暗殺教室のメダリスト 作:瀬良
放課後、椚ヶ丘中学校の本校舎。
肩にめり込む重いスケートバッグを抱え直し、小野寺隼人は冷ややかな視線が刺さる廊下を黙々と歩いていた。
「また早退かよ。いいよな、スポーツ推薦気取りは」
「どうせテストの点数も取れないから、スケートに逃げてるんだろ」
すれ違う生徒たちのささやき声。職員室で担任から受け取った「早退届」の用紙には、嫌味たらしく赤ペンで付け加えられた注意書きが躍っていた。
椚ヶ丘において、他がどれほど優れていてもテストの点数が取れない人間は等しく価値はない。
世界大会でどれだけ結果を残そうが、この校舎において隼人はただの「落ちこぼれ」でしかなかった。
(……別にいい。勝手に言わせておけばいい)
隼人は奥歯を噛み締め、俯いたまま歩を早める。
自分の生きる場所はこんな狭い校舎じゃない。氷の上だ。
幼い頃に見た、あの「夜鷹純」の演技。自らの命すら氷上に薪として焚べるような、狂気的で美しいあの滑り。彼と同じ領域に届くなら、学校も、友達も、自分の身体すらどうなったって構わない。
そう自分に言い聞かせていた、その時だった。
「あら、小野寺くん! 今日もこれから練習?」
のんびりとした、場違いに明るい声が廊下に響いた。
振り向くと、白衣の下に「大吟醸」と書かれた怪しげなTシャツを着た女性——E組の担任、雪村あぐり先生が笑って立っていた。
「……こんにちは雪村先生。はい、これからリンクに行って夜までです」
「そっかぁ。あ、手、見せて?」
言われるままに差し出した隼人の右手。あぐり先生はその手を両手でそっと包み込むと、「わぁ」と目を細めた。
「爪の先までピンと伸びてて、すごく綺麗な手。……本校舎の先生たちに、また意地悪言われちゃったでしょ?」
「……慣れてますから。俺には、スケートしかないので」
吐き捨てるように言った隼人に、あぐり先生は首を横に振った。
「ううん。私ね、先週のグランプリファイナル、正座して見てたんだよ。小野寺くんのステップ、氷を切り裂くみたいで……ハヤブサみたいに格好よかった。毎日どれだけ命を削って練習してるんだろうって、感動して泣いちゃった」
「……え」
本校舎の誰もが見向きもしなかった努力。氷の冷たさも、痛みも、誰も認めてはくれなかった時間。
それを、目の前の奇抜なTシャツを着た先生は、真っ直ぐに見つめて褒めてくれた。
「命を燃やすようなあなたのスケートは、とっても素敵よ。でもね……小野寺くん自身が燃え尽きて消えちゃわないか、先生ちょっと心配だな」
あぐり先生の手のひらから、伝わってくる確かなぬくもり。
「もし来年、E組に来ることになっても下を向いちゃダメだよ。私はいつだって、小野寺くんのスケートと……小野寺くん自身の味方だからね」
冷え切っていた隼人の胸の奥で、何かが静かに溶けていく音がした。