家族に捨てられた天才少女は、人懐っこい同級生に溺愛される 作:めろんちゃん
エレノアとの勉強会を終えた次の日。
前日に交わした約束どおり、リシェルとエレノアは朝早くから海へ向かうことになっていた。
待ち合わせ時間より少し早く到着したリシェルは、ベンチに腰掛け、一冊の本を静かに読み始める。
ページをめくる音だけが流れる穏やかな朝。
そこへ──
「リシェルー!」
元気な声とともにエレノアが駆け寄ってきた。
白いブラウスに水色のスカートという涼しげな私服姿で、満面の笑みを浮かべている。
「お待たせ!」
「……ううん。」
「私も、今来たところ。」
エレノアは思わず吹き出す。
「またそのセリフ? 本当は早く来てたんでしょ?」
リシェルは少しだけ目を逸らし、小さく頷く。
「……少しだけ。」
「ふふっ、リシェルらしい。」
二人は顔を見合わせて笑い、そのまま海へ向かう列車へ乗り込んだ。
◇
列車の窓から見える景色は、街並みから緑豊かな丘へ、そしてやがて青く輝く海へと変わっていく。
窓の外を見つめるリシェルの瞳には、どこか期待の色が宿っていた。
「海を見るの、本当に初めてなんだよね?」
「……うん。」
「本で見たことはあるけど、実際に見るのは初めて。」
「じゃあ今日は、思いっきり楽しもう!」
エレノアは嬉しそうに笑った。
「私が海の楽しみ方、全部教えてあげる!」
その笑顔につられるように、リシェルも柔らかく微笑む。
「……よろしく。」
◇
一時間ほどして海水浴場へ到着すると、目の前にはどこまでも続く青い海が広がっていた。
波が静かに打ち寄せ、白い砂浜は太陽の光を受けてきらきらと輝いている。
リシェルは思わず立ち止まり、小さく息を呑んだ。
「……きれい。」
その一言には、飾りのない感動が込められていた。
「でしょ?」
「私も初めて来たときは、ずっと見てたなぁ。」
エレノアはリシェルの隣に並び、海を眺める。
「今日はいっぱい思い出を作ろうね。」
「……うん。」
◇
更衣室で着替えを済ませ、二人は浜辺へ戻る。
白を基調にした上品な水着を身に着けたリシェルは、白銀の髪と透き通るような肌も相まって、まるで海辺に舞い降りた妖精のようだった。
「…………。」
エレノアは足を止める。
「エレノア?」
「えっ!? あっ……。」
慌てて視線を逸らす。
(やっぱり、かわいすぎる……。)
(この前試着した時も思ったけど、本当にキレイで似合ってる……。)
胸が高鳴り、頬が熱くなる。
そして思わず、ぽつりと本音がこぼれた。
「……リシェル、その水着すごく似合ってる。」
「きれいすぎて、ちょっとドキドキするくらい。」
その言葉に、リシェルは一瞬きょとんとする。
そしてすぐに、耳まで赤く染めながら視線を落とした。
「……そ、そう?」
「……ありがとう。」
小さく、けれど確かにそう言って、恥ずかしそうに微笑む。
その表情を見たエレノアは、さらに顔を赤くしてしまった。
「は、早く泳ごう!」
◇
水着に着替えを終えた二人は、海辺のパラソルの下へと戻ってきた。
照りつける日差しと、遠くから聞こえる波の音。
リシェルは少しだけ砂浜に視線を落とし、小さく息をつく。
「……エレノア。」
「ん?」
「日焼け止めって、一人だと背中に塗れない。」
そう言って日焼け止めを差し出す。
「もしよかったら……塗ってもらってもいい?」
「……えっ?」
エレノアは一瞬固まった。
思わぬお願いに心臓が大きく跳ねる。
(り、リシェルに……私が……!?)
