トニー・スターク先生   作:DRYSUPER

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7.捻じれと歪み

 窓から入り込んだ砂が、薄いカーペットのように廊下を覆っていた。

 

「もう……昨日も掃除したのに」

 

 セリカはぼやきながら、ちりとりに集めた砂を窓の外へ払い落とした。

 

「砂漠が相手だからねー。根気よく付き合っていくしかないよ」

 

「そう思うなら、ホシノ先輩も手伝って!」

 

 壁際に座り込んでいたホシノは、片目を開けた。

 

 セリカがこちらを見下ろしている。あの夜、縛られていた手首には、もう包帯もない。

 

「おじさんは、みんながちゃんと働いているか見守る係だから」

 

「さっきまで寝てたじゃない!」

 

「目を閉じてても、分かることはあるんだよー」

 

「じゃあ、掃除が終わったかどうか当ててみて」

 

「うーん、まだ?」

 

「正解。だから手伝って」

 

 腕をつかまれ、ホシノは「うへー」と気の抜けた声を上げながら、壁から背を離した。

 

 セリカが戻ってきてから、十日が経っていた。

 

 病院で診てもらった結果、大きな怪我はなかった。学校へ戻って早々、心配させたことを謝り、翌日にはいつもの調子でホシノの居眠りを叱っていた。

 

 その声を聞けるなら、掃除を手伝うくらいは安いものかもしれない。

 

 それでも、かわいい後輩をからかうのはやめられなかった。むきになって言い返してくる声を聞いている間は、嫌なことも頭の隅へ追いやれる。

 

 ようやく立ち上がったところで、アヤネの端末が鳴った。

 

「あ、先生からの支援物資が到着するみたいです!」

 

「おお。それじゃ、先に荷物を受け取らないとねー」

 

 ホシノはセリカの手をそっと外し、そそくさと玄関へ歩き始めた。

 

「掃除は後でやってもらうからね!」

 

「まあまあ。みんなで受け取りに行きましょう。今回も、かなりの量があるみたいですし」

 

 ノノミが笑顔で取りなす。その言葉に何度も頷きながら、ホシノは足を速めた。

 

 

     *

 

 

 赤と金色の機体が、校庭へゆっくりと降りてきた。

 

 何度見ても、目立つ色だ。砂ばかりの景色ではなおさらだった。

 

「これをデザインした人は、派手なのが好きみたいだねー」

 

「ん。遠くからでもよく見える」

 

 シロコは着地を待ちきれない様子で、積まれた箱を見ていた。

 

 弾薬、医療用品、保存食。アヤネが受け取った一覧には、ほかにも細々とした物が並んでいる。これだけの荷物を抱えて飛んできたというのに、機体はほとんど傾くことなく地面へ脚をついた。

 

「便利だねぇ。おじさんも乗せてもらえないかな」

 

「荷物として申請すれば、運んでもらえるかもしれませんよ☆」

 

「ノノミちゃん、申請は記入漏れのないようにお願いね」

 

「人を乗せるための物ではないと思いますけど……」

 

 アヤネは苦笑しながら、端末で受領の操作を済ませた。

 

「先生にも、ご連絡しておきますね」

 

 箱を下ろしている間、呼び出し音が続いた。やがて、通話はつながらないまま途切れた。

 

「……お忙しいみたいです」

 

「先生は、うちだけの先生じゃないからねー。メッセージを残しておけば、後で見てくれるでしょ」

 

「そうですね。写真も送っておきます」

 

 アヤネが荷物へ端末を向ける。その画面に映り込むようにシロコが顔を出し、無言で親指を立てた。

 

 ホシノも同じように指を立てたところで、セリカに箱を押しつけられた。

 

「写真はいいから! 先輩たちも運んで!」

 

「はいはーい」

 

 荷物を下ろし終えると、ドローンは再び浮かび上がった。

 

 ホシノは片手を振って見送り、箱を抱え直した。

 

 

     *

 

 

