疎遠だった親友がTSして家に転がり込んできた話 作:you are not
「……ってことがあったんだ」
ベルはそう言って、紅茶を一口飲んだ。
「なるほどねぇ」
僕はソファに背を預けながら、腕を組む。
「ヘビは相変わらずだね」
「……感想それだけかよ」
「だって、ヘビはヘビだし。自分の息子相手でもそういうことするだろうなって」
「人の親父を……いや、まぁそうなんだけど」
ベルが呆れたようにため息を吐く。そんな雑なしぐささえも女性なると、可憐に映るらしい。
「まあ、ベルの事情は分かったよ。それで……これからどうするの?家を追い出されたんでしょ?」
「……そうだけど」
「じゃあ、帰るところないじゃん」
「悲しい現実がよぉ」
ベルが頭を抱えて落ち込む。
「お兄さんたちは?」
「あー……」
ベルはカップを置き、少しだけ考えるように視線を逸らした。
「アスモにぃは無理」
「どうして?」
「新婚で、義姉さんとの幸せ邪魔したくない」
「ああ、確かに」
ベルのその言葉に僕は納得するしかなかった。
アスモデウスは、確かに優しい人だ。ベルとの仲も悪くない。頼れば泊めてくれるだろう。
だからこそ、ベルは頼りたくないのだろう。
「あと、今の姿見たら絶対着せ替え人形にされる」
「否定できないなぁ……」
そして、女装をこよなく愛するならば今のベルフェゴールは絶対リカちゃんにする。さらには男装大好きな奥さんも混ざって大変なことになることが目に見てる。
「マモンは?」
「もっと無理」
「なんでさ?」
「兄貴は……」
ベルはそこで言葉を止めた。
「……優しい。うん、身内には優しいんだよ」
そう言って、ベルは嫌そうな顔をする。
「でも、あの人の優しさって部活の監督みたいな感じでさ」
「部活の監督?」
「『お前、いつまでそんなところで止まってるんだ。ほら立て、明日から走り込み三十周な』って感じ」
「なるほど」
「俺が今行ったら、絶対に『じゃあ大学はどこにする?』とか『就職先は?』とか始まる。とにかく、頑張る奴を評価するからあの人」
「あー……」
中卒で起業して、成功するような人間だ。なんか想像できる。
「友達に頼るってのも、考えたけど……無理だ」
ベルはぽつりと呟いた。さっきまでとは違う声だった。
「今の俺を見せられるかよ。友達に、いきなり女になった俺を見せてみろ。どういう顔されるか分かんねぇだろ」
ベルは自分の髪を指先でつまんだ。
「笑われるかもしれない。気を遣われるかもしれない。腫れ物みたいに扱われるかもしれない……誰だって、お前みたいに能天気じゃねぇんだよ」
「……うん」
「否定しろよ馬鹿……」
そう言って、ベルは俯いた。
僕はしばらく黙っていた。けど、ベルの言葉を否定することはできなかった。
「……そうだね。たぶん、ベルの言う通りだよ」
友達だから大丈夫。きっと受け入れてくれる。そんな保証なんて、どこにもない。僕だって、ベルの立場になったことがあるわけじゃない。
―――それでも
「それでも、僕は君を助けたい。ベルは僕の親友だから」
「……俺、お前と一年もまともに連絡取ってなかったんだぞ、突然女になって押しかけてきたんだぞ?」
「一年連絡がなかったとか、女になったからって僕たちが親友じゃなくなるわけないよ」
「ほんと、お前のそういうまっすぐなところが……」
ベルは膝を抱えて、うずくまって黙り込む。
僕も同じくしばらく黙っていた。
「そのさ、ベル。とにかく、今夜くらいは泊っていきなよ。雨もひどいし」
「……うん」
「なんなら、しばらくうちにいていいよ」
「それは嫌だ」
「そっか。じゃあ、他に泊まるところ探さないとね」
「……………」
なんだろう。無言で腕をつねるのやめてもらっていいですか?
すっごい、不機嫌アピールしてくるじゃんベル。
「……なんでだよ」
「え?」
「なんでそこで引き下がるんだよ」
「いや、嫌なんじゃないの?」
「そうだけど……」
「じゃあ、無理には言えないじゃん」
「……」
ベルは露骨に顔をしかめて、無言で僕の脛をゲシゲシと叩いてくる。地味に痛い、心が。
けど、なんとなくわかってきた。これ、母さんと同じだ。
僕の母親は、昔からこういうところがある。
本当はしてほしいのに、自分からは絶対に「してほしい」と言わない。だからといって、いざこっちが何もしないと、なぜか機嫌が悪くなる。
「……じゃあさ」
僕は小さく息を吐いた。
「今夜だけ泊っていきなよ。明日のことは明日考えよう?」ベルはしばらく黙っていた。
やがて、ほんの少しだけ顔を背ける。
「……今日だけだからな」
「うん」
僕は笑った。
「ベルのしたいようにしていいよ」
「……そのわかってますって感じやめろ」
ベルの眉間に、また皺が寄った。どうやら、今度は別の意味で機嫌が悪くなったらしい。
ベルはめんどくさい女