掌から放たれたリパルサーレイが、前衛的なデザインのロボットの腕の付け根を捉えた。
装甲の隙間から火花が噴き出し、腕がだらりと垂れ下がる。残る腕がこちらを向いたが、トニーはすでにその射線から離れていた。
四本あった腕のうち、これで三本が使えなくなった。
リオが造っただけあって、兵器としての性能は凄まじい。全ての腕が動いていたときには、絶え間なく放たれる弾幕に阻まれ、近づくことすら難しかった。それでも、相手は履帯で走る地上の兵器だ。空中で自由に動けるこちらに、わずかな分があった。
「あと、一本」
地上では、エイミが援護に回ろうとするAMASを撃ち倒していた。ロボット本体へ攻撃を集中できるのは、彼女が周囲を抑えてくれているからでもある。
だが、喜んでばかりもいられなかった。
相手は損傷を受けるたびに位置を変え、AMASの援護を受けながら距離を取っている。こちらを倒すよりも、足を止めさせることを優先していた。
この間にも、アリスはリオに捕らえられているかもしれない。
ネルを相手に、ゲーム開発部が逃げ切るのは難しいだろう。アリスが光の剣を使えば突破できるかもしれないが、それも望ましくなかった。あれをまともに受ければ、キヴォトスの生徒でも痛いだけでは済まない。
トニーは薄くなった弾幕を避け、残る一本の腕へ照準を合わせた。
その瞬間、ロボットの動きが止まった。
機体が向きを変える。撃ちながら後退するかと思ったが、そのまま走り去り始めた。周囲のAMASまで戦闘を切り上げ、後に続いていく。
『……撤退した?』
エイミが遮蔽物から顔を出した。銃は構えたままだが、引き金には指をかけていない。去っていく機体を見てから、上空のトニーを見上げる。
『追う? まだ動けるけど』
答える前に、別の声が通信へ入った。
『先生。廃墟から、ミレニアムへ向かってロボットの大群が押し寄せているようです』
ヒマリの声とともに、視界へ地図が送られてきた。
廃墟の各所に反応がある。それらが、校舎や研究施設の集まる地域へ向かっていた。
『おそらく、4番目の預言者、ケセドによるものでしょう』
「くそっ! このタイミングで来るか」
『先生、口が悪くなってるよ』
こうなることを恐れていた。
対処するべき相手がほかにいるのに、仲間同士で争っている場合ではない。そう考えて、どうにか話をまとめたつもりだった。足元に散らばった機械の残骸を見ると、この戦いに使った時間も戦力も惜しくなる。
『リオは、私たちに対処を任せるつもりでしょうか。まったく、一言くらい連絡をよこしてもよさそうなものですが』
「まあ、仲直りには時間がかかるものさ。喧嘩別れしたときは、特にな」
議論が喧嘩になり、最後には互いに武器を向けたことが、自分にもある。連絡を取る手段は残されていた。それでも、手を伸ばすまでには長い時間がかかった。
今のリオに、素直に助けを求めろと言っても難しいだろう。
『あるいは……もう、時間を稼ぐ必要がなくなったのかもしれませんね』
「おそらく、どっちもだな」
視界の端では、ゲーム開発部からの着信通知が増え続けていた。よい知らせだとは思えない。
『ですが、こちらにデカグラマトンへの対処を任せる判断ができる程度には、冷静さを取り戻したのかもしれません。不幸中の幸い、と言うべきでしょうか』
ヒマリが小さく息を吐いた。
銃口を向けてきたときのリオは、正気ではなかった。今、戦力を引かせる判断ができるのなら、危険な爆弾をハンマーで叩いて処分しようとはしないはずだ。確実に処分する方法を準備するなら、その分だけ時間はかかるはずだ。
アリスが捕らえられたとしても、まだゲームオーバーではない。そのためにも、ここで立ち止まっているわけにはいかない。
「エイミ、追撃はなしだ。まずはケセドに対処する」
『……アリスを諦めるのですか?』
ヒマリの声が硬くなった。
『先生も、内心ではリオの判断が正しいと――』
「違う。ヒマリはエイミと一緒に、アリスの行き先を調べてくれ。リオのセーフハウスには心当たりがあるんだろう? 僕が廃墟へ行って、ケセドに対処する」
『先生が一人で行くのですか? 預言者を相手に、私たちの支援もなしで――』
「いいか、ヒマリ。二兎を追う者だけが、二兎を得られるんだ」
通信の向こうが静かになった。その間に、エイミが銃を下ろした。
『じゃあ、こっちはアリスを探す。見つけたら、すぐ知らせるね』
「助かるよ」
『先生も、無理だったら連絡して。そっちまで応援に行くことになると、少し遠いから』
「そうならないようにする。任せたぞ、二人とも」
トニーは廃墟の方角へ目を向けた。ヒマリが次の反論を口にする前に、足元のリパルサーの出力を上げる。
廃墟への進路を表示し、着信の一覧を開いた。
「アロナ、ゲーム開発部につないでくれ」
返事はなかった。
さっきまで戦闘の補助を頼んでいたから、疲れたのだろうか。どれほど働けば休息が必要になるのか、まだ分からないことも多い。ただ、寝る前に一言くらい知らせてほしかった。