 倉庫の壁際に、箱が少しずつ積み上がっていく。

 

 セリカは中身を確かめながら、アヤネの一覧に印をつけていた。しばらく黙って作業していたが、ふとペンを止めた。

 

「ねえ。先生に、話した方がいいんじゃない?」

 

「何を?」

 

 シロコが箱を抱えたまま振り返る。

 

「その……借金のこと」

 

 ホシノは、持ち上げかけた箱から手を離した。

 

 アビドス高等学校が抱える借金は、九億円を超えている。完済の見通しは、立っていなかった。

 

「いつまでも黙ってるのも、どうかと思うのよ。こうして何度も助けてもらってるんだし……」

 

「おやおや。セリカちゃんが、先生を頼ろうって?」

 

「な、何よ」

 

「最初は、あんなに胡散臭いって言ってたのにねー」

 

「うぅ……でも、先輩たちだって、怪しいってところは否定しなかったでしょ!」

 

 セリカは顔を赤くし、一つ息を吐いた。

 

「別に、先生に払ってもらおうって話じゃないわよ。何か、私たちが知らない方法とか……そういうのがあるかもしれないじゃない」

 

「私も、相談してみていいと思います」

 

 アヤネが頷いた。

 

「先生も、学校のことを気にされていましたし。次にお話しするときには、きちんと事情を説明したいです」

 

「ん。賛成」

 

「私もです。五人で考えるより、いい案が浮かぶかもしれませんしね」

 

 ノノミもそう言って、ホシノを見た。四人の視線が集まる。ホシノは腕を組み、少しだけ考えた。

 

 あの先生は、セリカを助けるために夜中でも駆けつけてくれた。今回の物資にも、何かを差し出せという条件はついていない。

 

 それでも、借金の話をするとなれば……黙っていられないかもしれない。黒い服を着た男の姿が、一瞬、頭をよぎった。

 

「……そうだね。話してみようか」

 

 セリカの肩から力が抜けた。

 

「じゃあ、先生から返事が来たら――」

 

 

 

「アビドス高等学校! お邪魔するわよ!」

 

 

 

 外から響いた声に、五人は顔を見合わせた。

 

 ホシノたちは銃を手に取り、校庭へ出た。校門の向こうには、四人の少女が立っていた。

 

 その中央で赤い髪の少女が、こちらに気が付いた。少し離れた場所には、ヘルメットをかぶった連中も集まっていた。

 

「便利屋68、社長の陸八魔アルよ」

 

「あれ? 柴関ラーメンのお客さん?」

 

 セリカが目を丸くした。そういえば、先日店で会った顔だった。ずいぶん賑やかに食事をしていたのを覚えている。

 

「あら。覚えていてくれたのね」

 

「覚えてるわよ。何しに来たの?」

 

「仕事よ。あなたたちには、この学校から退いてもらうわ」

 

 一瞬、誰も何も言わなかった。

 

「……はあ!?」

 

 最初に声を上げたのは、やはりセリカだった。

 

「どういう事!? 山盛りのサービスまでしたのに、恩を仇で返すつもり!?」

 

 アルの肩が小さく跳ねた。

 

「そ、それとこれとは別の話でしょう」

 

「ラーメン、おいしかったねー。アルちゃん」

 

 隣の小柄な少女が、にやにやと笑う。

 

「ムツキ!」

 

「あ、あの、私も……おいしかったです……」

 

 おどおどとした様子の少女も、こくこくとうなずいた。

 

「ハルカ、感想は今じゃなくていいわ!」

 

「……はぁ。気が進まないなら、今からでも辞めたら?」

 

 あきれた様子の少女は、そう言いながらもこちらを警戒していた。

 

「カヨコまで、何を言ってるのよ!」

 

 便利屋68の漫才じみたやり取りを見ながら、ホシノは欠伸をかみ殺した。

 

「うへー。一緒にご飯を食べたら、少しは仲良くなれたと思ったんだけどなー」

 

「私情を仕事に持ち込まない。それがプロというものよ」

 

