【急募】イかれた世界を生き抜く方法(光のいない12月) 作:あいらぶゆー愛羅武勇
評価室の壁時計が、正午を指そうとしていた。
白夜東京第三支部、訓練棟三階。窓のない狭い部屋には、簡素な机と椅子が向かい合わせに置かれているだけだ。壁一面に貼られた無数のグラフと数値の羅列が、この部屋の無機質さを際立たせている。
神無涼は、姿勢を崩すことなく椅子に座っていた。向かいには、白夜の評価官である檜山
「──神無涼、十六歳。異能、風操。基礎出力評価、Sランク。応用制御評価、Sランク。実技総合評価、同期百二十名中一位」
檜山の声は淡々としていた。数字の羅列を読み上げているだけの、感情のない声。だが、その内容自体は、決して平凡なものではなかった。
「相変わらず、化け物じみた数値だな」
檜山はファイルから顔を上げ、涼を見た。
「単独での戦闘力なら、お前はもう、上位実戦部隊の隊長格にも引けを取らない。だが──」
彼はファイルを一枚めくり、別の項目を指差した。
「協調性評価、Dランク。集団戦適性評価、Eランク。これは、由々しき問題だ」
「問題ありません」
涼は、抑揚のない声で答えた。
「単独での戦果を積み上げれば、それで十分だと考えています」
「甘いな」
檜山は溜息をついた。
「お前もいずれ、単独任務だけでは対応できない規模の敵と対峙することになる。白夜の実戦部隊は、基本的に複数人での運用を前提としている。お前一人がどれだけ強かろうと、連携できなければ、いずれ限界が来る」
「限界が来た時に、考えます」
「そういう考え方をする奴が一番危ないんだよ」
檜山の口調に、わずかに苛立ちが滲んだ。
「いいか、神無。お前の実力は認めている。だからこそ、このままではもったいないと言っているんだ。お前が一人で戦い続けて、いつか致命的な場面で誰の助けも借りられずに倒れる姿を、俺は見たくない」
涼は答えなかった。答える言葉を、持ち合わせていなかった。
誰かに助けを求めるという発想そのものが、涼の中には存在しなかった。十歳のあの日以来、涼にとって「誰かと共にいる」ということは、その誰かを危険に晒す行為と同義になっていた。両親は、涼を守ろうとして死んだ。ならば、最初から誰も守る必要のない場所まで、自分一人で強くなればいい。それが、涼が導き出した答えだった。正しくないなんてこと、自分でもわかってる。ただ、今の涼にはそれ以外の答えを出すことができなかった。
檜山は、それ以上の説得を諦めたように、ファイルを閉じた。
「……とにかく、来月からお前は実戦部隊に配属される。単独任務専門というわけにはいかない。部隊行動に慣れておけ」
「配属先は」
「発表は今日の午後、掲示板だ。評価室での説明は以上。行っていいぞ」
涼は一礼し、評価室を後にした。
訓練棟の廊下は、昼休みの時間帯とあって、多くの訓練生で賑わっていた。同期たちが談笑しながら食堂へ向かう中、涼は誰とも目を合わせずに、一人歩いていく。
──化け物じみた数値、か。
檜山の言葉が、頭の中で反響していた。涼にとって、それは褒め言葉でも何でもなかった。ただ、強さを積み上げるたびに、あの日の無力感が少しずつ塗り替えられていくような気がしていた。それだけが、涼を突き動かす原動力だった。
昼食を摂る気にもなれず、涼は訓練棟裏手にある、誰も使わない模擬戦闘用の小広場へと足を向けた。ここは、正式な訓練スケジュール外の時間に、涼が個人的に使っている場所だった。
広場の中央に立ち、涼は右手を軽く掲げる。
風が、涼の意志に従って形を成す。刃のように鋭く収束したそれは、広場の端に設置された的──厚さ十センチの鋼鉄板を、易々と両断した。
誰かに見せるためではない。誰かに認められるためでもない。ただ、自分自身の力を、確認するための時間だった。
風の刃を何度も放ちながら、涼は思考を巡らせる。
部隊配属。避けられない現実だった。単独行動を貫きたいという涼の希望は、これまでも何度か上層部に伝えてきたが、聞き入れられることはなかった。白夜の運用方針として、単独での実戦投入は原則として認められていない。どれだけ個人の戦闘力が高くとも、組織である以上、集団戦を前提とした運用が求められる。
──仕方ない。誰と組まされようと、自分は自分のやることをこなせばいい。
そう自分に言い聞かせながら、涼は最後の一撃を的に叩き込んだ。鋼鉄板が、真っ二つに割れて崩れ落ちる。
その音の余韻が消えないうちに、背後から声がかかった。
「──うわ、すごい」
涼は、風の刃を纏わせたまま、素早く振り向いた。
そこに立っていたのは、見覚えのない──いや、正確には、見覚えはあるが、直接言葉を交わしたことのない少女だった。
艶やかな長い髪を、うなじのあたりで緩くまとめている。制服の上からでも分かる均整の取れた体つき。だが何より涼の目を引いたのは、その表情だった。
太陽そのもののような、屈託のない笑顔。
「日向、ヒカリ……」
涼は、思わずその名を口にしていた。知らないはずがなかった。白夜東京第三支部の訓練生の中で、彼女の名前を知らない者はいない。実技評価において、涼と並ぶ──いや、総合評価では涼をわずかに上回る、唯一の存在。異能、光操。その対応力の高さと、誰にでも分け隔てなく接する明るい性格から、同期の間でも圧倒的な人気を誇る少女だった。
