家族に捨てられた天才少女は、人懐っこい同級生に溺愛される 作:めろんちゃん
夜の帳が下り、エレノアの家は穏やかな静けさに包まれていた。
夕食の片付けを終えたエレノアの母は、優しく微笑む。
「二人とも、ゆっくり過ごしてね。」
「はーい!」
元気よく返事をするエレノアの隣で、リシェルも小さく頭を下げた。
「ありがとうございます。」
そんな何気ないやり取りでさえ、リシェルには新鮮だった。
誰かと同じ家で夜を過ごす。
それだけで、胸の奥が少しだけ落ち着かない。
◇
「リシェル、お風呂空いたよ!」
「……うん。」
リシェルは着替えを持って浴室へ向かった。
しばらくして――。
髪を軽くタオルで拭きながら部屋へ戻ってくる。
白銀の長い髪はまだ少し濡れていて、水滴がさらりと肩へ流れ落ちる。
ゆったりとした部屋着に身を包んだ姿は、普段の制服姿とは違う柔らかな雰囲気をまとっていた。
「お、おかえり……。」
エレノアは思わず言葉を詰まらせる。
「……どうしたの?」
首をかしげるリシェル。
「いや、その……。」
エレノアは耳まで真っ赤になりながら慌てて目を逸らした。
(かわいい……。)
(なんで部屋着姿までこんなに可愛いの……。)
心臓がどきどきと音を立てる。
「顔、赤いよ。」
「な、なんでもない!」
「ちょっと暑いだけだから!」
慌てて両手で頬を押さえるエレノア。
その反応を見て、リシェルは不思議そうに瞬きをした。
「変なの。」
「うぅ……その言い方まで可愛い……。」
「?」
意味が分からず首を傾げるリシェルだった。
◇
やがてエレノアもお風呂から戻ってくる。
二人は部屋で並んで座り、窓から見える星空を眺めていた。
静かな時間が流れる。
「ねぇ、リシェル。」
「なに?」
「その……お願いがあるんだけど。」
「お願い?」
エレノアは少し照れたように笑う。
「髪、梳かしてみたい。」
「髪?」
「うん。」
「すごく綺麗だから……。」
「一度だけでいいから梳かしてみたくて。」
リシェルは自分の白銀の髪へ手を添える。
誰かに髪を触れられた記憶は、ほとんどない。
少しだけ迷う。
「……嫌だったら断ってね!」
エレノアは慌てて付け加えた。
「無理にとは言わないから。」
その言葉を聞いて、リシェルは静かに首を振る。
「……少しだけなら。」
「ほんと!?」
「うん。」
エレノアは嬉しそうにブラシを手に取った。
「じゃあ、失礼します。」
後ろへ回り込み、そっとブラシを通す。
さらり。
白銀の髪が月明かりを受けてきらめいた。
「……すごい。」
エレノアは思わず息を呑む。
「絹みたい。」
「そんなことない。」
「あるよ。」
「本当に綺麗。」
優しく丁寧に梳かしていく。
ブラシが引っかかることは一度もない。
長く美しい髪は、指の間を滑るように流れていく。
「気持ちいい?」
「……うん。」
リシェルは静かに目を閉じる。
誰かにこんなふうに髪を梳かしてもらうのは初めてだった。
不思議と安心する。
「ありがとう。」
ぽつりと零れた一言。
エレノアは嬉しそうに微笑んだ。
「こちらこそ。」
「梳かさせてくれてありがとう。」
◇
二人はベッドへ腰掛け、お揃いの星形のキーホルダーを並べる。
「こうして見ると、本当にきれい。」
エレノアが笑う。
「うん。」
リシェルも小さく頷いた。
「明日はどこへ行こうか?」
「エレノアが決めて。」
「じゃあ、昔私がよく行ってた遊園地に行こう!!」
「……楽しそう。」
その言葉に、エレノアは目を丸くする。
「今、自分から『楽しそう』って言った!」
「……言った?」
「うん!」
嬉しそうに笑うエレノアを見て、リシェルもつられて微笑んだ。
誰かと明日の予定を話しながら眠りにつく夜。
そんな当たり前の幸せを、リシェルは初めて知った。
◇
翌朝。
窓から差し込む朝日で、エレノアはゆっくりと目を覚ました。
「……ん。」
まだ少し眠気の残る目で隣を見る。
そこには、まだ眠っているリシェルの姿があった。
普段は誰よりも落ち着いていて、何でも一人でこなしている彼女。
けれど今は、少しだけ無防備な表情で眠っている。
「……かわいい。」
思わず小さく呟く。
エレノアは無防備なリシェルの頬を突っついて遊んでいた。
(もちもちしてる)
すると、リシェルがゆっくりと目を開けた。
「……エレノア?」
「おはよう、リシェル。」
「……おはよう。」
返事はしたものの、まだ完全には目が覚めていないらしい。
ぼんやりとした表情のまま、リシェルはエレノアの方へ少し近づく。
「……もう少しだけ。」
「え?」
「まだ眠い。」
そう言って、リシェルはエレノアの肩へそっと寄りかかった。
一瞬、エレノアの思考が止まる。
「リ、リシェル……?」
「……五分だけ。」
いつもの冷静な声とは違う、少し甘えるような声。
エレノアの胸が大きく跳ねる。
(こんなリシェル、私しか知らないのかな……。)
そう思うと、嬉しくて仕方なかった。
「うん。」
エレノアは優しく笑う。
「五分だけね。」
しばらくして、リシェルははっとして顔を上げた。
「……私、今。」
「うん?」
「……。」
自分が甘えていたことに気づき、少しだけ頬を赤くする。
「忘れて。」
「無理!」
エレノアは嬉しそうに笑った。
「絶対忘れない!」
「……。」
リシェルは困ったように目を逸らす。
けれど、嫌ではなかった。
◇
二人は一緒に朝食を囲み、身支度を整える。
鞄には、お揃いの星形のキーホルダー。
それを見たエレノアは嬉しそうに笑った。
「今日もお揃いだね。」
「……うん。」
リシェルは小さく頷く。
それだけで、胸が少しだけ温かくなった。
「それじゃあ行こう!」
「うん。」
こうして二人は、新しい休日の思い出を作るため、並んで家をあとにするのだった。
――休日デートは、まだ始まったばかりだった。