トニー・スターク先生   作:DRYSUPER

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8.E.D.I.T.H.

 キヴォトスでも有数の高さを誇る、超高層ビルのエントランスホール。

 

 吹き抜けの天井は高く、入口から受付までは妙に遠い。自分が小さくなったような気分になる。

 

 そこでは機械の身体を持つ者や、二本足で歩く動物たちが行き交っていた。誰もが端末や書類を手に、忙しそうにしている。

 

 シャーレの白い制服に眼鏡という姿で、トニーはその中を歩いていた。社員の見た目こそ違うが、どこか懐かしい光景だった。

 

「むにゃ……あれ、先生。もう着いたんですか?」

 

 手元の画面で、アロナが眠そうに目をこすった。

 

「ああ、お昼寝機能は正常に動いているようだな」

 

 セリカを救出してから、そのままここへ向かっていた。移動中も商談に持ち込む機体の調整に追われ、結局、一睡もしていない。

 

 受付まで進むと、トニーは首から下げたシャーレの身分証を示した。

 

「おはよう。連邦捜査部シャーレのトニー・スタークだ。商談の約束がある」

 

「おはようございます、スターク様。カイザーコーポレーションへようこそ。お話は伺っております。担当の者を呼びますので、少々お待ちください」

 

 受付係が内線で連絡を入れると、ほどなく一人の社員がやってきた。

 

「お待たせいたしました。四十二階、第十三会議室へご案内します。お荷物をお持ちしましょうか」

 

「助かる。少し重いぞ」

 

 大きなケースを預けると、社員は難なく持ち上げた。

 

 トニーはシッテムの箱を持ち直し、その後についてエレベーターへ向かった。

 

 

     *

 

 

 会議室には、数人の人型ロボットが座っていた。中央の一人が立ち上がり、こちらへ歩いてくる。

 

「お待ちしておりました、スタークさん」

 

「遅れて悪かった。予定外の仕事が入ってね」

 

「いえ、お気になさらず。先生としてのお仕事で、ご多忙なのは存じております。私はカイザーコンストラクションの代表を務めております。お会いできて光栄です」

 

 差し出された右手を握る。少なくとも、遅刻で商談を損ねる心配はなさそうだった。

 

「先日譲ってもらった廃材は、役に立ったよ。聞いていたより状態もよかった」

 

「それは何よりです。処分するにも費用が掛かる物でしたから、こちらとしても助かりました」

 

 トニーは勧められた席へ座り、シッテムの箱を机の端に置いた。運ばれてきたケースが、椅子の脇へ置かれる。

 

「忙しそうだな。下もずいぶん人が出入りしていた」

 

「おかげさまで。復旧工事の依頼が相次いでおりまして、人員も設備も増やしているところです。それでも、対応が追いつかないほどでして」

 

 カイザーコンストラクション。再開発や復興事業で大きな実績を持つ、カイザーグループの一社だ。

 

 事前に調べたところ、連邦生徒会長の失踪後、受注を大きく伸ばしていた。混乱によって増えた仕事を引き受け、グループ内でも存在感を強めているらしい。

 

「さて、資料は先に送っておいたが、改めて説明しよう」

 

 トニーは眼鏡のフレームへ軽く触れた。

 

「イーディス、起きてるか?」

 

『いつでも起きています』

 

「プレゼン用の資料を映してくれ」

 

 目の前にホログラムが浮かび上がり、キヴォトスの地図が表示された。各地に赤い印が散らばっている。

 

「道路の損傷、建物の破壊、物資の不足。赤い印は、その対応を求めている地域だ。ほとんどが、連邦生徒会長の失踪後に被害を受けている」

 

 トニーは地図を拡大した。

 

「例えば、この地域。着工はしているようだが、復旧がほとんど進んでいない」

 

「資材の搬入に時間が掛かっています。直接向かう道路が使えませんので」

 

「直すための資材を、直っていない道路で運ぼうとしているわけだ」

 

 トニーは席を立ち、ケースの留め具を外した。

 

「まず、そこを変えたい」

 

 赤と金色の機体を取り出し、机の上へ置く。幹部たちの視線が集まった。

 

「空輸用のドローンだ。すでに学校への物資支援に使っている。実際の運用結果も、資料に入れておいた」

 

「拝見しました。ですが、この積載量と航続距離は……」

 

 代表が手元の資料へ目を落とす。

 

「現在の上位モデルに近い性能です。それに対して、製造費用が低すぎるように思えるのですが」

 

「その機体には、君たちから譲ってもらった戦車の残骸を使っている」

 

「……あの廃材を、ですか?」

 

「使える材料を選び、必要な形に加工した。全部を新品で揃える必要はない」

 

「どのような設備で製造されたのです?」

 

「手元にある物を使った。工房は狭いが、今のところ苦情は生徒一人分で済んでいる」

 

