家族に捨てられた天才少女は、人懐っこい同級生に溺愛される   作:めろんちゃん

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第19話初めての海【前編】

 

 エレノアとの勉強会を終えた次の日。

 

 前日に交わした約束どおり、リシェルとエレノアは朝早くから海へ向かうことになっていた。

 

待ち合わせ時間より少し早く到着したリシェルは、ベンチに腰掛け、一冊の本を静かに読み始める。

 

ページをめくる音だけが流れる穏やかな朝。

 

そこへ──

 

「リシェルー!」

 

 元気な声とともにエレノアが駆け寄ってきた。

 

 白いブラウスに水色のスカートという涼しげな私服姿で、満面の笑みを浮かべている。

 

「お待たせ!」

 

「……ううん。」

 

「私も、今来たところ。」

 

 エレノアは思わず吹き出す。

 

「またそのセリフ? 本当は早く来てたんでしょ?」

 

 リシェルは少しだけ目を逸らし、小さく頷く。

 

「……少しだけ。」

 

「ふふっ、リシェルらしい。」

 

 二人は顔を見合わせて笑い、そのまま海へ向かう列車へ乗り込んだ。

 

     ◇

 

 列車の窓から見える景色は、街並みから緑豊かな丘へ、そしてやがて青く輝く海へと変わっていく。

 

 窓の外を見つめるリシェルの瞳には、どこか期待の色が宿っていた。

 

「海を見るの、本当に初めてなんだよね?」

 

「……うん。」

 

「本で見たことはあるけど、実際に見るのは初めて。」

 

「じゃあ今日は、思いっきり楽しもう!」

 

 エレノアは嬉しそうに笑った。

 

「私が海の楽しみ方、全部教えてあげる!」

 

 その笑顔につられるように、リシェルも柔らかく微笑む。

 

「……よろしく。」

 

     ◇

 

 一時間ほどして海水浴場へ到着すると、目の前にはどこまでも続く青い海が広がっていた。

 

 波が静かに打ち寄せ、白い砂浜は太陽の光を受けてきらきらと輝いている。

 

 リシェルは思わず立ち止まり、小さく息を呑んだ。

 

「……きれい。」

 

 その一言には、飾りのない感動が込められていた。

 

「でしょ?」

 

「私も初めて来たときは、ずっと見てたなぁ。」

 

 エレノアはリシェルの隣に並び、海を眺める。

 

「今日はいっぱい思い出を作ろうね。」

 

「……うん。」

 

     ◇

 

 更衣室で着替えを済ませ、二人は浜辺へ戻る。

 

 白を基調にした上品な水着を身に着けたリシェルは、白銀の髪と透き通るような肌も相まって、まるで海辺に舞い降りた妖精のようだった。

 

「…………。」

 

 エレノアは足を止める。

 

「エレノア?」

 

「えっ!? あっ……。」

 

 慌てて視線を逸らす。

 

(やっぱり、かわいすぎる……。)

 

(この前試着した時も思ったけど、本当にキレイで似合ってる……。)

 

 胸が高鳴り、頬が熱くなる。

 

 そして思わず、ぽつりと本音がこぼれた。

 

「……リシェル、その水着すごく似合ってる。」

 

「きれいすぎて、ちょっとドキドキするくらい。」

 

 その言葉に、リシェルは一瞬きょとんとする。

 

 そしてすぐに、耳まで赤く染めながら視線を落とした。

 

「……そ、そう?」

 

「……ありがとう。」

 

 小さく、けれど確かにそう言って、恥ずかしそうに微笑む。

 

 その表情を見たエレノアは、さらに顔を赤くしてしまった。

 

「は、早く泳ごう!」

 

     ◇

 

 水着に着替えを終えた二人は、海辺のパラソルの下へと戻ってきた。

 

 照りつける日差しと、遠くから聞こえる波の音。

 

 リシェルは少しだけ砂浜に視線を落とし、小さく息をつく。

 

「……エレノア。」

 

「ん?」

 

「日焼け止めって、一人だと背中に塗れない。」

 

 そう言って日焼け止めを差し出す。

 

「もしよかったら……塗ってもらってもいい?」

 

「……えっ?」

 

 エレノアは一瞬固まった。

 

 思わぬお願いに心臓が大きく跳ねる。

 

(り、リシェルに……私が……!?)

