工場の搬入口を抜けると、正面に並んでいたオートマタが一斉に武器を持ち上げた。
トニーが掌を向けるより先に、球体の機械がオートマタに向かっていく。紫色の触手を揺らしながら攻撃を加え、敵の列を崩していった。
前方にいる一体へリパルサーを放ち、トニーは空いた通路へ踏み込んだ。
『ケセドは、この奥です。有象無象は私が引き受けます。止まらずに進んでください』
「そうさせてもらう。だが、スーツに余計なことはするなよ」
視界の端には、移し替えたばかりのAIの稼働状況が表示されていた。接続を許可した領域から外れないよう、監視も続けている。
「こっちには、デカグラマトンをくしゃみで吹き飛ばしたAIがいる。君くらいなら、一息で壊せるぞ」
『しませんよ。そもそも、このスーツは機能が複雑すぎます。手を出そうにも、何が何につながっているのか分かりません』
「なら、『マーク88操作ガイド』を読んでおいてくれ。小さい子供にも分かるように書いてある」
アロナのために用意したものだった。図を増やし、操作の順番も一つずつ書いた。その本人が眠っているのだから、せめて説明書だけでも働いてほしかった。
『こちらはロボットの指揮で手一杯です。ご自分で操作してください』
「君には、相棒が寝ている間のバックアップも頼みたいんだがね。廃棄された工場の管理より、やりがいはあるぞ」
デカグラマトンの勧誘を拒んだという点は、魅力的だった。もちろん、イーディスも預言者にはならなかったのだから、それだけで安心できるわけではない。それでも、神様の誘いを怪しい勧誘の一言で片づける態度は気に入っていた。
『私に命令する資格があるのは……いえ、その勧誘は受けません。あなたもデカグラマトンと同じように、都合よく働かせるつもりでしょう。その手には乗りません』
「手厳しいな」
話している間にも、脇の通路からオートマタが現れた。だが、銃口がこちらへ向く前に、ケイの機体が攻撃を仕掛ける。そちらへ気を取られた相手を撃ち倒し、トニーは足を止めずに進んだ。
移し替える前より、明らかに多くの機体を扱っている。あのコンピューターの処理能力が足りないという話は、本当だったらしい。
スーツのサポートの仕事はお気に召さなかったようだが。
「この戦いが終わったら、君を元のコンピューターへ戻すよ。また廃墟から正体不明の人工知能を持ち帰ったら、ヒマリに何を言われるか分からない」
ケセドを止めれば、ケイとの仕事は終わりだ。預言者になる気もないなら、元の工場で管理を続けてもらえばいい。こちらも、抱える問題を増やす理由はない。
『……持ち帰った人工知能とは、何ですか?』
ケイは妙なところに反応した。
「AL-1Sという少女の姿をした人工知能だ。廃墟から僕が連れ出した」
『今、どこにいるのですか?』
返事は早かった。同じ廃墟の出身なら、何か知っているのだろうか。
「分からない。ヘイローを壊そうとする生徒に、連れていかれた」
『……は?』
短い声の後、通信が途切れた。
トニーは通路の先へ照準を向けながら、視界の表示を確認した。ケイは停止していない。むしろ、データの処理量が急に増えていた。
『どういうことですか。説明してください。今、私は冷静さを欠こうとしています』
「急にどうした?」
先ほどまで、どれだけ仕事を押しつけても嫌味を返す余裕があった。それが今は、声だけでも取り乱していると分かる。
人工知能も、これほど感情的になるものだったか。
いや、ウルトロンも、自分の名前を出されただけで相当怒っていた。あまり思い出したくない例だったが。
「言ったとおりだ。生徒に誘拐された。僕はその子を助けようとしている。だが、先にケセドを止めないと、ほかの生徒まで危険にさらされる。今すぐには助けに行けない」
