家族に捨てられた天才少女は、人懐っこい同級生に溺愛される 作:めろんちゃん
夏休みも中盤に差しかかったある日。
今日は特に約束もなく、エレノアは一人で街を散歩していた。
「今日はいい天気だなぁ。」
青空を見上げながら、大通りをゆっくり歩く。
露店から漂う焼き菓子の甘い香りに足を止めたり、本屋の新刊を眺めたりと、のんびりした休日を楽しんでいた。
そんな時だった。
「あれ……?」
路地の奥に、見覚えのある白銀の髪が揺れる。
「……リシェル?」
思わず足を止める。
リシェルは石畳の片隅にしゃがみ込み、一匹の小さな白色の猫を見つめている。
「にゃあ。」
猫が小さく鳴くと、リシェルは恐る恐る手を伸ばした。
指先が頭に触れると、猫は気持ちよさそうに目を細める。
「……いい子。」
とても優しい声だった。
普段学院で見せる淡々とした口調とは違う。
どこか柔らかく、温かな響き。
リシェルは少しだけ口元を緩めながら、猫の背中をゆっくり撫でている。
「……!」
その笑顔を見た瞬間、エレノアの心臓が大きく跳ねた。
(かわいい……。)
(なにこれ……。)
(反則なくらいかわいい……。)
慌てて近くの建物の陰へ隠れる。
「み、見つかったら邪魔になっちゃうかも……。」
そう自分に言い聞かせながらも、気になって仕方がない。
柱の陰から、そっと顔だけを覗かせる。
リシェルはまったく気付いていない。
猫はすっかり懐いてしまったようで、お腹を見せてごろんと寝転がる。
「ふふ……。」
小さな笑い声。
エレノアは思わず胸を押さえた。
(笑った……。)
(リシェルがこんなふうに笑うなんて……。)
学院では滅多に見られない、自然な笑顔。
その光景があまりにも愛おしくて、思わず見惚れてしまう。
猫は今度はリシェルの膝へ前足を乗せ、甘えるようにすり寄った。
「……くすぐったい。」
リシェルは困ったように笑いながらも、優しく撫で続ける。
(猫さん……。)
(そこ代わってほしい……。)
エレノアは心の中で小さく呟き、思わず頬を膨らませた。
(いいなぁ……。)
(私もあんなふうに頭を撫でてもらいたい……。)
リシェルに頭を撫でられているところを想像してしまい、顔が真っ赤になる。
(わ、私、何考えてるの!?)
慌てて首を横に振る。
その時、小さな物音を立ててしまった。
カラン。
近くに置かれていた空き缶が転がる。
リシェルがゆっくりと振り向く。
「……誰?」
「ひゃっ!」
思わず声を上げたエレノアは、観念したように建物の陰から姿を現した。
「え、えへへ……。」
「偶然見かけちゃって。」
「邪魔しないようにと思って……。」
リシェルは少し驚いたように目を丸くしたあと、小さく微笑む。
「そうだったんだ。」
「……この子、人懐っこくて。」
そう言うと、猫はエレノアの方へも近付いてきた。
「わぁ!」
しゃがみ込むと、猫は二人の間を行ったり来たりする。
「ふふっ。」
二人の笑い声が重なる。
夏の穏やかな昼下がり。
誰にも知られていない、小さな秘密の時間。
その何気ないひとときは、エレノアにとってまた一つ、大切な思い出になるのだった。