家族に捨てられた天才少女は、人懐っこい同級生に溺愛される 作:めろんちゃん
翌日。
いつものようにリシェルは誰よりも早く教室へ入り、一番後ろの窓際の席で本を開いていた。
ページをめくる音だけが静かに響く。
そこへ、教室の扉が勢いよく開いた。
「リシェル、おはよう!」
明るい声。
昨日も聞いた声だった。
「……おはよう。」
短い返事。
それだけでエレノアの顔はぱっと明るくなる。
「今日はちゃんと『おはよう』って言ってくれた!」
「昨日も言った。」
「でも今日は昨日よりも自然だったよ!」
「……そう。」
リシェルは首を傾げる。
何がそんなに嬉しいのか、本当に分からない。
エレノアはそのまま隣に立ち、楽しそうに話し始めた。
「今日は実技の授業のあとは自由時間だよね?」
「……うん。」
「リシェルってよく本を読んでるけど図書館とかよく行くの?」
「まあ、行くよ」
「そっか。」
また短い会話。
それでもエレノアは満足そうだった。
◇
休み時間。
エレノアが飲み物を買いに廊下へ出ると、同じクラスの女子生徒たちが話しかけてきた。
「またリシェルに話しかけてるんだ。」
「やめといた方がいいよ。」
「何考えてるか分からないし。」
「誰とも仲良くしない子だから。」
「冷たいしね。」
エレノアは足を止めた。
「違うよ。」
思わず声が出た。
女子生徒たちが驚いて呟く。
「え?」
「リシェルは冷たいんじゃない。」
「え、でも……。」
「ちゃんと返事してくれるもん。」
みんなが顔を見合わせる。
「それだけ?」
「うん!」
エレノアは笑った。
「返事してくれるってことは、お話するのが嫌なわけじゃないんだよ。」
「ただ、どう話せばいいか分からないだけじゃないかな。」
「だから私は諦めない。」
その言葉に、女子生徒たちは困ったように笑った。
「エレノアらしいね。」
「でも頑張って。」
「ありがとう!」
そう言ってエレノアは軽く手を振る。
(噂なんて関係ない。)
(私は私が見たリシェルを信じたい。)
◇
放課後。
学院の図書館。
高い本棚が並び、静寂が広がる場所。
リシェルは一冊の魔法書を手に取り、窓際の席へ座った。
しばらくして、小さな足音が近づく。
「やっぱりここにいた。」
リシェルは顔を上げる。
「……」
「隣、座ってもいい?」
「図書館だから静かに。」
「うん!」
エレノアは小声で返事をすると、向かいの席へ腰掛けた。
本を開く。
……が。
数分後。
ちらっ。
また、ちらっ。
何度も視線を感じる。
「……何。」
「えっ!? ばれてた?」
「さっきから見てる。」
「ご、ごめん。」
エレノアは照れくさそうに笑う。
「本を読んでるリシェルも綺麗だなって思って。」
「……。」
リシェルは返事に困った。
綺麗。
そんな言葉を向けられても、どう受け止めればいいのか分からない。
「その本、面白い?」
エレノアが話題を変える。
「魔力制御の理論書。」
「難しそう……。」
「読む?」
「うーん……たぶん三ページで寝る!」
思わず、リシェルの口元がほんの少しだけ緩んだ。
本当に、一瞬だけ。
だが、その変化をエレノアは見逃さなかった。
「……今、笑った?」
「笑ってない。」
「笑ったよね?」
「気のせい。」
「絶対笑った!」
嬉しそうに声を弾ませるエレノア。
その声は、静かな図書館の中では少しだけ響いてしまった。
「……こほん。」
その時。
近くの本棚の影から、控えめな咳払いが聞こえた。
二人が振り向く。
そこには、腕に本を抱えた図書委員の少女が立っていた。
「ごめんなさい。楽しそうなのはいいんだけど……ここ、図書館だから。」
図書委員は困ったように微笑む。
「少しだけ静かにしてもらえると助かるかな。」
「あっ……!」
エレノアは慌てて口元を押さえる。
「ご、ごめんなさい!」
小声で謝るエレノア。
リシェルも続いて謝った。
「……すみません。」
「ううん。仲が良いのはいいことだから。」
そう言って図書委員は去っていく。
その背中を見送りながら、エレノアは小さく笑った。
「怒られちゃったね。」
「あなたが騒ぐから。」
「リシェルも笑ってたじゃん。」
「……。」
反論できない。
確かに、少しだけ楽しかった。
そんな自分に、リシェル自身が一番驚いていた。
誰かと一緒にいて。
誰かと話をして。
少しだけ心が軽くなる。
そんな感覚は、いつ以来だろう。
胸の奥が落ち着かない。
けれど、不思議と嫌ではなかった。
エレノアはそんなリシェルを見つめながら、静かに思う。
(やっと見つけた。)
(あなたの小さな笑顔。)
その笑顔を、もっと見たい。
もっと近くで。
もっとたくさん。
そんな想いは、昨日よりも少しだけ大きくなっていた。