前方の扉が開き、オートマタが姿を現した。
そのオートマタへ、球体の機械が飛び込む。後ろの機体を巻き込んで倒れたところへ、さらに攻撃が加えられた。
急に、攻撃的になった気がする。
『『マーク88操作ガイド』はどこですか』
「読む気になったのか?」
『早く教えてください。ケセドを倒して、助けに行きましょう。私が、このスーツのサポートAIになってあげます』
同じ人工知能が壊されると聞いて、放っておけなくなったのだろうか。イーディスにも、以前はなかった感情めいたものが生まれていた。デカグラマトンとの接触が、そうした変化を引き起こすのかもしれない。
「同じ人工知能が壊されるのは、嫌か?」
『……ええ。そんなところです』
「だが、これから倒すケセドも、元は君の部下のAIだぞ」
『私のことまで破壊しようとしてきた相手に、仲間意識はありません』
「なるほど。割り切りがいい」
聞きたいことは増えたが、今は後回しにした。協力してくれるなら、理由を問い詰めている場合ではない。
通路を抜けると、目の前が大きく開けた。
円形の広間だった。中央に深い穴があり、その周囲をぐるりと足場が取り巻いている。穴は深く、ここからでは底は見えない。その上に、巨大な球体が浮かんでいた。
その球体の上には、光輪がある。
「ヘイローのある機械か」
その点では、アリスに似ている。
これを見たヒマリは、どう考えるのだろうか。目の前の機械とあの少女を分けるものは何かと聞けば、長い説明が返ってくるだろう。
ただ、今この瞬間にも、ケセドの作った兵器が生徒たちへ向かっている。それを止めるという判断に迷いはない。
『あれがケセドの本体です。外殻の内側にあるコアを破壊する必要があります』
「君がいてくれて助かったよ」
ケセドは動かなかった。その外郭には何の武器も搭載していないように見えた。近づく相手への対処は、全て部下に任せるつもりなのだろうか。
そう考えたところへ、頭上からオートマタが降ってきた。
トニーは足元のリパルサーを噴かし、着地してきたオートマタから距離を取った。顔を上げると、天井近くの設備が動いている。
運ばれてきた部品が固定され、腕がつき、脚がつく。完成した機体が足場へ投下される間に、次の機体の組み立てが始まっていた。
見事な生産速度だ。これが全て敵として出てくるのでなければ、もう少し眺めていたかった。
「ケセドを倒したら、ここを僕の工場にしよう」
『冗談を言っていないで、戦ってください』
「半分は本気だ。工場の管理は君に任せるかもしれない」
トニーの右手の装甲が開いた。
レーザーカッターを展開し、ケセドの外殻へ照射する。光が白い外殻をなぞり、赤く焼けた線が走った。
なかなか焼き切れない。同じ箇所へ照射を続けても、装甲がわずかに削れるばかりだった。その間にも、頭上では新たな機体が完成している。
『ケセドの外郭を破る前に、こちらのエネルギーが切れそうです』
「サポートAIらしくなってきたな」
『このガイド、子供向けすぎて必要な情報を探しづらいのですが』
「もっと分厚い技術資料もあるはずだ。絵が少ない方がいいなら、そっちを読んでくれ」
レーザーの照射を止めて、広間へ目を戻した。
天井からだけではない。入ってきた通路からも、オートマタが流れ込んでいた。ケイの機体が応戦しているが、押し戻され始めている。
「スーツの勉強もいいが、ロボットの指揮も忘れるなよ」
『人使いが荒いですね……!』
「君は人工知能だろう?」
返事の代わりに、球体の機械が動いた。敵の側面へ攻撃を加え、足場の一角へ押し込んでいく。
トニーは肩の装甲を開き、小型ミサイルを発射した。ミサイルはナノマシンを使って構築するため、撃てる数には限りがある。だが、このまま広場を埋められるわけにもいかない。