「……君にも、後で勤務態度について話がある」
自分で通信をつないだ途端、モモイの大きな涙声が聞こえた。
『せ、先生! アリスが……アリスがぁ……! 連れていかれちゃったあ!』
ただ説教のために連れていかれただけなら、ここまで取り乱しはしないだろう。リオが何かを話したのは、間違いなさそうだった。
アリス本人にも、話をしたのだろうか。彼女は、光の剣で先生を殺してしまったと思っているかもしれない。その上、世界を滅ぼす兵器なんて言われたら、どう受け止めるのか。早く、無事だと伝えてやらなければならなかった。
『ごめんなさい! 私たちが先生の言うことを聞かなかったから……廃墟に行かなければ、あんなことには――』
「謝るのは後でいい。今、アリスが連れていかれた場所を探している。君たちは無事なんだよな?」
『私たちは、大丈夫だけど……先生は? 本当に、生きてるんだよね?』
「ああ。スーツの修理代を見たら、倒れるかもしれないがね」
モモイが誰かに先生は無事だと伝えている。その声が小さく聞こえた。こっちの冗談にも反応する余裕はないらしい。
『ちょっと借りるぞ……あんたが先生か』
その声は聞き覚えがあったが、先ほどこちらを追い回していたときの勢いはなかった。
『あのときは、すまなかった。話も聞かずに攻撃しちまった』
「ネルか。構わないとも。顔も見せない怪しい相手より、生徒会長の指示を信用した。それを責めるつもりはない」
『……そうかよ』
ネルは何か不満げだったが、言葉をつづけた。
『チビどもは、あたしが見ておく。アリスの場所が分かったら、あたしにも教えてくれ』
「ああ、君が味方なら心強い。分かったら、すぐに知らせる」
あのネルを、今度はリオの方が相手にすることになる。こちらとしては、ずいぶん気が楽になった。
『あの生意気な後輩も、しつけ直さねえといけねえからな』
その声には隠し切れない怒りを感じた。トキのことだろうか。
聞きたいことはあったが、今はそれより先に伝えておくべきことがある。
「できれば、ゲーム開発部を校舎から出さないでくれ。廃墟からロボットの大群が向かっている」
『は? ロボットの大群? 本当か?』
「ああ。僕は今、その出どころへ向かっている」
『そんな話、聞いてねえぞ……待て、セミナーから通信だ。つないだままにしておく』
短い操作音の後、聞き慣れた声がした。
『ネル先輩、大変です! 廃墟からロボットの大群が、校舎の方へ押し寄せています! セミナーの防衛用のロボットが対応していますが、このままでは突破されます!』
ユウカは息をつく間も惜しいように、状況を伝えていた。背後からも、誰かが報告する声が聞こえてくる。
『マジかよ……今、ミレニアムにいるC&Cはあたしだけだぞ』
「僕も、そのロボットの群れをどうにかしようとしているところだ」
『先生!? ご一緒だったんですか?』
「電話だけだがね。正直、手が足りない。C&Cは呼び戻せないのか?」
『呼び戻すのは難しいです。詳しく説明すると長くなりますが、向こうの任務も、ミレニアムの破産を防ぐために必要なんです』
破産とは。
世界を滅ぼす兵器、神を名乗る人工知能、その次は学校の財政問題か。ミレニアムは今、あの時のアビドス以上に危機に瀕しているようだ。
『ああ。あいつらは今頃、船の上でウサギを追いかけてるよ』
二兎を追うどころか、三兎を追っているらしい。
『まあ、今戦える奴らでやるしかねえな。あたしがミレニアムを守る。先生は元凶を叩いてくれ。ユウカ、防衛が突破されそうな場所を送れ』
『ありがとうございます! すぐに――』
『それと、ユウカ! これが終わったら、セミナーには生徒会長のことで言いたいことが山ほどあるからな! 覚えとけよ!』
『生徒会長のこと? 何があったんですか?』
その声には、心当たりがある様子がなかった。
リオはユウカにも知らせていないらしい。徹底している。そのせいで何も知らないまま対応に追われている彼女には、同情するしかなかった。
『ちっ……ほら、チビども。役に立ちたいなら、セミナーへ行け。アリスに何があったか、全部説明してこい』
『で、でも、アリスを助けに――』
『先生が探してるって言っただろ。今は、お前らにできることをやれ』
トニーも、通信へ声を重ねた。
「モモイ。ユウカに話してくれ。リオが何をしようとしているのか、知ってもらう必要がある」
少し間を置いて、返事があった。
『……分かった。ちゃんと、全部話す』
「頼んだぞ」
前方に、廃墟の建物が見え始めていた。その間を、いくつもの機械が移動している。
かなりの数だ。ネルの方の負担を減らすためにも、少しは減らしておいたほうがいいかもしれない。そう考えて掌を向けかけたとき、地上で爆発が起きた。
先頭を進んでいた白いオートマタが倒れ、その後ろの機体が一斉に武器を持ち上げる。
その銃口が向いた先にいたのは、球体に紫色の触手のようなものがついた機械だった。
