【急募】イかれた世界を生き抜く方法(光のいない12月) 作:あいらぶゆー愛羅武勇
当たり前のものほど、実際に失ってみるまでその大切さに気づかなかったりする。
光もそうだった。呼吸をするように享受していたその明るさが、ある日突然、命を刈り取る刃に変わるなどと、誰も想像していなかった。
十二月十四日。後に「裂天
東京都内のとある住宅街。午後二時過ぎ、冬にしては穏やかな陽気の中、主婦の一人が二階のベランダで洗濯物を干していた。隣家の垣根越しに、猫が欠伸をしている。少し離れた小学校の校庭では、体育の授業を終えた子供たちが列を作って教室へ戻ろうとしていた。国道沿いの交差点では、赤信号で止まった車の中で、営業回りの途中らしいサラリーマンがラジオのニュースに耳を傾けている。
誰にとっても、ありふれた午後だった。
その平穏が破られたのは、午後二時十七分のことだ。
空に、亀裂が走った。
比喩でも、誇張でもない。晴れ渡っていたはずの青空に、まるでガラス板が割れるようなひび割れが走り、そこから白い光が漏れ出した。直視できないほどの明るさを放つその光には、不思議と目を離せない魅力があった。
洗濯物を干していた主婦は、竿を握ったまま空を見上げ、動けなくなった。校庭にいた子供たちの中には、泣き出す者もいれば、はしゃいで指を差す者もいた。交差点で信号待ちをしていたサラリーマンは、ラジオの音量を無意識に大きくした。
亀裂は、およそ三分間空に留まっていた。そして、まるで最初から存在しなかったかのように静かに閉じた。
多くの人間が、それを見間違いか新手の広告演出だと自分に言い聞かせようとした。そう思わなければ、日常という名の地面が、足元から崩れ落ちていくような感覚に耐えられなかったからだ。
だが、現実はそんな都合のいい解釈を許さなかった。
亀裂の直下──ちょうど、先ほどの住宅街の路地裏にあたる場所に、人型の「何か」が立っていた。
全身が白く、輪郭は人間のそれに酷似していながら、顔にあたる部分には目も鼻も口もない、のっぺりとした表面が広がっている。身長は成人男性とほぼ同じ。ただ立っているだけのその姿は、恐怖よりも先に、奇妙な既視感を見る者に与えた。
最初にそれへ近づいたのは、路地の奥に住む老人だった。
彼は長年この地域に住む、「町内のご意見番」的存在だった。突然現れた人影に驚きながらも、根が世話焼きな彼は、「大丈夫かい」と声をかけながら歩み寄った。
次の瞬間、白い人影の右腕が、鎌のような刃に変じた。
一閃。
老人の体は、声を上げる間もなく、胴から両断された。
路地の入り口でそれを目撃した近隣住民の悲鳴が、静かだった住宅街に響き渡った。それが、「ヒト」と呼ばれることになる存在が、初めて人間の命を奪った瞬間だった。
警察への通報が殺到し、機動隊が現場に急行した。だが、銃弾も催涙弾も、その白い異形にはほとんど効果を示さなかった。刃のように硬質化した腕で反撃され、複数の死傷者を出しながらも、できたのはせいぜい対象を包囲することくらいだった。
同様の出現は、その後三日間で全国二百箇所以上で報告された。数は一体から数十体まで様々。共通していたのは、いずれも突如として空間に湧いたように現れ、周囲の人間を無差別に襲うという点だった。
この未曾有の事態に、政府は緊急事態宣言を発令した。自衛隊が投入され、対ヒト作戦が全国規模で展開されたが、戦果は芳しくなかった。通常兵器の大半が有効打とならない相手に、人類は、なす術もなく被害を積み重ねていくしかなかった。
事態が大きく動いたのは、出現から三日後の朝だった。
都内の小学校で、避難途中だった六歳の少年、加賀谷悠
絶望的な状況の中、悠の右手から竜巻のような突風が吹き荒れた。
本人にも制御できていない、暴力的なまでの風の奔流。だがその力は、確かにヒトの体を切り裂き、三体のうち二体を消滅させた。
これが、人類が初めて確認した「異能」だった。
