家族に捨てられた天才少女は、人懐っこい同級生に溺愛される   作:めろんちゃん

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第20話初めての海【後編】

 

 エレノアが飲み物を買いに行ってから、数分。

 

 リシェルは波の音を聞きながら、ビーチバレーの試合をぼんやり眺めていた。

 

(あれが……ビーチバレー。)

 

 砂浜ではボールの弾む音と、楽しそうな声が響いている。

 

 誰かと一緒に何かをするという光景は、リシェルにとってまだ少しだけ遠いもののように感じられた。

 

「リシェルー!」

 

 遠くからエレノアの声がして、振り向くと彼女が小走りで戻ってきた。

 

「お待たせ!」

 

「……うん。」

 

「ちょうど試合を見てたとこ。」

 

「ほんと? じゃあいいタイミングだったね!」

 

 エレノアは嬉しそうに笑い、リシェルの隣に腰を下ろす。

 

 差し出された冷たい飲み物が、夏の熱を少しだけ和らげた。

 

「せっかくだし、やってみる?」

 

「……うん。やってみたい。」

 

 リシェルの返事は静かだったが、どこか前向きだった。

 

     ◇

 

 二人は初心者向けのビーチバレーに参加した。

 

 砂の上は思った以上に足を取られ、走るだけでも少し難しい。

 

「いくよ!」

 

 エレノアがボールを上げる。

 

 リシェルは落ち着いて構え、エレノアにトスをあげた。

 

「ナイス!」

 

 すぐにエレノアが動いて返す。

 

「今!」

 

「えいっ!」

 

 軽く打ち返したボールが相手コートに落ちる。

 

「やった!」

 

 二人は思わず顔を見合わせて笑った。

 

 その瞬間だけは、勝ち負けよりも「一緒にできた」という喜びの方が大きかった。

 

 試合は惜しくも負けてしまったが、砂浜を駆け回る時間はとても楽しく、リシェルの表情も自然と柔らかくなっていく。

 

「リシェル、めっちゃ上手だったよ!」

 

「……エレノアが動きやすくしてくれたから。」

 

「それでもすごいって!」

 

 エレノアは心からそう思っているように笑った。

 

     ◇

 

 たくさん動いたあと、二人は屋台の並ぶ通りへ向かった。

 

 潮風に混じって、ソースの香ばしい匂いが漂ってくる。

 

「お腹すいたね。」

 

「うん、ちょっと空いた。」

 

「焼きそばもたこ焼きもあるし、かき氷もあるよ!」

 

 エレノアは目を輝かせる。

 

「全部は無理。」

 

 リシェルが小さく笑う。

 

「じゃあ分けよ!」

 

 二人は焼きそばとたこ焼きを買い、海が見えるベンチに並んで座った。

 

 遠くでは夕方の海がゆっくりと色を変え始めている。

 

「いただきます!」

 

 エレノアが勢いよく焼きそばを口に運ぶ。

 

「おいしい!」

 

「……うん。」

 

 リシェルも一口食べて、静かに頷いた。

 

「おいしい。」

 

「でしょ?」

 

 エレノアは満足そうに笑った。

 

     ◇

 

 しばらくして、エレノアはたこ焼きを一つ箸でつまむ。

 

 ふとリシェルの方を見ると、彼女は静かに海を眺めていた。

 

「リシェル、これも食べる?」

 

「……うん。」

 

 リシェルが小さく口を開ける。

 

 その瞬間、エレノアの動きが一瞬止まった。

 

(……あ。)

 

(これ、普通に食べさせようとしてるだけなのに……なんか……)

 

 顔が一気に熱くなる。

 

 けれどリシェルは何も気にしていない様子で、ただ静かに待っている。

 

「……い、いくよ?」

 

「うん。」

 

 エレノアはぎこちなくたこ焼きをリシェルの口元へ運ぶ。

 

「……あーん。」

 

 ぱく、と小さな音を立ててリシェルが食べる。

 

「……おいしい。」

 

「そ、そう……よかった……。」

 

 エレノアは耳まで真っ赤になりながら視線をそらした。

 

(なにこれ……ただのたこ焼きなのに……)

 

(めちゃくちゃ恥ずかしい……!)

 

 リシェルはそんな様子に気付かず、静かに頷く。

 

「もう一個、食べる?」

 

「……うん。」

 

 今度はエレノアの方がさらに小さくなりながら、もう一度たこ焼きを差し出した。

 

 その手は少しだけ震えていた。

 

 リシェルはそれを見て、ほんのわずかに目を細める。

 

(……エレノア、変。)

 

(でも……ちょっと、面白い。)

 

     ◇

 

 そのあと、エレノアがかき氷を食べようとしたときだった。

 

 リシェルがふと、スプーンを手に取る。

 

「……エレノア。」

 

「ん?」

 

「さっきのお返し。」

 

「え?」

 

 リシェルは小さくかき氷をすくい、エレノアの方へ差し出した。

 

「……あーん。」

 

「えっ……えぇっ!?」

 

 エレノアの顔が一気に真っ赤になる。

 

「り、リシェルが……!?」

 

「……嫌?」

 

「嫌じゃないけど!!」

 

 むしろ心臓がもたない。

 

 エレノアは震えながら口を開ける。

 

「……あ、あーん。」

 

 冷たいかき氷が口の中で溶けていく。

 

「……おいしい?」

 

「……うん。」

 

 エレノアは顔を真っ赤にしたまま、こくこくと頷いた。

 

(なにこれ……幸せすぎるんだけど……!)

 

     ◇

 

「今日さ、ほんと楽しかったね。」

 

 エレノアが空を見上げる。

 

 夕日は海の向こうへと沈みかけていた。

 

「……うん。」

 

 リシェルも同じように空を見る。

 

 昼間の賑やかさが嘘のように、海は静かで穏やかだった。

 

 波の音だけが、ゆっくりと時間を刻んでいる。

 

「また来たい。」

 

 リシェルがぽつりと言う。

 

 その言葉は、以前よりも少しだけ自然だった。

 

 エレノアはすぐに笑った。

 

「うん、絶対また来よ。」

 

「今度はもっといろんなことしよう。」

 

「……うん。」

 

 二人の影が、夕焼けの砂浜に長く伸びていく。

 

 その時間は、静かで、あたたかくて、確かに特別なものだった。

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