家族に捨てられた天才少女は、人懐っこい同級生に溺愛される 作:めろんちゃん
翌朝。
アルセリア魔法学院は、今日も生徒たちの笑い声で賑わっていた。
リシェル・アルヴェインはいつも通り、一番後ろの窓際の席に腰を下ろし、本を開く。
教室の喧騒は遠く聞こえるだけ。
誰かと話すこともなければ、誰かと目を合わせることもない。
そんな静かな時間を過ごしていると――。
「おはよう!」
明るい声が教室に響いた。
栗色の髪を揺らしながら、一人の少女が一直線にこちらへ歩いてくる。
エレノア・フォルティス。
昨日、校舎裏でリシェルの姿を見つけた少女だった。
「お、おはよう……」
リシェルは小さく返事をすると、すぐに本へ視線を戻す。
だが、エレノアは気にした様子もなく笑顔で隣の席へ立った。
「ねぇ、ここ座ってもいい?」
「……好きにすれば。」
「やった!」
嬉しそうに椅子を引き寄せるエレノア。
その笑顔を見ても、リシェルの表情は変わらない。
「昨日から気になってたんだけど、リシェルって本が好きなの?」
「普通。」
「それ、面白い?」
「……それなりに。」
「へぇ! 今度おすすめ教えて!」
「……。」
会話が続かない。
普通なら気まずくなって離れるところだ。
それでもエレノアは楽しそうだった。
「リシェルって甘いもの好き?」
「別に。」
「休日は何してるの?」
「読書。」
「趣味は?」
「魔法の勉強。」
「好きな色は?」
「……白。」
「好きなお花は?」
「ない。」
質問するたびに返ってくるのは一言だけ。
それでもエレノアは落ち込まない。
「ふふっ。」
「……何。」
「ちゃんと答えてくれるんだなって思って。」
その言葉に、リシェルは少しだけ目を瞬かせた。
今まで話しかけてきた生徒はいた。
けれど、返事が短いだけで皆すぐ離れていった。
なのに、この少女は違う。
むしろ嬉しそうに笑っている。
「変な人。」
思わず口からこぼれた。
「えっ?」
「あなた。」
「あはは! よく言われる!」
本当に楽しそうに笑うエレノア。
リシェルには理解できなかった。
どうしてそんなに笑えるのだろう。
どうして自分なんかに話しかけ続けるのだろう。
理解できない。
だからこそ、少しだけ気になってしまった。
◇
昼休み。
リシェルはいつものように校舎裏の大樹へ向かう。
静かな場所。
誰も来ない、自分だけの居場所。
「いただきます。」
小さく呟き、昼食を広げた、その時だった。
「見つけた!」
「……。」
聞き覚えのある声に、リシェルはため息をつく。
「隣、失礼しまーす。」
エレノアが笑顔で腰を下ろした。
「どうして。」
「一緒に食べたいから!」
「……帰って。」
「やだ。」
「……。」
「だって一人で食べるより、二人で食べた方がおいしいもん。」
「私は一人でいい。」
「でも私はリシェルと食べたい。」
真っ直ぐな瞳。
そこには打算も同情もない。
ただ純粋な「一緒にいたい」という気持ちだけがあった。
その視線を受け止めきれず、リシェルは目を逸らす。
「私といても楽しくない。」
「そんなことないよ。」
「話さない。」
「話してくれなくてもいい。」
「……。」
「隣にいるだけでも嬉しいから。」
その言葉に、胸の奥がほんの少しだけ揺れた。
理解できない。
話もしない相手と一緒にいて、何が嬉しいのか。
それでもエレノアは、サンドイッチを頬張りながら笑っている。
「おいしい!」
その無邪気な笑顔を見ていると、不思議と追い返す気持ちが薄れていく。
結局、その日の昼食が終わるまで。
エレノアは楽しそうに話し続け、リシェルは黙って聞いていた。
◇
放課後の帰り道。
エレノアは少し離れた場所から、リシェルの背中を見送る。
「今日は全然仲良くなれなかったなぁ。」
そう呟いたあと、すぐに笑顔を浮かべる。
「でも、焦らなくていいよね。」
「少しずつ。」
「少しずつ、あなたのことを知っていくから。」
リシェルはその言葉を知らない。
けれど、去っていくエレノアの足音を聞きながら、小さく息をついた。
(どうして諦めないの。)
その疑問は、心のどこかに小さな波紋を残した。
まだ氷は溶けない。
それでも、暖かな陽だまりは少しずつ、その表面に触れ始めていた。