トニーは廃墟からネルとともに、ミレニアムへ戻ってきた。スーツはすでに外し、頭部のパーツだけを脇に抱えている。
さすがに疲れた。リオのロボット部隊と戦った後に、デカグラマトンの預言者となった兵器工場まで相手にしたのだ。装甲の傷は直せても、中に入っている人間まで部品交換というわけにはいかない。
だが、まだアリスを取り戻していなかった。
ユウカから、関係者が集まっていると連絡を受けていた。休むにしても、まずは情報を整理し、次に何をするか決めてからだ。
案内されたセミナーの会議室へ入ると、集まっていた者たちの視線がこちらへ向いた。
「帰ったぞ、ユウカ。ロボットどもの親玉は倒してきた」
「……お疲れ様です」
ネルの報告に返ってきた声には、いつもの張りがなかった。ユウカの前には何台もの端末と書類が並んでいる。ロボットの襲撃に、生徒会長の問題。その上、学校の財政まで危ういとなれば、疲れるのも無理はない。
「やあ、先生。マーク88の調子はどうだった?」
ウタハが席から身を乗り出した。この部屋の中で、彼女が一番元気なようだ。
「絶好調だった。後でナノマシンを補充しないといけないがね」
「ずいぶん使い込んだようだね。詳しい話も、後で聞かせてほしい」
その顔には笑みが浮かんでいた。詳しい話をするのは、アリスを救出した後のほうがよさそうだ。
『ご無事で何よりです。あのままケセドを倒してしまうとは、先生の評価を改めなくてはいけませんね』
ホログラムで投影されたヒマリが、こちらへ微笑んだ。
「よ、よかった……本当に、生きていたんですね」
ユズがほっとしたように息を吐いた。電話では無事だと伝えたが、顔を見るまで安心できなかったのだろう。
「先生、ネル先輩も、おかけください。関係者から話を聞いて、おおよその事情は把握しました」
ネルは手近な椅子へどかりと腰を下ろした。トニーもその隣へ座り、抱えていたスーツの頭部を机に置く。
ようやく腰を落ち着けられたが、ユウカの表情を見る限り、くつろいでいる暇はなさそうだった。彼女は一度、手元の資料へ目を落としてから、こちらを見た。
「先生にもう一度確認したいんですが……本当にリオ会長は、アリスちゃんを連れ去って、ヘイローを壊そうとしているんですか?」
「ああ。ミレニアムとキヴォトスを守るためには、それが必要だと彼女は判断した」
リオは、それが正しいと信じている。誰にも賛同されないことまで覚悟していた以上、反対するだけでは止まらないだろう。
だが、実行してしまえば、彼女自身も学校にいられなくなる。守ったはずの生徒たちの前へ、二度と顔を出せなくなるかもしれない。
アリスを取り戻す。それと同時に、リオが引き返せるうちに止めなければならなかった。
「信じられない……。前から、何を考えているのか分からないところはありましたけど、そんなことまで……」
ユウカは現実を受け入れられないかのように、ため息をついた。
「信じるも何も、あたしたちの目の前で連れていったんだよ。それより、チビの行き先は分かったのか?」
ネルが椅子の背から身体を起こした。
『ええ。セミナーの協力もあって、特定できました』
ヒマリの言葉とともに、会議室の中央へ立体映像が浮かび上がった。
外壁に囲まれた建物群。規則正しく区切られた道路と、中央にそびえるタワー。
「これは……都市、ですか?」
ユズが尋ねた。
『要塞都市エリドゥ。リオが秘密裏に建設していた、悪趣味なセーフハウスです』
セーフハウスがあるとは聞いていた。しかし、想像していたものより規模が大きい。
自分にも同じような資源が用意できたとして、これ程のものを作るだろうか。
世界の危機であれば、間違いなく作るだろう。
「終焉に備えるための要塞都市だそうですけど……。セミナーの予算を横領して、こんなものを造っていたなんて……」
「もしかして、それがさっき言っていた破産の原因か?」
建材も設備も、ただではない。これだけの資金を動かして、今まで気づかれなかったというのも大したものだった。
「いえ、それとこれとは別です。今回は、コユキがセミナー名義で債券を発行し続けたせいです。そちらの一件がなければ、会長の横領にも、もう少し早く気づけたかもしれませんが」
コユキの名前を聞いて、少し納得した。
