5.先生の仕事
トニーがキヴォトスに来てから、数日が経過した。
執務室の扉を開け、シッテムの箱を定位置に置く。コーヒーを注ぎながら、いつものように声を掛けた。
「フライデー、じゃなかった。アロナ、起きてるか」
「あ! 先生、昨日も間違えてましたよ。そろそろ本気で怒っちゃいますからね! お仕事さぼっちゃいますよ!」
「すまん、付き合いが長かったんだ。後でイチゴミルクをやるから、機嫌を直してくれ」
「本当ですか!? 今のは記録しておきますからね!」
アロナは眠るし、食べるし、子供っぽい。その一方で、驚くほどの演算能力を発揮することがある。自分が開発したどの人工知能とも違う、不思議な存在だった。
コーヒーを飲みながら今日の予定を確認していると、扉を叩く音がした。
「失礼します、先生。おはようございます」
入ってきたのはユウカだった。
「おはよう、ユウカ。荷物はその辺りに置いてくれ」
数日前から、シャーレ当番として仕事を手伝ってくれる生徒を募っていた。その当番として、初めて訪れたのがユウカだった。
「分かりました。その後、いかがですか? キヴォトスでの生活には慣れましたか?」
「ああ。銃声が聞こえても、あまり驚かなくなったよ」
窓の向こうで、乾いた音が続けて響いた。それを聞きながら、トニーはコーヒーを飲んだ。
「それは……慣れていいのでしょうか。気をつけてくださいね。先生は弱いんですから」
「弱いと言われるのは傷つくな」
初日のような暴動は見ていないが、外を歩いていると銃声が聞こえることは珍しくなかった。
「それで、シャーレの当番は何をすればいいんですか? 私はセミナーで会計を担当していますので、計算と書類仕事ならお任せください!」
そう言ったユウカは自信に満ち溢れていた。電卓とペンを取り出し、机の上にきっちりと並べて、トニーの左の席に座った。
「左、失礼しますね」
「よし、準備はできたようだな。まず、地下へ運んでほしい箱がある」
「……荷物運び、ですか?」
「ああ。ついてきてくれ」
トニーは既に立ち上がり、扉を開けていた。
「電卓とペンは荷物を数えるのにも使えるが……目で見て、記憶していたほうが効率的なんじゃないか?」
ユウカは電卓とペンをしまい、ため息とともに立ち上がった。
*
メインロビーには、大きめの箱がいくつも積まれていた。
「そこの台車で、地下まで運んでほしい」
「分かりました。……結構重いですね。何が入っているんですか?」
「君たちが破壊した戦車の残骸だ」
「えっ!? どうしてそんなものがここに?」
「君たちの判断の結果は、僕が引き受けると言っただろう?」
「物理的な意味だとは思いませんよ……」
箱を台車へ載せ、二人でエレベーターに乗った。
「これ、何に使うんですか?」
「リサイクルだ。まあ、見てもらった方が早い」
地下へ降り、台車を押してある一室へ向かう。
扉を開けると、丸みを帯びた筐体と、その周囲に並べられた作業台が見えた。装置の内部からは、低い作動音が響いている。
「これは……」
「クラフトチェンバー。図面を読み込ませて素材を入れると、自動で作ってくれる。まだ設定には手探りの部分が多いが、使えることは分かった。ああ、箱はそこに下ろしてくれ」
「シャーレの地下に、こんなものがあったんですね」
「僕も驚いた。家具やら、生徒用の教材を作る設備らしい」
ユウカは箱を下ろして周囲を見渡した。どう見ても家具や教材には見えない機械が、作業台や床を埋めていた。
「いけてる家具だろう?」
「このドローンは何ですか? 色が派手すぎません?」
赤と金に塗られたドローンが、何機か並んでいる。下部には、荷物を固定するための枠が取り付けられていた。
「空輸用だ。各学園へ支援物資を送る。色は僕の趣味だ」
「随分と目立ちますね……」
「見失わなくていい」
トニーは作動中の装置へ目を向けた。