 アルは一つ咳払いをし、真剣な表情を作り、銃を構えた。

 

「恨みはないけれど、手加減はしないわ」

 

「はいはい。それじゃ、こっちも追い返させてもらおうかな」

 

 ホシノは盾を持ち上げた。セリカとシロコが左右へ分かれ、ノノミが後方で銃を構える。アヤネは校舎の入口へ下がり、端末を開いた。

 

 そのとき、塀の向こうから、いくつもの機影が浮かび上がった。

 

「あれは……」

 

 ホシノは目を細めた。

 

 灰色の機体だった。下部には大きな機関銃が取り付けられている。その重さを感じさせず、ドローンはアルたちの頭上で静止した。

 

「今回は、依頼主からの支援もあるの。悪いけれど――」

 

 アルの言葉が、銃声にかき消された。

 

 ホシノは盾を上げた。重い衝撃が、立て続けに腕へ伝わってくる。足元の砂が跳ね、背後で窓ガラスが砕けた。

 

「みんな、あのドローンに注意して」

 

 

     *

 

 

 便利屋68たちは、思っていたよりも厄介だった。

 

 ヘルメット団を押し返しても、その頭上からドローンが飛んでくる。低い塀の向こうまで回り込み、隠れた場所へ上から弾を浴びせてきた。機体へ銃口を向ければ、便利屋の四人が動く。こちらが狙いを定める隙を、簡単には与えてくれなかった。

 

 校庭のあちこちに、薬莢と機体の破片が散らばっていく。

 

「っ、しつこい……!」

 

 セリカが腕を押さえながら、壁際へ駆け込んだ。シロコの膝にも血がにじんでいる。ノノミは肩を負傷していたが、それでも二人を援護するために銃を撃ち続けていた。

 

 ホシノは盾を構え直した。腕へ伝わる衝撃の向こうで、機関銃の銃口が動く。通信機から、アヤネの声が聞こえた。

 

『右側に、もう一機――』

 

 轟音とともに、校舎の外壁が崩れた。通信が途切れる。

 

「アヤネちゃん?」

 

『……だ、大丈夫です。破片が、少し……』

 

 入口の向こうで、アヤネが額を押さえていた。指の間から、赤いものが流れている。

 

 ホシノは息を吐いた。

 

「セリカちゃん、シロコちゃん。アヤネちゃんのところまで下がって」

 

「でも、まだ――」

 

「うん。だから、ここは私がやる」

 

 ホシノは空を見上げた。残っているドローンは三機だった。

 

「ノノミちゃん。向こうの四人、少しだけお願い」

 

「……はい!」

 

 ノノミのミニガンが火を噴いた。便利屋の四人が身を隠す。その間に、ホシノは遮蔽物を離れた。

 

 正面の一機がこちらへ機首を向ける。

 

 ホシノは盾を傾けた。降り注ぐ弾を受けながら距離を詰め、銃口を上げる。

 

 一発。機体が傾いたところへ、もう一発。煙を噴いたドローンが、背後へ落ちた。

 

 横から迫る羽音に振り向く。二機目が銃口をこちらへ向けようとしていた。

 

 その真下へ素早く踏み込んだ。上へ向けた銃を撃つ。重い機関銃が機体から外れ、砂へ突き刺さった。追い撃ちを受けた本体も、その脇へ落下する。

 

 最後の一機が高度を上げ始めた。

 

 ホシノは駆けた。崩れた塀を踏み台にして跳び、逃げる機体を狙う。銃声が響いた。

 

 着地して振り返ったときには、三機目も煙を噴きながら落ちていた。

 

「な、なんですってー!?」

 

 アルが遮蔽物から顔を出していた。

 

「ちょっと、さっきまでそんな動きしてなかったじゃない!」

 

「おじさんも、なるべく疲れたくないからねー」

 

 そう言いながら、ホシノは弾を込め直した。

 

「でも、もう帰ってもらおうかな」

 

