家族に捨てられた天才少女は、人懐っこい同級生に溺愛される 作:めろんちゃん
教師と医療班がすぐに駆け寄り、倒れたリシェルを囲んだ。
「大丈夫か!」
「足を見せて。」
リシェルは痛みに顔をしかめながらも、小さく頷く。
「……はい。」
医療班が左足首を慎重に確認する。
幸い骨に異常はなく、強くひねっただけのようだった。
「軽い捻挫だね。」
「今日は無理をしないように。」
包帯を巻かれたリシェルはゆっくり立ち上がる。
歩けることを確認すると、観客席から安堵の声が漏れた。
「よかった……。」
「大きな怪我じゃなかったんだ。」
◇
一方、エレノアは競技場の端でうつむいたまま動けずにいた。
「私のせいだ……。」
「私がちゃんと渡せなかったから……。」
手は震え、涙が今にもこぼれそうになる。
その時だった。
「……エレノア。」
聞き慣れた優しい声。
顔を上げると、そこには足をかばいながら歩いてくるリシェルの姿があった。
「リシェル!」
エレノアは慌てて駆け寄る。
「ご、ごめん!」
「私が失敗したせいで……!」
「本当に、ごめんなさい……!」
何度も頭を下げるエレノア。
そんな彼女を見て、リシェルは静かに首を横へ振った。
「違う。」
「……え?」
「エレノアのせいじゃない。」
「でも……!」
「私が無理をしただけ。」
穏やかな声だった。
「バトンを落としたくなくて、私が無理な体勢になった。」
「だから、責任は私にもある。」
エレノアは何も言えない。
「それに。」
リシェルは優しく微笑む。
「まだ終わってない。」
「え……?」
「午後には障害物競走がある。」
「エレノアが頑張ってきた競技。」
「練習、いっぱいしたでしょう?」
エレノアの瞳が揺れる。
「だから。」
「最後まで頑張って。」
「私の分まで。」
その言葉に、エレノアの目から涙がこぼれた。
「……うん。」
「頑張る。」
「絶対に勝つ!」
リシェルは小さく頷いた。
「それでいい。」
◇
午後。
最後の目玉競技――魔法障害物競走。
学院名物のこの競技は、ただ速く走るだけではない。
コースには魔力によって作られた数々の障害物が配置されている。
最初に待ち受けるのは、巨大な炎の壁。
赤々と燃え上がる炎は熱気を放ち、近づくだけで肌が焼けるような感覚を与える。
選手たちは水魔法や氷魔法で炎の勢いを抑えながら突破しなければならない。
続くのは、空中に浮かぶ吊り橋。
常に風魔法が吹き荒れており、一歩間違えれば足元をすくわれる危険な場所だ。
さらにその先には、魔力で動く巨大な岩が転がる坂道。
迫りくる岩を避けながら、瞬時の判断で進路を選ばなければならない。
最後に待つのは、高さ数メートルにも及ぶ魔法壁。
身体能力だけでは届かないその壁を、魔法と技術で乗り越える必要がある。
魔法操作、判断力、身体能力。
すべてが試される、学院屈指の人気競技だった。
◇
「位置について!」
スタートラインに立つエレノア。
周囲の歓声が遠く感じる。
緊張で手が震えそうになる。
けれど――。
観客席を見る。
そこには、足を治療しながらも応援してくれているリシェルがいた。
(リシェル……。)
(見ててね。)
スタートの合図が鳴る。
「――開始!」
次の瞬間、エレノアは地面を蹴った。
風を切る音が耳元を駆け抜ける。
最初の炎の壁が迫る。
赤い炎が高く燃え上がり、行く手を完全に塞いでいた。
熱風が頬を撫で、思わず足が止まりそうになる。
しかし。
「止まらない。」
「魔法も走る動作の一つ。」
リシェルの言葉が頭に響く。
エレノアは走りながら杖を振る。
「《ウィンド・カッター》!」
鋭い風の刃が炎の中心を切り裂く。
一瞬だけ生まれた道。
そこへ迷わず飛び込む。
炎の熱が身体を包む。
髪が揺れ、息が熱くなる。
それでも止まらない。
炎の壁を抜けた。
「突破した!」
観客席から歓声が上がる。
◇
次は吊り橋。
足場は細く、下には魔法で作られた霧が広がっている。
強烈な風が横から吹きつける。
身体が押し流されそうになる。
「っ……!」
一瞬、足が揺れる。
でも、エレノアは踏みとどまった。
練習の日々を思い出す。
リシェルが何度も教えてくれた。
「魔法は力じゃない。」
「必要な時に、必要な分だけ使う。」
エレノアは小さな風魔法を足元へ流す。
強く押し返すのではなく、風に合わせる。
身体が軽くなる。
揺れる橋を、一歩ずつ進む。
そして――。
渡り切った。
◇
最後の難関。
巨大な岩が転がる坂道。
ゴロゴロという低い音が響く。
後ろから迫る岩。
前には狭い通路。
「頑張れー!」
観客の声が飛ぶ。
エレノアは焦りそうになる。
でも、深呼吸をした。
魔力を集中させる。
「《エア・ステップ》!」
足元に風の足場を作り、一気に横へ跳ぶ。
巨大な岩がすぐ横を通り過ぎる。
風圧で身体が揺れる。
それでも着地する。
最後の壁が見えた。
◇
高い魔法壁。
以前なら、きっと迷っていた。
でも今は違う。
リシェルと一緒に練習した。
失敗しても、何度も立ち上がった。
「私は……!」
杖を握り締める。
「できる!」
風魔法を全身にまとわせる。
跳ぶ。
高く。
もっと高く。
壁の向こう側へ身体が届く。
そして――。
「ゴール!!」
一着だった。
会場中が大きな拍手に包まれる。
「やったぁーー!!」
エレノアは息を切らしながら休憩所を見た。
その視線の先には、保健席から拍手を送るリシェルの姿。
目が合う。
リシェルは静かに笑い、小さく親指を立てた。
エレノアも満面の笑みで笑い返す。
「リシェル!」
「私、やったよ!」
◇
その後、閉会式が行われた。
リシェルが途中離脱したこともあり、クラスは惜しくも総合二位。
優勝には届かなかった。
それでも、誰一人として暗い顔はしていなかった。
「二位でも十分すごいよ!」
「最高の体育祭だったね!」
仲間たちが笑い合う。
エレノアはリシェルの隣へ歩いていく。
「ごめんね。」
「優勝できなかった。」
リシェルは首を横に振る。
「私は悔しくない。」
「え?」
「エレノアが最後まで走り切った。」
「それだけで十分。」
その言葉に、エレノアは胸がいっぱいになる。
「ありがとう……。」
「私、もっともっと強くなる。」
「リシェルの隣で胸を張って歩けるように。」
リシェルは少し照れたように笑った。
「……もう十分、隣にいてくれてる。」
その一言に、エレノアの頬がほんのり赤く染まる。
夏の青空の下。
二人は並んで歩き出す。
体育祭で繋いだ想いは、優勝という結果以上に、二人の心の距離を縮めていた。