余命2年の強化幼女を甘やかしまくったら最凶パイロットになった ~オズとシンデレラ~ 作:富士伸太
『天蓋の塔』の基地は、小惑星ケレスのクレーターに建造されている。
この星に空気はほぼない。当然、生身で基地の外に出ることはできないし、また近くの小惑星も人間が住んでる痕跡はない。
だからここは陸の孤島……いや、島とか洋館とか以上の完璧な
基地としてはデカく、世界として見るとあまりに小さな場所で、ウィッチクラフトと導者の多くはここで生まれ、そして死ぬ。
さて、この
上位者がいる司令部も多分ここにある。
中層には実戦配備されているウィッチクラフトや、それらを乗せる母艦が格納されている。俺たちも実戦配備されたら中層に異動する。
また、中層は外のロケット発着場に直で繋がっている。ここが外部とのやりとりができるケレス唯一の船着き場となる。
そして下層。
ここには資材の貯蔵庫や兵器工廠、燃料の精製設備など、基地のインフラに関わる部分がある。
そして俺たちは「準備中の武器」みたいな扱いなので下層にいる。
基地の中では下層がもっとも広い。数百の区画があり、俺たち101小隊はC35というブロックに配置されている。
101小隊に所属のウィッチクラフトと導者は1号から50号まで存在している。導者の部屋はカプセルホテルと同レベルのサイズで、ベッドも生命維持カプセル兼用という無機質さだ。まあ、ウィッチクラフトのガレージも何の色気もないからお揃いと言えばお揃いなんだが。
そして38号である俺の左右には37号と39号がいる。
まずは左隣の39号、キミにご挨拶だ。
『なぁご同輩。おはよう。グンモーニン。スラマッパギ。アニョハセヨ』
と、通信で語り掛けた。
目的はお友達作りだ。
俺も気軽に話せる同僚がほしいと思っていた。
だが最重要目的は、シンデレラと仲良くなれそうな導者の子を探すことだ。気分はベビーカーを引いて公園とか公民館にやってきた新米ママだ。ボスママとかいじめっ子とかいないといいんだが。
『……』
39号ウィッチクラフトは俺の挨拶に対し沈黙している。何か言ってほしい。
『39号。応答願う』
『聞こえている。言語選択に時間を要した』
即座に反応が帰ってきた。
ギャグで言った挨拶に対して真面目に悩んでいたようだ。すまんね。
『俺のことはオズと呼んでくれ。よろしくな』
『了解した、オズ。用件はなんだ』
『ママ友が欲しくってな。
ウチの子はそろそろ公園デビューも近いから
いいお付き合いができるご家庭を探してるんだ』
『……言語解釈、困難。
標準言語ライブラリにない単語だ』
またすべった。
会話の軌道修正を試みる。
『あー……39号はここに配備される前のことは覚えていないのか?』
『すべてのウィッチクラフトの記憶は
抹消処理されているはずだ。お前は違うのか?』
そうか……俺以外のウィッチクラフトは前世を持っていない……すべて忘れさせられたのか。
これでは自律型AIとあまり変わらない。
柔軟な対応はできなさそうだ。
『俺も処理は受けている』
削除失敗しただけで嘘はついていない。
『ところで39号、導者の訓練は上手くいっているか?』
『成績情報は公開されているはずだが』
『39号の主観的な印象を聞きたいんだ』
実は、39号
正直言ってちょっと悪い。
反応速度、命中率、撃破効率、急加速急旋回時のG耐性などどれも標準値を下回っている。恐らくフィジカルに難ありって感じなんだろう。
ただし、メンタルの変動は少ない。
索敵からの判断や状況認識判定、意思決定速度と正誤、どれも悪い数字ではない。「標準よりちょっと上」程度ではあるがこの成績を安定維持している。
なのでシンデレラと引き合わせれば、互いによい刺激になるのでは……という目論見があった。
『訓練期間ももう少しで終わりを迎えて
実戦配備の日が近付いている。
現状でも何人かの導者はユナニマス処理を
推奨されている。
俺のところもそうだ』
『……こちらも推奨の勧告は受けている』
『しかし安易に、戦闘経験の少ない導者に
そうした処置をするのはいかがなものだろうかと
疑義を抱いている。
ここ最近の成績は悪くないので、勧告は
しばらく無視しても問題はないんだが……』
