家族に捨てられた天才少女は、人懐っこい同級生に溺愛される 作:めろんちゃん
夏の日差しが、アルセリア魔法学院の訓練場を照らしていた。
体育祭まで、あと一週間。
放課後になると、学院中のあちこちで競技の練習をする生徒たちの姿が見られるようになっていた。
「よーし! もう一回!」
「その魔法陣じゃ遅いぞ!」
「あと少し!」
賑やかな声が飛び交う中、リシェルとエレノアも魔法障害物競走のコースへ向かっていた。
障害物競走は、ただ走るだけではない。
途中に現れる魔法障壁を解除したり、足場を凍らせたり、風魔法で高い壁を飛び越えたりと、魔法と運動能力の両方が試される競技だ。
「まずは見ていて。」
「うん!」
リシェルは静かにスタートラインへ立つ。
開始の合図とともに、一気に駆け出した。
木製の壁を軽やかに飛び越え、現れた炎の障壁には氷魔法を放つ。
「《フリーズ》」
炎が一瞬で消え去る。
続く穴には風魔法を使い、ふわりと体を浮かせて飛び越えた。
最後まで一切無駄のない動きで駆け抜け、ゴールへ到着する。
「すごい……。」
エレノアは目を丸くしていた。
「魔法を使うタイミングが完璧……。」
「魔法は強さじゃない。」
リシェルは息を整えながら言う。
「必要な時に、必要な分だけ使う。」
「魔力を無駄遣いすると、後半で失速する。」
「なるほど……。」
「次はエレノア。」
「よーし!」
エレノアも勢いよく走り出す。
しかし――。
「きゃっ!」
足場を飛び越えようとして着地に失敗し、その場に尻もちをついてしまった。
「いたた……。」
リシェルはエレノアに近づき、そっと手を差し出す。
「大丈夫?」
「う、うん。」
エレノアは少し照れながら、その手を握る。
「ありがとう。」
リシェルは静かに引き起こした。
「焦らなくていい。」
「え?」
「エレノアは走るのは速い。」
「でも魔法を使おうとして、足が止まってる。」
「だから全部中途半端になる。」
エレノアは真剣な表情で頷いた。
「じゃあ、どうすればいい?」
「私を見て。」
もう一度リシェルがお手本を見せる。
「走る。」
「魔法。」
「また走る。」
その動きは一つの流れになっていた。
「止まらないんだ。」
「そう。」
「魔法も走る動作の一つ。」
「なるほど!」
エレノアは何度も練習を繰り返した。
最初は失敗ばかりだった。
けれど、リシェルは一度も怒らない。
「今のは良かった。」
「次は着地だけ。」
「その調子。」
短い言葉。
それでも、エレノアにとっては何より嬉しい励ましだった。
夕方になる頃には、最初よりずっと滑らかに走れるようになっていた。
「やった!」
ゴールしたエレノアは嬉しそうに両手を上げる。
「見た? 最後転ばなかったよ!」
「うん。」
リシェルは小さく微笑む。
「頑張ったね。」
その一言だけで、疲れが吹き飛ぶような気がした。
◇
帰り道。
茜色に染まる王都の通りを二人で歩く。
「今日はいっぱい走ったねぇ。」
「そうね。」
その時、エレノアが足を止めた。
「あっ!」
「……?」
「アイス!」
道端の屋台から甘い香りが漂ってくる。
「ねぇ、一緒に食べよう!」
リシェルは少し考えてから頷いた。
「……うん。」
二人は屋台へ向かう。
「私はイチゴ!」
「私は……。」
リシェルは並ぶアイスを見つめる。
「ミルク。」
「リシェルらしい!」
「そう?」
「白くて可愛いもん。」
「……関係ある?」
首を傾げるリシェルに、エレノアはくすっと笑う。
二人はアイスを受け取り、ゆっくり歩き始めた。
「おいしい!」
エレノアは嬉しそうに頬張る。
リシェルも一口食べる。
ひんやりとした甘さが口いっぱいに広がった。
「……甘い。」
「ふふっ。」
「リシェル、甘いもの好きなんじゃない?」
「……嫌いじゃない。」
「やっぱり!」
そんな何気ない会話が、どこか心地いい。
しばらく歩いていると、エレノアがリシェルの持つアイスへ視線を向けた。
「……ねぇ。」
「なに?」
「リシェルのミルク味、少し気になる。」
「……食べたいの?」
「うん。」
エレノアは顔を赤くして恥ずかしそうに笑う。
「私のイチゴも一口あげるから。」
リシェルは少し驚いたように瞬きをする。
誰かと食べ物を分け合うなんて、今までほとんどしたことがなかった。
けれど。
「……はい。」
リシェルは小さくスプーンですくい、エレノアへ差し出した。
「え?」
「食べたいんでしょう?」
「……いいの?」
「うん。」
エレノアは嬉しそうに笑い、そっと口にする。
「……おいしい!」
「本当?」
「うん! リシェルの味がする!」
「……アイスに私は関係ないと思う。」
真面目に返すリシェルに、エレノアは楽しそうに笑った。
「じゃあ、リシェルも私の食べてみて。」
そう言って、今度は自分のイチゴアイスを差し出す。
リシェルは少し迷ったあと、そっと一口食べる。
「……甘い。」
「でしょ?」
「でも……嫌じゃない。」
その言葉に、エレノアは嬉しそうに目を細めた。
◇
しばらく歩いていると、エレノアが小さく笑った。
「ねぇ。」
「なに?」
「最近のリシェル、前よりよく笑うようになったね。」
その言葉に、リシェルは少し驚く。
「そう……かな。」
「うん。」
「初めて会った時は、今にも消えちゃいそうだった。」
「でも今は違う。」
「笑ってくれるし、お話もしてくれる。」
「私は今のリシェルが大好き。」
最後の一言に、自分でも気づいていないのか、エレノアは照れたように笑う。
リシェルは胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。
どうしてなのかは分からない。
でも、その言葉は嫌じゃなかった。
「……ありがとう。」
アイスを片手に微笑み合う二人。
夕焼けに照らされた帰り道は、少しだけ特別な色に染まっていた。