「僕が行ったことがあるのは砂漠の工場だ」
『飛鳥馬トキ、和泉元エイミ。両名を先生の生徒として認定。入室資格を付与します。下部の扉を開放します』
足元で、重い音がした。
トニーは床へ目を落とした。三人を囲むように、継ぎ目が走っている。
「二人とも、こっちへ!」
トニーは両腕を伸ばし、二人を抱え込んだ。
床が左右へ開き、身体が落ちる。すぐに足元のリパルサーを起動して飛行し、落下は免れた。噴射の光が縦穴の壁を照らす。下には、別の部屋が見えていた。
金属の足が地面を踏み、トニーは二人を解放した。
「この工場を設計した奴は、センスがないな」
見上げた先では、開いた床がそのままになっていた。招いた相手を落とすのが、ここの正規の入室手順らしい。
「ありがとう、先生」
「こういうときのためにも、もう少し着込んでおいた方がいいんじゃないか?」
抱えるにも、どこへ腕を回せばいいか気を遣う。本人は平気そうだったが、こちらには立場というものがあった。
「私も装備を変更して、肌を出した方がサービスになったでしょうか?」
「僕から職を奪うつもりか?」
トニーは部屋を見回した。
広い空間だった。上の工場とは違い、床には瓦礫も壊れた部品もない。壁に沿って灯った照明が、中央に置かれた台座を照らしていた。
その上に、小柄な少女が座っている。
衣服は見当たらず、長い髪が肩から垂れていた。
眠っているようであり、電源の入っていない機械のようでもあった。
「……ちょうどよかった。暑かったし、私の上着を着させてあげようか」