あの冗談のような暗号解読能力を持つ少女なら、どこからでも金を持ってこられるだろう。自分の学校の予算を使っているのは、自制心が働いているからだろうか。どちらにせよ、能力の使い道について、また話をする必要がありそうだった。
「どっちもセミナーってのが、どうしようもねえな。コユキが余計なことをしなけりゃ、C&C全員でチビを助けに行けたかもしれねえのに」
「戦力が必要なら、私たちエンジニア部も協力しよう」
ウタハが口を開くと、ネルはそちらへ顔を向けた。
「……お前ら、戦えるのか?」
「アリスの救出に必要なのは、戦闘だけではないだろう? 何の準備もせずに行けば、あそこが要塞都市と呼ばれる理由を、身をもって確かめることになる」
「そうだな。装備の整備も、休息も必要だ」
トニーは部屋の隅へ目を向けた。
ソファでは、モモイとミドリが寄り添うように眠っていた。泣き疲れたのだろう。モモイの手には、まだ端末が握られている。
「チビどもも連れていくのか? あいつらは……置いていった方がいいんじゃねえか」
ネルも二人を見ていた。
戦いに不慣れな生徒を、要塞へ連れていきたくはないのだろう。自分がアリスをリオのもとへ連れていったことも、気にしているのかもしれない。
ただ、ゲーム開発部も責任を感じているはずだ。来るなと言えば、おとなしく待っていてくれるとは思えなかった。廃墟へ行くなという忠告がどうなったかは、すでに知っている。
「心配は分かる。だが、ゲーム開発部は、生徒会長を困らせることには長けている。今は問題児の手も借りたいところだ」
「は、はい!」
ユズが背筋を伸ばした。
「私たちも連れていってください! 会長を困らせてみせます!」
「そこは、長所として胸を張るところではないのだけれど……」
ユウカがため息をついた。
ひとまず、ここにいる者たちが、アリスの救出に乗り気であることは分かった。作戦会議をするべきだろう。
タイタンで作戦を立てたときには、つまらないと切り捨てられ、まともに聞いてもらえなかった。ここにいる生徒たちは、もう少し辛抱強く聞いてくれると信じたい。
「よし。必要な顔ぶれはそろっている。アリス救出のための作戦を考えよう。参加するのは僕と、C&C、ゲーム開発部、ヴェリタス、エンジニア部、セミナー、特異現象捜査部。それから――」
トニーはウタハの前に置かれていた、赤いドローンへ顔を向けた。
「イーディス。君も参加してくれるのか?」
『はい。私も参加します』
「うおっ! しゃべった!?」
ネルが驚いて、椅子の上で身を引いた。
『エンジニア部に、スピーカーを取りつけてもらいました』
装甲には、見覚えのない部品がついていた。先ほどからウタハが元気だった理由が、ようやく分かった。
「それはよかった。彼女とは、うまくやれているか?」
眼鏡は一方的に送りつけてしまった。各地の目撃情報を見る限り、活動は続けているらしいが、二人の関係までは分からない。
ここに来たのが、また家出した結果でなければいいのだが。
『はい。眼鏡をかけていると、部下が普段より目を合わせてくれる気がすると、喜んでいました』
「そいつは何よりだ」
どうやら、余計な心配だったらしい。
「な、何の話ですか?」
ユウカが、こちらとドローンを見比べた。説明を始めると長くなりそうだったので、トニーは軽く手を振るにとどめた。
『なるほど。あなたが、先生のお作りになったイーディスですね』
ヒマリが興味深そうにドローンへ顔を向けた。
「やっぱりそうか。色が趣味全開だったから、先生のドローンだと思ってたんだよ」
ネルも納得したように頷く。
正体不明の機械が加勢してくれば、普通は警戒する。先にスーツを見せていたことが、少しは役に立ったのだろうか。初対面の結果は散々だったが、無駄ばかりではなかったらしい。
『私は、トニーの所有物ではありません。助けを必要とする生徒の味方です』
その主張は変わらないようだった。
戻ってきたのかと尋ねるのは、やめておいた。今は、ここにいてくれるだけで十分だ。
「というわけで、そこのドローンは心強い助っ人だ。それと、紹介したい助っ人がもう一人いる。さっき廃墟で拾ってきた人工知能なんだが」
トニーは机に置いたスーツの頭部へ手を置いた。
『初めまして。ケイです。AL……アリスの救出作戦に、私も参加します』
スピーカーから少女の声が響いた。