「ただ、一台作るにも時間がかかる。数を揃えるなら、普通の部品は工場で作った方が早そうだ」
「外注するんですか?」
「工場の一部を借りられないかと思ってる。設備が使えれば、ほかにも試せることがある」
ユウカの視線が、別の作業台で止まった。
「この……いえ、これは本当に何なんですか?」
そこにも赤と金色の金属部品が並んでいた。曲面を持つそれらは、人の身体に合わせた形にも見える。
「防弾チョッキの部品だな。まだ動力源がないから、動かないが」
「防弾チョッキが動く? はぁ。うちのエンジニア部みたいなことを言いますね」
「ぜひ会って話がしてみたいな。ミレニアムに寄ることがあったら、部室へお邪魔させてもらおう」
「……まあ、生徒の役にも立ちますし、先生が怪我をしても困りますからね。ミレニアムの設備を借りられないか、話を通しておきましょうか?」
「それは助かる。流石、セミナーの会計だな。投資先を分かっている」
トニーも箱を台車から下ろし、一息ついた。
「じゃあ、僕は執務室に戻る。その調子で、残りも頼んだ」
「えっ、あの量を私一人に運ばせるつもりですか?」
「まあ、僕は弱いからな。怪我をしたら困るんだろう? 適材適所というやつだ」
「私だって、会計なんですけど!」
*
「先生、おかえりなさい! あれ? ユウカさんは?」
「労働の喜びを教えてきたところだ。それより、届いている依頼の確認は進んでるか?」
「はい! 順番に確認しています。ただ、ちょっと不穏な依頼が一件あって……今、お見せしますね」
アロナが表示したのは、アビドス高等学校の奥空アヤネという生徒からの依頼だった。
校舎を狙う地域の暴力組織から、繰り返し襲撃を受けている。弾薬などの備蓄が底をつきかけ、このままでは学校を占拠されかねない。力を貸してほしい、という内容だった。
「確かに、穏やかじゃないな」
「アビドスは、砂漠化が進んでいる自治区ですね。昔は広い自治区を持っていたそうで、街の中でも遭難する人がいたみたいですよ」
「砂漠で遭難……懐かしいな」
「先生って、たまに変なことを言いますよね」
アロナはここ数日で、トニーの冗談に慣れてしまったらしい。今のは冗談でも噓でもなかったのだが。
「学校が暴力組織に狙われるなんて、何があったんでしょうか?」
「まずは話を聞こう。文面だけでは分からないこともある。連絡先は?」
「少しお待ちください……はい、通話できます」
「繋いでくれ」
しばらくすると、端末の上にホログラムが浮かび上がった。赤いフレームの眼鏡を掛けた少女が、こちらを見ている。この高級なビデオ通話も、キヴォトスでは一般的なものらしい。
「もしもし。こちらアビドス高等学校です。どういったご用件でしょうか」
「やあ。シャーレの先生だ。君たちのメッセージを読ませてもらったよ」
「え、ええ!? 本当ですか? 先ほど送ったばかりなのですが……」
「ん、どうしたの? 急に大きな声を出して」
眼鏡の少女の後ろから、獣耳のある少女が身を乗り出してきた。
「シャーレです! 依頼を見て、連絡をくださったんです!」
「もしかして、先生?」
「ああ。トニー・スタークだ。詳しい話を聞きたい。今も攻撃を受けているのか?」
「いえ、今は静かです。ただ、次に来られたら、弾薬が足りるかどうか……」
「負傷者は?」
「今のところ、大きな怪我をした生徒はいません」
トニーは手元へメモを引き寄せた。
「君が、依頼を送ってくれたアヤネかな?」
「はい。奥空アヤネです」
「分かった、アヤネ。足りない物と、残っている量を教えてくれ」
説明を聞きながら、必要な物を書き出していく。先生になってまで、弾薬の在庫を数えることになるとは思わなかった。これでは本当に武器商人だ。
通信の向こうでは、ほかの生徒たちの話し声も聞こえていた。
「取りあえず、支援物資は早急に手配する。だが、この量でいいのか? 学校を守るなら、もう少し必要だと思うんだが」
