家族に捨てられた天才少女は、人懐っこい同級生に溺愛される 作:めろんちゃん
休日の朝。
王都は朝早くから多くの人で賑わっていた。
石畳の大通りには露店が並び、焼き菓子の甘い香りや花屋の色鮮やかな花々が行き交う人々を迎えている。
待ち合わせは午前十時、王都中央広場の噴水前。
リシェルは約束の三十分も前に到着していた。
「……少し、早すぎた。」
人と待ち合わせをすること自体が初めてだった。
遅れて迷惑をかけるくらいなら、と早く家を出た結果である。
今日のリシェルは、学院の制服ではなく白を基調としたワンピースに、淡い水色のカーディガンを羽織っていた。
白銀の髪と相まって、まるで絵本から抜け出してきた妖精のような雰囲気をまとっている。
その美しさに、通りを歩く人々も思わず振り返っていた。
「ねぇ、お嬢さん。」
不意に二人組の青年が近づいてくる。
「今一人? よかったら俺たちとお茶でもどう?」
「こんな可愛い子を一人にしておくなんてもったいないよ。」
リシェルは小さく首を横に振る。
「……人を待っています。」
「少しくらいいいじゃない。」
「待ち合わせ相手より俺たちの方が楽しませてあげるよ。」
一歩、距離を詰められる。
リシェルは表情一つ変えない。
「お断りします。」
それでも二人は諦めない。
「そんな冷たいこと言わないでさ。」
青年の一人が手を伸ばしかけた、その時だった。
「その子から離れてください!」
澄んだ声が広場に響く。
振り向くと、息を切らしたエレノアが立っていた。
栗色の髪を揺らし、リシェルの前へと歩み出る。
「その子は私との約束があるんです。」
「悪いけど、他を当たってください。」
二人の青年は顔を見合わせる。
「なんだ、連れがいたのか。」
「悪かったね。」
軽く肩をすくめると、そのまま人混みの中へ消えていった。
エレノアはほっと胸をなで下ろす。
「大丈夫だった?」
「……うん。」
「怖くなかった?」
「少し、困った。」
その言葉にエレノアは苦笑する。
「困っただけなんだ。」
「でも、ありがとう。」
リシェルが小さくお礼を言う。
それだけでエレノアの心は温かくなった。
そして改めてリシェルの姿を見た瞬間――。
「……え。」
思わず言葉を失う。
「どうしたの?」
「その服……。」
白いワンピースが風に揺れ、白銀の髪が陽の光を受けて輝く。
普段の制服姿とはまるで違う。
思わず胸が高鳴るほど綺麗だった。
「す、すごく似合ってる……。」
頬が熱くなる。
思わず視線を逸らしてしまうエレノア。
「……ありがとう。」
リシェルは少し照れたように髪を耳へかけた。
その仕草に、エレノアの鼓動はさらに速くなる。
(かわいい……。)
心の中で何度もそう呟いていた。
◇
二人は王都の街をゆっくり歩く。
雑貨屋を見たり、本屋へ寄ったり。
露店で焼き菓子を買って半分ずつ食べたり。
リシェルは初めて見る景色に、静かながらも興味深そうに目を向けていた。
「楽しい?」
エレノアが尋ねる。
「……うん。」
その一言だけで十分だった。
エレノアは嬉しそうに笑う。
「よかった。」
◇
しばらく歩いていると、小さな雑貨店が目に入る。
店先には可愛らしいアクセサリーや小物が並んでいた。
「あっ!」
エレノアが足を止める。
「見て、リシェル!」
指差した先には、二つで一組になった小さな星形のキーホルダーが飾られていた。
一つは銀色。
もう一つは金色。
二つを並べると、一つの星になるように作られている。
「可愛い……。」
エレノアは目を輝かせた。
「ねぇ。」
「……?」
「お揃いで持たない?」
リシェルはキーホルダーを見る。
それからエレノアを見る。
「お揃い……?」
「うん!」
「見るたびに今日のこと思い出せるでしょ?」
その言葉に、リシェルは少しだけ考え込む。
今まで誰かとお揃いの物を持ったことはない。
けれど――。
「……いいよ。」
「ほんと!?」
エレノアは嬉しそうに店へ駆け込んだ。
店員からキーホルダーを受け取ると、銀色をリシェルへ差し出す。
「はい!」
「ありがとう。」
リシェルは両手で大切そうに受け取る。
小さな星のキーホルダー。
それは物としては決して高価ではない。
けれど、リシェルにとっては人生で初めて「誰かとお揃い」の宝物だった。
◇
夕暮れ。
王都が茜色に染まり始める。
「今日は付き合ってくれてありがとう。」
エレノアは笑顔で頭を下げた。
「……こちらこそ。」
リシェルは鞄に付けた銀色のキーホルダーをそっと指先でなぞる。
「今日は……楽しかった。」
その一言に、エレノアは目を丸くした。
そして、花が咲いたような笑顔を浮かべる。
「また一緒に出かけようね。」
リシェルは少し照れながら、小さく頷く。
「……うん。」
夕日に照らされた二人の影は、朝よりも少しだけ近く並んでいた。
そしてリシェルの胸には、生まれて初めての「誰かとの思い出」が、静かに刻まれていくのだった。