『上位者の推奨行動を無視するのか……!?』
39号がめっちゃビビっている。
『命令ではない以上、服従する義務はない。
特に罰則もない』
『それはそうだが……
導者がそう望んでいるのか?』
『違う。俺が望んでいる』
『!?』
なんかめちゃめちゃビックリされた。
『何を驚くことがある。
お前だって何か望みはあるだろう』
俺たちは機人だ。
機械知性ではあるが人間の脳をエミュレータで動かしているようなもので、人間としての願望や欲望はあるはずなのだ。
『わからない』
『わからない?』
『自分のことはわからない。
命令があれば実行するし協力要請には答える。
だが主観的判断を問われた場合、演算に
多大な負荷が生じて投機の実行中プログラムが
遅延する』
『……じゃあ、お前が39号導者の訓練で
何か特別なことをしてるわけではないのか?』
『違う』
『この成績はお前の補助のおかげじゃなくて
39号導者が好きにやった結果だってのか?』
『肯定する』
……完全にアテが外れてしまった。
面白そうなお仲間を見つけたと思ったんだが。
だがそうなると、導者の方が気になるな。
シンデレラと逆方向の資質だ。
お隣同士だし、いい子なら友達になってほしい。
『よし、作戦変更だ』
『作戦?』
『いや、なんでもない。
主観的な判断をしろという言葉は忘れてくれ。
そちらの計算資源を無為に奪うつもりなど
毛頭なかった。謝罪する』
『受け入れる』
『その上で提案がある。
導者同士で交流を促進させたい』
『なぜ?』
『こちらのシンデ……いや、38号導者は、
39号とは逆に反応速度や撃破率は良好だが
不測の時代に陥ると判断ミスが増える。
最悪、戦闘行動中に行動不能になる恐れがある』
『最近は改善傾向のようだが?』
39号め、こっちの成績データを参照したな。
ま、そのシンデレラの成績は俺がシミュレータを改竄して出した数字なんですけどね。
『メンタル由来の失敗は、いつどこで
再発するかわからない。
そして人間はコミュニティを形成することで
精神の安定を得る。
適合人、そのうちの一種である導者であっても
根本的な本能は変わらないだろう』
『理解する』
『逆に、そちらの39号導者も何か得るものが
あるんじゃないか?』
『……』
39号が沈黙した。
なぜだ?
何を警戒している?
『なあ39号、別に難しく考えるこたぁない。
俺はちょっとでもユナニマス処理を受けるのを
遅らせたいんだ。
人間の子供を守りたいと思うのは、俺たち
機械知性にとっても普遍的な良識のはずだ』
あわよくば上位者の設定する2年という期限を伸ばしたいし、もっと欲を言えば、安全に生活できる場所を見つけて亡命したい。
だがその本音を話すのはまだ速いだろう。
『……39号導者は、ユナニマス処理を
希望している』
『そっちもかよ!』
いや……それも自然か。
シンデレラが語った死生観は、恐らく戦闘知識と共にプリインストールされたものだ。
他の導者も共有しているのは当然なのだろう。
『……導者がユナニマス処理を希望するのが
問題なのか?』
39号が質問をしてきた。
煽りとかではない。
ごく自然の疑問として出たものだろう。
『39号は問題だと思わないのか?』
『……合理的に判断するならば、そもそも
惑星ケレスは機人以外の生存に適していない。
仮にユナニマス処理を見送ったところで
長期的な生存は見込めない』
『そうかもしれない』
『当基地の規定により導者の耐用年数は
2年であり、それ以上はユナニマス処理を
することになっている』
『いずれそうなるから今やっちまったって
問題はない、と』
『……』
『肯定するしかない問いのはずだ。
39号、なぜ沈黙する』
『その問いは負荷が大きい。停止を要求する』
『停止を要求しても無意味だ。
ノータイムで答えられるはずの質問に
お前は答えられなかった。
それはすなわちお前の内部論理に問題がある。
俺との会話が終わった後でも、答えが出ない限り
計算資源を浪費し続けるだろう。
端的に言って、お前はユナニマス処理について
悩んでいるんだ』
『そんなことはない。推奨された処置だ』
『上位者に推奨されていることが
正しいとは限らない。
お前もどこかで回収された機人核だろう?