「えっと……アビドスの全校生徒は、五人でして……」
ペンが止まった。
「五人? その五人で、学校の運営も防衛もやっているのか?」
「はい。砂漠化の影響で、自治区には人がほとんど残っていないんです。私たちはカタカタヘルメット団に襲撃される前から、廃校対策委員会として活動していて……」
「廃校対策委員会か」
トニーは書きかけのメモへ目を落とした。
「なら、なおさら気になるな。どうしてそんな学校の校舎を狙う? 何か心当たりは?」
「分かりません。ただ、嫌がらせにしてはしつこいので、何か理由があるとは思うのですが……」
「でも、支援を受けられれば何とかなる」
隣の少女が口を挟んだ。
「奴らのアジトは特定済み。攻勢に出て、一気につぶす」
「シロコ先輩。それは、みんなで話し合ってから決めましょう。勝手に襲撃の計画を立てたら、ホシノ先輩に怒られちゃいますよ?」
「まあ、アヤネの言う通りだ。相手の目的も分かっていない。慎重に動くべきだな。確認だが、補給が届けば五人でも学校は守れるか?」
「ん、それなら大丈夫」
「では、早急に支援物資を手配しよう。それから学校の方だ。五人で維持していくとなると、ほかにも困っていることがあるんじゃないか?」
少女たちは顔を見合わせた。
「ん……言ってもいいのかな、あれのこと」
「一度、委員長を起こして聞いてみますか?」
「だ、駄目よ! 委員長に聞くまでもないわ!」
鋭い声とともに、猫耳の少女が映像の中へ入ってきた。
「今まで、私たちだけで頑張ってきたじゃない! 急に出てきた大人を、そんな簡単に信用していいの?」
「セリカちゃん……。気持ちは分かりますが、先生はこうして話を聞いてくれていますよ?」
「で、でも――」
ホログラム越しに目が合ったので、トニーはひらひらと手を振った。
「見るからに怪しいじゃない! 何というか、雰囲気が胡散臭いのよ!」
「セリカは目がいいな」
「からかわないでよ!?」
皮肉は通じた。
「セリカ、人は見かけで判断するべきじゃない」
「それは失礼ですよ、セリカちゃん」
二人がなだめているが、怪しいという点は否定されていなかった。怪しいと思われるのは慣れているが、ここまで信用されないのは珍しい。
やがてアヤネが、申し訳なさそうにこちらへ向き直った。
「……すみません。学校の運営については、委員長とも相談してから、改めてお話ししてもいいでしょうか?」
「分かった。今すぐ必要な支援から進めよう」
トニーはメモを確かめた。
今は襲撃を受けておらず、大きな怪我をした生徒もいない。補給が届けば、当面は持ちこたえられる。まずは足りない物を届ける。それから、改めて話を聞けばいい。
「物資はドローンで送る。受け取ったら連絡してくれ。そのときに、学校の状況ももう一度聞きたい」
「はい。ありがとうございます!」
「ありがとう、先生。ほら、セリカも」
「うぅ……あ、ありがとう」
「どういたしまして。何かあったら、いつでも連絡してきてくれ」
「はい。本当にありがとうございました。失礼します」
通話が切れた。トニーはペンを置き、椅子の背へ身体を預けた。
「……子供の信用を得るのは難しいな」
というより、何か外部の人間に話しづらい事情があるように感じた。そもそも、困りごとがあるなら依頼文に書けばいい話だ。
「大丈夫ですよ、先生! シャーレの活躍が知られるようになれば、きっと信用してもらえます!」
「そうだな、実績を積み重ねるほかない」
そう言って、冷めたコーヒーを一口飲んだ。
「まあ、逆に安心した。欲しいものをあげれば、簡単に信用したり、言うことを聞くような生徒ではないということだしな」
セリカがいれば、変な大人に騙されることはないだろう。
「あ! 先生、私をからかっていますね。そうやって意地悪してたら、本当に信用がなくなっちゃいますよ!」
「じゃあ、イチゴミルクはいらないか?」
「いります!」