真夜中になっても、シャーレの地下室には明かりがついていた。
カン、カン、と金属音が響く。トニーは作業台に固定した部品へ、ハンマーを振り下ろしていた。
「むにゃ……先生、もう寝た方がいいんじゃないですか? 明日は朝から、外回りのお仕事が入っていましたよね?」
作業台の端の方に置いたシッテムの箱から、眠そうな声がした。
アロナには制御プログラムの作成を任せていたが、そちらはすでに終わっている。残っているのは、トニーが手を動かす作業だけだった。当番の生徒を、こんな時間まで残すわけにもいかない。
「その仕事に、今作っている物が必要なんだ。あと少しで終わる。先に寝ていていいぞ」
手を休めずに答えると、アロナが小さくあくびをした。
「分かりました。無理はしないでくださいね。では、私は先に……あれ?」
トニーはハンマーを止めた。
「どうした?」
「通信が入っています。こんな時間に……あっ、対策委員会の生徒さんからです!」
支援物資が届いたと連絡を受けたのは、数日前だった。そのときは、ひとまず大丈夫だと言っていた。それ以降、追加の相談も来ていない。
「繋いでくれ」
ほどなく、アヤネの姿が映し出された。先日の通話とは違い、表情が強張っている。
「すみません、こんな遅くに……」
「いつでもいいと言ったのは僕だ。何があった?」
「せ、セリカちゃんが、いなくなってしまったんです」
その声には、焦りと不安がにじんでいた。
「落ち着いて。詳しく聞かせてくれ」
トニーは作業台に腰を下ろして、話を聞いた。
セリカが朝から学校に来ていないこと。連絡が取れず、自宅やバイト先を訪ねても見つからなかったこと。アヤネは、ときどき言葉を詰まらせながら説明した。
「それで……先生には言っていなかったんですが、物資をいただいた後に、カタカタヘルメット団のアジトを襲撃したんです。それはうまくいったんですが、報復としてセリカちゃんが誘拐されたんじゃないかって……」
「なるほど。そう考える理由はあるわけだ」
「すみません。襲撃する前に、先生に相談するべきでした」
そう言ってアヤネはうつむいてしまった。膝の上で握り締めた手に力が入ったのが見える。
「僕も、前の通話でその話を聞いて、強くは止めなかった。今、君一人で抱え込むことじゃない」
「あれは、全員で話し合って決めたことですから」
画面の外から、おっとりとした声が続いた。
「アヤネちゃんが、そんなに気負わなくても大丈夫ですよ。ホシノ先輩も言っていたように、いつかは襲撃そのものを止めなければいけなかったでしょうし」
「ノノミ先輩……でも、セリカちゃんが……」
声が途切れ、アヤネは目元を押さえた。隣へ座った少女が、その背中をゆっくりとさする。
トニーは彼女へ目を向けた。
「君とは初めましてだな。ほかの二人は?」
「あ、初めまして。ノノミといいます。シロコちゃんとホシノ先輩は、セリカちゃんを捜しに出ています。でも、アビドスは広いですから……」
ノノミの言葉は尻すぼみに小さくなっていった。その方法では見つけるのは難しいことは分かっているのだろう。
「先生、何とかなりませんか?」
「何とかするのが、僕の仕事だ。セリカの個人端末の連絡先を教えてくれないか?」
「いいですけど、何をするんですか?」
ノノミはアヤネの背中に手を添えたまま、端末を操作した。
「連邦生徒会のセントラルネットワークに入って、端末の位置を割り出す。アロナ、できるか?」
「任せてください!」
アロナは元気よく返事をすると、ぶつぶつと何かを言いながら作業を始めた。
「それ、先生は大丈夫なんですか? 勝手に調べたりしたら、犯罪なんじゃ……」
「なに、銃で人を撃つよりは罪が軽いさ」
「それだと、私たちは大犯罪者になってしまいますね」
「僕の地元なら、そうなる。まあ、バレなければ大きな問題にはならない」
トニーはメモを手元に引き寄せてペンを手に取った。
「あと、誘拐と決まったわけじゃない。ほかの可能性も確かめよう。最近、何か変わったことはなかったか? ストレスが溜まっていそうだったり、胡散臭い大人の愚痴を言っていたとか」
「バイト先に、みんなで押しかけたりはしましたけど……。でも、セリカちゃんはツンツンしていても、みんなに迷惑をかけるような子じゃないんです。何も言わずにいなくなるとは思えません」
