家族に捨てられた天才少女は、人懐っこい同級生に溺愛される 作:めろんちゃん
体育祭が終わってから一週間。
学院には再び穏やかな日常が戻り、生徒たちは夏休みを目前に浮き足立っていた。
教室では授業が終わるたびに、あちこちから楽しそうな声が聞こえてくる。
「今年こそは海へ行くぞ!」
「私はおばあちゃんの家!」
「みんなで花火大会にでも行こうよ!」
そんな会話が飛び交う中、エレノアは机に突っ伏した。
「うぅ……。」
「どうしたの?」
隣の席のリシェルが首を傾げる。
「宿題……。」
エレノアは教師から配られた分厚い冊子を持ち上げる。
「こんなの終わる気がしないよ~。」
教室中から笑いが起きた。
「毎年そう言ってるじゃん!」
「エレノアは最終日に泣くタイプだよね」
「違うもん!」
頬を膨らませるエレノア。
そんな様子を見て、リシェルは小さく笑った。
「計画的にやれば終わる。」
「リシェルだから言えるんだよ……。」
「私は毎年ギリギリなの。」
「じゃあ、一緒にやる?」
何気ない一言だった。
エレノアは目を丸くする。
「え?」
「宿題。」
「一緒なら、早く終わると思う。」
「ほ、本当!?」
リシェルは静かに頷いた。
「うん。」
「教えられるところは教える。」
エレノアは思わず立ち上がる。
「やったー!」
「今年の夏休みは勝ったね!」
教室中から笑い声が上がる。
◇
放課後。
二人はいつものように並んで帰っていた。
夕日に照らされた石畳を歩きながら、エレノアが楽しそうに話し始める。
「夏休みって楽しみだよね。」
「家族で旅行もあるし、家でゴロゴロも出来るし〜。」
「リシェルは毎年どんな夏休みを過ごしてるの?」
その問いかけに、リシェルの足が少しだけ止まる。
「……私?」
「うん!」
少しだけ沈黙が流れた。
「毎年……。」
リシェルは遠くを見るような目をした。
「家で本を読んだり。」
「魔法の勉強をしたり。」
「庭で魔法の練習をしたり。」
「それだけ。」
エレノアは少し驚く。
「友達とは?」
「……いない。」
「旅行とかは?」
リシェルは静かに首を横へ振った。
「したことない。」
「夏祭りも、花火大会も……。」
「行ったことない。」
その言葉に、エレノアは胸が締め付けられた。
「じゃあ……。」
「ずっと、一人?」
「……うん。」
リシェルは小さく微笑む。
「慣れてるから。」
その笑顔は、どこか寂しそうだった。
「昔から、夏休みは静かだった。」
「誰とも話さなくても、一日が終わることもよくあった。」
「朝起きて、本を読んで、ご飯を食べて、また勉強して……。」
「気が付いたら夜になってる。」
淡々と語るその日常は、本人にとっては当たり前だった。
けれど、エレノアにはとても寂しいものに聞こえた。
「……そっか。」
リシェルは空を見上げる。
「だから、夏休みは好きでも嫌いでもなかった。」
「ただ、長い休みっていうだけ。」
◇
二人は学院近くの公園へ立ち寄り、ベンチに腰掛ける。
蝉の鳴き声が、夏の訪れを知らせていた。
エレノアは少し考え込んだあと、ぱっと笑顔になった。
「じゃあ!」
「今年の夏休みは違うね!」
「え?」
「一人じゃない!」
「宿題は一緒にやるし、街にも遊びに行こう!」
「夏祭りも、花火大会も、かき氷も!」
「やりたいこと全部やろう!」
勢いよく並べられた予定に、リシェルは思わず目を瞬かせた。
「そんなに……?」
「もちろん!」
「今年は私がリシェルを連れ回すから!」
胸を張るエレノアに、リシェルはくすっと笑う。
「……大変そう。」
「あっ、笑った!」
「今笑ったよね!」
「……少しだけ。」
「その笑顔、もっと見たいな。」
真っ直ぐな言葉に、リシェルは少し照れたように目を逸らした。
「……努力する。」
「うん!」
エレノアは嬉しそうに頷いた。
◇
帰り道。
夕焼けに染まる街を歩きながら、リシェルは胸の奥の小さな変化に気付いていた。
今までの夏休みは、ただ時間が過ぎるのを待つだけだった。
けれど今年は違う。
誰かと約束がある。
誰かと会う予定がある。
「一緒に過ごそう」と言ってくれる人がいる。
そんな夏休みは、初めてだった。
自然と口元が緩む。
――夏休みが待ち遠しい。
その気持ちを抱いたのも、きっと初めてだった。