家族に捨てられた天才少女は、人懐っこい同級生に溺愛される 作:めろんちゃん
休日の朝。
青空がどこまでも広がり、絶好のお出かけ日和だった。
待ち合わせ場所へ向かう道で、エレノアはどこか懐かしそうに微笑んだ。
「そういえば、この遊園地に来るのは久しぶりなんだ。小さい頃は、お父さんとお母さんによく連れてきてもらってたんだけど、最近は全然来られてなくてね。」
そう言って少し照れくさそうに笑う。
「去年から大規模な改装があって、新しいアトラクションや魔法を使ったパレードも増えたらしいの。だから今日は、昔とは違う遊園地をリシェルと一緒に回れるのがすごく楽しみ!」
その笑顔を見つめながら、リシェルは静かに口を開く。
「……私は、遊園地に来るのは初めて。」
「えっ、本当に?」
驚くエレノアに、リシェルは小さく頷いた。
「こういう場所に来る機会は、一度もなかったから。」
その一言にエレノアは少しだけ表情を曇らせるが、すぐに明るく笑った。
「じゃあ今日は、リシェルにとって一番楽しい思い出を作ろうね!」
その言葉に、リシェルも柔らかく微笑み、小さく「……うん」と答えた。
◇
大きな門をくぐると、そこには色とりどりの世界が広がっていた。
観覧車。
メリーゴーランド。
ジェットコースター。
屋台から漂う甘いお菓子の香り。
あちこちから聞こえる楽しそうな笑い声。
「すごーい!」
エレノアは目を輝かせる。
「まず何に乗ろう!」
「エレノアが決めて。」
「じゃあ、メリーゴーランド!」
「……うん。」
二人は並んで木馬に乗る。
ゆっくりと回り始める景色。
風に揺れる白銀の髪を見ながら、エレノアは思わず見惚れてしまう。
(やっぱり綺麗……。)
「エレノア?」
「あっ、ごめん!」
「ぼーっとしちゃった。」
リシェルは少しだけ首を傾げ、それから小さく笑った。
◇
その後も二人は園内を歩き回った。
次に向かったのは、お化け屋敷だった。
「ここ、面白そう!」
エレノアは楽しそうに入口を見る。
「暗い場所を歩いて、魔法仕掛けの幽霊を避けるんだって!」
「……そう。」
リシェルは平静を装って頷く。
しかし、入口から聞こえる不気味な音に、ほんの少しだけ肩が揺れた。
「リシェル?」
「何でもない。」
「今、少し驚いた?」
「驚いて、ない。」
即答だった。
けれど、エレノアには分かってしまった。
「もしかして……怖い?」
「違う。」
「私は魔法学院首席。」
「この程度の仕掛けで怖がるわけがない。」
いつも通りの無表情。
でも、歩く速度が少しだけ速い。
エレノアは思わず笑ってしまう。
「ふふっ。」
「……何。」
「ううん。可愛いなって思っただけ。」
「……。」
リシェルは少しだけ頬を膨らませる。
「可愛くない。」
「怖くない。」
「……本当に?」
「本当。」
そう言いながらも、館内に入ってすぐ。
突然現れた魔法仕掛けの人形に――。
「……っ。」
リシェルの足が止まる。
無意識にエレノアの服の袖を掴んでいた。
「リシェル?」
「……これは。」
「予想外の演出だっただけ。」
「怖いわけじゃない。」
必死に強がる姿に、エレノアは優しく笑う。
「うん。」
「怖くないんだね。」
「……そう。」
「じゃあ、私が隣にいるから大丈夫。」
エレノアはそっとリシェルの手を握る。
「怖くてもいいんだよ。」
「無理して強がらなくても。」
その言葉に、リシェルは少し目を伏せる。
誰かに弱いところを見せること。
それは、今まで一度もできなかったことだった。
「……。」
しばらくして、小さく呟く。
「……少しだけ。」
「え?」
「少しだけ、苦手かもしれない。」
エレノアは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、最後まで一緒に行こう。」
「私がいるから。」
「……うん。」
リシェルは小さく頷く。
その後は、エレノアの手を握ったまま、お化け屋敷を進んでいった。
出口に着く頃には、リシェルの表情も少し柔らかくなっていた。
「楽しかったね!」
「……まあ。」
「また強がってる?」
「違う。」
そう言いながらも、リシェルの口元には小さな笑みが浮かんでいた。
その後も二人は園内を歩き回った。
的当てではリシェルが見事に景品を当てたり。
焼き菓子を半分こして食べたり。
気づけば自然と笑い合う時間が増えていた。
「今日は本当に楽しいね。」
エレノアが笑う。
リシェルも静かに頷く。
「……うん。」
その一言だけで、エレノアは嬉しくなった。
◇
昼過ぎ。
二人はベンチで少し休憩することにした。
その時だった。
「パパー!」
「待ってー!」
近くを、小さな女の子が笑顔で走っていく。
その後ろを父親と母親が笑いながら追いかける。
「転ばないようにね。」
「今日は好きなもの、いっぱい乗ろうか。」
「うん!」
楽しそうな家族の笑い声が、青空へと響いた。
その光景を見つめたまま、リシェルの表情が曇る。
「……。」
瞳が揺れる。
胸の奥に、忘れたはずの記憶が静かによみがえってくる。
――もう必要ない。
――出て行きなさい。
冷たい言葉。
閉ざされた扉。
振り返ることなく去っていった家族の背中。
知らず知らずのうちに、リシェルは手をぎゅっと握り締めていた。
「リシェル?」
エレノアが心配そうに声をかける。
「顔色、悪いよ。」
「……大丈夫。」
短い返事。
けれど、その声は少しだけ震えていた。
「本当に?」
「……。」
リシェルは答えられなかった。
エレノアは少しだけ困ったように笑い、それ以上は何も聞かなかった。
代わりに、リシェルの隣へそっと腰を下ろす。
「少し休もうか。」
「急がなくても、遊園地は逃げないし。」
その優しい言葉に、リシェルはゆっくりと目を閉じる。
「……ごめん。」
「謝らなくていいよ。」
「誰だって、元気が出ない時はあるもん。」
その一言が、胸にじんわりと染み込んでいく。
理由を聞かない。
無理に笑わせようともしない。
ただ、隣にいてくれる。
そんなエレノアの優しさが、リシェルには何よりも嬉しかった。
◇
しばらくして、リシェルは小さく息を吐いた。
「……もう大丈夫。」
「ほんと?」
「うん。」
まだ少し寂しそうな笑顔だった。
それでも、先ほどより表情は柔らかくなっている。
「じゃあ、次は観覧車に乗ろう!」
エレノアが明るく言う。
「上から街を見たら、きっと気分も変わるよ。」
リシェルはその言葉に、小さく頷いた。
「……行こう。」
二人は並んで歩き出す。
その背中を、夏の優しい風がそっと押していた。
リシェルはまだ、自分の過去を話す勇気はなかった。
けれど、一人で抱え込まなくてもいいのかもしれない。
そんな小さな希望が、心の中で静かに芽生え始めていた。