頬がみるみる赤く染まり、慌てて深呼吸をする。
「も、もちろん!」
「任せて!」
声が少し裏返ってしまい、自分でも恥ずかしくなる。
リシェルは気付いていないのか、小さく「ありがとう」と微笑んだ。
その笑顔に、エレノアの鼓動はさらに速くなる。
リシェルは後ろを向き、白銀の髪をそっと肩の前へ流した。
「ここにお願い。」
「う、うん……。」
エレノアは手に日焼け止めを取り、緊張しながらリシェルの背中へとそっと伸ばしていく。
指先に触れた瞬間、思わず息を呑んだ。
(……やわらかい。)
(すべすべしてて……ずっと触っていたい。)
日焼け止めを塗り広げるたびに、指の下でリシェルの肌がなめらかに滑る。
まるで絹のようにすべすべで、ほんのりとした体温が伝わってくる。
思わず力を入れすぎないよう慎重になってしまう。
(こんなに……もちもちしてるの……?)
(いや、落ち着いて私……!)
近い距離にいるだけで顔が熱くなり、耳まで真っ赤になる。
「エレノア?」
「手、止まってる。」
「あっ、ご、ごめん!」
慌てて塗る手を動かすエレノア。
その慌てぶりに、リシェルは小さく笑みを浮かべた。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。」
「……う、うん。」
ようやく塗り終えると、エレノアはほっと息をついた。
「終わったよ。」
「ありがとう。」
リシェルは穏やかに微笑む。
その何気ない笑顔だけで、エレノアの胸はまた高鳴るのだった。
二人はそのあとすぐに海へ駆け出した。
最初に足を入れた瞬間、リシェルは小さく肩を震わせる。
「……冷たい。」
「でも気持ちいいでしょ!」
エレノアが水をすくってかけると、リシェルは少し驚いたあと、そっと同じように水を返した。
「……こう?」
「そうそう!」
小さな水の掛け合いが始まり、やがて二人は笑いながら波打ち際を走り回る。
波が来るたびに足元が揺れ、リシェルはそのたびに小さく声を上げた。
「すごい……動いてる。」
「海って生きてるみたい。」
「ふふっ、いい表現!」
エレノアは嬉しそうに笑う。
少し離れた場所では、子どもたちが砂浜で大きな城を作っていた。
「リシェル、あれ見て!」
「……すごい。」
「私たちも作ってみる?」
「……やってみたい。」
二人はしゃがみ込み、砂を積み上げ始める。
最初はただの山だったものが、エレノアの工夫とリシェルの丁寧さで、少しずつ形になっていく。
「ここに塔を作って……」
「水を少し混ぜたりすると崩れにくい。」
「リシェル、すごく詳しいね!」
「本で読んだ。」
そんなやり取りをしながら、二人の砂の城は思った以上に立派なものになっていった。
「できた……!」
エレノアが満足そうに手を叩く。
「すごいね、これ!」
「……うん。」
リシェルも小さく微笑む。
その表情は、どこか誇らしげだった。
◇
しばらく遊んだあと、エレノアが立ち上がる。
「ちょっと飲み物買ってくるね!」
「リシェルはここで休んでて。」
「……うん。」
エレノアが売店へ向かうと、リシェルは一人、波の音を聞きながら砂浜に座った。
さっきまでの賑やかさが嘘のように、静かな時間が流れる。
寄せては返す波を見つめながら、リシェルは小さく息を吐いた。
(海……本当に、楽しい。)
その時だった。
遠くで子どもたちの笑い声が聞こえ、リシェルはそちらへ視線を向ける。
ビーチバレーのネットが張られ、楽しそうに試合をしている人たちが見えた。
(あれが……ビーチバレー。)
興味深そうに見つめていると、砂浜の向こうから賑やかな声が響く。
「ビーチバレー大会、参加者募集中でーす!」
エレノアが戻ってくるのは、もう少し先だった。
リシェルはその声を、静かに聞いていた。