「そうか。確かに、用心深そうな子だった」
「……用心深い?」
ノノミが首を傾げた。
「先生、セリカちゃんとお話ししたことがあるんですか?」
「ああ。まるで信用されなかったが……何で僕をそんな目で見るんだ?」
「いえ、先生はちょっと目が悪いんだなと思っただけです☆」
「僕の人を見る目に問題があると?」
ノノミの口元が、ほんの少し緩んだ。そのとき、作業台の端から明るい声が上がった。
「先生! 場所が分かりましたよ!」
アロナが地図を表示した。トニーは印のついた場所を確かめ、アビドス側にも共有するよう頼んだ。
アヤネは目元を拭い、眼鏡を掛け直した。別の端末を手に取り、外で捜索している二人へ情報を伝えていく。まだ声は少し震えていたが、先ほどよりもはっきりしていた。
「先生、ありがとうございます。すぐに、この辺りを捜してみます」
「僕も向かう。ただし、分かったのは端末の位置だ。セリカがそこにいるとは限らない。周囲の様子を確かめて、何かあったら知らせてくれ」
「先生も、来るんですか?」
「ああ。こんな時間に子供だけで出歩いていたら、補導されるだろう?」
「来てくれるのはありがたいんですけど、シャーレからはかなり距離がありますよね? 電車も、もう動いていないと思いますし……」
「大丈夫だ。上司に掛け合ってみる」
*
「それで、私に連絡してきたの?」
連邦生徒会の交通課の幹部、モモカはだるそうに頬杖をついていた。
「夜中に起こしたのは悪かった。だが、ヘリを手配できそうなのは君しかいなくてね」
「今日は昼間寝てたから、起こされてないよ。……生徒が一人、行方不明なんだっけ?」
「ああ。端末の位置はつかめたが、誘拐された可能性がある。急ぎたい」
「場所、送って」
トニーが地図を転送すると、モモカは頬杖をやめた。画面を確かめながら、指先を動かしている。
「緊急で出せる機体はあるね。ただ、これって後から書類が山ほど来るんだよ。面倒なんだよね〜」
「書類は僕に回してくれていい」
「先生が書けない分もあるんだけどな〜」
「ああ、分かった。何が欲しい?」
「欲しい物をあげるから、言うことを聞けって? 先生も悪い大人だね〜」
「昼間から寝ている幹部殿とは、いい勝負だ。リンに聞かれたら、仲良く説教されそうだな」
モモカは小さく笑い、画面の外へ手を伸ばした。スナック菓子の袋が、その手に収まる。
「明太子チップス一箱。忘れないでよ」
「おまけに、イチゴミルクもつけておく」
トニーは作業着を脱ぎ、椅子の背に掛けた。作業台に広げていた部品をケースへ収め、最後にシッテムの箱を手に取った。
*
手首が痛い。
セリカは背中側で縛られた腕を動かし、何度目かのため息をついた。縄は緩む気配すらない。薄暗い部屋には高い位置に小さな窓があるだけで、外の様子も分からなかった。
銃も携帯も奪われている。廊下からは、ときおり見張りたちの話し声が聞こえた。
「……最悪」
バイトの帰り道で襲われ、気がつけばここにいた。どれだけ時間が経ったのだろう。学校では、みんなが心配しているはずだ。
また、迷惑をかけてしまった。置かれている状況よりも、対策委員会への申し訳なさで目尻が熱くなる。セリカは膝へ額を押しつけた。
不意に、外から短い銃声が聞こえた。顔を上げる。廊下が騒がしくなり、誰かの走る音が近づいては遠ざかった。
そして、ひときわ大きな爆発音。
「な、何!?」
床が震え、天井から埃が落ちてきた。セリカは身を縮め、扉を見つめた。
向こうで足音が止まった。
「セリカ。扉から離れて」
聞き覚えのある声だった。
セリカは慌てて壁際へ身を寄せた。直後、扉が大きく揺れた。二度目の衝撃で錠が外れ、明かりが差し込んでくる。そこには、見慣れた獣耳のある人影があった。
「ん、泣いているセリカを発見。連れて帰る」
「シロコ先輩!? な、泣いてないわよ!」
シロコは銃を下げ、セリカの後ろへ回った。手首を縛っていた縄が緩み、ようやく両腕が自由になる。
「見たところ、大きな怪我はなさそうだね。よかった。おじさん、心配だったよ〜」
扉からホシノが顔をのぞかせた。その後ろには、ノノミもいる。
「もう大丈夫ですよ、セリカちゃん! 外にいたカタカタヘルメット団は、制圧しましたから☆」