 

 頬がみるみる赤く染まり、慌てて深呼吸をする。

 

「も、もちろん!」

 

「任せて!」

 

 声が少し裏返ってしまい、自分でも恥ずかしくなる。

 

 リシェルは気付いていないのか、小さく「ありがとう」と微笑んだ。

 

 その笑顔に、エレノアの鼓動はさらに速くなる。

 

 リシェルは後ろを向き、白銀の髪をそっと肩の前へ流した。

 

「ここにお願い。」

 

「う、うん……。」

 

 エレノアは手に日焼け止めを取り、緊張しながらリシェルの背中へとそっと伸ばしていく。

 

 指先に触れた瞬間、思わず息を呑んだ。

 

(……やわらかい。)

 

(すべすべしてて……ずっと触っていたい。)

 

 日焼け止めを塗り広げるたびに、指の下でリシェルの肌がなめらかに滑る。

 

 まるで絹のようにすべすべで、ほんのりとした体温が伝わってくる。

 

 思わず力を入れすぎないよう慎重になってしまう。

 

(こんなに……もちもちしてるの……?)

 

(いや、落ち着いて私……!)

 

 近い距離にいるだけで顔が熱くなり、耳まで真っ赤になる。

 

「エレノア?」

 

「手、止まってる。」

 

「あっ、ご、ごめん!」

 

 慌てて塗る手を動かすエレノア。

 

 その慌てぶりに、リシェルは小さく笑みを浮かべた。

 

「そんなに緊張しなくてもいいよ。」

 

「……う、うん。」

 

 ようやく塗り終えると、エレノアはほっと息をついた。

 

「終わったよ。」

 

「ありがとう。」

 

 リシェルは穏やかに微笑む。

 

 その何気ない笑顔だけで、エレノアの胸はまた高鳴るのだった。

 

 二人はそのあとすぐに海へ駆け出した。

 

 最初に足を入れた瞬間、リシェルは小さく肩を震わせる。

 

「……冷たい。」

 

「でも気持ちいいでしょ!」

 

 エレノアが水をすくってかけると、リシェルは少し驚いたあと、そっと同じように水を返した。

 

「……こう?」

 

「そうそう!」

 

 小さな水の掛け合いが始まり、やがて二人は笑いながら波打ち際を走り回る。

 

 波が来るたびに足元が揺れ、リシェルはそのたびに小さく声を上げた。

 

「すごい……動いてる。」

 

「海って生きてるみたい。」

 

「ふふっ、いい表現!」

 

 エレノアは嬉しそうに笑う。

 

 少し離れた場所では、子どもたちが砂浜で大きな城を作っていた。

 

「リシェル、あれ見て!」

 

「……すごい。」

 

「私たちも作ってみる?」

 

「……やってみたい。」

 

 二人はしゃがみ込み、砂を積み上げ始める。

 

 最初はただの山だったものが、エレノアの工夫とリシェルの丁寧さで、少しずつ形になっていく。

 

「ここに塔を作って……」

 

「水を少し混ぜたりすると崩れにくい。」

 

「リシェル、すごく詳しいね!」

 

「本で読んだ。」

 

 そんなやり取りをしながら、二人の砂の城は思った以上に立派なものになっていった。

 

「できた……!」

 

 エレノアが満足そうに手を叩く。

 

「すごいね、これ!」

 

「……うん。」

 

 リシェルも小さく微笑む。

 

 その表情は、どこか誇らしげだった。

 

     ◇

 

 しばらく遊んだあと、エレノアが立ち上がる。

 

「ちょっと飲み物買ってくるね!」

 

「リシェルはここで休んでて。」

 

「……うん。」

 

 エレノアが売店へ向かうと、リシェルは一人、波の音を聞きながら砂浜に座った。

 

 さっきまでの賑やかさが嘘のように、静かな時間が流れる。

 

 寄せては返す波を見つめながら、リシェルは小さく息を吐いた。

 

(海……本当に、楽しい。)

 

 その時だった。

 

 遠くで子どもたちの笑い声が聞こえ、リシェルはそちらへ視線を向ける。

 

 ビーチバレーのネットが張られ、楽しそうに試合をしている人たちが見えた。

 

(あれが……ビーチバレー。)

 

 興味深そうに見つめていると、砂浜の向こうから賑やかな声が響く。

 

「ビーチバレー大会、参加者募集中でーす!」

 

 エレノアが戻ってくるのは、もう少し先だった。

 

 リシェルはその声を、静かに聞いていた。

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