「シャーレには、それほどの開発設備があるのですか? そちらの眼鏡も、ご自身で?」

 

「ええ。もっとも、設備だけで作れるなら、僕が遅刻をすることはなかった」

 

 代表が次の問いを口にする前に、トニーは資料を切り替えた。

 

「こちらは機体の設計と、製造への技術協力を提供する。そちらには工場と人員、それから実際の復興事業を担当してもらいたい」

 

「設計の使用料については、資料の記載どおりで?」

 

「ああ。製造台数に応じて支払ってもらう。僕が使う工場の利用料は、そこから相殺してくれ。差額はシャーレの活動資金に回す」

 

 トニーは資料の一項目を指した。

 

「復興事業の収益まで分配しろとは言わない。ただし、製造した機体はすべて運用管理システム、イーディスに登録する。運用の監督は僕が続ける」

 

 代表が書類を一枚めくった。

 

「復興を優先する地域は、シャーレからご指定いただくと」

 

「依頼の緊急性を見て相談する。工事の専門家は君たちだ。現場を見ずに順番だけ押しつけるつもりはない」

 

 自分一人で街を直して回れるわけではない。キヴォトス中の学校が抱える問題を、すべて引き受けることもできなかった。

 

 シャーレには権限がある。だが、道路を修理する作業員も、資材を運ぶ車両も揃っていない。権限を振りかざし、その不足を生徒たちに埋めさせるつもりもなかった。

 

 だからこそ、設備と人手を持つ企業に、仕事の一部を任せることに決めたのだった。

 

「……条件については、前向きに進められると思います」

 

 代表が、同席する幹部たちと頷き合った。

 

「工場の候補もございます。設備の使用範囲と、製造費用の分担について詰められれば――」

 

 その時、会議室の扉が開き、人型のロボットが入室してきた。

 

「失礼。興味深いお話をされていると伺ったもので。カイザーPMCの理事です。スターク先生。お会いできて光栄です」

 

 トニーは座ったまま理事を見上げた。

 

「今は、カイザーコンストラクションと話をしているんだが」

 

「承知しております。資料も読ませていただきました。廃材を利用し、これほど優れた機体を作られるとは。先生の技術力には驚かされました」

 

 理事の視線が、ドローンへ移る。

 

「積載能力、航続距離、そして少人数での統括運用。弊社の活動にも、大いに役立つはずです」

 

「軍事目的の使用は禁止だ。資料を読んだなら、分かっているはずだが」

 

「ええ。その点について、ご相談を」

 

 理事は書類の束を差し出した。

 

「物資の輸送には、安全な経路の確保が不可欠です。弊社が運用すれば、輸送と警備を一体で進められる。先生の望まれる復興にも、貢献できるでしょう」

 

「この機体に武器を載せたい、と聞こえるな」

 

「用途を限定しすぎるのは、惜しいということです」

 

 トニーは書類を受け取った。

 

「イーディス。送付済みの契約案と比較してくれ」

 

『確認します……利用目的、第三者への供与、および管理権限に関する条項に変更があります』

 

 理事が、トニーの眼鏡を見て口を開いた。

 

「ふむ。先生、その眼鏡は――」

 

「技術資料を社外へ渡していいとは、言っていないはずだ」

 

 トニーは言葉を遮り、コンストラクションの代表へ顔を向けた。

 

「同じグループ内で、事業上の連携を検討するために共有したものです。正式なご提案の前段階として――」

 

「その提案が、用途制限と停止権限の削除か」

 

 書類を閉じ、乱暴に机へ置く。

 

「条件は最初に伝えた。復興と輸送のために使う。それを前提に、設計を開示したんだ」

 

「先生。武器は使い方次第です」

 

 理事が口を開いた。

 

「十分な戦力があれば、無用な争いを防ぐこともできる。結果として、被害を減らせるとはお考えになりませんか?」

 

 聞き覚えのある理屈だった。かつてなら、自分が同じ席で口にしていただろう。

 

「考えたことはある。戦力を用意していた時期もある。そして、それを悪用されたこともある」

 

 トニーは眼鏡のフレームを指先で叩いた。

 

「だから、僕が監視できるようにした。いつでも、どこでも、だ」

 

 一息つき、眼鏡を外す。折り畳んでケースへ収めるまで、理事の視線が追っていた。

 

 

     *

 

 

 会議室の扉が閉まった。

 

 机の上には、署名を終えた契約書が残されている。

 

 軍事目的への使用は禁止。製造した機体の登録と運用状況の確認。違反があった場合の停止権限は、トニー・スタークが保持する。

 

 結局、条件はほとんど変わらなかった。

 

「ずいぶんと、物分かりがいいんだな」

 

 PMC理事が口を開いた。

 

 コンストラクションの代表は、契約書を揃えながら答えた。

 