「みんな……どうやって、ここまで来たの?」
「ん、先生に協力してもらって、みんなで捜した」
「先生って……シャーレの?」
「詳しい話は後。泣いてるアヤネも待ってる。立てる?」
「……うん」
差し出された手を取り、セリカは立ち上がった。
*
建物の外では空が白み始めていた。
眩しさに目を細めるセリカの隣で、ホシノが通信機へ救出を報告している。返ってきたアヤネの声は、途中から涙声になっていた。
「ほら、無事だって。後で代わるから、ちょっと落ち着いてよ〜」
ホシノが苦笑する。そこへ、頭上から低い音が近づいてきた。
建物から離れた開けた場所へ降りてくるヘリコプターを、セリカは手で髪を押さえながら見つめた。
「あれに、先生が乗ってるの?」
「そうですよ。私たちが中へ入っている間、上空から周囲を確認してくださっていたんです」
ノノミが手を振った。
着陸した機体から、一人の男が降りてくる。片手にはタブレット端末。通話で見たときと同じ顔だった。
トニーは四人の前まで来ると、まずセリカへ目を向けた。
「いろいろと聞きたいことはあるが、まずは無事でなにより。痛むところは?」
「手首が、ちょっと。でも、大丈夫。……先生が、私を探してくれたの?」
「正確には、僕の秘書が君の端末の位置を調べた」
トニーが手にした端末へ目を落とした。
「……その人に、ありがとうって伝えておいて」
「伝えておく」
セリカは指先で制服の袖をつまんだ。それから、もう一度トニーを見た。
「あと、ごめんなさい。胡散臭いとか、言っちゃって」
口にした途端、目を合わせていられなくなった。視線を落とすと、耳まで伏せているのが自分でも分かった。
「謝ることはない。知らない大人をすぐに信用しないのは、悪いことじゃない。その用心深さが、アビドスを守ったこともあるんじゃないか?」
「っ……何それ。褒めてるの?」
セリカは返す言葉に詰まった。そんなセリカの顔を、シロコがのぞき込んでいた。
「ん、顔が赤い。体調が悪いなら、素直に言うべき」
「これは、違う……」
「先生。セリカだけでも、ヘリで病院に連れていってもらえないかな」
「大丈夫! 大丈夫だから!」
「病院には、どのみち寄ってもらうつもりだよー。アヤネちゃんも迎えに来てくれるし、帰り道でね」
ホシノがセリカの肩へ手を置いた。
「……もう、分かったわよ」
トニーは四人を見回し、背後のヘリへ目を向けた。
「全員送っていきたいところだが、定員オーバーだな」
「それ、先生が降りれば解決したりしない?」
ホシノがいたずらっぽく笑った。自分を「おじさん」と呼ぶこの少女には、ずいぶんと肩の力が抜けたところがある。
「その案は検討済みだ。残念ながら、僕にも帰りの足が要る」
「そっかー。それじゃ仕方ないね」
ホシノは小さく笑い、セリカの肩を軽く叩いた。
「こっちは大丈夫。後は私たちに任せて、先生も休んでね」
「ああ。学校に戻ったら、一度連絡をくれ」
トニーは踵を返しかけ、ふと思い出したように振り返った。
「それと、セリカ。バイト先のラーメン屋のおすすめを後で教えてくれ」
*
「先生、もう朝ですけど、お仕事に間に合いますか?」
ヘリへ戻る途中、アロナが尋ねた。
「ぎりぎりアウト、といったところだな。見せる物は作りかけで、遅刻はほとんど確定している」
「ええ!? 大丈夫なんですか?」
「明太子チップスを用意した方がよさそうだ」
「誰にでも通用すると思わないでください! 賄賂ばっかり使っていると、本当に悪い大人になってしまいますよ!」
「分かった。君へのイチゴミルクは──」
「それはそのままでいいです!」
トニーは笑い、機内へ乗り込んだ。
座席の足元には、地下室から持ち出したケースが固定されている。隣には、着替えを入れた鞄もあった。
「必要な物は積んである。移動中に、できるところまで仕上げるさ」
「少しは寝てくださいね」
「前向きに検討しておこう」
シートベルトを締めると、操縦席から生徒が振り返った。
「お疲れ様です、先生。帰りはシャーレでよろしいですか?」
「ああ、それなんだが。この後すぐ、外回りの仕事があってね。先方の近くのヘリポートへ向かってもらえるかな」
「了解しました。先方はどちらになりますか?」
「カイザー・コーポレーションの本社だ」