 盾を前へ出し、歩き始める。アルが銃を撃った。ホシノ盾で平然と受け止めながら、悠然と歩みを進める。

 

「ちょっ、待っ――」

 

 銃口を向けると、アルが慌てて頭を引っ込めた。直後、銃弾が遮蔽物を粉々にして、その衝撃でアルは後方へと吹き飛んだ。

 

「あ、アル様!?」

 

「社長。まだ続けるの?」

 

「撤収! 撤収するわよ!」

 

「えー、もう?」

 

「ムツキ、あなた、まだやりたいの!?」

 

「ううん。アルちゃんの面白い顔、十分見られたし」

 

「見てないで走って!」

 

 四人が校門の向こうへ引いていく。ヘルメット団も、地面に伏せていた仲間を引き起こし、後を追い始めた。

 

 ホシノは銃を構えたまま、その背中を見送る。追いかけるより先に、後輩たちの怪我を確かめたかった。

 

 

     *

 

 

「……行きましたね」

 

 アヤネの声に、ホシノはようやく盾を下ろした。

 

「うん。みんな、お疲れー」

 

 校庭を見回す。割れた窓。崩れた壁。運び込んだばかりの支援物資に、粉々になったガラスが降りかかっている。

 

 ホシノは盾を壁へ立てかけ、救急箱を取り出していたアヤネに声を掛けた。

 

「アヤネちゃん。その傷、見せて」

 

「私は大丈夫です。ほかのみなさんを――」

 

「いいから、見せて」

 

 額の傷を確かめ、ガーゼを当てる。

 

 隣では、ノノミがセリカの袖をまくっていた。シロコは片脚をかばいながらも、まだ校門の外を見ている。

 

「シロコちゃんも、手当てしてもらってね」

 

「ん。先に、周りを見てくる」

 

「それは、おじさんがやるから」

 

 シロコを座らせ、ホシノは校庭へ戻った。

 

 落ちたドローンの一部が砂に埋まっている。外装の破片を拾い、軽く振って砂を払った。

 

 灰色の塗装。今朝見たものとは、色も、積んでいた物も違う。それでも、やはり似ていた。

 

 偶然だろうか。同じところで買っただけかもしれない。では、あの便利屋にこれを渡したのは誰だ。

 

 拾った破片を裏返した。ホシノに分かることは、何も書かれていなかった。

 

「ホシノ先輩」

 

 顔を上げると、シロコが立っていた。膝には包帯が巻かれている。

 

「……顔、怖い」

 

「えー。そんなことないでしょ。ちょっと、疲れちゃっただけだよ」

 

 にへら、と笑ってみせたが、シロコはしばらくこちらを見ていた。

 

「それ、気になるの?」

 

 視線が、手元の破片へ落ちる。

 

「ちょっとね。見たことがある気がして」

 

「……今朝の?」

 

 ホシノはすぐには答えなかった。シロコが校舎を振り返る。誰かに電話をしているのか、アヤネが端末を耳へ当てていた。

 

「ん、先生に聞いてみる?」

 

「そうだね。まずは、聞いてみないと」

 

 破片を持ったまま、二人で戻った。セリカが散らばった荷物を箱へ戻そうとして、ノノミに止められていた。

 

「傷が開いちゃいますよ。今は休んでいてください」

 

「でも、片付けないと……」

 

「後でみんなでやればいいよー」

 

 ホシノが声を掛けると、セリカは渋々と箱から手を離した。その横でアヤネが端末を下ろす。

 

「……先生、まだ出られないみたいです」

 

「メッセージは?」

 

「送りました。襲撃があったことも、みなさんが無事なことも」

 

「そっか」

 

 ホシノは手の中の破片を見下ろした。

 

「……もう一回だけ、掛けてみてくれる?」

 

 アヤネが頷き、端末を操作する。呼び出し音が鳴り始めた。誰も口を開かなかった。

 

 朝は気にも留めなかったその音を、ホシノは最後まで聞いていた。

 

 先生は出なかった。

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