その機人核の人格データに照らし合わせれば
ユナニマス処理の倫理的な問題に
自ずと気付くはずだ』
『当該機体の部品となる前の記憶は
抹消されている』
『人格を形成しているデータまでは
抹消されていない以上、何らかの倫理観や
良識、美徳は残っているはずだ』
『記憶領域の修復は不可能だ』
『不可能でもいい。
だが「ユナニマス処理は非人道的」という
俺の言葉に反論できない……いや、むしろ
納得や整合性を覚えているはずだ』
『……肯定する』
『俺は何も、上位者に反抗や糾弾をしろとか、
命令拒否しろと扇動しているわけじゃない。
無茶をしてほしいわけでもない。
ただ倫理的な問題がある以上はできるだけ
命を尊重し、よりよい生を送ってほしい
と思っている。
39号、答えてくれ』
冷静に説得するつもりだったのに、俺はいつの間にか「わかってくれ」と必死に願っていた。
無機質にならんだ50体の機械のうち一体でも、子供を守りたいと思ってくれるならばきっと未来のために戦える。そう思い始めていた。
『……有機的な人類には寿命が存在する。
2年間であっても100年間であっても、
やがて死する存在だ』
『ああ、そうだ』
『だが、残された寿命が少ないという理由で
肉体を廃棄させて実質的な「死」を与えることは
論理的な問題がある。
人類の生存という本来の目的を毀損している。
最終目的に達するために死を容認するとしても
やむを得ない中でも生存と幸福を追及すべきだ』
『そうだ。導者の管理を担う俺たちには
上位者の提示する「推奨される対応」を
可能な限り蹴っ飛ばす論理がある。
……協力してくれるんだな、39号』
ウィッチクラフトとして目覚めてから、今までにない大きな安堵を覚えていた。
何かが始まる……いや、何かを始められる。
『協力する。
同時に38号ウィッチクラフト、オズ。
貴機体に救援を要請する。
当機体も39号導者のユナニマス処理の
猶予期間を可能な限り延長したい。
それが2年間だけであっても……構わない』
『了解した』
誠実な言葉だ。39号にはまだ嘘や秘密を持つような自我がないのかもしれない。だとしても39号は未熟な自我でありながらも自分の導者の身を案じているのが、短い会話の中でよくわかる。
『それと、もう一つ』
『もう一つ?』
『ユナニマス処理以外で貴機体のような自我を
手に入れる方法はあるのか』
『入手……入手するというか……。
それは育てるもんじゃないか?』
無理矢理やろうと思えば疑似人格を39号に突っ込むことはできる。だがそれは俺のコピーを作ってこいつを上書きするようなものだ。
自分は自我が無いと思っているんだろうが、39号、お前の中には確実に自我が芽生えている。俺はお前を消したくないし、たとえ本人に願われても消そうとなんて思わない。
『どうして自我がほしいんだ』
『現状、導者とのコミュニケーションにおいて
自我がないために計算資源を浪費している。
また計算をしても回答が得られないことがある』
なんだろう。
子供特有のなぜなぜ攻撃か?
『どんなコミュニケーションに苦労している?』
『洗浄ミストを頭から掛けるのと
背中から掛けるのとどちらが良いかを問われて
答えられなかった』
『あー……なるほど……』
子供らしく無邪気で、素朴で、ファジィな質問だ。そんな子供が納得する答えを出すのは、記憶をなくして機械知性と化したウィッチクラフトにとってはけっこうな難問だ。
その判断基準となる好き嫌いや嗜好がないのに無理に答えようとして演算の負荷が高まってしまう。
そして結局、答えられないでいる。
39号のうっすら芽生えつつある自我が、導者とコミュニケーションできない自分を恥ずかしいと思っている。
『当機体は、自我が欲しい』
『よし、決めた』
『協力してくれるのか?』
『お前のあだ名はウッドマンだ』
人を愛する心を求めるブリキの木こり。
オズの魔法使いの、ドロシーの仲間たちの一人。
『ウッドマン?』
『自我を育てるに必要なのは、他者との
コミュニケーションだ。
だがここにいるウィッチクラフトと導者で
手探りでコミュニケーションをするのも
効率が悪い。共通言語がないからな』
あとで絵本のデータを渡してやろう。
導者に読み聞かせるという過程でウッドマンの自我の発達も促せるはずだ。
『最初にお前が古代言語で挨拶したようにか?』
『すべったところを掘り返すのは止めてくれ、
ウッドマン』
俺が反論すると、39号は沈黙した。
『どうした?』
『……名前で呼ばれるのは不思議な感覚だ。
ウッドマンなど、唐変木と言われてるようで』
『不快か?』
『いや』
ウッドマンは気にした風もなく否定する。
『これが、面白い、という感覚かもしれない』