家族に捨てられた天才少女は、人懐っこい同級生に溺愛される   作:めろんちゃん

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第9話初めてのお泊まり

 

 体育祭まで、あと五日。

 

 放課後の訓練場には、生徒たちの掛け声が今日も響いていた。

 

「よし、もう一回!」

 

 エレノアは勢いよく障害物へ向かって走り出す。

 

 木製の壁を飛び越え、魔法障壁を風魔法で吹き飛ばし、そのままゴールまで駆け抜けた。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

「どうだった?」

 

 息を整えながらリシェルを見る。

 

 リシェルは静かに頷いた。

 

「昨日より速い。」

 

「本当?」

 

「魔法を使うタイミングも良くなってる。」

 

 その一言だけで、エレノアの顔がぱっと明るくなる。

 

「やった!」

 

「でも。」

 

「え?」

 

「最後の着地だけ少し大きい。」

 

「もっと膝を使うと疲れにくい。」

 

「なるほど……。」

 

 エレノアは何度も頷き、再びコースへ向かう。

 

 リシェルはそんな姿を見つめ、小さく微笑んだ。

 

(頑張り屋さん。)

 

 そう思った瞬間、自分でも少し驚いた。

 

 いつの間にか、自然とエレノアを目で追うようになっていた。

 

     ◇

 

 練習が終わる頃には、空は夕焼け色に染まっていた。

 

「今日はここまでにしようか。」

 

「うん!」

 

 二人は学院を出て並んで歩く。

 

 途中でエレノアが少しだけ足を止めた。

 

「ねぇ、リシェル。」

 

「なに?」

 

「もし時間があったら……。」

 

 少しだけ視線を泳がせながら続ける。

 

「私の家に遊びに来ない?」

 

「家?」

 

「うん!」

 

「せっかく明日は休みだし、おしゃべりしたり、お茶を飲んだり……。」

 

 リシェルは少し考える。

 

 誰かの家へ遊びに行く。

 

 そんな経験は、一度もなかった。

 

「……迷惑じゃない?」

 

「そんなわけないよ!」

 

 エレノアは慌てて首を横に振る。

 

「むしろ来てほしい!」

 

 その笑顔を見て、リシェルは小さく頷いた。

 

「……じゃあ、お邪魔します。」

 

「やった!」

 

     ◇

 

 エレノアの家は、王都の住宅街にある温かな雰囲気の一軒家だった。

 

 玄関先には小さな花が飾られ、窓からは柔らかな明かりが漏れている。

 

 その光景を見た瞬間、リシェルの足がほんの少しだけ止まった。

 

 なぜか胸の奥がざわついた。

 

「ただいまー!」

 

 扉を開けると、奥から優しい女性の声が聞こえる。

 

「おかえり、エレノア。」

 

 現れた女性は、エレノアによく似た柔らかな笑顔を浮かべていた。

 

「今日はお友達を連れてきたのね。」

 

「うん! リシェルっていうの!」

 

 エレノアの母は、リシェルを見ると穏やかに微笑む。

 

「初めまして。いつも娘がお世話になっています。」

 

「……初めまして。」

 

 リシェルは少し緊張しながら頭を下げる。

 

 その優しい声。

 

 温かな表情。

 

 娘を見る時の、愛情に満ちた瞳。

 

 それはリシェルがずっと昔に失ったものだった。

 

「エレノアったら、最近毎日楽しそうなのよ。」

 

「リシェルさんのお話をよくしてくれるの。」

 

「えっ、お母さん!」

 

 エレノアが慌てて顔を赤くする。

 

 その様子を見て、母親は楽しそうに笑った。

 

 その光景を見つめながら、リシェルの表情が少しだけ曇る。

 

(……家族。)

 

 胸の奥に、忘れたはずの痛みが蘇る。

 

 昔は、自分にもあんな時間があったのだろうか。

 

 優しく名前を呼ばれること。

 

 帰る場所があること。

 

 誰かに大切にされること。

 

 全部、遠い記憶だった。

 

「リシェル?」

 

 エレノアの声で、はっと我に返る。

 

「……なに?」

 

「大丈夫?」

 

 心配そうに覗き込む瞳。

 

 リシェルは一瞬迷ったあと、小さく首を振った。

 

「……大丈夫。」

 

 嘘だった。

 

 けれど、今はまだ言葉にできなかった。

 

 自分が捨てられたこと。

 

 家族というものを知らないこと。

 

 そんな弱い部分を誰かに見せる方法を、リシェルは知らなかった。

 

     ◇

 

 二人はエレノアの部屋へ向かった。

 

「ここが私の部屋!」

 

 本棚には魔法書と物語の本が並び、机には小さなぬいぐるみが飾られている。

 

「可愛い部屋。」

 

「えへへ。」

 

 二人はカードゲームをしたり、魔法の話をしたり、本を読んだりして過ごした。

 

 笑い声が絶えない時間。

 

 リシェルは気づけば自然と笑っていた。

 

「リシェル、その笑顔かわいい。」

 

「……。」

 

 照れたように視線を逸らすリシェルを見て、エレノアはくすりと笑う。

 

     ◇

 

 夕食をごちそうになり、気づけば窓の外はすっかり暗くなっていた。

 

 食卓には温かな料理が並び、エレノアの母は何度もリシェルへ声を掛けてくれた。

 

「遠慮しないで食べてね。」

 

「はい……。」

 

 その何気ない優しさが、リシェルには眩しかった。

 

 嬉しい。

 

 でも、少しだけ苦しい。

 

 知らなかった温かさを知るほど、自分が失ったものを思い出してしまうから。

 

     ◇

 

「そろそろ帰る。」

 

 リシェルが立ち上がる。

 

「あっ……。」

 

 エレノアが小さく声を漏らした。

 

「どうしたの?」

 

「その……。」

 

 頬を赤く染めながら、指先をもじもじと動かす。

 

「明日、お休み……でしょ?」

 

「うん。」

 

「だから……その……。」

 

 深呼吸を一つ。

 

「もし迷惑じゃなかったら……。」

 

「今日、このまま泊まっていかない?」

 

「……え?」

 

 リシェルは目を丸くする。

 

「もっとお話ししたいし……。」

 

「一緒に夜更かししたり、本を読んだり……。」

 

「友達って、そういうこともするって聞いたから……。」

 

 最後の方は小さな声になっていた。

 

 断られるかもしれない。

 

 そう思うと胸がどきどきする。

 

 リシェルは少しだけ黙り込んだ。

 

 “友達。”

 

 その言葉が心の中で静かに響く。

 

 そして、さっき見たエレノアと母親の姿を思い出す。

 

 温かな家。

 

 優しい声。

 

 自分にはなかったもの。

 

 それでも――。

 

 今、目の前にいる少女は、自分にも同じような温かさを向けてくれている。

 

「……迷惑じゃ、ないなら。」

 

 小さく頷く。

 

「泊まる。」

 

 一瞬、時間が止まったようだった。

 

「……本当?」

 

「うん。」

 

 エレノアの顔が一気に明るくなる。

 

「やった!」

 

 思わず両手を胸の前で合わせ、嬉しそうに笑う。

 

「ありがとう、リシェル!」

 

 その笑顔を見ていると、不思議とリシェルの胸も温かくなる。

 

 まだ、家族の温かさを完全に受け入れることはできない。

 

 まだ、過去の傷は消えていない。

 

 それでも。

 

 初めて、自分にも帰りたいと思える場所ができるのかもしれない。

 

 人生で初めての、お友達とのお泊まり。

 

 それは、リシェルにとってまた一つ、新しい思い出になろうとしていた。

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