家族に捨てられた天才少女は、人懐っこい同級生に溺愛される 作:めろんちゃん
エレノアが飲み物を買いに行ってから、数分。
リシェルは波の音を聞きながら、ビーチバレーの試合をぼんやり眺めていた。
(あれが……ビーチバレー。)
砂浜ではボールの弾む音と、楽しそうな声が響いている。
誰かと一緒に何かをするという光景は、リシェルにとってまだ少しだけ遠いもののように感じられた。
「リシェルー!」
遠くからエレノアの声がして、振り向くと彼女が小走りで戻ってきた。
「お待たせ!」
「……うん。」
「ちょうど試合を見てたとこ。」
「ほんと? じゃあいいタイミングだったね!」
エレノアは嬉しそうに笑い、リシェルの隣に腰を下ろす。
差し出された冷たい飲み物が、夏の熱を少しだけ和らげた。
「せっかくだし、やってみる?」
「……うん。やってみたい。」
リシェルの返事は静かだったが、どこか前向きだった。
◇
二人は初心者向けのビーチバレーに参加した。
砂の上は思った以上に足を取られ、走るだけでも少し難しい。
「いくよ!」
エレノアがボールを上げる。
リシェルは落ち着いて構え、エレノアにトスをあげた。
「ナイス!」
すぐにエレノアが動いて返す。
「今!」
「えいっ!」
軽く打ち返したボールが相手コートに落ちる。
「やった!」
二人は思わず顔を見合わせて笑った。
その瞬間だけは、勝ち負けよりも「一緒にできた」という喜びの方が大きかった。
試合は惜しくも負けてしまったが、砂浜を駆け回る時間はとても楽しく、リシェルの表情も自然と柔らかくなっていく。
「リシェル、めっちゃ上手だったよ!」
「……エレノアが動きやすくしてくれたから。」
「それでもすごいって!」
エレノアは心からそう思っているように笑った。
◇
たくさん動いたあと、二人は屋台の並ぶ通りへ向かった。
潮風に混じって、ソースの香ばしい匂いが漂ってくる。
「お腹すいたね。」
「うん、ちょっと空いた。」
「焼きそばもたこ焼きもあるし、かき氷もあるよ!」
エレノアは目を輝かせる。
「全部は無理。」
リシェルが小さく笑う。
「じゃあ分けよ!」
二人は焼きそばとたこ焼きを買い、海が見えるベンチに並んで座った。
遠くでは夕方の海がゆっくりと色を変え始めている。
「いただきます!」
エレノアが勢いよく焼きそばを口に運ぶ。
「おいしい!」
「……うん。」
リシェルも一口食べて、静かに頷いた。
「おいしい。」
「でしょ?」
エレノアは満足そうに笑った。
◇
しばらくして、エレノアはたこ焼きを一つ箸でつまむ。
ふとリシェルの方を見ると、彼女は静かに海を眺めていた。
「リシェル、これも食べる?」
「……うん。」
リシェルが小さく口を開ける。
その瞬間、エレノアの動きが一瞬止まった。
(……あ。)
(これ、普通に食べさせようとしてるだけなのに……なんか……)
顔が一気に熱くなる。
けれどリシェルは何も気にしていない様子で、ただ静かに待っている。
「……い、いくよ?」
「うん。」
エレノアはぎこちなくたこ焼きをリシェルの口元へ運ぶ。
「……あーん。」
ぱく、と小さな音を立ててリシェルが食べる。
「……おいしい。」
「そ、そう……よかった……。」
エレノアは耳まで真っ赤になりながら視線をそらした。
(なにこれ……ただのたこ焼きなのに……)
(めちゃくちゃ恥ずかしい……!)
リシェルはそんな様子に気付かず、静かに頷く。
「もう一個、食べる?」
「……うん。」
今度はエレノアの方がさらに小さくなりながら、もう一度たこ焼きを差し出した。
その手は少しだけ震えていた。
リシェルはそれを見て、ほんのわずかに目を細める。
(……エレノア、変。)
(でも……ちょっと、面白い。)
◇
そのあと、エレノアがかき氷を食べようとしたときだった。
リシェルがふと、スプーンを手に取る。
「……エレノア。」
「ん?」
「さっきのお返し。」
「え?」
リシェルは小さくかき氷をすくい、エレノアの方へ差し出した。
「……あーん。」
「えっ……えぇっ!?」
エレノアの顔が一気に真っ赤になる。
「り、リシェルが……!?」
「……嫌?」
「嫌じゃないけど!!」
むしろ心臓がもたない。
エレノアは震えながら口を開ける。
「……あ、あーん。」
冷たいかき氷が口の中で溶けていく。
「……おいしい?」
「……うん。」
エレノアは顔を真っ赤にしたまま、こくこくと頷いた。
(なにこれ……幸せすぎるんだけど……!)
◇
「今日さ、ほんと楽しかったね。」
エレノアが空を見上げる。
夕日は海の向こうへと沈みかけていた。
「……うん。」
リシェルも同じように空を見る。
昼間の賑やかさが嘘のように、海は静かで穏やかだった。
波の音だけが、ゆっくりと時間を刻んでいる。
「また来たい。」
リシェルがぽつりと言う。
その言葉は、以前よりも少しだけ自然だった。
エレノアはすぐに笑った。
「うん、絶対また来よ。」
「今度はもっといろんなことしよう。」
「……うん。」
二人の影が、夕焼けの砂浜に長く伸びていく。
その時間は、静かで、あたたかくて、確かに特別なものだった。