「悪い条件ではありません。我が社の利益が伸びるのは確実です。工場の一部を貸し、復興事業を進めるだけでいいのですよ?」

 

「その事業を、外部の男が止められる」

 

「契約を守っていれば、止められることはありません」

 

「今まで、利益のためなら散々破ってきただろう? 連邦生徒会長がいなくなってから随分と余裕ができたようだな、カイザーコンストラクション」

 

 代表は理事を見据えた。

 

「御社の要求で、まとまりかけた話が危うく壊れるところでした。なぜ、あんな要求をしたのですか?」

 

 理事は空いた椅子へ腰を下ろした。先ほどまでトニーが座っていた席だった。

 

「……トニー・スタークという男を、便利な技術者だと考えているなら、改めた方がいい」

 

「どういう意味です?」

 

「あの男は商談の間に、こちらの工場をどう使い、どの地域から仕事を進めるかまで話を決めていった。君たちは、それを喜んで聞いていたな」

 

「提案に合理性があったからです」

 

「そうだ。利益も出る。だから受け入れる。次も、その次も」

 

 理事は、机の上の契約書へ指を置いた。

 

「そして気づいたときには、あの男なしでは、事業が成り立たなくなっている」

 

「随分と先のことまで心配されるのですね」

 

「発明品を売って終わる男ではない。設備を使い、人を動かし、決定権を握る。しかも、それを善意の顔でやってのける」

 

 代表は黙っていた。

 

「今は復興の順番を相談するだけで済んでいる。いずれ、それだけでは済まなくなるぞ。これは、グループ全体に関わる問題だ」

 

「懸念は分かりました。しかし、私たちは先生との契約を優先します」

 

 代表は理事から目をそらさなかった。

 

「あの眼鏡で、運用を監視すると言っていましたね。こちらが勝手なことをすれば見逃さない。強引なやり方をする、あなたへの警告でもあったのでしょう」

 

 理事は背もたれへ身体を預けた。

 

「そう。あの眼鏡だ」

 

 その視線が、トニーの出ていった扉へ向く。

 

「設計図は、すでにこちらにある。ならば、あの眼鏡さえ何とかすればいいのだろう?」

 

 

     *

 

 

 会議室を出たトニーは、エレベーターの前で足を止めた。大きなケースは、試作機とともに先方へ預けてきた。

 

 事前に調べていたとおり、カイザーグループは仕事を任せるには不安の残る相手だった。イーディスの管理権限はこちらにある。だが、それだけで安心するつもりはない。

 

 あの少年のように、イーディスを託せる相手がここにもいればよかったのだが――。

 

 そこまで考えたところで、エレベーターの扉が開いた。乗り込もうとして、中にいた人物と目が合う。

 

 

 黒いスーツ。その上にある顔も、黒かった。

 

 

 亀裂のような筋が走る顔を、トニーは見つめた。機械なのか、生き物なのか、判断がつかない。

 

「どうぞ」

 

 男が一歩、奥へ退いた。

 

「ああ、どうも」

 

 トニーはシッテムの箱を持ち直して乗り込み、一階のボタンを押した。

 

「スターク先生ですね」

 

 扉が閉まるのと同時に、声をかけられた。

 

「受付では名乗ったが、声が大きかったか?」

 

「お噂を伺っております。ぜひ一度、お話ししたいと思っていました」

 

 男が右手を差し出す。

 

「黒服と申します。以後、お見知りおきを」

 

「覚えやすい名前だ」

 

 シッテムの箱を左腕に抱え、手を握った。冷たい。

 

「キヴォトスでの生活には、慣れましたか?」

 

「それなりにはね」

 

 トニーは握手を解こうとしたが、相手の指は緩まなかった。

 

「初対面の相手に手を放してもらえないのは、まだ慣れないが」

 

「失礼。少々、気になることがありまして」

 

 黒服が、握った手へ目を落とす。

 

 触れられているのは手のひらだけだった。それなのに、腕の内側を通して、身体の奥まで覗き込まれているような感覚がした。

 

 トニーは右腕を引いた。

 

 動かない。

 

「……これは。クックック……」

 

 低い笑い声が漏れた。

 

 黒服の視線が右手から腕へ、それから顔へと移る。身を乗り出してくる黒服に、トニーは右足を半歩引いた。

 

「先生。あなたは――」

 

 その時、エレベーターの到着を知らせる音が鳴った。

 

 扉が左右へ開き、エントランスの話し声が流れ込んでくる。

 

「僕が大声を出す前に、手を放した方がいい」

 

 トニーが告げると、黒服はようやく手を放した。

 

「ええ。お引き止めしてしまいましたね」

 

 トニーは右手を一度握り、開いた。そのまま相手から目を離さず、扉の外へ出る。

 

「また、お話しする機会もあるでしょう。そのときは、腰を据えてお話ししたいものです」

 

「ああ。そんな日が来ないことを願っているよ」

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