この一件を皮切りに、各地で同様の報告が相次いだ。いずれも六歳前後の子供たちが、極限状況下で覚醒させたとみられる超常的な力。政府は緊急の調査チームを組織し、その正体の解明に乗り出した。
三ヶ月にわたる調査の結果、判明したのは以下のようなことだった。
六歳の誕生日を迎える人間の、およそ千人に一人が何らかの「異能」を発現する可能性を持つ。ただしその発現には条件があり、多くの場合、強い恐怖や危機的状況が引き金になるとみられる。異能の種類は個人によって千差万別で、規則性は見出せない。風、炎、光、時間、重力──確認された異能の種類は、報告が進むごとに増え続けた。
そして、あらゆる異能に共通する一点。それは、通常兵器では効果の薄いヒトに対して、明確な有効打を与えられるということだった。
この発見は、人類にとって希望であると同時に、新たな地獄の始まりでもあった。
異能を持つ人間──まだ中学も卒業していないような子供たちが、否応なく「兵器」として期待される時代が始まったからだ。
国は急遽、異能者の保護と育成、そして実戦投入を目的とした特務機関を設立した。名付けて「白夜
白夜は日本各地に支部を展開し、異能を持つ子供たちを集めては、専門的な訓練を施す施設を整備していった。年齢が上がるにつれ、彼らは「訓練生」として組織立った教育を受け、十五歳前後で実戦部隊へと配属される。それが、十二年をかけて確立された、白夜という組織の基本的な仕組みだった。
だが、この十二年という歳月の中で、いくつかの重要な事実が、意図的に、あるいは結果として、一般には公表されないままになっていた。
ヒトの出現原理そのものが、いまだ完全には解明されていないこと。
「裂天」と呼ばれる空間の亀裂が、その後も断続的に、しかし極めて低頻度で観測され続けていること。
そして──ヒトという存在そのものについて、白夜上層部の一部が、公式発表とは異なる情報を握っている可能性があること。
もちろん、末端の訓練生や実戦部隊の隊員たちが、そうした裏の事情を知ることはなかった。彼らにとってヒトは、ただ倒すべき敵であり、失われた家族の仇であり、自分たちの存在意義そのものだった。
十二年前の空の亀裂から、すべては始まった。
そして今、東京第三支部の訓練施設で、一人の少年が、静かに拳を握りしめていた。
その少年の名は、神無涼。
この物語は、彼と、彼の隣に立つことになる一人の少女の、まだ誰も知らない歩みの記録である。
訓練施設の中庭には、十二月にしては暖かい陽射しが降り注いでいた。
白夜東京第三支部は、都心からやや外れた丘陵地帯に位置する、広大な施設だ。訓練棟、寮、食堂、資料庫、そして実戦を想定した模擬戦闘用のドーム施設まで、あらゆる設備が整っている。ここで生活する訓練生たちは、異能に目覚めた後、家族と離れて施設に入り、十五、六歳で実戦配属されるまでの数年間を、共同生活の中で過ごすことになる。ただし完全に隔離されるわけではなく、長期休暇には家族のもとへ帰ることも認められていた。
異能者として生まれたことは、幸運でもあり、呪いでもあった。国からの手厚い支援と引き換えに、彼らは十代の若さで、命を懸けた戦場に立つことを運命づけられる。それを誇りとする者もいれば、逃げ出したいと願いながらも逃げ場を失っている者もいた。
神無涼は、そのどちらでもなかった。
彼にとって異能とは、ただの道具だった。喜びでも呪いでもなく、目的を果たすための手段。その目的とは、ただひとつ──強くなることだった。
十歳のとき、涼は両親をヒトに奪われた。逃げることしかできなかった自分の無力さを、涼は今でも鮮明に覚えている。あの日から六年、涼はひたすらに力を磨き続けてきた。誰かと群れることも、誰かに心を許すこともなく、ただ独りで。
その孤独な研鑽が実を結び、涼は今、白夜東京第三支部の訓練生の中でも、最上位の実力者として名を知られる存在になっていた。
がんばったyo
まじでねおちふる