『……先生?』
ヒマリの微笑みが、少しだけ深くなった。
「待ってくれ。言いたいことは分かる。だが、彼女はデカグラマトンの勧誘を拒んで、ケセドの討伐にも協力してくれた。今は野良の人工知能の手も借りたい状況だろう?」
あの意気込みを見てしまうと、元のコンピューターへ戻して終わりにはできなかった。放っておけば、一人でアリスを助けに行きかねない。それなら、最初から作戦に組み込んだ方がいい。
デカグラマトンへの対処でも、まだ力を借りたい。せっかく働く気になったケイの機嫌を、ここで損ねたくないという事情もあった。
『はあ……ここにリオがいたら、止められていたでしょうね』
ヒマリが呆れたように息を吐いた。
リオなら、持ち帰る前に壊せと言ったかもしれない。自分もケイへリパルサーを向けたので気持ちは十分にわかる。
『ただ、イーディスを受け入れて、ケイを拒むのも違うでしょう。先生がそうおっしゃるなら、私から言うことはありません』
『そうですよ。差別はよくありません』
ケイがすかさず同意した。
実際に何をしたかで判断するなら、二人ともミレニアムを守るために働いてくれた。たしかに、その点は同じように評価するべきだろう。
製作者が不明というのが少し不安だが。
「そいつが、廃墟で変なロボットを動かしてた奴か。確かに、戦力にはなるな」
ネルが声のしたパーツへ目を向けた。
「ああ。やる気も、ネルの次くらいにはある」
『いえ。私が一番あります』
訂正は即座に入った。
やはり、置いていくわけにはいかなさそうだった。
ネルが片眉を上げたが、張り合うつもりはないらしい。鼻を鳴らして、椅子へ座り直す。
「こちらの戦力は、こんなところだな。次に、相手の戦力を確認しよう」
トニーは戦闘記録を呼び出した。
都市の映像が縮小され、その横に四本腕のロボットが映し出される。改めて見ても、設計者の意図を尋ねたくなる姿だった。
『何ですか、このダサいロボットは。出す映像を間違えていませんか?』
ケイの疑問も、もっともだった。自分も初めて見たときには、これほど手こずるとは思わなかった。
「残念ながら、映像は合っている。こいつに十分ほど足止めされた。三本の腕は使えなくしたが、完全には破壊できなかった」
撤退する機体を追っていれば、今頃も戦っていたかもしれない。リオに修理の時間を与えるのは気に入らないが、こちらも補給なしでは厳しかった。
「……ダサくはねえだろ」
ネルが小さくつぶやいた。
トニーは彼女のスカジャンと画面を見比べたが、感想は口にしないでおいた。今は個人の趣味について議論する時間ではない。
「それから、もう一人」
映像を切り替えると、両手でピースサインをしているメイドが現れた。
その途端、ネルの眉間にしわが寄った。写真の本人は、そんな反応をされるとは思ってもいないような顔をしている。
「飛鳥馬トキ。リオのボディーガードで、C&Cの五人目のメンバーだ」
「……こいつか」
「アリスが連れていかれたときに、何かあったのは聞いた。詳しく教えてくれないか?」
「後ろから不意打ちされて、そのまま拘束された」
ネルはそう言うと、何かを思い出すかのように自分の右手を見た。
「くそっ……リオに気を取られてたとはいえ、あたしが近づかれたことにも気づかねえなんて……」
「足音も気配も、しなかったんです」
ユズがおずおずと手を上げた。
「気づいたら、もうネル先輩の後ろにいて……何というか、チートプレイヤーみたいでした」
「特殊な装備を使っていた可能性はあるな」
廃墟で一緒に戦ったときも、トキの動きはよかった。指示を待たずに援護へ回り、こちらが作った隙を逃さず攻めていた。
しかし、ネルに気づかれず背後を取るとなると、腕前だけで片づけるのは危険だろう。自分と行動していた間に、全てを見せていたとも限らない。
「最後に、調月リオ」
黒髪の少女が映った。
「本人の戦闘能力は高くなさそうだが、一番厄介なのは彼女だ。どんな兵器を隠し持っているか分からない。さっきのロボットが、もう何体か出てくるだけでも面倒になる」
『ええ。リオの秘密主義には、いつも困らされています。こちらが救出に動くことも、当然予想しているでしょう』
「なら、全員そろって正面玄関をノックするのはやめよう。相手の注意を引きつけている間に、別のチームがアリスを連れ出す」