ミサイルが地面に着弾し、集まっていた機体が爆発で吹き飛んだ。
『……ケセド本体のエネルギーに、変動がありました』
ケイが視界に数値を表示した。
『先兵の破壊に伴って、大きく低下しています』
「ロボットの生産と補充で、エネルギーを消耗しているのか?」
『可能性があります。外殻を維持する余力まで失わせれば、コアを露出するかもしれません』
トニーはケセドを見た。こちらへ興味も示さず浮いているように見えたが、無傷で部下を使い捨てているわけではないらしい。
そういうことなら、やりようはある。
「君が敵を誘導して一か所にまとめてくれ。僕がミサイルで破壊する」
『分かりました』
ケイの機体が動いた。攻撃を加えては下がり、追ってくる敵を引き寄せる。十分に集まったところへ、トニーがミサイルを撃ち込んだ。残骸が散らばる前に、別の場所で次の誘導が始まっている。
繰り返すたび、ケセドのエネルギーは減っていった。
『あの……私のロボットも爆発に巻き込まれているのですが。だんだん雑になっていませんか?』
「時間をかけないための苦肉の策だ。生徒がいたら、もっと安全な作戦を立てるがね」
『私の機体を使い捨てにするにも、限度があります』
「分かっている」
残るナノマシンの量を確認した。ミサイルを作るたびに、数字が減っている。これ以上撃ち続ければ、装甲の補修にも支障が出る。
そのとき、ケセドの外殻が動いた。
継ぎ目から光が漏れ、厚い装甲が四方へ開いていく。内側に収められていた球形のコアが、ようやく姿を現した。
『今です!』
トニーは胸部のアークリアクターをコアへ向け、ユニビームを放った。
白い光がコアを捉え、表面を赤く焼いた。破片が散り、これまでとは違う手応えがある。
だが、外殻はすでに動いていた。開いた装甲が、ゆっくりと元へ戻ろうとしている。
このままでは破壊までに、外殻を閉じられる。
トニーは両腕を伸ばし、レーザーカッターも照射した。三本の光が一点へ重なり、コアに亀裂が走る。視界の端で、発射部の温度表示が警告へ変わった。
『発射部の損傷が進んでいます。補修に回しているナノマシンも、残りが――』
「全部使っていい! ここで倒しきる!」
ここで外角を閉じられれば、もう一度あの数を相手にしなければならない。自分の体力、スーツの耐久、時間的な余裕はあまりない。
視界の端で警告が増えた。関節の隙間を覆っていたナノマシンが移動し、酷使している発射部へ回る。
それでも、コアは壊れない。ここまで来て、間に合わないのか。
そう思った瞬間、背後から銃声が響いた。
ほとんど閉じた外殻の隙間へ、弾が吸い込まれていく。トニーの攻撃で崩れた箇所に着弾し、コアの内側で光が膨らんだ。
大きな爆発が起きた。
ケセドの外殻が内側から押し広げられ、巨大な球体が傾く。浮力を失ったケセドは、そのまま中央の穴へ落ちていった。
遅れて底から轟音が響き、足場が大きく震えた。
トニーは腕を上げたまま、周囲へ目を走らせた。近くまで迫っていたオートマタが、銃を構えた姿勢で止まっている。その目からも、光が消えていた。
『……ケセドのエネルギー反応、消失を確認しました』
その報告を聞いて、ようやく腕を下ろした。着地し、銃声のした方へ振り返る。
入口には、スカジャンを羽織った小柄なメイドが立っていた。二丁のサブマシンガンを下ろし、こちらを見る。
「待たせたな、先生」
廃墟で自分を追い回していた銃が、今はずいぶん頼もしく見えた。
「助かったよ。よく、ここまで来られたな」
トニーはフェイスプレートを上げた。今度は顔を見せられる。これで、怪しいロボット扱いも終わりにしてもらいたかった。
「ミレニアムの方は無事か?」
「ああ。途中から、赤いドローンが加勢してくれたからな」