「正解! やっぱり神無くんは覚えててくれたんだ」
「……直接話したことはない」
「うん、知ってる。でも、私たちこの学年だと少しだけ有名人だからさ。ずっと話して見たいとは思っていたんだ」
ヒカリはためらう様子もなく、涼のすぐ側まで歩み寄ってきた。
「今の見てたよ。すごい威力だね。あの鋼鉄板、うちの支部で使ってる訓練用の中でも一番硬いやつなのに」
「……見世物じゃない」
「分かってるよ。でも見ちゃったんだから仕方ないじゃん」
ヒカリは、崩れ落ちた鋼鉄板の破片を興味深そうに覗き込んだ。
「ねえ、なんでこんな場所で一人で訓練してるの? 訓練棟の正式なスケジュールなら、もっとちゃんとした施設あるのに」
「一人の方が、集中できる」
「ふうん。それって、集中できるからなのか、誰かと一緒にいたくないからなのか、どっちなんだろうね」
図星を突かれ、涼は思わず言葉に詰まった。ヒカリは、そんな涼の反応を見て、楽しそうに目を細める。
「あ、今の反応、ちょっと面白い」
「からかうな」
「からかってないよ。ただ、神無君に興味があるだけ」
その言葉に、涼は僅かに警戒を強めた。これまで涼自身に対してこれほどまっすぐに興味を示してきた人間は、片手で数えるほどしかいなかった。
「用件は」
「用件がないと話しちゃダメ?」
「……特に用がないなら、戻る」
涼が踵を返そうとしたところで、ヒカリが軽い調子で言った。
「あ、待って。実は用件、あるんだ」
「……なんだ」
「今日の午後、部隊配属の発表があるでしょ。私、もう結果知ってるんだよね」
涼は足を止めた。
「先に教えといてあげようと思って」
「なぜ、お前が知っている」
「檜山先生、私にだけ甘いから。ちょっと聞き出したの」
悪びれもせずそう言うヒカリに、涼は僅かに眉をひそめた。だが、続く言葉に、その表情が硬くなる。
「私たち、同じ部隊になるみたいだよ。第七部隊」
「……」
「反応薄いね。もうちょっと驚いてくれてもいいのに」
「驚く理由がない」
「えー、そう? これから半年以上、隣で戦うことになるんだよ。もうちょっと興味持ってくれてもいいと思うけどな」
ヒカリは、涼の反応を気にする様子もなく、明るく笑い続けている。だが涼の内心では、小さな苛立ちが渦を巻いていた。
単独行動を望んでいた自分の希望は、結局聞き入れられなかった。しかもよりによって、白夜内で最も注目を集める存在の一人と、同じ部隊に配属される。周囲からの視線が、これまで以上に集中することは目に見えていた。
「気が進まない、という顔をしているね」
「……別に」
「隠すの下手だなあ。まあいいや。とにかく、正式発表は午後だから、また掲示板の前でね」
ヒカリはそう言い残すと、軽い足取りで小広場を後にした。その後ろ姿を見送りながら、涼は小さく息を吐く。
──厄介なことになった。
それが、涼の偽らざる本心だった。
***
午後、涼は言われた通り、訓練棟の掲示板の前に立っていた。
『来月度・実戦配属者、発表』
貼り出された紙には、訓練生百二十名の名前と、配属先の部隊番号が並んでいる。涼は自分の名前を探し、そしてすぐに見つけた。
『神無涼 ── 第七部隊』
その隣、数行離れた場所に、もうひとつの名前があった。
『日向ヒカリ ── 第七部隊』
やはり、先ほどヒカリが言っていた通りだった。単独行動を望んでいた涼の申請は、結局通らなかったらしい。
「見つけた」
背後から、聞き覚えのある声がした。振り返るより先に、涼の視界の端に太陽のような笑顔が飛び込んでくる。
「正式に決まったね。改めてよろしく、神無くん。ううん、涼くんって呼んでもいい?」
「勝手にしろ」
「じゃあ、涼くんね。私のこともヒカリでいいよ」
勝手に決められていく呼び方に、涼はただ小さく息を吐くだけだった。
「第七部隊、隊長は朝霧さんだよ。あの人、面倒見いいから、涼くんもすぐ馴染めると思う」
「馴染む必要はない」
「まーたそんなこと言って。ま、いっか。これから少しずつ、証明していくだけだから」
「証明?」
「涼くんが思ってるより、仲間と一緒に戦うのって、悪くないんだよってこと」
ヒカリは、掲示板に貼られた紙をもう一度見上げながら、独り言のように呟いた。
「私も、最初は怖かったんだよね。自分の力で誰かを傷つけちゃうんじゃないかって。でも今は、誰かと一緒に戦えることが、すごく心強いって思ってる」
その言葉の端に、涼はふと、何か影のようなものが過ぎるのを見た。だが、それが何なのか、この時の涼にはまだ分からなかった。
「じゃあ、また来月ね。部隊の顔合わせで」
ヒカリは軽く手を振って、廊下の向こうへと歩いていった。
涼は、掲示板に貼られた自分の名前と、その隣に並ぶヒカリの名前を、しばらくの間、黙って見つめていた。
単独行動を望んでいた自分の未来は、望まない形で塗り替えられようとしている。
それが、涼にとって、喜ばしいことなのか、忌避すべきことなのか。この時の涼には、まだ判断がつかなかった。
西武対千葉ロッテ東京から観に行ったのに雨天で見れなくて萎えました。評価感想ついたら多分今日中に三話出せます(クソ乞食)