トニーは都市の映像を拡大した。
侵入経路の候補を示し、いくつかの地点へ印を置く。現地の警備配置が分からない以上、細かい動きまで決めるのは難しい。それでも、誰が何を引き受けるかは、今のうちに決めておくべきだった。
「複数のチームに分ける。あの変なロボットは、戦ったことのある僕が引き受ける。トキには、こちらの最大戦力であるネルを当てる」
「任せておけ。先輩に対する態度を、叩き直してやるよ」
ネルが嬉しそうに、怒りのにじむ声を上げた。頼もしくはあるが、先ほどから画面のトキをにらみ続けているのが少し不安だ。
「で、でも……ネル先輩は、一度負けてるんじゃ……」
「ああん!?」
ユズが肩を跳ねさせた。本人は純粋に心配したのだろうが、もう少し言い方を選ぶ余地はあった気はする。
「ユズの言うとおりだ。同じことを繰り返すわけにはいかない」
トニーが口を挟むと、ネルの視線がこちらへ移った。
「イーディスにも、ついてもらう。周囲を監視してもらえば、不意打ちを防げる。ミレニアムの防衛でも、一緒に戦ったんだろう?」
『承知しました』
「……まあ、それでいい。一対一でも負けねえけどな」
「ああ。その一対一に、誰も割り込ませないためだ」
ネルは鼻を鳴らしたが、それ以上は反対しなかった。ユズも、ようやく肩の力を抜いたようだった。
「AMASの部隊が出てきたら、ケイの機体で抑えたい。その間、スーツの補助は元の相棒に戻す」
『いえ。同時にできます。先ほどの戦闘で、コツはつかみました』
ずいぶん頼もしいことを言ってくれる。最初は操作ガイドを読むことさえ嫌がっていたのだが。
この調子なら、アロナを起こす必要はないかもしれない。
「特異現象捜査部は、リオがほかの兵器を出してきた場合に備えて待機。その間に、残るメンバーでアリスのいる場所へ向かう。ヴェリタスには、ミレニアムから各チームを支援してほしい」
「作戦会議というより、先生が全部決めているような……」
ユウカが端末へ入力する手を止め、こちらを見た。
「まずは叩き台だ。問題があれば言ってくれ」
そう促すと、今度はユウカから確認が入った。
使える経路、各チームへの連絡手段、救出後の脱出先。ヒマリの調べた情報と照らし合わせながら、曖昧だった部分を埋めていく。ウタハにはスーツの補給に加え、侵入に必要な機材の準備を頼んだ。
机の上の都市に印が増え、説明だけでは分からなかった問題も見えてきた。そのたびに経路を変え、役割を確かめ直す。
少なくとも、つまらないから別の話をしようと言い出す者はいなかった。トニーはそれだけでも、この会議に集まった生徒たちへ感謝したくなった。
ひととおり話を終えると、トニーは顔を上げた。
「決行は明日の早朝だ。それまでに準備を済ませて、休んでおくこと」
「そんなに待って、大丈夫なのかよ」
ネルが身を乗り出した。
「今すぐ行った方がいいんじゃねえか?」
「猶予はあると考えている。アリスの検査装置は、僕とヒマリとリオで造っても、丸一日かかった。確実にヘイローを壊すための装置となれば、さらに準備が必要になる」
リオは、危険を残すことを嫌っていた。何が起きるかも分からない方法で、いきなりアリスを傷つけようとはしないはずだ。失敗して、彼女の恐れる事態を自分で引き起こしては意味がない。
もちろん、その慎重さを当てにしていることに変わりはなかった。
だが、今のスーツにはナノマシンがほとんど残っていない。生徒たちも疲れ切っている。焦って飛び込んだ結果、要塞の入口で動けなくなれば、今度こそアリスを助ける者がいなくなる。
『監視は続けます。動きがあれば、すぐに知らせましょう』
ヒマリが言った。
『リオは休まず準備を進めるでしょう。その間に、こちらは装備と体調を整えておくべきです』
ネルはすぐには答えなかった。ソファで眠る双子へ目を向けてから、長く息を吐く。
「……分かったよ。明日になりゃ、あいつらもコユキを捕まえて戻ってくるかもしれねえしな」
「戻り次第、状況を伝えます」
ユウカが頷いた。
トニーは机からスーツの頭部を取り上げた。ようやく、次にするべきことが決まった。
まずはスーツを直す。それから、少しでも眠っておく。疲れた頭で考えた解決策が、どれほど厄介な結果を招くかは、自分がよく知っている。
「よし。全員、寝坊はするなよ」