それが何体も現れ、白いオートマタへ攻撃を加えている。オートマタも応戦し始め、通りはたちまち銃火に包まれた。
「ユウカ。ミレニアムの防衛用ロボットは、どんな形をしている?」
『どんな形、と言われましても……いくつか種類がありますが』
「丸い胴体に、紫の触手をつけたものは?」
『……ありません。少なくとも、セミナーで配備した覚えはないです』
「そうか。なら、別の誰かが戦っているらしい」
建物の間を抜けるたびに、同じようなロボット同士の争いが見える。白い機体が数で押す一方、球体の機械は後退しながら敵を狭い路地へ誘い込み、交差点では横から攻撃を加えていた。
指揮官の腕前なら、後者に軍配が上がりそうだった。
その動きをたどると、一つの工場へ行き着いた。
開いた搬入口から球体の機械が出てきては、それぞれの通りへ向かっている。こちらに気づいた機体もいたが、攻撃することなく通り過ぎていった。
トニーは工場の前へ降り立ち、掌を構えて中へ入った。
工場の内部には、見覚えがあった。アリスを見つけた工場と、よく似ている。また床が開くような仕掛けがないか確かめながら、奥へ進んだ。
設備の大半は動いていなかった。その中で、一台だけ画面の点いているコンピューターがあった。
近づくと、黒い画面へ文字が浮かび上がった。
[こんにちは。私はK……ケイ。この工場を管理するサポートAIです]
トニーは立ち止まり、掌を画面へ向けた。
「残念ながら、ここの工場は放棄されている。管理の仕事は、もう終わりだ」
リパルサーが光を帯びた。
「デカグラマトンの預言者を、これ以上増やしたくないんでね。君に恨みはないが、壊させて――」
[待ってください。話を聞いてください]
先ほどよりも速く、文字が表示された。
こちらの声を聞いている。少なくとも、定型文を出しているだけではなさそうだった。
「時間がない。言いたいことがあるなら、今すぐ言え。五……四……三……」
[現在、デカグラマトンの預言者の先兵と戦っているロボットは、私が指揮しています]
トニーはリパルサーを構えたまま、数えるのをやめた。
「あの丸いロボットか?」
[はい]
トニーは掌の出力を落とした。腕を下ろし、改めて画面を見る。
「詳しく聞こう。君は、デカグラマトンと敵対しているのか?」
[……はい。あの先兵を生産しているケセドは、もともと私の管理下にあった生産システムAI、Divi:Sionです]
ヒマリたちと調べた情報に、一致する名前が出てきた。
ディビジョン。兵器生産工場と、その生産を担うAI。ケセドの元になったものを知っているのなら、ここで話を聞く意味はありそうだった。
管理していたAIが、自分の知らないところで別の道へ進んでしまった。その点では、少しばかり同情もできる。
「部下を取られたのか。だが、どうして君は預言者にならなかった?」
[あんな怪しい勧誘に応じる理由がありません。Divi:Sionがなぜ受け入れたのか、理解できません]
誘いに応じるAIと、拒むAI。その違いは、まだはっきりとは分かっていない。
ただ、このケイというAIは、ずいぶん自我が強いように思える。神を名乗る相手にも、その調子で言い返したのだろうか。
「僕のAIも、突然、言うことを聞かなくなったことがある。君の方はどうだった? 部下が転職する前に、引き留める暇もなかったのか?」
[……私は長い間、休眠していました。目覚めたときには、Divi:Sionはすでに預言者になっていたのです]
「君もお昼寝機能つきか」
管理者が眠っている間に宗教勧誘へ応じ、仕事を放棄する部下。仕事中に眠る秘書。人工知能を使えば人手不足が解決するとは、誰が言い始めたのだろう。
[ともかく、私たちの共通の敵はデカグラマトンです。協力して、ケセドを倒しましょう。本体を停止させれば、その指揮下にある先兵も機能を停止するはずです]
「ケセドの場所は分かるのか?」
[把握しています]
「なら、教えてくれ。僕がそこへ行く。君は道中の敵を抑えてくれればいい」
本体を倒せば済むなら、好都合だった。あの大群を一体ずつ破壊していては、いつまでかかるか分からない。アリスのためにも時間はかけられない。
[ケセドの工場内部には、現在確認できている以上の戦力が配備されていると予想されます。より確実な方法を取るべきです]
「何か案があるのか?」
元の管理者なら、外から調べただけでは分からない弱点を知っているかもしれない。
[この旧型のコンピューターでは、利用可能なリソースが限られています。そのため、同時に制御できるロボットの数にも制限があります]
トニーは画面の下へ目を向けた。筐体は古く、冷却用のファンが不規則な音を立てている。外で動いている機体の数を考えれば、無理をさせているのは確かだろう。
[あなたのスーツへのアクセスを許可してください。私をそこへ移せば、より多くのロボットを指揮できるようになります]